3-19 駆引
樹、宗次、ガルディンが陸路から長時間かけて知恵の塔へ突撃を繰り返している最中。
一足先に目的地にたどり着いたザイロンとサラは、物々しい雰囲気に出迎えられていた。
「家族総出で妻を取り戻しにきた、か。家族愛が深いようで羨ましくなるなあ、シャミノ?」
「・・・こういう時には出てくるのね、旦那様。」
「そりゃあそうさ。好き勝手やってるけど、僕の人生の伴侶は君しかいないと思っているからね。」
村の門を潜った2人を待ち構えていたのは、村の住民総勢5名。村の中心広場で3人兄妹がそれぞれの剣を装備して攻撃態勢で待つ中、貧相ななりの男が無表情で、紺色の長髪を揺らす女性が顔を上げずに立っていた。
「僕ら2人にそこまで殺伐とした空気を演出する必要はないと思うんだけどなあ。」
「申し訳ありませんが、こちらにはこちらの事情があるのです。ご容赦いただき、速やかに帰還いただけませんか?」
一歩前に踏み出してそう答えるのは、空の青を映したような髪が印象的な長身の男性。対魔獣戦線の3兄妹の次男、スイシュウ。
「悪いけど、そういうわけにはいかないの。私たちには私たちの目的があるので。」
「・・・帰ってサラ。悪いけどシャミノ様をあなたたちの元に帰すわけにはいかない。」
姉のように慕っていたコウセキに威圧され、サラは一歩後ろへと下がりかけるが、ぐっと堪える。
「僕たちは、君たち村の人間に嫌われるようなことをしにここへ来たわけじゃないんだけどなあ。」
「・・・止まれ。」
2人の忠告を受けても前に進み続けるザイロン。しかし、夫婦の距離があと数メートルにまで迫ったところで、対魔獣戦線3兄妹の長兄、エンガが立ちはだかる。
「野暮なことはしないでくれよ。僕は別にシャミノをここから連れ出そうと思ってきたわけじゃない。」
「その言葉を素直に信じるほど、我が単細胞だとでも思っているのか?」
その大男の後ろから、いつも通りの感情のない声を落とすのは、村長ギリアンテ。
「信じてもらえると、きっとあなたにいいことがあると思いますよ?」
「警戒心を刺激しないでさっさと本題に移った方がいいと思うわよ、旦那様。」
「・・・こういう時くらい、昔みたいに名前で呼んでくれてもいいと思うんだけどなあ。」
「今日をもって、今までの行いを悔い改めるなら、考えてあげてもいいけれど。」
「女遊びはともかく、家を留守にしているのは許して欲しいんだけどなあ。」
「その女遊びをなんとかしろと言っているのだけれど?」
「ーーーエンガに首を刎ねられたくなかったら、さっさと要件を言え。」
わずかに前に進み出て、仲睦まじくない夫婦のやり取りにギリアンテが水を差す。それを聞いてザイロンはおどけたように両手を上げて降参の意思を示す。
「せっかちだなあ。ーーーせっかく僕らもガルディンの命を受けて、シャミノと一緒にこの村を魔獣から護りにきたというのに。」
村中にどよめきの声が上がるのを、ザイロンは満足そうに眺めるのだった。
* * *
「お前、魔獣についてどれくらい知っている?」
「知っている、の意味がよくわからないのです。」
「魔獣がどうやって生まれ、どういう原理で動いているか知っているのかってことだ。」
ちょっと抜けてはいるが、このバカでかい建物に収納されている本の居場所を全て記憶している、虹色の翼を持つ白い鳥。本人ならぬ本鳥曰く、こいつ自身は、今も王様と戦いを繰り広げているはずの魔女によって作り出された魔獣らしいのだが、どう見ても今まで見てきた魔獣たちとは特徴が違う。
「エリーゼ的にはそれを教えてもいいのですけど、あなたは本当に大丈夫なのですか?」
「大丈夫?何かいけないことでもあるのか?」
「そりゃー、禁忌に触れる内容ですから。勝手な興味で牢屋送りになっても知らないのですよ?」
「ああ、そういうことか。」
この鳥、国のルールにすら詳しいのか。思った以上にしっかりと作られているな。
いや、お喋りが過ぎて情報漏洩する可能性を危惧して後から調教されたという可能性もあるか。むしろそっちが本命だな、うん。
「王様から許可は得ている。だから僕にはそれを知る権利がある。」
「そうですか、じゃあ教えるのです!」
・・・だってこいつ、ちょっとチョロすぎるからな。
そんなことを思われているなんて全く気づいていない様子で、鳥は一つ咳払いをしてから嬉しそうに話しだす。
「まず、魔獣の誕生には大きく分けて2種類あるのはご存知なのですか?」
「存じ上げない。魔獣についてはほとんど何も知らないと思って話してくれると助かる。」
「あら、素人さんでしたか!それは失礼したのです!」
おい、何ププッと吹き出してんだよ。シメるぞ。
「それじゃあ素人さんにもわかるように丁寧に説明するのです!」
「・・・いいからさっさと話してくれ。」
「おっほん。では先ほどの続きですが、まず魔獣の大多数は自然発生します。空気中に流れている魔力が集まって、体を形成していくのです。」
「魔力が集まる?」
「はい。だから魔獣というのは、言うなれば魔力の塊のようなものなのですよ。『魔力』で作られた『獣』で『魔獣』なのです!」
え、魔獣ってネーミングの由来ってそういうことなの?初耳なんだけど。
「あれ、もしかしてこれすらも知らなかった感じなのですか?」
「知るはずがないだろ?王国の人間は誰もそんなこと知らないんだからな。」
「そりゃそうなのです!魔獣のことについて調べるのは禁忌とされているのですから!」
「じゃあ知らなくて当たり前じゃないか!」
「王様に近しい立場の人ならこれくらいは知ってるのかと思ったのですが・・・、どうやら勘違いしていたようなのです。」
なんかいちいち煽られている気がするんだけど、なんなんだこいつ。
「とにかく、そうやって魔獣は生まれていくのです。だけど、これはあくまで自然の中で勝手に行われる行為。これとは別に、エフィーがやるように人工的に魔獣を作り出すことも可能なのです!」
「自然が行うことを勝手に人間がやって問題ないのか?」
「空気中に含まれている魔力ではなく、自分が持っている魔力を使うという違いがあるだけで、問題は特にないのです。大気中に含まれている魔力を使うとなると、多少は魔力の均衡が崩れて危険なこともあるでしょうけど、エフィーは安全な方法でやっているので大丈夫なのです。」
その安全な方法とやらで生み出されたのがこのエリーゼという鳥ってわけか。仮に危険な方法を使い続けるとどうなるんだろうな。
「ちなみに、こんなことは誰にでもできるわけではないですよ?2種類あるなんて言いましたけど、人工的に魔獣を作り出すことができるのは、今はエフィーだけのはずですから!」
「闇魔法が使えたらできるんじゃないのか?だったら魔王さんもできるはずだが。」
「あー、あのよくわからない変な人のことですか?あの人が闇魔法を極めたら確かに似たようなことはできるかと思いますが、どうでしょうね。2度ほどお会いしましたが、エフィー並みにうまくなる前に死んじゃうと思いますよ?」
「魔王さんの闇魔法の実力じゃ無理ってことか?」
あれでも、勢い余って村一つ滅ぼしそうになるくらいの実力を持ってる人なんだけどな。
「闇魔法自体の練度の違いもありますが、問題は他の5属性の練度なのです。闇魔法しか使えないと、その分偏った魔獣しか作れないのですよ。」
「偏る?魔獣の種類的な話か?」
「いえ、身体を形成するのは闇魔法なのでそこは問題ありません。問題は魔獣の内面です。闇魔法のみで魔獣を作ったとしたら、それは誰も制御ができない、おバカな魔獣にしかならないのです。」
「それはまたよくわからん方程式だな。」
「注ぎ込まれる魔力の量で魔獣の強さが決まり、注ぎ込まれる魔力の種類や配合量で内面が決まるのです。私は白魔術ばかりで作られたからこんなに物分かりの良い、優しくて賢い子になったのです!」
そのお決まりのえっへんポーズはもう良いんだよ。
そんなことはともかく、魔力とノウハウさえあれば魔獣が作れるっていうのは、とんでもない情報なんじゃないか?
というか、さらっと言われたから流しそうになったけど、魔獣が出現する仕組みがこうもあっさりと判明するとは。
「お前にもっと早く会っていれば、ザイロンさんもこんなに苦労することはなかっただろうに。」
「え、なんですか?さらっと今私のことを口説きました?」
「口説くか!なんで鳥を口説かんといかんのだ!」
唯一わからんのが、どうしてあの魔女はこいつをこんな性格に作り上げたのかだな・・・。
いらんことを言うと、また脱線して時間を無駄にするかもしれないし、今のうちに聞き出したい情報は聞き出しておいたほうがいいな。
「んで、魔獣誕生の仕組みはわかったけど、自然発生する方には何か法則みたいなものはあるのか?」
「法則、ですか?」
「ああ。最近、突然大量の魔獣が出現して村を襲うっていう事件が毎日起きてるだろ?」
魔獣が発生する仕組みはわかっても、具体的にどういうタイミングで誕生するかがわからないからな。これがわからないと、連日騒がせている魔獣騒動の謎は解けない。
そう思って聞いてみたのだが。
「なんですか、その話は?そんなことは有り得ないのです。魔獣誕生の周期が突然そのように変化したり、一箇所に固まることなんてないはずなのです!」
返ってきたのは理解不能という答えだった。
「それが実際に起きているんだよ。それも、だんだん周期が短くなってきていたり、出てくる魔獣が回を重ねるごとに手強くなってるんだ。」
「だとしたらそれはもう自然の仕業ではないと考えるしかないのです。何者かが意図的にそうなるように仕組んでいるということになるのですよ。」
「何者かが意図的に・・・。」
何者かが意図的。
魔獣にこれほど詳しいこの鳥がそう言うんだから、これはもう間違いないかもしれない。
やっぱり今までの魔獣襲撃事件は・・・。
「でもそんなことが可能なのか?」
「まず無理なのですよ。やれるとしたらそれこそエフィーだけだと思いますが、いくらエフィーでもそんなことをするにはかなりの時間と労力が必要になるはずです。」
やろうと思えばできるっていうのが恐ろしいが、問題はそこじゃなくて実際にそういった事態が現実に起こっているってことだ。
その方法を突き止めないとまた魔獣の襲撃が起きる可能性があるのだから。
「一応確認しておくが、あの女がそれをやっている可能性はないんだろうな?」
「うーん、ゼロではないですが、限りなくゼロだと思うのです。」
「ゼロではないんだな?」
「でも、エフィーがそんなことをする理由がないのですよ。やろうと思えば、そんなことをしなくても村一つくらい平気で潰せますから。」
うわ、とんでもない発言が飛び出したな。
でもそう言われると実際そんな感じはしてくるし、説得力のある意見なのは確かか。魔獣を使えば自分の存在をほのめかすことなく間接的に滅ぼせるというメリットがあるとはいえ、そんなことをできるのはあの魔女しかいないってわかっている以上、意味がないしな。
「じゃあ、あの魔女が無関係なんだとしたら、実際に起きている今回の事件は何が原因だと思う?」
「それはエリーゼにもわからないのです。」
「即答しないで考えてくれ。魔獣博士のあんたが白旗あげたら迷宮入りになるだろ。」
「そんなことを言われても、エリーゼは一般知識しか知らないので、こういう予想外の状況には弱いのですよ!」
バタバタと翼を暴れさせて反論する鳥。こいつ、応用問題はとことん解けない系のやつだな。
仕方ない、今ある情報だけでとりあえず考えられる可能性を整理しよう。
魔獣の出現パターンは自然湧きと人工作成の2つあるが、急に自然の摂理が変わることは鳥曰く有り得ないという話だったから、そうなると必然的に人の手が加えられていると見るべきだな。
そして人の手が加わっているというのなら、真っ先に疑われるのが今王様と戦っている魔女。だがこの鳥は、そんなことをする必要がないって言う。
じゃあ、他に誰がこんなことをするのか。闇魔法を習得していないと魔獣作成ができないという最低条件がある以上、次に可能性があるのは魔王さんになるわけだが、あの人にもそんなことをする動機はないし、そもそも魔獣を作るノウハウは知らないとみていいと思う。あの魔王さんの家にいた魔獣たちはみんな野生のやつに手を加えただけだと言っていたしな。
とすると、この時点でもう容疑者がもう誰もいない。この時点で迷宮入り一歩手前まで足を踏み入れている。
ただ、まだ僕と王様が話し合っていた、あの可能性までは否定されていない。最初それを聞いたときは半信半疑ではあったけど、こうなってくるともはやこれしか考えられない。
「いきなり黙り込んで私を無視するなんていい度胸なのです!」
「なんで急にかまってちゃん設定になってるんだよ・・・。」
「私にもわからないような話なのに、あなたに分かるはずがないのですよ!諦めるのです!」
考えるくらい自由なんだから、好きにさせてくれればいいものを。
と、普通なら愚痴っているところだが、今のこの状況ではむしろ自ら怪しいですと告白しているようなものだぞ、鳥。
「諦める前に一つだけ聞かせてくれ。」
「フッフーン。まだ私の知恵に頼ろうというのですか。いいですよ、聞くのです。」
と思ったけど、ただ単にこいつは僕との会話を楽しんでるだけという気もしてくるな。なんだこのつかみ所のない鳥は。
でも果たして、今からする質問を聞いてもそんな楽しそうな顔をしていられるかどうかは気になるところだ。
「ーーーあんたら、墓地村のギリアンテ村長と繋がってるだろ?」
「・・・ギリアンテ村長?エリーゼは知らないですよ、そんな人。」
思った以上に落ち着いた表情で関係をあっさりと否定してきた鳥。
でも、その名前を聞いた瞬間、一瞬だけ目を見開いたのを僕は見逃さなかった。
「ーーーもし、ギリアンテ村長に魔獣をけしかけるように依頼されていたとしたら、それは立派な動機になると思うんだけど、どう思うよエリーゼさん?」
* * *
「あら、すごいわね、王子。あの男、本当に私の結界を突破したみたいよ?」
「ーーーああ、そうかよ。それくらいしてもらわねえと、俺の相棒は務まらねえからな!」
しばらく時が過ぎても状況は変わらず、ガルディンは黒い波に四方八方を塞がれて動きを封じられている。
そんな中でも、波の向こうから聞こえてきた敵からの情報に、ガルディンは一つ大きな笑みを浮かべていた。
「それで、あんたたちの目的どおりに事が運んでいるみたいだけど、どうするつもり?火でもつけるの?」
「そんなことをする理由がねえよ。その塔の本来の目的通り、知恵を得ようと思ってやってきただけだっつーの。」
「さて、どうかしら?こんな中でそんなことを言われても信じられないわね。」
「誰のせいだと、思ってんだ!」
なおも必死に包囲から抜け出そうと雷を振るうガルディン。最初と比べて波の進行速度は格段に落ちているため、ガルディンの動きにも少しの余裕が生まれているが、それを好機と攻めに転じることはしなかった。
「あら、こんなに手加減してあげているのに、ひどい言われようね。」
「この戦いそのものが不毛だっつってんだよ、この引きこもり根暗女!」
「ひどい言われようね。そんなことを言うと本気で呑み込むわよ?」
黒波の速度を上げて、それがただの脅しではないことをアピールする魔女。それに対し、わずかにギアを上げることで対処するガルディンだったが、こちらも余裕の表情を崩さずにいる。
「いい加減、その下手くそな演技はやめるこったな。お前が最初から本気で戦う気がねえことくらい、タツキに攻撃をしなかった時点でこっちは気づいてんだよ。」
「あいつに危害を加えたら、絶対玉砕覚悟で突っ込んできてたでしょ、あんた。こんなしょうもない理由でこの一生を終えたくはないの。」
「でも、意地でも塔の中に入れないことを目的としてるんだったら、真っ先にあいつから殺っとくべきだったはずだろ?俺たちを中に入れたくないって言ったんだから、あいつが中に入るのも止めるべきだっただろうが。」
「あんた、エリーゼが中に控えているのを忘れているでしょ?あの子が本気を出したら、少しはいい勝負するとは思うわよ?」
「タツキといい勝負する時点で、相当残念じゃねえか!」
「・・・あんたの彼への評価が相当残念なこともわかったわ。」
そう話しているうちに、いつの間にか黒波の動きは停止している。しかしそれを指摘することもなく、ガルディンは会話を続ける。
「回りくどい真似は苦手だからはっきり聞かせてもらうけどよ。」
「聞くだけ聞いてあげるわ。」
「ーーーお前、叔父貴と繋がってるだろ?」
ガルディンの問いが、この騒がしい森の支配者に突き刺さる。
数秒待っても答えが返ってこないことを不審に思い、ガルディンは一度右手の武器を強く握りしめたが、事態はその予想とは逆に動き出す。
辺りを支配していた黒がことごとく消え去ったのだ。
「参考までにそう思った理由を聞かせてもらえるかしら?」
2人を隔てていた黒い壁がなくなり、両者はしばらくぶりに顔を合わせる。お互い、腹の中を探るような意味深な笑みを浮かべながらではあるが。
「叔父貴が直接ゲロったって言ってもお前は信じねえよな?」
「何か言われるようなことをした覚えがないからね。」
「ま、そうやって返すのが当然だな。ーーーんじゃ、俺の参謀と考えたシナリオとやらを披露してやるか。」
なおも笑みを崩さないガルディンは、握っていた武器の武装を解除してその場で胡坐をかいた。
「思い切った真似をするのね。ここで私が塔に戻ってあの男を始末しに行ったっていいのよ?」
「今更そんな脅しが通用するかよ。いいからお前も座れや。退屈はさせねえぜ?」
「ーーー本当に前に会った時とは人が変わったようね。恋人が死んで吹っ切れたのかしら?」
「ほざけ。今もバッチリ心にグサグサと刺さったまんまだ。」
「それなのにまた塔に入りたいなんて懲りないわね。」
「不幸になる呪いなんて曖昧なもんに囚われて国が滅ぶくらいなら、いくらでも入ってやるよ。」
「曖昧?現に魔王を名乗っている男も奥さんを失い、あの眼鏡の男の奥さんも大幅に魔力を失ったって聞いてるけど?」
「それがこの塔に踏み入れたことで起こったって保証はどこにもねえだろ。」
「まあ、確かにそうね。ーーー実際あんたは、自分の手で奥さんを殺したって聞いたし。」
ガルディンの眉がピクリと動く。お互い仮面をつけているように全く動かなかった表情だったが、ここで初めて片方が崩れた。
「・・・随分と詳しいじゃねえか。ザイロンのこともヘボのことも知ってるようだしな。お前はこの敷地内から一切出ないように命令されていたはずだけどなあ?」
「あら、聞いていないの?あれからもう一度、あの魔王を名乗っている男がここに来たのよ。」
「それくらいは想像がついてる。独学であそこまで黒魔術を使いこなせるようにはならねえからな。」
白魔術の一部と黒魔術を学ぶには、知恵の塔に保管されている本を手に入れることが必要不可欠。樹とガルディンがこの塔に来た目的の一つでもあるが故に、容易にその可能性には行き着いていた。
「ただ、あまりバカにしねえ方がいいぞ。あいつはあんなんだけど、絶対に俺たちを売るような真似だけはしねえ野郎だ。俺やザイロンの許可なしに、不幸話をお前に勝手に話すようなことはしねえ。」
「信頼が厚いこと。それでたどり着いた理論が、私とあの寂れた村の汚い村長が接触したってこと?」
高らかな笑い声をあげて「ないない」と主張する魔女。
途中、少し苛立ちを見せていたガルディンだったが、愉快そうに笑っている彼女を見ると、再び悪巧みをする笑顔を戻した。
「あいつは魔獣を自在に出現させる能力を持っている。そんな能力を持つには、お前の協力がないと無理に決まってんだろ。」
「はあ、何それ?あんなボロボロの老人にそんなことができるとは思えないけど?」
そう言うと、また魔女は笑い始めた。胡坐をかくガルディンを見下ろすように、馬鹿にしたような笑いを浴びせかける。
その明らかな煽り行為に、ガルディンは苛立ちを現すどころか、薄ら笑いを浮かべて自分の足に頬杖をついた。
「ーーーなんでお前が、墓地村の村長がボロボロの身なりをした老人だってことを知ってる?」
魔女の笑いが止まる。それを見てガルディンはさらに言葉を続ける。
「そもそも先代はあんたのことを知らないって言った。その時点であんたがあの村のことを知ってることに俺は疑問を覚えるわけだが、説明してもらえるか?」
口元にわずかに緩めながらも、完全に睨む形で魔女を見つめるガルディン。あれだけ余裕を見せていた魔女は、ここにきて少し引きつった顔つきになり、唐突に腕を組み始めている。
「あんたってもう少し馬鹿だと思っていたのだけれど。」
「そりゃお前の見当違いだったってこった。こうして油断を誘うために、少し脳筋の素振りをチラつかせてただけだ。」
「気に食わないわね。昔の何も考えていなさそうだった頃のあんたの方が好きだったのに。」
「あの頃のままでいると全てを失うってことを身をもって体験してるんでな。ちょっくら生まれ変わらせてもらったのよ。」
「・・・本当、あんただけが一番読めない。魔王や眼鏡や老人にはない、得体の知れない不気味さを感じるわ。」
「そいつは経験の差ってやつだな。」
「そういうところよ。」
観念したというように、魔女は塔を背もたれにして座り込んだ。不貞腐れたような顔で腕を組んでいるが、その見た目が幼いせいで、駄々をこねている幼女にしか見えない。
それを見てニヤリと笑うガルディンもまた、実年齢よりも遥かに若く見えるために、歳の離れた妹をいじめる兄のようにしか見えない。
2人とも実際の精神年齢は不詳だが。
「ギリアンテとはあんたが生まれる前からの付き合いよ。昔、村を襲ってくる魔獣をなんとかする方法はないかと、護衛を連れてここまで来たことがあってね。それからしばらくの間、交流を持つ機会があった。」
「それで、魔獣を操作する方法を伝授したってか?」
「いいえ、私からあいつに何か魔法を教えたことはないし、あいつがこの塔の中に入ったことは一度もないわ。」
「はあ?じゃあなんでここに来てたんだよ。」
「きっと、村にいれば魔獣に襲撃される時間から解放されるから、だったんじゃないかしら。」
懐かしむようにそう語る魔女。それを聞いているガルディンは納得がいかない様子ではありながらも、それが嘘だと断言することはしなかった。
だが仮にそれが事実だとすると、今度は別の問題が発生する。ガルディンはその浮かび上がる別の疑問をそのままぶつける。
「あいつにその術がないってことは、あの村を連日襲っている魔獣の群れはどういう仕組みで湧いて出てきてるっていうんだ?」
「魔獣の群れ?たしかに最近森の外が騒がしいとは思っていたけれど、あの村また襲われているの?」
「はあ、お前見てねえのか?一昨日、あのギガントドレーギアが現れたんだぞ!?」
魔女は思わず組んでいた腕を解いて驚きを露わにした。
「あの龍王が?」
「本当に知らねえのか?王国の西側の森なんてボロボロだぞ。」
「たしかに膨大な魔力を感知していたけれど、どうせあんたたちが適当に戦争でもしているのかと思ってたわ。そう、あの巨大龍が・・・。」
「俺は魔獣がどういう法則で生まれているのかは知らねえ。でも、毎日魔獣が大量の群れを連れて村を襲っている現状が自然現象で引き起こされているとは到底思えねえ。ーーーそんな真似ができるのはお前しかいねえともな。」
地面に座り込むガルディンからわずかばかりの殺気が迸るのを、魔女は感じ取る。だが対策を講じようとすることもなく、黙ってガルディンの動きを待っている。
「この一連の騒動にお前が関わっていないって言うなら教えろ!この国に今何が起こってるってんだ!?」
距離をとって座る両者の視線が熱く絡み合う。お互いがお互いの内に渦巻いている思考を覗き見ようとしているかのようだ。
「私が関わっていない・・・と言えるかどうかは正直微妙なところね。」
「・・・なんだと?」
ようやく睨み合いが終わったかと思えば、辺り一帯は急に殺気を含んだ重々しい空気へと変化を遂げる。
「私やエリーゼが直接この事件に関わっていることはない。でも、ギリアンテや魔王が私と出会ったことやこの塔に来たことで何か影響を受けてしまった可能性はないとは言えない、ということよ。」
「じゃあなんだ、塔に来た呪いとやらで、精神に異常をきたしてこんなことをしてるとでも?」
「限りなくゼロに等しいとは思うけれどね。でもそれを判断できるのは私ではないでしょ?」
「・・・相変わらずふざけた女だな、てめえ。」
「私に会いに来ること自体が禁忌。塔に近づくと不幸になる。こんな決まり事ができたのはどうしてだと思う?」
目線をガルディンから外し、声のトーンを下げて魔女が問う。
だがガルディンは何一つ気にすることなく、即答した。
「てめえがいかれた奴だからだろ?」
「容赦ないわね、あんた。ま、得体の知れない私のような人間に接触すると、また洗脳されたり頭がおかしくなったりするっていうのがその理由だから、ほぼ正解なんだけど。」
魔女はゆっくり立ち上がると、自嘲気味のヘラヘラとした笑いを見せる。
「ーーーなにせ私は、あの王都の国民全てから武力を奪った事件を引き起こした伝説の魔女なのだから。」
黒い魔力が魔女を包み込むように結界を生成する。
それが果たして警戒心を掻き立てるためなのか、これ以上の会話を拒絶するためのものなのかはわからない。だがそれを見たガルディンは、何一つ動じることなく座ったまま殻にこもった魔女に吐き捨てるように言い放つ。
「俺をビビらせるつもりで言ってるんだったら悪いけどな、俺はお前が何者かなんてとっくの昔にわかってんだ。」
「・・・どういうこと?」
「言葉の通りだ。俺はお前のことならある程度のことは把握しているって言ってんだ、エフィルローザさんよ。」
名前を呼ばれた魔女。ただそれだけの行為だったにも関わらず、魔女はひどく動揺し、張ったばかりの黒い結界を自らの手で破ってしまった。
「どうしてその名前を・・・!?」
「さて、なんでだろうな?」
未だに胡坐をかいた体勢で挑発するガルディン。なおも動揺を続ける魔女にはその効果は絶大のようだ。
その平常心を欠いた頭でしばらくその理由を考えていたようだったが、回答を得るまでには至らなかったようで、魔女はパッとガルディンを見て、一歩二歩と後ろに下がり始めた。
「あんた、一体何者?」
「次の俺の質問に正直に答えてくれたら、答えてやらなくもないぜ?」
軽い動作でピョンと立ち上がったガルディンは、下がっていく魔女との距離を詰めるように前に進み出す。
「な、なんなのよ、その質問って。」
だんだんと迫ってくるその男の様子を見て観念したのか、足を止める魔女。そんな彼女を見て勝ちを確信したように一つ大きな笑みを作る。
「ーーーエフィルローザ、お前、叔父貴との間に子供がいるんじゃねえのか?」




