3-21 幻の素質
「う、うん・・・?」
随分と長い間眠っていたような気がする。このなかなか腰を上げられない感覚は、間違いなく長時間横になっていた時に味わうものだ。
かつて、3徹してひたすら研究所でタイムマシンの仕上げ作業をした時があったけど、そのあと丸一日ぶっ通しで倒れていた時もこんな感じだったような気がする。まあ、あの時は硬い床の上で寝ていたからというのもあって、全身がバッキバキだったが。
って、よく見たらここも板の間だった。
というよりそれ以前に、
「なんだここ?建物の中・・・なんだろうけど、天井がやたら高いなおい・・・。」
どうやらこの建物らしき場所の床に、直で仰向けで横になっているみたいなんだけど、真正面に見えるのは途方もなく遠くにある天井らしきもの。もはや雲がある位置にも思える場所にあるせいで、あれが本当に天井なのかすらも疑問に思えてくるレベル。
でも、木でできた板の上に寝ているってことは、ここが何かの建物の中っていうのは間違いないだろう。
それに、ここが建物だと証拠づけるのにうってつけのものがそこら中にある。
「なんじゃこりゃ・・・。これ全部、本か?」
通っていた中学の図書室を何十、何百、何千集めればこんなに大量の本棚と本を用意できるのかっていうくらいにびっしりと本棚が敷き詰められている。
ちゃんとこの建物の中心らしき場所には透明な螺旋階段があり、一定間隔でこれまた透明な床が配置されているみたいだけど・・・これ、ちゃんと足を乗せられるんだろうな?足場だと思って乗ろうとしたら、そのまま1階にこんにちはとかしないだろうな・・・?
この床の数を階層と呼ぶなら、この建物は何階建ての建物と言えばいいんだろう。1階から天井らしきものが見えるせいで、イマイチ階層分けしたところでそのすごさが伝わらないかもしれないけど。
そのあまりの異質な空間っぷりについ今の状況を忘れて建物の分析をしてしまったけど、冷静に分析すればするほど自分はこの空間には一切馴染みがないということを思い知らされる。いやマジでどこだここ。
「とりあえずここから出てみるか・・・?」
どうしてそんな勇気が湧くのか自分でもよくわからないけど、じっとしていてはいけないという謎のお告げが聞こえたような気がして、とりあえず体を起こすことから始める。
やっぱり体の動きに違和感を覚えるけど、幸か不幸か硬い床で寝ること自体はもう慣れてしまっている。なんなら、温かみを感じる木材っていうだけマシに感じるくらいだ。
おぼつかない足取りで本だらけの建物をぐるりと見渡す。するとようやく本棚と螺旋階段以外のものを発見した。木でできたテーブルと椅子。そしてその奥の方に・・・、なんか家具屋さんとかで見たことがあるような、小さな生活スペースみたいな場所がある。
木で囲まれたバカ広い空間にポツンと白いカーペットで敷かれた空間。そこに置かれているのは、僕の部屋にもありそうな普通の勉強机みたいなもの。起きてからそのまま布団を放置したままにしたと思われるベッド。それなりに使われている痕跡のあるキッチン。
「あ、ようやく起きたのですか!とんだ寝坊助さんなのです!」
やたら愛嬌の顔をした、虹色の翼を持つ喋る白い小鳥。
「・・・・・・。」
喋る鳥!?
「な、なんなのですか?そんなにジロジロ見られると恥ずかしいのですよ。」
その鮮やかな翼を頬に当てて乙女感を醸し出している。うん、この鳥が言葉を話しているのは間違いない。
ま、なんか喋る鳥に驚くのも今更な感じがするけど。
「とりあえずここがどこかなのか教えてくれないか。全く状況が飲み込めないんだけど。」
「そりゃ、丸1日も眠っていたのだから仕方ないのですよ。治療も、あの王子を優先していたせいで完全に後回しにしてしまっていましたし。」
やっぱり丸1日は眠っていたか。この体調的にそんなもんじゃないかとは思っていたけど。
ただ治療っていう単語が引っかかるな。治療が必要なこと・・・?
・・・そうだよ!あの強い自称王様のイケメンはどうなったんだ!?
ってか、そもそも僕は助かったのか・・・?確かあの光のビームが目の前まで迫っていたはずだが。
「詳しいことはエリーゼもよく知らないのですよ。私から教えられるのは、傷だらけで全身ボロボロだった王子と、目立った外傷はなかったけど魔力が空っぽになっていたあなたが運ばれてきたってことです。」
「目立った外傷はなかった・・・?でも間違いなく僕はあのビームを直撃したはずだ。」
じゃないと逆にそこまでしか記憶がないのが不思議だし。意識を失っていたってことは、少なくともそうなった原因があるはずなんだけど・・・。うーん、さっぱり思い出せない。
「何はともあれ、滅びを迎えた王都からあなたは九死に一生を得て、この『知恵の塔』にたどり着いたのです。自分の運の良さに感謝した方がいいのですよ?今や、この世界で生きている人間が何人いるかなんてわからないのですから。」
調子良く話していた鳥の顔が途端に険しくなる。それほどまでに、外の世界は今ひどい有様になっているということなんだろう。
「やっぱり、あの王様って人が言ってた仲間っていうのはいなかったんですか?」
「それはエリーゼに分かりかねるのです。ただ、少なくともエフィーがここに連れてきたのはあなたたち2人だけだったのです。」
ん、ここにきて新キャラの名前か。さっきも運ばれてきたっていう表現をこの鳥はしていたし、どうやらその人に僕ら2人は助けられたとみて良さそうだな。
「その人は今どこにいるんだ?こんな世界でもまだ生きてるってことは、相当強い人なんだろうけど。」
「強いなんてものじゃないですよ?彼女はエリーゼの主人で、この塔の番人をしている最強の魔術師なのですから!」
両手を腰に当て、ドヤ顔でこちらを見つめている。
それにしてもこの鳥の主人ってことは、そのエフィーっていうのはバカでかい神鳥だったりするのか・・・?
「な、なあ。そのエフィーっていうのも、あんたみたいに喋る魔獣だったりするのか?ほら、こんなよくわからない場所の番人をやってるくらいなんだし・・・」
「ーーーバカ言わないで。そんなことあるわけないでしょ。」
ここは鳥が支配している謎の塔なんじゃないだろうか。
そんな摩訶不思議な妄想をしていたら、突然後ろから謎の女性の声がした。
「はっはっは!!!!!でも仮にその正体が本当に喋る魔獣だったとしても、俺は驚かないぜ?」
「馴れ馴れしくしないで。そのタイムマシンとやらの修理が終わったら、私たちの関係は完全に終わりだから。」
「へいへい。ちょっと冗談言っただけじゃねえか。せっかく可愛らしい見た目してんのに、そんなイライラしてたらもったいないぞ?」
同じ方向から、何やら聞き慣れた声も一緒に聞こえてくる。
するとやはりそこには、身なりこそボロボロで貧相だけど、なぜか少し覇気のようなものを感じさせる茶髪のイケメンが立っていた。
隣に立っているのは、やたらと小柄な美少女。一見その紺色のミニスカートにハイブーツと薄いタイツというコーディネートが中2病を拗らせた感を出しているけど、やたらと露出が多い薄地のトップスに綺麗にパーマがかけられた黒髪、目つきの悪さを除く他の全てのパーツが異常に整っている顔立ちが、オタサーの姫感を完全に払拭している。
予想の真上を行くような姿だったけど、彼女がエフィーで間違いなさそうだ。
でも、あのイケメンの後ろにもう1人誰かいるな。
「助けていただいて本当にありがとうございました。なんとお礼を申し上げたらいいか。」
・・・は?
いやいや。
「おいおい、気にすんなって!むしろお前が生きていてくれたおかげで希望が見えてきてるんだぜ!?」
いやいやいや。
あーなるほど!ようやく理解できた。
つまりここはもう死後の世界だったんだ。僕はやっぱりあの一撃をくらって死んだんだな。そういうことだったんだ。
「まさかあいつ以外に異世界からやってきたって人間がいたなんてな!これならタイムマシン修復も夢物語じゃなくなってきただろ!」
じゃないと、
ここに大人になった姿の玲那がいることの説明がまるでつかない。
「おーい、起きるのです、客人。」
その衝撃的な光景に混乱した頭を現実に引き戻そうとするかのように、ペシペシとその柔らかい羽毛で僕の頬が叩かれている。
次第にその威力が強くなってきている。あーもう、鬱陶しい。
「しぶといヤツなのですね。こうなったら奥の手なのですよ。」
考えることを邪魔しようとするその攻撃から必死に意識を背けていると、何やら不吉な言葉が聞こえてきた。
まさか、また何かいらんことをしようとしているんじゃないか、あの鳥。
「目覚めの飛び鳥蹴りなのです!!!!!」
「ふごぉおおおおお!?」
突然、脇腹に強い衝撃が飛んできたと思えば、いつの間にか僕は木でできた床の上を思いっきり転がっていた。
そうして何度か床と天井が交互に映し出されたところで、ようやくブレーキがかかってくれた。
「いってえ・・・。」
主にダメージが大きかったのは両腕と背骨。痛みを訴える箇所を一度に抑えることができず床に蹲っていると、天井を映し出していた視界に、パチクリおめめの鳥の顔が現れた。
「通告を何度も無視したあなたが悪いのですからね!」
フンッと鼻息を荒くしたエリーゼはそのままテーブルの方へと飛び去っていった。
「・・・目覚めの悪い朝だな。」
いまいち頭が覚醒していないまま、痛みを訴える箇所に治癒魔術をかけながら僕もまたテーブルへと足を運ぶのだった。
* * *
脳みその右方面が、痛みとも痒みとも取れるバチバチとした感覚を訴える。この手の届かないところに起こる異常事態というのが、抗う術がない分、とにかく辛い。
でも早くこの感覚を克服しないと、僕は一生この塔から出られない。ということはつまり、王宮に戻って姫様の笑顔を見ることも叶わないということなのだ。それだけは勘弁だ。そんなことにだけはなってたまるか。
その強い願いが一歩前へと踏み出す力を与えてくれたのか、今までは痛みに耐えるのに精一杯でなかなか離れてくれなかった瞼が、ほんの少しだけこじ開けられていく。突然差し込んできた光に、思わずもう一度開きかけた扉を閉じかけたけど、なんとか自分の両手でその光を遮ることで堪える。
しっかし、両手が重くなったわけじゃないのに自分の思い通りの速さで動いてくれないというのは、どうにも気持ちの悪い感覚だ。自分の頭で思い描いているイメージ通りに体がついてこれていないような感覚。
『ーーーえ、ーーさかーーまーーはね。』
いきなり脳内に強いハウリングノイズのような不快な音が鳴り響く。その甲高い音と一緒に何やら言語のようなものが聞こえた気がするけど、脳を劈く痛みが妨害していく。
その痛みに耐えかねて、僕は身体中に張り巡らせていた集中力を途切らせてしまった。
すると、息苦しさすら感じるようになっていたその辛さが、一瞬で引いていった。
「はあ・・・、はあ・・・、うっ・・・!」
その不快感が無くなったと思ったら、急に今度はさっきまで感じなかった全身の怠さが襲いかかってくる。これまた抗いようがなく、僕の両膝は地面に崩れ落ちてしまった。
それだけじゃない。目の前の景色がなぜかグルグルと歪んで見えるせいで、謎の嘔吐感が身体の内側から込み上げてきたのだ。
その喉元まで出かかっていた流動体のそれをグッと飲み込んで、グワングワンと効果音を立てて揺れる頭を手で抑える。それでもまだ目の前に映し出されている地面は、波打っているように見える。
「でもまだ、身体はうまく適合できず・・・か。これはもう自分の頭に鞭打って、無理矢理にでも慣れさせるしかないわね。」
頭上から、この3日間ですっかり聞き慣れた悪魔の声がする。
「ほら、立ちなさい。そうやって自分の身体を甘やかせてる暇があったら、自分に治療魔法でもかけたらどう?」
「む、無茶言うな・・・。こんな状態で魔法なんてーーー」
「あ、そう。もし今目の前であんたの恋人が殺されそうになっていたとしても同じことを言うって言うなら、そうしていてもいいわよ。」
チッ、いちいち癪に障る言い方をするな、この女。
でもそれを聞かされると立ち上がらないといけないという気持ちにさせられてしまうのが、余計に腹立たしい。
最初からそういう気持ちで挑もうという気概を見せられなかった自分が少し嫌いになるのだ。
頭を抑えていた手に、死に物狂いで意識を集中して魔力を集める。そうしてなんとか脳に発生していた異常を除去することができた。
それに呼応するように、力を入れようとしても入らなかった両足が言うことを聞くようになってきた。片膝を立てることに成功すると、そこに全体重を預けてようやく再び両足で大地を踏みしめられるようになった。
「やればできるなら最初からやりなさい。時間がもったいない。」
やっとの思いで顔を上げた先に待っていたのは、美少女からの冷たい眼差し。そこらへんにいる魔獣を見ている時と変わらない眼差しが、そのまま僕に向けられている。身長が僕の方が高いせいで、いまいち圧のようなものは感じづらいが。
「もう魔力が底をついている。これ以上の魔法の行使は無理だ。」
「ーーーそのようね。ただでさえ宿している魔力の器が小さいのにそんな無駄の多い使い方をしているから、そうやってすぐにバテるのよ。」
はあ、と露骨に大きなため息をついて性悪魔女は嫌味を口にする。
修行開始からすでに3日が経過したのに、今のところ習得できた魔法はゼロ。初級白魔術を姫様から教わっていた時と比べると、ペースに雲泥の差がある。
なにせこの3日間の収穫といえば、なんとか魔術書を見なくてもその術を唱えられるようになったこと、そしてほんの数秒だけその術をかけた状態で瞼を開くことができたということだけなのだから。
別にあの魔女の教え方に問題があるということではないんだろう。ただ単純に今までは推奨レベルに沿ったステージが用意されていたのに、いきなりレベルがグッと上がったステージを攻略しないといけなくなったってだけだ。
おまけに、レベルが低いせいでまだMP上限が低いのに、やたらと消費MPが多いものを練習しないといけないっていう状態だから、余計に効率が悪いという。
「ちんたらとやっていたら、本当に世界が手遅れになるかもしれないわよ?」
「わかってる。だからこうしてあんたのスパルタ教育にも文句を言わずについていってるだろ。」
「そのなんたら教育っていうのはよくわかんないけど、何も文句を言われるようなことをした覚えはないわよ。寝る場所を与え、食も与え、魔術も教えてるのに、どこに文句を言われる要素があるのか教えてもらいたいわね?」
「そうやって言われると、本当に何も言えなくなるくらいの居候っぷりだな僕ら。」
魔女の嫌味に反論するどころか、その通り過ぎて思わず苦笑いが溢れるほど、僕らはこの人と一匹の鳥に世話になりまくっている。世話にならないといけなくなった経緯自体は、僕らに落ち度は全くと言っていいほどないはずなんだけど。
そしてこの生活を強いた張本人からは、何の音沙汰もない。王様以外の王都の人たちからも何の連絡もない。おかげで、この塔に来る前に立てた作戦がどうなったのか、僕と宗次は何一つ把握できていない。
「とりあえず今日はもう切り上げるわ。30界そこで瞑想するまでは塔の中に入らないこと、いい?」
ヘトヘト状態の僕に2時間の精神統一を命令して、魔女はふらーっと森の中へ消えていった。おそらく今日の食料調達に行ったんだろう。
その後ろ姿を無言で見送った僕は、せっかく立ち上がった両足で今度は胡座をかいて、雑念に塗れた瞑想を開始した。
* * *
広く長い廊下を抜けると現れる、一面本棚だらけの謎の空間。最初に来た時は緊迫した状況下だったせいで気づかなかったけど、こうして今落ち着いた心持ちで入ると、紙の匂いがとにかく気になってくる。どこにいてもこの匂いがどこまでもつきまとってくるのだ。それはたとえ食事の瞬間であろうと、睡眠をとる瞬間であろうと、だ。
「あー、やっぱ湯船かシャワーがないと、いまいちスッキリしないんだよな。」
「この建物内でお風呂なんてもってのほかなのです!湯浴みをしたいのなら外で勝手にしてくるのですよ。」
「だから炎魔術も水魔術も使えないから無理だって言ってんだろ?」
「じゃあ諦めるのです!力無き者が贅沢を言うなんて論外なのです。」
「ちょっと言ってみただけじゃねえかよ。そんな責めるような言い方すんじゃねえよ・・・。」
宗次とエリーゼが何やら会話をしているようだ。決して良好そうな関係には見えないが。
あの様子を見る感じ、宗次の自主練が終わって、エリーゼに治癒魔法と汚れを取る魔法をかけてもらっているのだろう。
「エリーゼ、僕にも頼む。」
「はあ、また魔力全部使い果たしたのですか?しょうがないのですね。」
僕が声をかけると、嫌々そうなトーンではあるが、満更でもなさそうな顔でこちらに羽ばたいてくる。相変わらず発言だけは素直じゃないけど、面倒見の良さは魔女とは比べ物にならないくらいにいい。
料理を作ってくれたり、風呂や洗濯を魔術で代行してくれたり、身体がボロボロになったら治癒魔法をかけてくれたりしてくれる。何か疑問に思ったことがあれば、聞くとなんやかんや答えてくれるし。初日なんて、板の間で寝ることに抗議していたら、自分の羽毛を増殖して布団を作ってくれたりもした。
そんなこんなで世話になりまくっているということもあり、鳥と呼ぶのはやめにしたというわけだ。相変わらずいじれるところはいじり倒しているが。
そんなエリーゼ先生によるセラピータイムは修行後のこの時間の恒例行事になっているわけだけど、これがとんでもなく気持ちいい。全身のコリが内部から優しく丁寧に揉みほぐされていくような感覚。くすぐったさを感じると同時に、自然と身体がポカポカと暖かくなってくるのだ。
聞いた話によると、これは治癒魔法と水魔術の一種である流動魔法との複合魔法らしい。白魔術ばかりで作られたとか言ってたからてっきり白魔術しか使えないと思ってたけど、そういうわけではないらしい。
「うーん、相変わらず不思議な魔力をしているのですよ。エリーゼはすごく気になるのです。」
「またその話か。言っとくけど本当に僕は身に覚えがないからな。」
「だからこそ気になるのですよ。どうしてこんなにこの魔力には柔軟性がないのでしょうか。」
エリーゼには、というより白魔術を極めた者には、その人が宿している力みたいなものを感じ取る力が備わるらしい。そのエリーゼが言うには、どうも僕の魔力は白魔術を行使するためだけにしか使えないくらいに、魔力の素質が偏っているらしい。
確かに、姫様にも白魔術以外の適性は致命的と言っていいほどにないって言われていた。その理由は僕の魔力の素質にあったってことか。
「異世界人には同じ感じの魔力が宿るんじゃないかとか考えてたけど、宗次は普通なんだよなあ。」
「逆に俺のは結構柔らかいみたいだぞ?地魔術を覚えやすいようにできてるけど、他の魔術の型も馴染みやすいんだってよ。」
「こういう系統の魔力って器用貧乏って呼ばれやすいのですけど、地への馴染みやすさがとても高い素質を持っているのでその心配もなさそうなのです。時間をかければ、全ての魔術を幅広く覚えていくこともできる優秀な魔力なのですよ。」
「な?なかなかの高評価だろ。」
「なんか妬ましく思えてくるな。」
と、こんな感じで実は宗次には魔法戦士の素質があることも、エリーゼの素養チェックのコーナーで明らかになったりした。
ただ、口では妬ましいなんて言ったものの、最近はこの適性結果に不満を覚えることもなくなった。
最初こそ、支援しかできないと言われていた白魔術の適性しかないと言われて絶望もしたけど、こうして今習得しようと鍛錬に励んでいると、何やら無限の可能性すら感じてきている。
単体ではサポート特化なのは否めないけど、別の能力と組み合わせた時の爆発力は凄まじいことになりそう。そんな明るい展望が持てるし、今はむしろ感謝もしている。
「ほら、治療が終わったのですよ。体内にバラバラに散らばっていた残滓もまとめておいたから感謝するのです。」
いつものドヤ顔の決めポーズ。
でも確かに全身の疲労感もだいぶマシになっているし、さっきまではカラッカラだった魔力も小規模のものならあと一回くらいは使えそうなくらいに回復している。医者としての腕はおそらくこの世界で一番なんじゃないだろうか。
「サンキューな、エリーゼ。」
「その感謝のされ方、やっぱりなんか感謝されている気がしないのです。」
「あんたが僕らの文化を知りたいって言ったんだろ。だったら慣れてくれよ。」
「本当はそのサンキューって言葉が、無能な鳥っていう意味だったりしないですよね?」
「そんな嘘つくか!そもそもそんなピンポイントな悪口なんかねえよ!」
首を傾げて心配の声をあげるエリーゼ。自分から僕らの世界について色々教えて欲しいって言ってきたくせに、それを信じないって言われるようじゃどうしようもない。
ちなみに僕らの世界の情報を教えるというのは、僕らとエリーゼの間に交わした契約だ。勝手に魔女が王様と結んできた契約で自分の仕事が増えるのは納得がいかないと駄々をこねられたので、こうしてエリーゼにも得がある契約を結んだというわけだ。その契約を結んでしまったせいで、僕らの無茶難題を嫌と言って突っぱねることができなくなってしまったということに気づいていないのがおめでたい。
ただ、あの見た目や仕草からは想像できないくらいに、エリーゼはとにかく知識欲が凄まじい。この塔の管理者なんて名乗っているだけあって、真面目な質問をしたらちゃんとまともな回答が返ってくる。
本人曰く、この塔にある本はほぼ全て読破したと言っているし。そんなやつにとって、自分の知らない世界の知識というのは喉から手が出るくらいに欲しい情報だったんだろうな。
だからこうして散々こき使われたり、いつの間にか毎日宗次の修行に付き合わされたりしていても、ちゃんと付き合ってくれている。本当に扱いやすくて大助かりだ。どこぞの誰かとは違ってな。
「あ、エフィー!お帰りなのです!」
「あー疲れた、あとは任せるわ。ご飯ができたら呼んで。」
そう、この得体の知れない女は何を考えているのかがさっぱり掴めない。
いつものように狩りに出かけ、精肉された肉をブラックホールに収納して、帰ってくるなりそれをテーブルの上にぶちまけたかと思うと、例の生活感溢れるスペースに向かっていく。すでにこの光景を何度も見てきたけど、そのスペースで魔女が何をしているのかは、皆目見当がつかない。
何をしているのかと思いちらっと覗いてみたことがあったけど、魔女は勉強机らしきものに向かったまま何もしていないのだ。何かを書いてるわけでも作っているわけでもなく、ただ座って勉強机をぼーっと眺めているだけのように見える。
一方のエリーゼもそんな主人の行動に何一つ口を挟むことなく、主人の後ろにあるキッチンで持ち帰った肉の調理を開始する。
その時間が始まるともうエリーゼは構ってくれなくなるので、僕と宗次は椅子に腰掛けて、料理ができるのを待つ子供のように雑談しながら待つ。
そんな日々を過ごしてもう3日。平和そうに見える一方で、今王都で何が起こっているのかを何一つ把握できていないことが、気がかりでならなかった。
この日々を終わらせる方法は、もうたった一つしかないと思っていいだろう。
一刻も早くあの魔術書の内容をマスターすることだ。
* * *
ああ、まただ。またこの抑えようのないピリピリとした痛みが襲ってくる。太陽の光を微かに感じる、鬱蒼とした緑が広がる閑静な森の中にいるはずなのに、なぜか視界は赤く染まっているような錯覚に陥る。
一刻も早くこの痛みから逃れたい。でもここで痛みに負けて目を閉じてしまったら、また今日も進歩がなかったとあの魔女から蔑みの目で見られてしまう。また王宮に戻れる日々は一歩遠のいていってしまう。姫様に再会できる日が先送りになってしまう。
無理やり膝の関節を押さえようと両手に力を込めるけど、やっぱり両手は思うようなスピードでは動いてくれない。なんとか心が折れる前に膝の補強に成功した僕は、この苦しんでいる姿をただ無言で腕を組んで眺めている少女を視界に捉える。
『ちゃんー言葉として聞こーてるーら、返事ーしなーい。』
目が合ったと思った次の瞬間、魔女の声がまるで脳に直接届けられたかのように伝わってきた。昨日のようにまだ少しノイズがかかって聞こえるけど、今日はちゃんと意味が理解できる。
すると、稲妻のようにビリビリと頭を刺激していたあの痛みが、なぜか少しずつマシになっていく。赤色に染まっていた視界も、サーっとその生々しい色を引かせていった。
『いや、やっぱりいいわ。どうせ返事をしようとしたって、その状態だとうまく話せないでしょ。』
「ーーーどおおううういいいううう・・・。」
ああ、なるほど。どういうことだと言い返そうとしたところで、自分で気づいた。
言いたい内容は頭にあるのに、それを言葉にしようとすると、口の動きが通常より遅く感じてしまうから不自然に感じるんだな。これは気持ち悪い。
『ようやくその力に脳が適応するようになったみたいね。私の声をある程度言葉として認識できるようになったところで、今まで無意識に大量の魔力を脳に供給していた現象が収まったってことかしら。』
脳に魔力を過剰供給していた?
なんかまたよくわからないことを言っているけど、とりあえずあの脳を爆発させるような痛みが消えたのは喜ばしい。とくにあの魔女が何かしてくれた訳ではなさそうだけど、まあ結果が良ければなんでもいい。
『まさかたった4日でこの段階まで辿り着くとは、私も予想外よ。魔力の使い方はこんなに下手くそなのに、この白魔術への適応の速さはもはや異常と呼べるくらいね。』
魔女に異常だと言わせるほどの白魔術への適性。姫様にその才能を褒められていた時は何も考えずにただ喜んでいただけだったけど、今こうしてエリーゼや魔女に異常だと言われると自分もこの力に少し疑問を覚える。もちろん、僕なんかがそれを考えたところで、答えなんて出るわけないんだけど。
『ま、今は理由なんてどうだっていいわ。とりあえずこれであんたはこの魔術書の基礎にして一番大事な力を習得したってわけ。あとはその力をどんどん洗練させて、最終的には脳だけじゃなくて全身に同時にそれをかけられるようになりなさい。もっとも、まだ蓄えられる魔力の量に問題があるから、まずは無理矢理にでもその器を広げるところから始めるわよ。』
この4日間の間に一度も見せてこなかったわずかな微笑みを浮かべて、魔女は僕との視線交換を断ち切ってきた。
それを魔術を解いてもいいという合図だと勝手に解釈して、僕は元の状態へと戻った。
「解除した時に感じるこの疲労は相変わらずなんだな・・・。」
別に重力を操作していたわけでもないのに、術を解いた瞬間に全身が鉛のようにグッと重くなる。
「そりゃそうよ。急に世界がさっきの2倍の速さで動くようになったんだから。正確には、あんたの頭の回転がさっきの半分になったってことなんだけど。そんなことが起きたら、頭の処理が追いつかなくなるに決まってるでしょ?」
それくらいわかるでしょ?と、小馬鹿にするように言い捨てて、魔女はいつものように森の外へ出る道に向かって歩き出した。
ちゃんと2時間の瞑想をするようにという命令も言い残していったが、僕の聞き間違いでなければ、その声にはどこか見た目相応の無邪気さのようなものが宿っていたような気がした。
あの魔女がそこまで態度を一変させるなんて、そこまですごいことを僕は成し遂げたんだろうか。うーん、自分のことだとよくわからない。
でもまあ確かに、今までの魔術と比べると実用性が明らかに違うということだけは自分でも理解している。
今まで治療魔法とか、光を生成するとか、その光に五感を預けるとかくらいしかできなかったんだから、自分でもびっくりするレベルだ。
だって、いくら魔法が使える世界だからと言って、流石にこんなことができるとまでは思わないだろ?
ーーー頭の回転の速さを倍にするなんて。




