3-22 努力
あれから1週間が経過した。
相変わらず毎朝起きては、魔女からその日に与えられた無理難題をこなす日々。
例の魔法をかけた状態で、このバカでかい塔の周りを1日かけて50周するとかいう課題に始まり、ついに昨日は本気でこちらを殺そうとする魔獣の相手をさせられた。
『体はいつも通りにしか動かなくても、相手の動きは倍の速さで観測できるんだから余裕で避けれるでしょ。』
必死に逃げ惑う僕の姿を悪魔のような笑みを浮かべながら見ていたあの女を、昨日の夜から結構恨んでいる。とうとう本性を現しやがったなと恨み言をぶつけても、『結果的に生きてたんだからよかったじゃない』と全く悪びれる様子もなくそう吐き捨てたのでますます怒りが湧き上がってきている。
ただ、そんなスパルタ教育に必死に食らいついた結果、今の僕は明らかに1週間前とは違う状態になっていた。
『・・・へえ、もうその領域に到達したの。』
たった2秒目を瞑って念じるだけで、あっという間にこっちの世界に入れるようにまでなったのだ。
これには魔女も予想外だったようで、珍しく感心したような思念を飛ばしてきた。
「本当に白魔術の適性だけは意味がわからないくらいに高いのね。エリーゼが白魔術の貴公子と呼んでいたのも頷ける。」
「あいつ、そんな変な名前つけてたのかよ!?」
どこぞの魔王もびっくりのネーミングセンスだな・・・。いや、魔王さんはキャラ付けでそういうことを言ってるけど、あの鳥は間違いなく素だろう。
ちなみに魔法を解くのも2秒あればこの通り。2秒あれば世界が進むスピードを半分にすることが自在になってしまったというわけだ。恐るべし白魔術。
もちろんその魔法をかけている間は魔力を消費しているんだけど、最初の頃と比べるとだいぶその扱いに慣れてきたのか、かけたまま何も考えずじっとしているだけなら余裕で半日は保つようになっている。
ただ、その状態で色々と体を動かしたりひたすら考え事をしたりすると、集中が乱れて常態よりもごっそり魔力を持っていかれる。だから術をかけたままずっと走り続けるとか、昨日みたいに魔獣の攻撃を予測して避けるっていうことをしていると、1-2時間で魔力がカラッカラになる。文字通り他に何も魔法を行使できない状態だ。
その状態ってただゲームみたいにMPが0になっただけっていうわけじゃなくて、言葉に言い表せない脱力感みたいなものがあるせいで、そこから普通に体を動かそうとするのもなかなか難しくなってしまう。つまり、魔力を使い果たした状態で魔獣と戦うのは危険ということだ。もちろんこれは体験談だ。
とりあえず後は慣れだろう。これをマスターしたら、少なくとも昔までの僕とは違って少しは戦力になれるかもしれない。・・・まだ戦闘手段はないけども。
「じゃあ今日はその魔法を全身にかけなさい。それができるまでご飯はないから。」
スパルタではあるが、確実に力が身についている。
恨みが80%くらいありながらも、20%くらいは本気で感謝していた矢先に、またこの女はとんでもないことを言い出した。
「ぜ、全身にってどうやるんだよ?」
「それは私も知らない。」
「はあ!?あんたも知らないってどういうことだよ!?」
「言葉の通りよ。私もその領域は知らないって言ってるの。使えたら私だってやってるわよ。」
「じゃ、じゃあどうやってやるかなんてわかんないだろ!?」
順調に進んでいたと思いきや、1週間と3日にして、ついにこの女に愛想をつかされてしまった。
「何言ってんのよ。そもそもあんたは私から魔術を学びにきたわけじゃないでしょ。」
「何言ってんだ、僕は・・・。」
・・・いや、ちょっと待て。確かにその通りだ。
最初から僕はこの女に魔術を習う計画でいたわけじゃないじゃないか。
「あの分厚い本か・・・。」
ここにきてついに魔法を身につけるために魔術書を読むという、異世界ではありがちの展開へと進むのか。
* * *
「な、なんだこれ・・・。」
「何って、これが魔術書なのです。まさか読んだことないのですか?」
「各魔術の入門書みたいなやつは読んだ記憶があるけど、こんなのではなかった。」
「当たり前なのです!そんな簡単に読み進められたら、誰だって使えるようになってしまうのですよ!」
テーブルに腰掛け、いつぞやエリーゼを騙して手に入れたあの分厚い本を広げて僕は唖然としていた。
「・・・呆れた。その様子だと今まで魔術書を読んで魔法を習得したことがないの?」
「今まで身につけた白魔術は全て姫様に教えてもらったんで。」
「なるほど、だからそこまで甘ったれた考えでいられたってことね。」
そんな僕の反応を見て魔女とエリーゼはここぞとばかりに僕を罵倒してきている。
ちなみに宗次はここに来てからの日課の、塔のてっぺんを目指して階段を駆け上がる訓練をしている。何階という概念がないから、どこまで辿り着けているのか説明されているけどよくわからない。とりあえずエリーゼの力を借りて、自分のスタミナの限界を何倍にも引き伸ばして挑戦しているらしいけど、今だに頂上の半分にも到達していないらしい。まあやっていることは、自分の足で空のてっぺんを目指しているのとほぼ同じだからな。それも直線距離ではないわけだし。
「はあ、あとはあんたに任せたわ、エリーゼ。」
「エフィーはおでかけなのですか?」
「読書の相手なんて私がするわけないでしょ?やることもないし、新しい魔獣の種でも考えてくるわ。」
このまま何をさせられるのかと身構えていたら、何やら聞き捨てならないような重要発言を口にして早々に魔女は退場していった。
それに何か口を出すわけでも文句を言うでもなく、気をつけてーと軽く片翼を振って見送るエリーゼ。とんでもない会話をしているような気がしたが、この2人にとっては珍しくもなんともないようだ。
「さーて、魔獣の次は魔法の授業をしないといけないようなのですね。」
「そんなこと言ってるけど、本当に本を読むだけ魔法を覚えるなんてできるのか?」
「いきなりバカ丸出しの発言が飛んできてエリーゼはビックリなのですよ。」
「口悪いなおい!?」
こいつ、自分が上位に立ったと理解すると途端にこうして人を小馬鹿にする態度をとり始めるからな。ただ、ここでこいつの機嫌を損ねると何も教えてくれなくなるからタチが悪い。
こういう時は、いつか必ず天罰が下ると脳内でひたすら唱えながら聞くに限る。
「いいですか、魔法というのは知識なのです。どのように自分が持っている魔力を扱うかという知識の話なのですよ。」
「それはわかるとして、それがどうしてこんなに長文なんだって話だよ!」
今僕の目の前に開かれている魔術書は、もはや知識を伝えるという目的からは大きく外れたものだと言わざるを得ない。
こんな、フォント1くらいの文字が余白もなしにびっしりと1ページ内に詰め込まれてるんじゃ、虫眼鏡越しじゃないとそもそも文字を認識できねえっつーの。
「いいですか、魔法っていうのは今までの積み重ねが何よりも大事なのです。だから人づてで魔法の習得をするときは、その人に合わせた習得方法というのを確立できるのですよ。でもいざ魔法を覚える方法を言葉で書き記そうと思うと、それは今までのありとあらゆる基礎魔法の積み重ねの全てを文字にしないといけないのですよ。」
「なんでだよ。それこそ応用なんて謳ってるんだから、ここからここまでは省略しますって形で書けばいいじゃないか。」
「その省略された中に自分の知らない魔術があったらどうするのですか?人間相手なら、足りない経験内容を伝えればすぐにそこで習得方法を変えられるけれど、書物から魔法を教わる時はどうしたら良いのですか?書物に自分の経験を伝えるのですか?」
「それはそうだけど・・・。」
でもだからと言って、いちいち数学の公式を教えるのに数字の1から説明されたら長ったらしすぎて話にならないだろうが。
「段階をすっ飛ばして、あ、できませんでした、では許されないのが魔法の怖さなのです。この魔術書に載ってる魔法でそんなことをしたら、下手をしたら魔術を一生使えない体になりますし、死に至ることだって平気で起こりうるのですからね?」
「え、それだけで死ぬのか!?」
「当たり前なのです!力の制御もできない状態でいきなり体からごっそり魔力が抜き取られるんですから、自分の保有している魔力より大幅に超えた量を持っていかれてしまったら終わりなのです!」
マジか、さすがに命に関わるとまでは思ってなかった。ただでさえ魔法に少し恐怖を抱いてるってのに、より深く心に恐怖を刻まれた気分だ。
むしろ今までその恐怖を味わうことがなかったのは、姫様の教え方がそれだけ上手だったってことか。さすが僕の姫様だ。
・・・待てよ。ってことは、
「まさか、魔女に教わった魔法を使おうとして最初頭がめちゃくちゃ痛んだのって・・・。」
「今まで扱ったことのない量の魔力を使った魔法を、いきなり自分の頭に向けて使ったらそりゃそうなるのですよ。おまけに前段階をすっ飛ばして、いきなり光速魔法に入るなんて普通じゃ考えられないのです!」
「前段階をすっ飛ばして?・・・おい、まさか光速魔法って、」
「この魔術書の最後の項目に書かれている内容なのですよ!いくらその初級魔法とは言え、これを白魔術に適性がある人が習得するのに普通は2、3年はかかるのです!」
「2、3年!?あの女、そんな内容をあんな雑に教えやがったのか!?」
「エフィーがどんな教え方をしたのかは知りませんが、あなた程度の経験しかない人間にいきなりこの魔法の実践なんてさせたら、普通は頭が耐えきれなくて即死なのですよ!!!」
そ、即死!?即死って言ったかこの鳥!?
あの女、さらっとなんてことをさせやがるんだ!?気づかないうちに自殺させようとしてたのかよ!
「面倒を見るとか言っといて、実は僕を殺そうとしてたってか。なるほど、それで魔獣をけしかけたりしてたってことか!」
「それは半分正解で半分不正解なのですよ。」
「半々なのかよ!?殺す意図があったことに怒った方がいいのか、殺すつもりがあってやったことじゃなかったことに喜べばいいのかよくわからなくなってきたなあ!?」
冷静に考えたら、こうして生かしておいてもらえてる今の状況がおかしいんだ。そう考えるとむしろ優しさ感じる・・・訳でもないな!普通は確実に死ぬって言われてることを平気な顔でやらせたんだから、優しさなんか微塵もないわ、うん。
ま、でも残念ながら魔女の賭けは見事に失敗に終わったわけだ。僕の白魔術の適性が高かったことを恨むんだな。
てか改めて考えると僕の白魔術への適性の高さってやばいな!今まで散々言われてきてたけどまさかこれほどとは。って、その背景を知ってたからずっとエリーゼはヤバイヤバイ言ってたのか。そりゃ確かにヤバイわ。
でもそれならいよいよ僕は殺されるのか?というか殺す気ならなんでさっさと僕と宗次を始末しないんだ?
わざわざ自分の手を汚さずに殺したい理由もわからないし、百歩譲ってそういう理由があるのだとしても、それならさっさとこの塔から追い出せば済む話だ。目的がわからない。じゃあむしろなんで修業とかこつけて殺そうとする必要があった?
「その半々で魔女的にはどっちに賭けてたんだ?」
「別にどちらにも賭けていなかったと思うのです。それで死んだらあなたはそこまでの人間だった、生き延びたらさっさとこの魔術書の内容を覚えてもらってこの塔から自力で出て行ってもらえるようにするだけ、だったのではないかとエリーゼは思うのですよ。」
「僕らを面倒だと思ってる割には生かしておいてくれている理由がやっぱりよくわからないんだが。」
「じゃあなんですか?あなたはエフィーに殺されたいのですか?」
「いや、そうは言ってないけど・・・。」
「ーーーいくらエフィーだって、そんな理由で人を殺めるほど精神に異常をきたしているわけではないのですよ。」
少し寂しそうというか拗ねた感じでそう口にするエリーゼを見て、何か僕の心から憑き物が落ちたような、そんな何かスッキリしたというか、視界が少しだけ明るくなったような、でもなんか後ろめたさも感じるような、そんな謎の気持ちになった。
世界を滅ぼしたと宣言していたり、実際自分も殺されそうになったり、最強だと思っている王様と互角にやりあっている姿を見て勝手に、あの女のことを勝手に人の心を持ち合わせていない機械か何かだと思っていた。
でも、何歳かもわからないし圧倒的な力を持つ人でも、ちゃんと人の心を持っている。
今までまともに話してこなかったせいで全然気づかなかったけど、実は意外と人間らしい一面も持っているのかもしれない。僕らと同じような感性を持っているのかもしれない。
意外と世界を一度滅ぼしたっていうのも・・・?
「普通の人の感性を失ってたのは案外自分だったってオチか・・・。」
「まあでも、実際に王都に1人で襲撃して国をめちゃくちゃにしてるから、そう構えるのも仕方ないのです。」
「それは事実なんかい!」
じゃあ同じ感性は絶対持ってないわ。
* * *
「それで結局全身に光速魔法をかける方法を知るには、この本を読むしかないってことなのか?」
「それが一番確実な方法なのですよ。・・・でもそれだと時間がかかりすぎるって言いたいのですよね?」
「ああ、僕は一刻も早く戦うための力を得て王都に帰らないといけないんだ。」
すでに1週間と3日が過ぎているのに、誰からも何の音沙汰もない。
王都の警備をしている姫様や師匠からも。
シャミノさんを取り戻しに村へ行ったはずのザイロンさんやお嬢からも。
そして僕と宗次を残して勝手にいなくなってしまった王様からも。
反対に僕らからみんなに連絡をすることもできなければ、塔の外の世界が今どうなっているかすらも把握できない。今この時間に大量の魔獣が王都や村に押し寄せていたとしても、これだけ背の高い木々に囲まれているせいで何もわからない。それこそこの前の巨大龍クラスの魔獣が攻め寄せていたとしても気づけないと思う。
とはいえ、一歩外に出たら凶暴な魔獣がウヨウヨとうろついているこの森を今の力で駆け抜けることはまだできない。たとえ脳の回転速度が2倍になったところで、身体能力に決定的な差があるせいで脱出なんてできない。
「全身が倍速で動くようになったら少しは希望が見えてくるし、せめてこれだけはなんとしてでも習得したい!」
「横着をしたっていいことはないのですけどね。でも今のあなたなら別にその魔術書なんて読まなくても、当てずっぽうでなんとかなるんじゃないのですか?」
「当てずっぽう?そんな適当な話があるのか?」
さっきあれだけ段階を踏まないと魔法は危険だとか言ってたくせに、急にめちゃくちゃな話をするなこいつ。
「もちろん普通はこうはいかないのですよ。でも今あなたがやろうとしていることは、言ってしまえば今までやってきた修業の応用なのです。体がすでにその魔法の扱いを覚えているのなら、あとは想像で魔力の扱いを変えてみたり、魔力の流し方を弄ったりしたらできるようになるかもしれないのです。」
「でもそんな手探りのような方法でできるようになるんだったら、そもそもその本なんか必要ないって話になってこないか?」
「だからこれは言わば禁じ手なのです。普通は推奨しないし、そもそもそんなことやったってできるようになんてならないのです。でもエフィーのあんな雑な方法であっさりとこの魔法を習得したあなたならやってみる価値はあるのですよ。」
「やっぱりあれって雑だったのか!」
「そりゃそうなのですよ!そもそもエフィーにはその魔法は使えないのですからね!?」
「はあ!?使えないのにやり方教えてたのかよあいつ!?」
いやそれって逆にすごいな!?魔法って言ってしまえば感覚が全てみたいな部分があるから、その感覚を理解していないと人に伝えるなんて普通はできないと思うんだけど。
「まあ過去に習得しようとしていたことはあったのですが、理屈を理解できても単純に適性があまりにも足りなさ過ぎて断念していたのです。」
「適性がないのにそんなことして、それこそ後遺症とかなかったのか?」
「もちろんあったのです。あの時はしばらく頭痛に絶え間なく襲われるようになり、魔法の行使が一切できなくなったのです。動くことはできないし食料も調達できないしで、エリーゼが治療し続けていなければエフィーは死んでいたのですよ。」
いつものドヤ顔を決めているが、会話の内容はなかなかに物騒だ。
あれだけ圧倒的な魔力と魔法の才能があっても、適性がないというたったそれだけの違いで、僕と同じことをしてそこまでの大きな違いが現れるとは。それももう何百年くらい生きてそうな雰囲気を出しているあの魔女をあわや死へと追い詰めるなんてな。
魔女はその時の経験だけで僕にこの魔法を教えていて、それで僕がこうもあっさり習得してしまったものだから、さすがの魔女も驚いていたって感じか。・・・なんか優越感を感じるな。
「というわけで、そんなに急いでるのだったら、どうせ死にはしないでしょうし色々無茶をして頑張ってみるがいいのですよ。」
「・・・その投げやりな感じが怖いけど、それが一番の近道っぽいな。」
とりあえずやることは決まった以上、これ以上ここで時間を無駄にするのもまずい。何せあの魔女からは今日中にそれをできるようにしろという無茶を押し付けられているのだから。
ただ、あいつの難題は常に死に物狂いで取り組まないと達成することはできないけど、裏を返すと本気で死に物狂いになってかかればできないことはない。内容の過酷さだけ切り取ってみると恨みしか生まれないけど、その課題を成し遂げた後の自分を振り返ってみる度に1つのリミットブレイクを果たしたような気持ちになるのは悪い気はしない。
「また夜になったら治療を頼みにくるよ。」
「相変わらず魔獣づかいが荒いのです。でもまあ、ちゃんと契約は守るので安心するといいのですよ。」
「あんたのそういうツンデレなところにもだいぶ慣れてきた。」
「あーまたその単語を!」
「じゃ、また後でな。宗次の世話もよろしく頼む。」
「そういうことを言ったらもう構ってあげないのですよ!!!」
ピーチクパーチク騒ぐエリーゼを置いて再び外へ向かう。
ふと頭上を見上げると、相変わらずしんどそうな顔をしながらひたすら階段を登り続けている宗次の姿。正直、何を目的にしてあんなことをしているのかはわからんけど、あいつはいつも僕が考えもしないことを平然とした顔でやる男だ。きっと何か意図があってのことだろう。
そのうちあいつが手も足も出ないくらいの力を身につけて、一緒にここを出る。
そのために今は、この甘ったれた根性を叩き直して、魔獣を倒せるくらいの力を手に入れるんだ。
* * *
風に揺れる木々の葉の音だけが聞こえる世界で、僕は目を閉じて己の身体に向き合う。
たったそれだけの行為しかしていないのに、さっきまで髪を揺らしていた風は途端に速度が緩やかになり、ガサガサと聞こえていた音はただの雑音へと変わり果てる。
ここまではいつも通り。
そしてここからが未知の世界。実は今まで試そうとしたことはあったんだけど、魔力のコントロールがうまくいかなくてできなかった。
だからまずは改めて瞑想から始める。これは自分の中にある魔力と向き合い、それをどこへ向けて動かすのか、どうやって動かすのかを意識するのに非常に役立つ。王都で姫様から魔法を教わっていた時からずっと言われていたことなんだけど、その重要性に気がついたのはここ最近の話だったりする。
『ちゃんと魔力の流し方に意識していないと、こうやって無駄に魔力が散らばって結果的に使える魔力の量が減ったり、消費する魔力が増えたりするのです!それを意識するかしないかで、魔法を維持できる時間がとんでもなく変わってくるのですから気をつけるがいいのです』
エリーゼに治療してもらった時に言われたことだ。魔力の残滓って呼んでたけど、これをいかに少なくするかでどれだけ魔法を唱えられるかが変わるらしい。特に魔力の貯蔵量がまだまだ少ない僕には、これを意識するかしないかで1日に修業できる時間に大きな差が出るし、今後新しい魔法を覚える時にも身体が魔力の効率的な活用方法を覚えてくれるから、習得が早くなるらしい。
これに大きく関わってくるのが適性で、僕は白魔術に対して絶対的な適性を持っているから、光速魔法が身体に馴染んだのもここまで早かったんじゃないかと分析していた。
つまり、光速魔法自体には身体が既にだいぶ馴染んでいるのだから、今ならその感覚だけで応用魔術まで習得できるんじゃないかっていうのがエリーゼの言い分だったんだろう。
あれだけ危険だなんだって言われた以上、正直言ってこんな無茶な真似はしたくない。でもこれ以外に今の僕にとてる方法はないんだからやるしかない。
正直、時間が経つにつれ僕の内心の焦りはどんどん強まっている。
これだけ毎日トラブル続きだったのに、1週間以上も誰からも連絡がないのが気になって仕方がない。魔女は何も言ってこないが、王都や村にこの期間中何も問題が起きていないとは思えない。
もし今、王様や姫様がひたすら戦いに巻き込まれ続ける時間を送っているのだとしたら。
死と隣り合わせの方法を使ってでも、僕は力を求めなければいけないのではないか。
ーーーここで弱音を吐いて、リスクを避けて、その結果何もかもが手遅れだったなんていう展開だけは何があっても見たくないから。
だから試しに、今頭に流し込んでいる魔力の供給を途絶えさせない程度に、意識を今度は両腕に向ける。
「うっ・・・!やっぱり来るのか・・・。」
最初に頭を灼いた時と同じような、身体の内部を発信地とした避けがたい痛み。それが、まだ光速魔法に一切触れたことのない両腕に容赦無く襲いかかる。
が、髪を撫でる風や耳に届く雑音に変化はない。つまり、あれだけ方法がわからないと喚いていた、光速魔法の多箇所展開という離れ業を、難なくこなしてしまっているのだ。
でも腕から発される猛烈な熱と痛みが、その意識を刈り取ろうと、自分の存在を忘れさせまいと猛烈なアピールを繰り広げてくる。
でも待てよ。
ーーーどうせ痛みに耐えないといけないのなら、一度に一斉に来た方が効率がいいんじゃないか。
「こ、これは・・・幾ら何でも無茶かもしれないけど・・・!!!」
苦痛で歪む腕から意識を無理やり引き剥がして、僕は再び体内の魔力に意識を向ける。
いつの間にか外界からの干渉を一切感じなくなっているのに全く気づかないまま。
何者も存在しないこの空間で、1人絶叫をあげていることに気づかないまま。
* * *
「・・・てっきり塔の中で読書に勤しんでるかと思ったけど。」
集中を途切らせるようにかけられた声に視線だけ向けると、いつものように手ぶらで森の中から帰ってきた魔女の姿があった。僕の世話をエリーゼに任せてから一度も姿を見せていなかったが、何をやっていたのかはその姿からまるで想像がつかない。
何も知らなかったら、随分と薄着で目のやり場に困る場違いな美少女が現れたと狼狽えるところなんだけど、生憎とそんな感情はだいぶ前に煩悩から消え去っている。
「じ、自分であんな無茶な課題を出しておいて・・・、完全に他人事な反応だな・・・。」
「そりゃあ他人事だもの。あんたがそれだけボロボロになろうと私には関係のないことだから。」
横目で一回チラッと見られただけで、それからは一度もこちらを見ようとすることなく塔の中へと進もうとする。それこそ本当に、勝手にやってろと言われてるような反応。とても課題をクリアしないとご飯を与えないとかいう鬼畜なルールを決めたとは思えない。
それで平然と僕の隣を歩いていこうとするなんて、今まで必死に底をつきそうな魔力を振り絞って練習を続けてきた僕を少々なめているんじゃねえかな。
ーーーそれともなんだ、これだけボロボロになってるんだから、てっきりできなくて心が折れかかってるとでも思ったか?
『あんた、その動き・・・!?』
僕がやったことはただ普通に数歩歩いて魔女の目の前に立っただけ。
たったそれだけの行為に、魔女は言葉通りいつもの半分くらいの速度で反応する。ただそんな中でもちゃんと思念はこっちに飛ばしてきている。それも珍しく僕が聞きたかった言葉を乗せて。
「ほ、ほら、これで満足か・・・?」
「でも流石にまだ長時間維持するのは無理そうね。」
「魔力が最大の時でも・・・、5界が限界かな・・・。」
そう、かけられるようになったとドヤ顔することはできるけど、これを使いこなせるようになったかと問われれば答えはノーだ。
残念ながら、足を動かすのと同時に他ごとを考えるとか腕も動かすといったことはまだできそうにない。ある一部分を動かそうと思うだけでも、同時に他の全ての部分の魔法が解けてしまわないように注意しながら行わないといけない。
つまり現時点では仮に魔獣を見つけたとしても、走って近づき、狙った場所に向かって、拳を振り抜くという一連の動作を満足に行うことはできないのだ。
それをできるようにしようと思って今頑張っていたのだけれど。
「う・・・。」
「魔力がほぼ空に近いわね。ついさっきまではまだ少しはあったように感じたけど。」
「それだけ・・・、燃費が悪い・・・ってことだ・・・。」
残りのカラッカラの魔力で魔女にこれを見せるためだけに、ひたすら瞑想を重ねて、体の隅から隅まで魔力をかき集めてたんだからな。
そしてそれも今魔女に倍速で目の前に立つという行動をしただけで全て使い切ってしまった。おまけに命令通り、今の今まで約半日以上ひたすら飲まず食わずでこの作業をしていたんだ。
さすがにもう限・・・界・・・。
「地面に膝つくのが好きよね、あんた。」
「う、うるせえ・・・。もう立っていること・・・じた・・・い・・・。」
あれ、やばい。急に目の前が真っ暗・・・頭が・・・
グルグル・・・グル・・・
めま・・・い・・・が・・・。
ぜん・・・しん・・・ちか・・・ら・・・。
* * *
「エフィー、おかえりなの・・・って後ろのそいつはどうしちゃったのですか!?死んじゃったのですか!?」
「違うわよ。魔力切れでぶっ倒れただけ。それに体を酷使した痕跡もあるから、治療だけしてやって。」
明らかに自分の体より大きい樹の体を、両腕を引っ張るようにして塔の中に運び入れる魔女。外からここまで下半身を地面に引きずるようにして運ばれたせいでズボンがかなり汚れてしまっている。
「樹のやつ、また無茶したのか。」
「まあ無理もないのです。類い稀な才能を持つ人間が年という時間をかけて習得するものを、手探りで習得しようとしているのですから。そもそもこんな方法、普通は色々と試している段階で体への負荷が重すぎて、あっさりと諦める方法なのですよ?」
「じゃあこれからしばらくの間はずっとこうなるってことか?」
「この様子だと、消費する魔力の量を制御できずに倒れたって感じなのですよ。そうじゃないと、ここまで魔力が減った時点で普通は身体が反射的に魔法の行使を止めるはずなのです。・・・うわ、おまけに今までと違って全身のどこにも魔力が残っていない、正真正銘の空っぽ状態なのですよ!?」
倒れている樹の体に虹色の翼をあてるなり、そう分析するエリーゼ。その分析結果に顔を引きつらせながら聞いていた宗次は、長期戦を覚悟するかのように王都がある方角へと無意識に遠い目を向ける。
しかしただ1人、魔女だけは樹の両腕を離してから一切の身動きを取らず、ただ呆然と立ち尽くしているだけだった。
「エフィー?どうしたのですか、体調でも崩してしまったのですか?」
「・・・こんな気持ち、いつ以来かしら。」
不思議そうに首をかしげるエリーゼに向けて、魔女は薄っすらと笑みを浮かべる。
「久々・・・、本当に久々よ。こんなにも誰かに興味を持つなんて、数百年ぶりかもしれないわ。」
「笑ってる・・・のですか?それもこんなに自然な笑みを・・・。」
「なんだ、まるで機械に感情が宿ったかのような言い草だな。」
そんな魔女の様子に、思わず回復処置をしていた翼を止めて視線が釘付けになるエリーゼ。
まるで幻でも見ているかのような、かつて生き別れた者と奇跡的な再会を果たしたような。小刻みに震えるその七色の翼を見て、宗次はそれが自分の予想の範疇を上回るほど大きな意味を持つ光景であることを悟る。
「私が100年以上かけてもできなかったことを、こんな魔術についてほとんど知識も何もない素人がたった2週間足らずで成し遂げてしまった。それも無意識に賢者の領域に入るだなんて。彼は一体どうやってその力を手にしたというの?」
「な、成し遂げたって・・・。まさか全身光速化を!?」
「あの短期間で頭の光速化を使いこなせるようにした時点で異常なまでの適性を持っているとは思っていたけれど、まさかそこからたった1日でここまでできるようになるなんて、私が王族の血を宿した状態で黒魔術を習得するのと同じくらいの速さよ?」
「ただその力の代償として、彼は他の魔術への適性は全くないのですよ。エフィーほどの魔術の才能というわけではないのです。」
「そうかもしれないけど、これだけの才能があれば、たとえ1日中光速魔法をかけていても魔力が枯渇しない体にだってできるわ。それだけじゃない、もしかしたら・・・!」
その先を口にしようとしたところで、魔女は宗次の顔を見る。
「あんた、名前は?」
「今更だな!宗次だ、蒔田宗次。」
「ソウジ、気が変わった。あんたの願いを叶えてあげるわ。」
「・・・樹のおかげってことでいいんだな?」
「この男はタツキっていうのね。そうよ、タツキの才能に免じてあんたの願いも叶えてあげる。明日修業の時間になったらあんたも来なさい。そこで始めるわ。」
「急だなおい。で、でもわかった。よろしく頼む。」
そう言い残すと、魔女はいつも通り自分の空間へと歩いていく。この空間の支配権を突如として握り、突如として放棄したその様子に宗次もエリーゼも反応が遅れる。
「よくわからねえが、とりあえず樹がすごいって話か?」
「すごいなんてものじゃないのです。・・・それにエフィーのあの反応。もしかしたらあの男は、エフィーがずっと探し求めていた男なのかもしれないのですよ。」
静かに呼吸だけしている樹に治癒魔法をかけながら、エリーゼもまた少し興奮した様子でそう口にする。
ただその一方で、宗次の顔色はあまり喜びの色には染まっていなかった。
「おいおい、いつからそんなにモテるようになったんだよお前。魔女になんか好かれたってロクなことねえぞ絶対。」
「でもあなたにとってもいい展開じゃないのですか?おかげであなたもこの男もより早くここを去ることができるのですよ?」
「まあな。それに、これでまたあんたとの約束に一歩近づいた。」
「そう、だからこれはエリーゼにとっても良い展開ということなのです。たった1日でよくもまあここまで事態を良い方向に持っていったものなのです。」
「素直にこいつの努力と才能に今は感謝ってとこか。ーーーでも、こっからは俺だって負けてられねえ。」
決意の言葉と共に、テーブルの上にあった一冊の魔術書を手に取る。
「ようやくお目当ての魔術書を持ってくることができたんだ。これでもう過酷な階段登りからはおさらばできる。」
「あなたはあなたでとんでもない忍耐力なのですよ。真っ当に一段ずつ登るしか方法がない人間が、まさか本気であそこまで登りきるとは正直思ってなかったのですよ。」
「あんたの治癒魔法あってのことだ。」
「肉体的疲労はともかく、精神的疲労に関しては何もしていないのですよ。先が見えない、治ってもまた苦しい思いをしないといけない、時間内に辿り着かないといけない。そういったものも人間にとっては相当な苦痛なはずなのですよ。」
真面目な顔でそう告げるエリーゼだったが、そこで見た宗次の表情に思わず治癒魔法が止まる。
「・・・よくそんな顔をして笑えるのですよ。」
「あんたの主人やあのぶっ飛んだ王様に比べたら月とスッポン並みの差があるだろうけどよ、俺だって忍耐力には相当な自信があるんだぜ?伊達に青春全部捧げてひたすら研究ばっかしてたわけじゃねえぞ?」
「また新しい言い回しなのです!スッポンって何なのです!?どれだけ月とスッポンには差があるのですか!?」
「そこに食いつくのかよ・・・。」
目を輝かせてこちらを見ている鳥に苦笑いしながら答える。
「ま、期待しながら待っててくれよ。今にあんたの度肝を抜いてやるからな!」
「まずはエフィーの修業を無事に乗り切るところからなのですよ。比較的簡単とは言いましたが、あなたの考えている内容次第では、相当難しくなることもあるのですからね?」
「大丈夫だ。適性にも出てたけど、どうも俺には昔からこの手の分野においては才能があるみたいだからな。」
再び、今度はニヤリと自信を表すような笑みを浮かべて、エリーゼに普段からされているような挑戦的な目でそう言い放った。
「ーーー発明家、上等じゃねえか。科学と魔術の共存とか、我ながら胸熱展開だろ!」
約4ヶ月間お待たせして申し訳ありませんでした。
仕事の激務に襲われたり、GA文庫大賞用に小説を作ったりで多忙な日々を過ごしていました。
これからはなんとかこちらの更新に注力できそうなので、またよろしくお願いいたします。
また、この4ヶ月間頑張って作った、新作ラブコメ「背伸びをしたって、本当に背が伸びるわけじゃない」の方もよろしければ、ご一読ください。
今年はあまり進まなくて申し訳ありませんでした。必ず最後まで書きますので引き続きお楽しみいただければと思います。




