3-20 暗雲
「あなたの言っていることはさっぱりできないのです。そもそも自分からエフィーに村に魔獣をけしかけさせるなんて、自殺行為なのですよ。」
「ああ、僕もそう思う。実際、度重なる襲撃を受けて村は今滅亡の危機に陥っているからな。」
「じゃあその理論は破綻しているじゃないですか!」
「ーーー危機に陥っているだけなんだよ。だって本当にやばい状態の今は魔獣の襲撃が起きていないんだぞ?こんな都合のいい展開、それこそさっきあんたが言った『何者かが意図的にそうなるように仕組んでいる』としか思えないだろ。」
それは・・・、と言いかけて鳥は考え込む。そんなことをできるのはあの魔女だけだと自分で言った手前、うまく言い逃れる方法がなくて困り果てているのだろう。
「で、でも本当にエフィーはやっていないのです!少なくとも私は知らないのですよ!」
「じゃあ誰がこんなことできるって言うんだよ。あの魔女以外にいないんじゃなかったのかよ!」
「し、知らないのです!もうここ数十年、あの男も姿を現していないですし、エフィーは私と2人平和に過ごしていたのですよ!」
「あの男?」
その気になる単語について聞き返すと、鳥は一瞬表情を強張らせた。でもすぐに元に戻すと、やけに落ち着いた様子で答え始めた。
「・・・それなりに昔の話になるのですが、1人のとても汚らしい男と2人の男女がしばらくこの塔に通っていた時期があったのですよ。」
「わざわざここに?僕たちと同じようにここにある本目当てだったのか?」
「さあ、エフィーが何も教えてくれなかったので、あの3人の目的が何だったのかは知らないのです。ーーーただ、次第にエフィーがあの男と話している時間が長くなっていったのは覚えてるのです。」
まるで親を誰かに取られたかのような顔で、鳥は当時のことを振り返る。
3人っていうのが気になるところだが、村に来るような汚らしい男なんてあの男以外にはいないだろう。
「あんたはその男とは話していないのか?」
「私は基本この塔からは出られないように指示されているのですよ。だからこの塔に入ってこない以上、私からは接点を持てないのです。」
つまり、その集団は何度もこの塔に通っていたのに一度も塔の中に入ったことはなかったと。
「一応聞いておくけど、その男の名前は?」
「知らないのです。エフィーは何も教えてくれなかったですから。」
「じゃあなんで見た目は知っている?」
「一番最初にやってきた時にエフィーがそう言ってたのです。普通の王都に住む民がここまで来たんじゃないかって興味津々だったからよく覚えているのです。」
そんな当時を振り返る鳥は、やはりあまりご機嫌そうではない。話の切り出し方的にも、何か嫌なことでもあったんだろうな。
まあ、あのボロ雑巾野郎と関わっていい思いをすることなんてないだろうしな。
「でも今のあなたの話を聞いてその男の正体に半ば確信を持ったのです!」
「正体?ああ、その男が僕の言っていた村の村長かもしれないって話か?」
「な・・・なんで先にあなたがその結論にたどり着いているのですか!?」
いや、どう考えたってそういう話の流れだっただろ。逆になんでそんなにびっくりした顔できるんだよこいつ。
「む、むむう。これはあなたのその頭の回転の早さを認めざるを得ないかもしれないのです・・・。」
なぜか僕の評価が上がっているが、とりあえず悪いことではないしスルーするけどさ。
「んで、あのボロ雑巾村長がやってきて何が起こったんだ?」
「ぶ、ぶふ・・・。ぼ、ボロ雑巾ってなんですか!アッハッハッハッハ!!!!!ボロ・・・ボロ・・・、アッハッハッハ!!!」
「ああもう、こいつ話にならねえなあ!?」
いらんことを言った自分が悪いんだけど、こうまで爆笑されるとは。・・・悪い気はしないけど。
「アハ、・・・はあ、疲れたのです・・・。今日は解散です。」
「いや、させねえよ!?こっからが本番だろ!?」
「そうは言われても、ここから先はエフィーの守秘義務があるのです。」
「守秘義務なんて今更だろ。ほら、話した話した!」
「そう言うなら話しても・・・ってダメに決まってるのです!これはあなたがどうこう言って済む問題じゃないのですよ!」
チッ、やっぱ肝心なところのガードは固いか。このちょろい鳥なら勢いに任せればいけそうとか思っていたけど甘かった。
「ーーーでも、仮にそれが動機になっているのだとしたら、もしかしたらあの村には・・・、でもそれならあの人は・・・。」
「なんだ、小声でブツブツ言ってないで、僕にも聞こえるように言ってくれよ。」
「な、なんでもないのです。」
「そんな思い詰めた顔をしといてそれはないだろ。ほら、僕とあんたの仲なんだ、なんでも話してくれよ。」
「そんな爽やかな笑顔を向けてきたって話せることは何もないのです!」
チッ、優しくしたらうまくいくかと思ったがダメか。
となると、これ以上こいつから聞きだせることはなさそうか。
「詳しいことは直接本人に聞けってか。」
「それがいいのです。エリーゼには荷が重いのですよ。」
「でも王様と互角にやり合うような人に話ができるとは思えないんだが。」
「じゃあ諦めるのです。そこまで面倒は見きれないのですよ。」
チッ、急に突き放してきやがった。
でも、魔獣の仕組みはなんとなくわかったし、白魔法の真髄が書かれた本も手に入れることができた。この短時間の成果としては充分すぎるだろう。ここはさっさと王様に合流しに戻るべきかもしれない。
「じゃあな。本はまた後日返しに来るかもしれないし来ないかもしれない。」
「ちょ、ちょっと待つのです!ここは本の貸し出しはやってないのです!」
「いや、そう言われてもここで全部読んでいくわけにもいかないだろ。」
「じゃあそれは置いていくのです!」
「それは無理。」
「無理、じゃないのです!返すの、です!!!」
うわ、あの鳥、翼をばたつかせて突進してきたぞ!?
ここで本を取られて上空に逃げられたらまずい!
「そこまで言うなら、いつか返しに来るから!!!」
本を大切に抱き締めて、急いで入り口に向かって走り出す。
「こらー!待つのです!!!このまま逃げるのなら、ここで寝ている人質に容赦しないのですよ!」
「人質?は、そんな戯言で足を止めようとしたってそうはいかねえぞ!」
あの鳥にしては、頑張って知恵を振り絞った方なのかもしれないが、そんな稚拙な嘘には引っかかるほど甘くはない。
後ろからあいつが迫ってくる気配も感じないし、これは勝ったな。あとはうまく王様と合流してここからトンズラこけば作戦成功だ!
我ながら今回はうまくいきすぎじゃないか?本の入手に魔獣の神秘の解明。これは胸を張って姫様に会えそうだ!
はは、体が軽い!この塔に入った時とは大違いだな!
・・・ん?いや待て。そういえばこの塔に入ってきたときは、こんなにも自由に体を動かしてはいなかったような・・・。
「ーーーこのバカ宗次!!!さっさと起きないと置いてくぞこのやろう!!!」
「エフィーの魔術にかかっているのなら、エフィーの力で解除しないと起きることはないのですよ!残念でしたね!!!さあ、おとなしく戻って・・・、」
「そうか、じゃあ悪いがしばらく面倒を見てやってくれ!!!それじゃ!!!」
「は、はあ!?ちょ、嘘ですよね!?見捨てていくのですか!?ま、待つのですーーーーー!!!!!」
すまん宗次!でも今はこの本の方が大事なんだ!
というか、そもそも僕は自力で抜け出せたのに、いまだに起きる気配一つ見せない方が悪いんだからな!
あの鳥はせいぜい嘴で突くくらいしか攻撃手段はないはずだから死ぬことはないと思う!だから許してくれ、怪我なら治してやるから!!!
「あばよ、とっつぁーーーん!!!」
よし、入り口まであと少しだ!これでこの長い通路を走りきれば・・・!
「ーーーいや、友達見捨てて逃げておいてその清々しい顔はないでしょ。」
「おおっと、こいつは失敬!では先を急ぐので、さよ・・う・・・な・・・ら・・・?」
おいおい・・・。
なんで入り口にあの魔女が立ってるんだよ!!!!!
* * *
目力一つで僕の行動を制圧した魔女は、そのまま無言の圧力で、僕を宗次が寝ている机の隣へと連行していった。
主人の帰還にテンションが爆上がりしているアホウドリは、その虹色の翼で魔女が持っていたローブを預かると、さっき僕が侵入した居住スペースに置きにいった。
「はあ、疲れた。」
魔女は一足先に僕の目の前に座り、足を組んだ。こうして見ていると、やはり反抗期を迎えた女子中学生にしか見えないのに、魔術というのはつくづく恐ろしい。
なんて容姿について言及している場合じゃない。この女が1人でここに来た時点で真っ先に尋ねるべき質問があるのだ。
「王様はどうしたんですか?」
「なーに?この状況を見ても察しがつかない?」
「つかないから聞いてるんですよ。」
「そう、残念な頭の持ち主なのね。」
「いろんな可能性が思いついて大変なんですよ。」
少し煽るように言ってみたけど、相手の表情は思ったより柔らかい。もしかしたら、この一言だけで機嫌を損ねて跡形もなく消されるかもしれないとは思っていたけど、まずは一安心。
でもまだ何も安心はできない。必死に考えて物を言わないと、選択肢次第ではここでゲームオーバーになりかねない。クッソ、さっき全力で走ったせいで頭がいつもよりも回ってくれない。
それでも今はなんとか会話を成立させないと。ここで、強者と弱者という立場を確立させてしまうと、今後の交渉に大きく響いてしまう。
「完全にあんたの命は私の手の中にあるって言うのに、やけに強気な姿勢なのね。まだ私の恐ろしさが伝わっていないのかしら?」
「試しに僕の手を握ってみますか?今なら水魔法の一つくらい使えそうな気がしますよ。」
「普通、そういうのは隠したがるものなんじゃない?」
精一杯の強がった笑みを浮かべて、目の前の少女を見る。その差し出した手はガタガタと震えているし、手汗で滲みまくってるのが見ただけでわかるくらいにひどい。この強気な口調と動作が伴わないのが僕のクオリティだ。
「ビビってないふりをしようもんなら、本当に腕の一本くらい持っていかれそうじゃないですか。だからここは素直にこの惨状を見せた方がいいかと思いまして。」
「じゃあもっと小物らしく命乞いをしなさいよ。命が惜しくないの?」
そりゃあ惜しい。それこそ抑えようとしても無意識のうちに手がこんなザマになるくらいには。
でもこうなってしまった以上、この時間を有意義に過ごすためには、せめて頭だけはフル回転させないといけない。脳みそ以外の体の全部が恐怖で支配されていようと、脳みそだけは自分の力で動かせないと、王様に託された仕事は果たせないのだ。
落ち着いて整理しろ。
たとえここにいるのが魔女1人だけだったとしても、王様が死ぬまで戦いを続けるなんてことは考えづらい。命さえあればこの世界をやり直せるっていうチートを持っている以上、命をかけるのはあまりに愚かな行為。それがわからない人ではないはず。
だから仮に、魔女と全力で戦って勝てないと判断した場合は、僕を見捨てて逃げることを選んでいるはずだ。・・・ってこの場合だと、ワンチャン僕死ぬ可能性があるのか。
次の可能性は、素直に和解したという線。もともと戦いにきたわけじゃないんだし十分にありえる話だ。ただ、その場合だと、王様はじゃあ今どこにいるんですかって話になってくる。僕をここにおいていなくなるっていうのは、それはそれで心中穏やかではない。
だいたい考えられる可能性はこんなところか。何かの間違いが起きて、最悪のシナリオの王様が負けて死んだっていうルートを進んでいる可能性もゼロではないけど、それならそもそも詰んでいるわけだし、考えるだけ無駄。だからあの2パターンのうちのどれかにかけるしかない。
僕が死ぬ可能性もゼロじゃない。でも、出会い頭に殺されなかったことや、ここで対話に応じる姿勢を見せた時点で、王様と和解したというのが濃厚なんじゃないだろうか。いや、自分にとって楽なシナリオを想定するのはよくない。ここはもっと慎重になれ。
「そりゃこんなところでは死ねませんよ。でもここで命乞いをして媚へつらったら、王様に一生バカにされそうな気がするんで。」
「その一生バカにしてくるかもしれない奴が、もうこの世にはいないかもしれないのに?」
「そしたらその時点でこの国はもう終わりです。なおさら僕が命を乞う必要は無くなります。」
こんなセリフを毅然とした態度で言えたらもっとカッコがつくんだけどなあ。今の僕には、いかに目の前の恐ろしい魔女から目を逸らさずに、声を震わせずに話すかを意識するので精一杯だ。
「・・・あんな奴に付き従うくらいだからどんな変わり者なのかと思ったけど、掴めないわね、あんた。」
「こんな弱者の分析をしてくれるのは嬉しいですけど、僕が僕自身のことをよくわかっていないのに、わかることなんてないと思いますよ?」
「そういう、あんたやあいつみたいに、何考えているのかがわからない奴が一番苦手なのよ。」
「僕にもあなたが何を考えているのかわからないんだから、ここはおあいこってことにしてくれませんかね?」
いつもの王様みたいに飄々とした感じで言ってみたけど、予想以上に不興を買ってしまったようで、目つきが少し鋭くなった。
「つまらないわね。これで復讐に燃えて私に戦いを挑むなんて展開にでもなれば少しは面白かっただろうに。」
「ついさっき、友達を見捨てて逃げようとした人間にそんなこと求められても困りますって。」
「そうだったわね。小賢しいくらいに頭だけは回るってことはよくわかったわ。」
机に頬杖をついて、まるでゴミでも見るような目つきで僕を見てくる魔女。ナメられないようにと思って、ペラペラいらんことを喋っていたけど、こういうタイプには素直に下手に出たほうがよかったかもしれない。
でも、塔の入り口で目が合った時に発されていたあの強烈な威圧感は綺麗になくなっている。これはなんとか首の皮一枚繋がったか。
「それで、王様はどこに行ったのですか?」
「教えないわよ。なんで教えないといけないのよ。」
「あ、やっぱり生きてるんですね。」
教えないということは、つまりどこかにいるってことだ。無意識にボロを出してくれるのは情報を聞き出す側の僕としては、助かるところだ。
・・・なぜか少しだけ前方から魔力の気を感じるのが心臓に悪いけど。
「・・・はあ、なんでこんな奴の面倒を見ないといけなくなったのやら。」
「そう思うならさっさとここから出し・・・、め、面倒を見る?」
愚痴をこぼすようにポロっと言ったけど、どういうこと?
え、言葉通りの意味って考えていいのか?いや、言葉通りだとしてもわからん。え?どういうこと???
「言っとくけど、私の機嫌をこれ以上損ねたら本当にここを追い出すから!だから言葉にはくれぐれも気をつけることね!」
「いやいやいやいやいや!見えてこない見えてこない!え、何?僕、ここに残るんですか!?」
「私だって嫌々よ!!!あのクソ王子、とことん私を利用しやがるんだから!!!」
バンバンと机を何度も叩く魔女。そのご乱心の様子を案じるように、鳥がピーピー騒ぎながら魔女の頭を撫でるようにして治癒魔術をかけている。
その献身的な行為の効果があったのか、息を荒げながらもなんとか落ち着いたようだけど、顔が怖い。
「はあ・・・、はあ・・・、嫌な予感ってこれのことだったのね・・・。」
「あ、あのー・・・。」
「何!?」
この様子では、こちらも腹の探り合いとか相手をほどほどに挑発するとか言っても、もう無意味そうだ。下手に刺激すると、逆に地雷を踏む危険がある。
ここはもう、向こうの気が済むまで話してもらうスタンスの方がいいだろう。勝手にベラベラ話してくれそうだし。
「王様になにをされたんですか?」
「はあ?別に何もされてないわよ!ただあいつが意味のわからない理論を並べて論破してきただけよ!ほんっと、意味わからない!何、どういうこと!?ねえ、あんたなら知ってるんでしょ!?」
「なんのことですか。主語をくださいよ主語を。」
「ーーー決まってるでしょ!あいつが何度もこの世界をやり直してるって話よ!!!」
* * *
「別の世界線の私がそう言っていたとか、前の世界線で得た知識だとか言われても意味わかんないわよ!」
「まあそうですよねー。普通の人には到底信じられるわけないですよ、こんな話。」
「おまけにあいつ、もしこの世界線でこの依頼を断っても、また次の世界線の私にお願いするだけとかもっと意味わかんない理論で脅してくるし!」
「もはや脅しになってるかどうかも怪しいですよねそれ。というか別に今の魔女さんには危害加えられてないですよねそれ。」
「でももし本当にそんなことされたら、未来の私が可哀想じゃない!毎回毎回あんな訳の分からないこと言われたら、何百年と生きてる私だって頭がおかしくなるわよ!」
「さらっとすごいことを言われた気がするんですけど、なんかもうどうでもよくなってきました。」
「あんたもさっさとあいつの元から去った方がいいわよ。あいつ、私があんたを殺すって言って脅し返しても、『そしたらまた次の世界線に行くだけ』とか言って、全く気にも留めなかったんだから!あれはもう人間の心を失ってるわ!」
「あ、あー・・・。確かに少しそれはショックかもしれないっす。」
はあ、僕は今どれくらいの時間この人の愚痴を聞かされているのだろうか。
僕がこの塔の入り口を必死に探し、鳥に出会い、色々と話を聞き出している間に起きていた出来事の一部始終を、魔女の愚痴成分たっぷりで聞かされているわけなんだが、この人の愚痴はマシンガンのように途切れることなく、永遠に続きそうな気配を出している。
その間、鳥はと言うと、塔の掃除をしたり、僕らに水を提供したりと、まるで家政婦のような仕事ぶりを見せている。これだけ見ていると、働き者のいい鳥だなあという感想を抱きそうになるのだけど、僕と目が合うたびに『ドンマイ!』と言わんばかりの眼差しを向けてくることから、あいつはただ単にこの場から逃げただけっていうのがすぐにわかった。クソ鳥め。
「僕が王様の元を去るかは後で考えるとして、なんで王様は僕らを置いて1人で村に行っちゃったんですか?」
「さあね。あいつが何を考えているかなんて私にわかるわけないじゃない。」
「何か僕に伝言とかなかったんですか?」
「あったとして、それをあんたに言う必要がある?」
「今日1日王様に振り回された同士の仲じゃないですか。水臭いなー。」
ここまで長い時間話し合った仲なんだ、少しは心を開いてくれていても。そんな淡い希望を抱いた上での発言に、魔女はギロリという効果音が乗ったような視線をお返ししてきた。
「いい!?私が頼まれたのは2つだけ。あんたたち2人の命の保証と魔術の練習に付き合うこと。それ以外に私からすることなんて何もないから!」
「命の保証と魔術の練習?」
・・・え、えーっと。
つまりそれって、完全に僕ら2人の保護者兼指導者任されてない?面倒なこと全部任されちゃってない、この人?
「ちょっと待って、エフィー。それってつまり、私がこれから3人分のお世話をしないといけないってことなのですか!?」
「命の保証まで協定に入っちゃってるし、私はそんなの保証できないし・・・。まあそういうことになるわね。」
「なるわね、じゃないのです!勝手にエリーゼの負担を増やさないでほしいのですよ!!!」
「大丈夫だって、エリーゼは優秀だから絶対できる!」
「そ、そりゃあ・・・。うん、エリーゼは超優秀だから余裕でこなせるのです!」
「よし、じゃあ今日から頑張って!」
「はい、頑張るのです!!!」
なんですぐにそんなご機嫌になれるんだよお前・・・。ちょろすぎんだろ・・・。
「いい子でしょう、あの子?」
「完全に自分の都合のいいように作りましたよね。」
「いつでも前向きで健気な子になるように育てただけよ。ちょっと元気過ぎるのと、口が軽いのが難点かしらね。」
機密情報だらけのこの塔でそれは致命的すぎるんだよ。
「だから改めて伝えると、あいつとの約束どおり、そこの机に転がっている本に書いてある内容を習得するまでは、衣食住の権利を与える。それだけだから。」
「それが王様からの命令だと言うなら・・・。」
そもそも自力でここから王都に帰れない時点で僕に拒否権はない。それに、あの人がここにある本を持ち出すのが禁止っていうルールをもともと知っていたのだとしたら、最初からこうするつもりだったのかもしれないしな。
でも、前もってそれを伝えられなかったことと、宗次も一緒にここに置いていったことだけは不可解だ。今、王都はいつ魔獣の襲撃を受けるのか分からない状態で、それについての対策を一緒に考える役目を僕と宗次に与えたはずなのに、その僕ら2人をここに置いていく理由がわからない。百歩譲って僕はここで修行することが決定していたとして、宗次を残す理由がマジでわからん。
それに、いくら王様にあんな前代未聞な脅され方をされたからって、素直にあんな条件を受け入れるほど魔女もお人好しだとは思えない。
僕の知らないところで、またあの人は何か企んでいるんじゃないのだろうか。
誰にも言えないような、めちゃくちゃな計画を。
* * *
「う、うう・・・。」
「ようやくお目覚めか、宗次。」
「あれ、樹か?何がどうなってる・・・?」
僕と魔女の間で契約が締結されて、真っ先に彼女に依頼したのは、昏睡状態に陥っていた宗次を起こすことだった。
塔に着いてからは、戦わされることこそなかったものの、想定外の事態のオンパレードで精神的消耗が激しかったので、まずは宗次を起こして心を落ち着かせようという作戦だ。
「って、なんだここ!?外・・・じゃねえな。」
「知恵の塔の中だ。塔に着いてから今までずっと寝てたんだぞお前。」
「寝てた・・・?じゃああの世界も全部夢だったのか・・・。」
どうやら寝ている間に何か見ていたらしい。夢だと気づいてホッとしているってことは、決して明るい内容の夢じゃなかったんだろうな。
「あんた、黒魔術への耐性があまりにもなさすぎるわね。あの様子だと、私が術を解くまで永遠に眠っていたわよ?」
「・・・お前、夢の中で出てきたあの!」
「あら、私のことは覚えてるのね。ということは、相当重い内容の夢を見ていたんじゃない?」
確かめるようにそう聞いているってことは、魔女自身もどんな夢を見せていたのかは把握していないってことか。ということは、僕が魔王さんに拉致された時にやられたアレと似たような魔法だったんだろうか。
「伊理夜とサラは無事なんだろうな!?」
「誰のことか知らないけど、無事なんじゃない?会ったこともない人の安否を尋ねられても答えようがないわ。」
明らかな敵意を魔女に向ける宗次。どうやら夢の中でこの女にこっぴどくやられたらしい。
「それよりどういう状況なのか説明してくれ。さっぱり理解が追いつかん。」
「だろうな。何しろ、僕が散々苦労していた間ずっと意識を失ってたんだからな。」
長い間こいつをおぶって走っていたせいで、治癒魔術をかけても未だに両肩の怠さは残っている。それをアピールするように、これ見よがしに両肩を叩いてみせるが、もちろん宗次はそれが何を意味しているのか気づいていないようだ。
「はあ・・・、とりあえずどこまで覚えてる?」
* * *
「じゃあ俺たちはしばらくここで、この敵か味方かよくわからん女の世話にならないといけないってことか!?」
「大丈夫、この人はちゃんと味方・・・のはずだから。」
「今すぐ敵になって消し去ってやりたい気持ちはあるけど。」
僕の奮闘と魔女の長々と続いた愚痴をギュギュっと要約したものを聞いた宗次は、魔女から距離を取るように立ち上がって後ずさりをしていく。
でもその距離をとった先には、
「な、なんなのですか急に!」
「うおい!びっくりするじゃねえか、喋る鳥!」
ちょうど宗次の膝関節くらいの位置に鳥の顔が待ち受けていた。このゴールデンレトリバーくらいのサイズがある鳥についても軽く説明はしたけど、これまでのこの異世界での経験が生きているのか、こいつの存在自体にはそこまで驚いた様子はなかった。なんなら今の方が驚いてるくらいだ。
「これから居候になる身だというのに、口の利き方がなってないのです!」
「うるせえ、居候って言うんじゃねえ!」
「事実を述べたまでなのです!これから誰があなたたちにご飯を食べさせていくと思ってるのですか!?」
「え・・・、いや、マジで?俺ら、これから鳥が作る料理を食って生きていくの?」
「そうだ、僕らは今日から鳥に生かされていくらしいぞ。」
「嘘だ・・・、俺らの存在って鳥以下なのかよ・・・。」
「鳥鳥ってやかましいのです!そもそも私にはエリーゼというエフィーからもらった大切な名前があるのです!」
相変わらずバタバタと騒がしい鳥だ。
でも今後の生活のことを考えると、少しはこいつのご機嫌取りもしていかないといけなくなる。面倒だ。
「そこの塔に侵入した男はいいとして、あんたは何をするつもり?言っておくけど、同じ魔法を習得しようなんて思わないことよ。多分一生かかっても無理だから。」
「それは俺もわかってる。だが、そもそもあんたは本気で俺たちをここに置いてくれる気があるのか?」
素直に向こうがそうするって言ってくれてるんだから、わざわざそこを掘り起こさなくてもいいだろうに・・・。そんなことを聞いたところで、今の僕たちにはここに残るという選択肢以外はないんだぞ?
「ないって言ったら出て行ってくれるの?」
「出ていくための準備はする。それこそ俺も魔法を習得したり、武器の扱いを覚えたりな。だがもし、本気で置いてくれるというのなら、俺はここにある本を読むことに専念したい。」
鳥からもさらに少し距離をとった宗次は、立場が圧倒的に弱いこの状況でも、自分の要求を通そうとする気概を見せている。相手に恐怖を感じながらもこうして交渉の舞台に立とうとすることができるのは、こいつの長所の一つだな。
この場にその態度がそぐうかどうかはまた別の話だけども。
「なんであんたにここの本を読ませてあげないといけないのよ。私はあんたたちにここで自由に暮らしていいという権利を与えたつもりはない。」
「じゃあ俺はどうしたらいいんだよ。こんなわけのわからないところで生活しろって言われたってこっちも困るっつーの!」
「さあ?せいぜい相棒のその男が早く白魔術を極めるのを祈るのね。」
魔女はつまらなさそうにそう言い捨てるとゆっくりと立ち上がり、塔の入り口に向かって歩き始めた。
「エリーゼ、あとは任せたわ。料理の準備とそいつらの相手でもしておいて。」
「できるだけ早く帰ってきてほしいのです!」
「食いぶちが増えた分、いつもより遅くなるから。」
えー!っと不満を漏らす鳥にそれ以上構う様子をみせることなく、魔女は歩き出していく。
突然話し合いを打ち切られた側としては、何かその背中に声をかけてやろうかとも思ったけど、それをしない方が正解のような気がしたので、そのまま行かせることにした。
そしてそれは宗次も同じだったようで、さっさと注目を僕と僕の目の前に置いてある本へと向けている。
そうして、誰からも視線を向けられることがなくなったはずの魔女は、なぜか声がまだ届くギリギリの範囲まで歩いたところで、再び口を開いた。
「あーそうだ。もう一つあったわよ、あんたの待ち時間が短くなる方法。」
「お前が約束を反故にして、俺を殺すとかか?」
真面目に取り合う様子をみせることなく、適当にあしらうように宗次がそう答える。
しかし、そんなふざけた答えに対する魔女の返答は、驚くほどに冷たかった。
「ーーーこの世界が滅ぶことよ。」
茶化す素ぶりもなくそう言った魔女は、今度こそ塔の外へと出ていった。
* * *
知恵の塔を囲む大きな森林地帯を抜け、足場が不安定な荒地を行きの時とは比べ物にならないくらいの速度で駆け抜けていく。
汗の一滴もかかず颯爽と大自然の中を駆け抜ける男の顔は、だがしかし不安と怒りで押しつぶされそうになっている。
「ふざけてやがる・・・。どこまでもふざけてやがる・・・!!!」
その手に持っている両刃剣は、バチバチと今にも辺りに電撃を走らせる勢いで力を迸らせている。
一瞬ちらりと空を眺めると、そこには空を覆い尽くすほどの飛行魔獣の群れが、村と王都の両方に向かって飛んでいる。
中でも、王都に向かっている集団の中には、周りとは一線を画した大きさのものが一匹混じっていた。全身がどす黒く、大きな翼と長細い尻尾を持った蝙蝠のようなその魔獣は、大きさだけだと、王宮の敷地を埋め尽くせそうなほどに巨大だ。
荒地地帯を抜け、再び身長の高い木々が確認できる場所まで来たところで、ガルディンは強く地面を踏み込み、大きく跳躍する。
そのまま木の先端を飛び移るように、グングンと来た道を戻っていく。
人間離れした身のこなしで、あっという間に第二の森林地帯を抜ける。最後の木で大きく上空に向かって跳ぶと、そこにはさっきまでは遠くの空を飛んでいたはずの巨大な蝙蝠の魔獣が、目と鼻の先の距離にまで迫っていた。
「邪魔なんだよ、図体デケえだけの害獣が!!!!!」
走っている間に剣に溜め込んでいた魔力が、蝙蝠魔獣の顔面で爆発するように弾ける。上空で爆音を轟かせ、規格外の大きさの雷の花を咲かせると、その周辺を無数に飛び回っていた小型や中型を巻き込んで次々に感電させていく。
そしてその災厄を顔面から受けた蝙蝠は、その自慢の翼ごと上半身を木っ端微塵にされ、残っていた下半身と尻尾だけが地上へ落ちていく。
王都に向かっていた飛行型魔獣の集団は、そのたった一撃で半数以上が失われていた。
だがそれでもガルディンは顔色一つ変えることなく地面に着地すると、その足を止めることなく、村の方角へと走っていった。
「やっぱり最初から潰しておけばよかったんだ、こんな村!!!!!!!」
輝きを失っていた武器が、再び黄色い光を帯び始める。
それからわずか数秒後、村の中でまた一つ大きな雷の音が鳴った。
本格的に仕事が始まったので、また更新のペースが落ちます。申し訳ないです。




