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科学と愛は冒険の始まり  作者: トレア
第3章
49/72

3-9 勇者

 本当にこれが正しい道なのか。


 本当にこの道を歩けば全て解決してくれるのか。


 ・・・いや、全て解決なんてしねえ。


 だってすでに、俺はかけがえのない最も大事なものを失っちまったんだから。


 それでも今度は前に進むと誓った。


 あいつが残してくれたものを命を懸けて護る、そう決めたから。


 だから俺はやっぱりこの道を進む。


 この果てしなく終わりの見えない道を進む。


 たとえその先で何人もの未来を踏みにじる結果になろうとも。


 俺の思い描いた未来のために。



            *     *     *


 「・・・ゲホッ、ゲホッ!!!」


 何の前触れもなく上から降ってきた水の塊は容赦なく僕の全身をびしょ濡れにしていった。天を仰ぐように顔を上向きにしていたせいで、見事に顔からその水を浴びてしまったので、危うく溺死の運命を辿るところだった。


 数秒後にようやく舞い込んできた酸素を、口と鼻から無我夢中に取り込んで何とか生の実感を得ることに成功した僕は、そこで奇妙な感覚に襲われた。


 悪い夢から解放されたようなこの感覚。不思議と、さっきまで何もかもがどうでもよく感じていたのに、今はいつも通りだ。



 いや、でもちゃんと覚えている。今回は都合の悪いことを全て忘れてしまったなんてことはない。僕が犯した罪、玲那や宗次に心の底から申し訳なく思うこの気持ち、自分なんて死んでしまえばいいとまで思った自己嫌悪感。全てまだ心に深く突き刺さっている。なのに、まるでそれら全てを言葉通り全て一旦水に流したようなこの清々しい気持ちはなんだろう。いくら物理的とはいえ、頭を冷やしたからと言ってここまですっきりするものなのか?



 いやでも、心は少しすっきりしたとは言っても、全身は全くすっきりしていない。


 空気の淀み。濁り。この世界に来てから感じたことない、肌にまとわりつくようなねっとりとした気持ち悪さ。身体が震えるような寒さに襲われるこの感じ・・・ってそれは濡れてるからか。とにかく、元いた世界で言う湿気のべたべた感に似ているけどなんか本質的には違う嫌な感触。


 「・・・おいおい、いくら寝起きには水浴びが一番だからって、直接寝てる人間に向けてぶっかけるのはいかれてんじゃねえのか?」


 そんな何とも言えないこの感じの分析をしていたら、隣から馴染みのある声がした。


 声がする方を向こうとしたところで、僕の両足が激しい痺れに襲われる。


 「いっ・・・!?」


 原因を突き止めようと顔を下に向けると、そこには股を開いた正座の状態にある自分の下半身がお出迎えしてくれた。どうやら、この正座に近い姿勢を長い間ずっと続けていたみたいだ。


 動かそうとすると激しく痛む両足をなんとか身体をひねらせて動かし、地面と平行になるように伸ばすことに成功した僕は、改めて声のした方を向く。


 すると、そこには同じような体勢で後頭部をポリポリと掻いている王様の姿があった。


 いや、王様だけじゃない。

 

 「あまりふざけてると自分の首を絞めるぞ。」


 なんかぼろぼろの格好に髭まで汚らしく生やした変なおっさんまでいるぞ?なんか声も小さいしぼそぼそ喋るし、根暗過ぎんかこの人?


 「ご無礼お許しを。ですが、さすがにこの状況で2度寝をされるのは困りますので。」


 んで、その隣には超美形の優男が立っている。髪の毛ロングのさらっさらだし、かっこいい袴着てるし、声までなんか爽やかなんですけど。え、なにこいつ。なんか知らんけどちょっとムカッとくる。



 ―――それに、なんだろう。この2人からは何とも言い難い嫌な感じがする。この空気と合わさって、ますます身体の調子が悪くなっていくこの感じ。

 空気のべたつきだけじゃない。なんか知らないうちに背筋から冷や汗が出そうなそういう気味悪さみたいなものまで感じる。僕の直感というか、魂がこの2人を嫌悪している。できれば関わりたくない。


 「んだよ、ばれてやがったか。―――だからって、水を上からぶっかけるって行為に正当性が生まれるとか思ってんじゃねえだろうな?」


 「生まれるに決まっているだろう。声をかけたって返事はしないだろうし、打撃を加えようものならこちらに痛みが生じるのだからな。」


 「よって、この方法が最善だと判断いたしました。全てはあなたの性格と技量を知ったが上での行為だとご納得いただければと思います。」


 おいおい、なんだこの2人は。仮にも王様って立場の人間にめちゃくちゃ言ってないか!?恐れを知らんのかこの人らは。


 ん?ちょっと待て。今この爽やかキザ男、右手から水の塊出したよな?ってことはこいつがさっきの水爆弾事件の犯人か!


 なんかますますこいつに腹が立ってきたな。ここは文句の一つでも言ってやろうか。


 「―――お」


 「それに、あちらにいる顔色の優れない御仁には特にこの方法が効果てきめんだと判断しました故。」


 と思い声を上げた瞬間、そのキザ男が急にこっちを見て何事か話してきた。

 改めて目が合うと、心の内まで浄化されてしまいそうな澄みすぎた空色の瞳に高めの鼻と真っ白い歯。背は高く、痩せ形の標準体型。これぞまさにモデルという感じで、あまりにも整いすぎている。王様とは完全に別ベクトルのイケメンだ。どこをとっても勝てる気がしない。


 だからだろうか。やっぱりなんか好きになれない。増してやこの澄ました話し方がますますイライラを増長させる。

 さらにさらに、こいつさらっと僕を顔色の優れないとか言って、水をぶっかけたことへの正当性を主張したよな?


 ちょっとこいつ、一回しめてやるか。


 「それはそれはお気遣いありがたく思いますが、お生憎そのせいで身体が震えるほどの寒さと今直面しているんですが?」


 よし、まずは幸先のいいジャブが入っただろう。ほら見ろ、あの爽やかな顔が困って・・・ないんかい。


 「これは失礼、私としたことがついうっかりと後処理を忘れていました。」


 そう言うと、キザ男は大きく広げた両手をそれぞれ僕と王様に向ける。すると、僕と王様にかかっていた水が、まるでその両手に吸い込まれていくように、掌の前に集まっていく。どうやら衣服に染み込んでいた水も例外ではないようで、みるみるうちに僕の身体の冷えの元凶は取り除かれていった。完全に水をかけられる前の状態に戻ったころには、キザ男の両手にはなかなか大きな水の塊ができていた。そしてその水の塊は、両手を握る動作と共にみるみるうちに小さくなり、握りこぶしができた頃にはなぜかその水の塊は跡形もなく消えていた。


 「寒さは引きましたか?」


 気遣わし気に向けられる配慮の目。本人はどういう意図でその行動をとったのか知らないが、僕の心は冷えどころか、イライラしてむしろ燃え上がりそうな勢いだ。なんだこいつ、僕を煽ってるのか???


 「・・・ええ、どうもありがとうございました!!!」


 くっそ、覚えてろよこいつ。いつか絶対吠え面かかせてやる。


 「雑魚と戯れるのもほどほどにしろ、シュウ。さっさと国王に状況説明を。」


 「え、ええ。―――ガルディン様、現在の様子は理解しておられますか?」


 ・・・あ?今あのぼろ雑巾野郎、僕のことを雑魚とか言った?え、何。こいつら他人をイライラさせる天才なんですか?そうなんですか!? 


 「それをやってる最中に水差してきたんだろうが。・・・まあ、あんまりよくない話が聞こえてきたけどよ。」


 「それはちょうどよかった。早速で申し訳ないのですが、私たちにも状況を説明していただけますか?」



 完全にカチンときてる僕を置いてきぼりにして、王様は地面の上で胡坐をかいてつまらなさそうな顔で何か話そうとした。


 そんな時、僕の斜め後ろ方向から足音と共に声が一つ聞こえてきた。


 「もしよければ俺にも聞かせてくれないか?あと、できれば後ろでぶるぶる震えてるあいつも混ぜてやってほしいんだが。」


 そこには少しやつれた表情の宗次が立っていた。そして何やら後ろの方を指さしていたので見てみたら、両肩を抱いて小刻みに震えている昨日の侍女までいた。


 あれ、ちょっと待て。なんで宗次がこんなところにいるんだ?ここはてっきりカルシウ村だとばかり思っていたんだけど。


 「宗次・・・だよな?なんでお前がここに!?」


 「樹、ようやく正気に戻ったかよ。・・・でもその様子じゃ、ここしばらくの出来事については何も知らないみたいだな。」


 僕を見る宗次の目が、どこか憐れみに満ちている。思えば、ここ最近は常にこいつからは攻撃的な視線しか浴びていなかったから、なんかこれはこれで新鮮な気分だけど気持ちのいいものではないな。


 それに、ここしばらくの出来事っていうのは、僕がおかしくなっていた間に起きていたことって意味だよな。確かに、あの時は周りのことなんて全く見えていなかった。だから今が一体どういう状況なのかということがこれっぽっちもわからない。



 いや、そんなことよりも僕は宗次に言わないといけない言葉がある。本当はずっと前に言っておかないといけなかった言葉が。


 「・・・あのな、宗次。・・・その、だな。い、色々とすま―――」


 「申し訳ないですが、身内の話はあとでお願いします。では、ガルディン様。」


 何とかこっ恥ずかしい感情を乗り越えようとしたところで、あの憎たらしいキザ男が今度もまた邪魔をしてきた。こいつ、いい加減に一発お見舞いしてやろうか。


 「・・・本当に話していいんだな?」


 必死に握りこぶしを作る僕の隣で胡坐をかいている王様は、何とも難しそうな顔でキザ男の顔を見ている。


 「・・・はい、ある程度の内容は覚悟の上です。」


 その言葉に何か思うところがあるのか、キザ男のさっきまでの澄まし顔に影が落ちる。その隣で偉そうに腕組みをしているぼろ雑巾も一瞬眉がピクリと動いたが、すぐに元の無表情に戻し、顎で話を進めるように合図を送った。


 それでも躊躇いの様子を見せる王様は、今度は宗次・・・ではなく、その後ろにいる侍女の方をちらりと見やる。果たして彼女が、今の僕らの会話に聞き耳を立てているのかすら定かではないが、僕の主観的な意見を言うと、まるで周りの声が届いているようには見えない。多分、さっきまで僕自身もあんな状態だったのかなーなんて、彼女を見ていると思ったりもする。





 「じゃあ、回りくどい表現なしでいくぜ。・・・フウランが死んだ。」


 

 王様の一言は、誰も目立った反応を示さなかったが、明らかに村に漂っていた空気を激変させた。


 キザ男が唇を噛みながら俯いた。ぼろ雑巾は一つ鼻から大きく息を吐いた。宗次は小さく、『マジかよ・・・』と呟き唖然としていた。


 なのだが僕からしてみると、今の発言がどういう意味を持つ発言だったのかいまいち理解できていない。ただ何となくわかるのは、こちら側の人間が1人お亡くなりになったということだろう。


 でも一体なぜ?なんで誰かが死ぬなんて状況に陥っているんだ?


 そんなことを考えていた時だった。


 「おい待て!」


 王様が一つ大きな声を出したのだ。その視線の先は宗次の背後。つまり、


 「ラン兄上の、ラン兄上の仇をとらねば!!!」


 さっきまで震えていたはずの侍女が立ち上がり駆けだそうとしている様子を見ていたのだ。改めてよく見ると、彼女の顔色はとても優れているとは言えない状態だし、左腕には昨日まではなかった負傷の色が濃く現れている。黄色の鮮やかな袴にもどこか戦闘の跡と呼べそうな汚れや傷みが見て取れる。


 そんな焦って飛び出そうとしていた彼女の動きを止めたのは、声を出した王様ではなく、


 「待てって!またさっきまでの問答をやりたくはないだろ!?」


 一番近くにいた宗次だった。背後で物音がしたのを察知したと同時に、すぐに立ち上がり彼女の右腕を掴んだのだ。さっきまであそこのキザ男と一緒にびっくりしていたとは思えないほどの行動の速さでこちらも少しびっくりだ。


 「それでも!・・・たとえ足手まといになるとわかっていても、あの龍だけは許せない!!!!!」


 昨日の食事の間で見せた怒りの表情とは別物の、まるで修羅が乗り移ったかのような怒りの表情を浮かべて宗次を睨み付ける侍女。必死に振りほどこうと右腕を振り回していたが、ここは性別の差が反映されたのか、宗次の握力に軍配が上がった。


 「・・・コウ、お前の気持ちもわかるが今は堪えろ。今の我らにはこの村を護るという任務があるだろう?」


 すると、王様の一言でしばらく無言を貫いていたキザ男が、悲しみを押し殺したような悲壮感溢れる表情で侍女に話しかけた。


 あいつの言葉に何か思うことがあったのか、侍女は抵抗をやめてその場に立ったまま動きを止めた。


 「ですが、シュウ兄上。このままではエンガ兄上まで!」


 「だから今こうして話し合いをしているのだ。・・・お前がそれを乱したわけだがな。」


 さらっと、この2人の間柄が兄妹なのだと判明して驚いていたのも束の間、ついにキザ男の陰に隠れるように立っていた腕組みぼろ雑巾が口を開いた。覇気こそ全く感じられないが、それがかえってあの男の目力に底知れない恐怖を与えているように思う。


 どうやら恐怖を感じたのは僕だけじゃなかったようで、あのぼろ雑巾の言葉のせいで侍女は声を発することすらしなくなってしまった。いや、できなくなったという方が正しいのかも。


 「おい、国王。フウランが死んで戦況はどうなっている。」


 「マイヤとシャミノがエンガのところに合流しようとして走ってた。そこまでしかわからん。」


 「巨大龍の様子は?」


 「―――それはもう、直接見た方が早えんじゃねえか?」


 そう言って会話を終わらせると、今度は侍女が進もうとしていた方角のさらに奥の方を見・・・


 「な、なんじゃありゃ!?」


 おい、なんかとんでもなくでかいドラゴンがいるんですけど!?え、あの森ってここから結構先にある森だよな?あの森ってかなり高い木がたくさん生えていたよな?というかあの森、明らかに緑の数が減っているよな?それって木がたくさん無くなっているってことだよな?


 そんな森よりさらに大きいってことは、かなりでかいよなあのドラゴン!?それこそヒーローもののアニメに出てくる怪獣・・・、いや絶対それ以上はある。


 「ちょ、ちょっと待てよ。あの光、まさか・・・。」


 どうやら宗次はすでにこの驚愕を乗り越えた後のようだったけど、また何か別のことに恐怖を感じているようで身体を震わせていた。


 「ガルディン様、あれがおそらくさっきの―――」


 「わかってらぁ。あれをさらに何倍もの規模に成長させたものが、フウランを殺ったんだろ。・・・それほどの威力を持った闇の息吹を、あいつ1人の犠牲で凌いだってのは奇跡だ。」


 その『光』とか『あれ』とか言われてるのは、あのドラゴンの口もとで黒っぽく光ってるあれのことを言っているんだろう。あんなバカでかいドラゴンの吐くブレス攻撃なんて、確かに天変地異を引き起こしてもおかしくない。いや、木がたくさん無くなった理由がもしかしたらその第一射の被害かもしれない。


 「もう一発あれが飛んでくる前にあいつを潰さねえといけないんだろうが―――」


 「シャミノ殿とマイヤ様とサラは、大魔法の準備をしてあちらに向かいました。そしてすでに、こちらからも観測できるほどの巨大な火球と大規模な大竜巻を確認しているので、彼女らに残された魔力はそう残っていないはず。そう考えるとまともな攻撃手段は―――」


 「シャミノの大魔法がまだ残っているかもしれねえが、どちらにしろこんな長い時間魔力を溜めたまんまにはできねえはずだ。とすると、攻撃手段はエンガの剣だけ・・・か。弟を失った直後ときてんだから、あいつの精神もいつも通りじゃねえだろうしな。」


 神妙な面持ちで話すキザ男と王様のおかげで、おおよその状況は把握できた。


 よくわからんけど、あの大きいドラゴンの討伐に出かけていると。討伐隊に、ナユリア母娘と姫様、それに侍女の兄さんのエンガって人と、その人の弟のフウランって人がいたと。それで今ピンチだよーって感じか。


 ・・・え、姫様がピンチなの!?


 「ちょ、ちょっと王様!姫様があのドラゴンを狩りに行ってるんですか!?」


 「ドラゴン・・・?ああ、ドレーギアのことか。―――そうだ、何でもかんでもあいつは首突っ込みたがる性格してっからなあ。」


 「いや何のんきなこと言ってるんですか!あなたなら一目散に助けに行こうと駆けだすような事態じゃないですか!」


 この2か月の間に、いかにこの王様が自分の娘を陰で溺愛しているかは、いろんな人たちの話を聞いたから知っている。そんな愛娘が今まで一番の命の危機に瀕しているというのに、随分と冷静じゃないかこの人!?


 「わかってる。ンなこと言われなくたってわかってる。」


 「じゃあなんで!?」



 「・・・何も知らぬ雑魚の純粋さが、その汚れきった胸には毒だろう、国王様よ?」


 思わず王様に詰め寄りかけそうになったその時、横やりを入れるようにぼろ雑巾が口を開いた。相変わらず顔色一つ変えないけど、その言葉の節々からは何とも言えない悪意が漏れ出ていて感じの悪さがにじみ出ている。ていうか雑魚って言葉は悪意しかないけどな!


 「ほら、お前も行けばいいじゃないか。娘を護る、そういう名分で行けばなんの掟にも反しないだろう?そこの雑魚の言う通りじゃないか。」


 「・・・ちょっと黙ってろ叔父貴。」


 「なんだ、そこまでしてこの村を滅ぼしたいか?それも正当な理由がないからって、まさか魔獣に始末を頼もうとするとはな。最強の国王とかいう肩書を持っておいて、やることは残忍だなあ?」


 悪意の増加は留まることを知らず、ついには全く広がる気配を見せなかった声の音域に変化をつけ始めた。それがまた一層、王様をおちょくるようなニュアンスを強めている。


 「兄上の殺害容疑から始まり、次に国家転覆だったか?―――ひどいものだなあ、甥っ子よ。別に私はそこまでお前に嫌われるようなことをしたつもりはないのだがなあ?」


 「主、お言葉ですが今はそのようなことを言っている場合ではないかと。村存続の危機を迎えている以上、頭を下げてガルディン様に助けを乞うしか―――」


 「やめとけ、スイシュウ。そんなこと死んでもするわけねえだろうし、それを見せられたところで俺の心はなんも変わらねえ。」


 気が立っているというのが見ただけでわかるくらい、王様の口調がいつにもまして荒々しい。というかよくよく考えると、目を覚まして以来、王様の目が一度も笑っていない。あのいつも人を小ばかにして高笑いを浮かべる王様が、一度たりともこの村では気を許していないのだ。


 「別にお前らの許しなんか乞うつもりもねえ。助けを乞われたって応える気もねえ。―――仮にマイヤたちを助けるという名目で動くんだとしたら、あいつらをさっさと王都の中に避難させて終わりだ。その後でこの村がどうなるかなんて、今のあんたの目を見てたらもうどうでもよくなったわ。」


 「・・・・・」

 「なっ!?」

 「――――っ!!!」

 

 そんな王様が口にした言葉は、目の前で散々悪口っぽいことを言っていたぼろ雑巾や隣にいるキザ男だけじゃなく、右腕を宗次に掴まれたまま静観していた侍女の表情までもを一変させた。

 その隣にいる宗次ですらも何か物言いたげな顔をしているが、さすがに口を挟む勇気はないだろう。



 その一方で僕は、ここへ来る前に王様と交わしたあの会話を思い出していた。



 『―――じゃあ逆に聞くが、正当な理由を並べたら、それが人の命を見捨てる理由になるってお前は納得できるのかよ?』

  

 あの言葉はなかなかにショッキングだったけど、あの発言の意味をよく考えると、この村には王様やその側近たちによって提唱される『村を見捨てる正当な理由』っていうのがあるはずなんだ。結局それは聞けずじまいだったけど、少なくとも王様には強い信念をもってこの村を見捨てるという決断を下しているはずなんだ。だからそう簡単にこの決定が覆るとは思えない。


 とは言っても、その理由があのぼろ雑巾が憎たらしいからという子供じみたものだとは思いたくはないけどなあ。


 

 そんな僕一人の思考の渦の中に囚われている間に、王様は次の言葉を口にしようとしていた。 

 

 「でも・・・。でも俺は、恩知らずにだけはなれねえ。村のために捧げるはずだった命を、マイヤたちを救うために使ってくれたフウランへの恩だけは、返さないと気が済まねえ!」


 次はどんな恨み言が飛び出すのか、どんどん空気が険悪になっていくんじゃないかとばかり思っていた僕にとって、この言葉は予想外だった。

 それはこの場にいる誰に向けてでもなく、誰かに届けようというような感じでもなく、ただひたすら自分自身に対して許しを乞うているような、そんな言葉のように聞こえた。


 きっと誰もが、今の言葉とは真逆の意味の言葉を想像して構えていたのだろう。みんな言葉には出さずとも、さっきまでとは違う動揺が走っているのがわかる。


 この場にいる全員が、胡坐をかいて地面に座っている超絶イケメンにくぎ付けになっていた。今の発言に込められた意味を必死に理解しようとしているのだろう。


 だがそのせいで、その場で唯一くぎ付けになっていなかったその1人と僕を除く全員が、きらりと黒い光が怪しく発光したことに気が付けなかった。


 

 「だからせめてあいつの仇討ちくらいはしねえと、あいつの申し分が立たねえ。―――おい、今のが見えたな、タツキ!?」


 ・・・え?


 急に僕に振るの!?いやいや、急に立ち上がってこっちに来られてもまだ僕ちょっと足が痺れて、ってそういう問題じゃないよ!?ほら、みんなもびっくりしてるでしょ!?


 「み、見えましたけど。え、いや、嘘でしょ?なんで?なんで!?いやなんで!!!???」


 ちょっと、両腕を掴まないで?待って、おぶらないで??てかこの体勢、なんかここに来るまでを思い出すんですけど!?


 「お前の力が必要なんだよ!おら、時間がもうなさそうだし、グダグダ言ってねえで行くぞ!てめえの彼女、救いに行くんだろうが!!!」


 「いや、まあ、でも、え、マジで?ってあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 抵抗する暇もなく王様は僕をおぶって、行きと同じ要領で斜め45度の大空に向かって大ジャンプをした。その飛躍力と加速力は相変わらず化け物じみていて、あっという間にさっきまで座っていた位置が遠くなっていく。


 そのままあっという間に、僕と王様は逃げ出すように村を後にした。


            *     *     *


 「こ、国王様!行くのならどうか私も一緒に!!!」


 「お、おい、樹まで連れて行っちまったけど大丈夫なのかよ・・・。」


 村へ、と言うよりは村を治める長へ喧嘩を売ったと思えば、虚をつくように村を出ていったガルディンに、村長を除く3人は呆気に取られていた。


 「ふん、フウランの死を言い訳にするとはな。何とも口実作りがうまいことよ。」


 「・・・お言葉ですが、私にはあれがただの口実だったとは思えませんでした。」


 「あれが本心だとでもいうのか?あの村への迫害意識の塊みたいな性格の男の本心だとでも言うつもりか?」


 「そう感じたと言っただけです。―――ですが、フウランの死因を特定しているということは、その時にはもうガルディン様の意識は戻っていたということになりますよね。」


 「・・・それがどうした?」

 

 「いえ・・・。ただそうなると、あくまで可能性ですが、助けに行こうと思えば行けたのに、あえて行かずにフウランを見殺しにしたという線もあるのかと思いまして。」


 「あいつならやりかねんぞ?」


 「それで、かたき討ちと題して重い腰を上げた・・・ですか。さすがにそこまで性根が腐っているとは思いたくありませんが。」


 「・・・ふん、何を言おうが結果が全てだ。―――今後について話すぞ。コウセキを呼んでこい。」


 「御意。」



            *     *     *


 「あああああああぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁ―――」


 「だああもう!うるっせえなあ、相変わらず!!!」


 ジャンプと着地を繰り返すたびに波が生まれる僕の叫び声。それを至近距離で浴びせかけられる王様にも若干同情する。

 そんな不憫な王様だったが、前に進む力は一向に衰えることなく、僕らは着実に戦場に近づいていった。ジャンプの最高高度に達するごとに見えるドラゴンの顔がどんどん近くなっている。


 改めて高いところから森を一望すると、まるで大火災でも起きたかのような円状の焼野原が森の入り口のすぐ奥に広がっていた。

 さらに奥の方では、またまた大きな穴みたいなものができていた。

 そのほかにも、ところどころで攻撃の跡と言うか斬撃の跡と呼べそうなものがあったり、何かでかい塊が落ちたのかなと予想できそうな跡もあった。


 高所恐怖症と戦い、なんとかそれくらいの情報を入手したところで、王様は一度停止した。


 「てめえ、俺の耳がキーンってなってんじゃねえか!」


 「仕方ないじゃないですか!僕はジェットコースターとかは絶対乗らないタイプなんですよ!」


 「だからそのこの世界にない機械に例えられてもピンと来ねえんだよ!」


 そうか、この世界にないもので例えてもわからないのは当たり前か。

 まあとにかく、これでようやく落ち着いて会話する暇ができたんだ。息を整えたら質問タイムにするとしよう。


 「んで、なんで僕を連れてきたのかもうそろそろ説明してくださいよ。」


 「はあ?お前は、自分の彼女が危ないって状況で指咥えてぼーっとするつもりだったってか!?ありえねえ!クソだわお前!」


 「いや、それは確かに情けないとは思いますけどね!?でも、僕が行ったところで何の役に立つっていうんですか?お荷物になるのだけは勘弁ですよ?」


 何の攻撃手段も防御手段も持ち合わせていない僕が行っても邪魔にしかならないと思うんだが。それで僕のせいで誰かがまた犠牲にでもなったら目も当てられない。


 「あのなあ、ちったぁ自分で考えろ。この異常事態では誰もがそれを求めてんだ。何すればいいかわかんなくて困ってるのはお前だけじゃねえんだよ。」


 「え、逆に何も役割を決められてない状態で連れてこられたんですか僕!?」


 ノープランでこんな凡人連れてくるなんてどういう頭してんのよこの人!



 「はあ!?役割はずっと前からあんじゃねえかよ。」


 「え、なんか言われてましたっけ?・・・まさか囮役とか言わないですよね!?」


 ギャーギャー騒いで注意をひけ!とか言って森を走らされるとかないよね!?あ、でもこれを言ったら本当にやらされそうだから黙っていよう。



 「確かにお似合いかもしれねえけどよ、そうじゃねえだろ。あんだろ、大事な役割が!」


 え、なんだろ。さっぱりわからん。


 役割、役割。役割・・・。


 あ、あああ!あったわ!


 「ああ、回復役!僧侶ポジション!」


 そうだよ、あれだけ必死こいて練習したじゃん白魔術!戦闘で怪我してたり疲れてたりしても、これがあれば確かに役には立てる!


 

 「ちっげえよ!んなもんじゃねえよ!」


 「ええ!?違うの!?」


 僧侶じゃないの!?え、じゃあもうわかんないよ!?


 

 「ふざけんなよ!散々言われてきたじゃねえか!―――『勇者様』ってよ!!!!!」



 ・・・へ?勇者?


 あ、ああ!言われてたなそういえば!確かに姫様に最初の頃は『勇者様』って呼ばれてたわ!


 「ああ、よく覚えてましたね王様!そんなほんのちょっとの間の呼び名のこと!」



 あっけらかんとそう言ったその時だった。


 僕の左頬に強い衝撃が走ったと同時に、視界がぐるぐる回り、思いっきり僕の全身が地面を転がったのだ。


 訳も分からずかなりの距離を吹っ飛ばされた。その後ろへの推進力がゼロになったところで、ようやく身体が回転をやめ、ぐるぐる回っていた視界が一点に定まった。


 そこには王様の右腕を振り抜いた姿が目に映った。


 王様に殴られたんだ。理由はよくわからないけど、おそらく王様に出会って初めて僕は彼に殴られた。


 目の前がチカチカするけど、なんとなくわかる。王様は怒っている。


 「・・・どうだ、思い出したかよ。」


 「いってて・・・。何も思い出せませんよ、何なんですか一体!?」


 強烈な熱を持ってる左頬を両手で抑えるが、転がった影響で全身が満遍なく痛い。


 「悪いとは思ってる。お前に罪はないのもわかってる。・・・でも殴らずにはいられなかった。許せ。」


 という訳の分からない言い訳をされて、ますます頭がこんがらがる。


 

 でもそれで、なんとなく何が原因で殴られたのか分かった気がした。



 僕の欠けた記憶の中にきっと答えがあるんだ。


 「・・・なんか重大な意味があるんですね?その『勇者様』って呼び名。」


 思えば、姫様が僕のことを『勇者様』から『タツキ様』と呼ぶようになったのも、ちゃんとした理由があった気がする。表向きの理由としては、その名前で呼ばれることがあまり好きそうじゃないだとか、せっかく晴れて恋人同士になったんだから名前で呼びたいとか色々あった。


 でもある日、こんなことも言ってた。


 『勇者様とまたお呼びしてもいいと思ったときに呼びますね。』


 このとき、まるでそんな時がいつか本当に来るのを心待ちにしている、というような姫様の強い想いを感じたのはよく覚えている。それと同時に、タツキ様と姫様が呼び始めたのにはもっと別の何か深い理由があるんじゃないかという疑いを持ったのだ。まあ、そんな疑いも今になって思い出す程度の自分の中では些細なものだったんだけど。



 そもそもこの勇者様と呼ばれるようになった経緯は、お嬢からさらっと聞いた程度で、それ以上深くはつっこまなかったということもある。

 でも王様の今の一撃を受けて実感した。この勇者という単語には、僕らにとってとても大きな意味を持つ言葉なのだろうということを。


 「まあ、俺も直接その場に居合わせたわけじゃねえけどよ。でも勇者ってのは、お前ら2人の誓いの言葉みてえなもんだって、あいつはよく言ってた。勇者になってあいつを護るってお前が約束してくれたんだって、今でも嬉しそうに俺に話すくらいだぞ。」


 誓いの言葉。


 本当にぼんやりながら、頭の片隅に薄っすらとした何かがあるような感じがする。それは相変わらず黒い靄みたいななにかに邪魔されて全く鮮明になってくれないけど、間違いなくかつての自分はそのやり取りを経験していると脳が訴えてきていることだけはわかる。


 

 「―――だからよ、忘れてんだとしてもその約束だけは護ってやってくれや。」


 そんなパッとしないおぼろげな記憶のようなものと格闘する僕に、王様は縋るような声でそうお願いしてきた。


 その普段とのギャップで僕の心を攻めてくるのは卑怯だからやめてほしいんだよなあ。いつもはハチャメチャな王様から真剣にお願いされると、どうも弱い。


 「・・・べ、別にならないとは言ってないじゃないですか。なれるもんならなってやりますよ。」


 ほら、またこうやって都合のいい返事をすると、いつもみたいにニヤーってする!だから嫌なんだよこの人!・・・だから憎めないんだよこの人。


 いやでも、この国のお姫さまとお付き合いしている仲なんだから、それくらいにはならないと不釣り合いってもんだよな!・・・ってさっきまで初恋相手に絶交されて萎れてた人間が言う台詞とは思えないけど。


 「ほら、だからその勇者になるための初陣だ!あの巨竜をぶっ倒すぞ!」  


 「いやだから無理なものは無理ですって!そもそも僕には戦う力が―――」


 「別に戦うための力ってのは、攻撃手段があることが全てじゃねえだろ。勇者ってのは、別に全員が全員剣や魔術の達人じゃねえといけないってルールもねえしよ。」


 「でもじゃあどうやって倒すんですか!?」


 「俺があいつをぶっ潰すんだよ。それしか方法はねえだろ。」


 「じゃあ僕やっぱりいらない子じゃないですか!」


 倒すのを王様に丸投げしたら、あとは怪我人の治療か、せいぜい後ろの方で必死に応援することくらいしかやることないじゃん!


 「別にとどめ刺した奴だけが勇者ってルールもねえだろうが。」


 「いやないですけど。ないですけど、後ろで戦っているのを見ているだけの僕が勇者になれるわけないじゃないですか!」


 勇者っていうのはみんなの期待を背負って、悪を打ち倒す正義の味方のことだろ。・・・間違いなく僕はそんな人間じゃない。


 何度も何度も言ってるけど、きっと今の僕には魔獣一匹すら倒す手段を持たない非力な人間だ。まあこれでもし、それなりのいい剣を持たせてくれたら、もしかしたらこの前の魔獣襲撃の時に見た狼型の小さい魔獣くらいならやれるかもしれないという謎の自信はあるけど。


 でも今僕に求められているのは、あの規格外の大きさをほこるおっきいドラゴンの討伐だろ?あんなん絶対無理だって!そんな怪物退治のゲームやってるわけじゃないし、ステージギミックみたいなのが用意されてるわけでもないだろうし。


 おまけにすでに1人亡くなっているって聞いたし。でもその人って、あんな巨大ドラゴンに勇敢に立ち向かって、姫様たちを護ったんだろ?そういう人こそ勇者って称号を与えるのにふさわしいじゃないか。


 僕なんかついさっきまで自分のことでいっぱいいっぱいで、こんな事態になっていることすら知らなかったんだぞ?おまけにその悩みの内容もまたほかの人たちにしてみればしょうもない内容だ。だいぶ前に軽蔑された女の子から数年越しにフラれたって。バカみたいな話だ!


 それも、すでに2か月前に彼女を作った人間がだぞ!?自分でも聞いて呆れるわ。挙句の果てには、フラれて傷心状態にになっているのをその彼女に慰めてもらったって・・・。こいつ終わってんなマジで。

 

 「勇者なんて称号、僕なんかに与えられるわけないじゃないですか。僕なんかが勇者になれる資格なんてないんですよ!」


 「はあ、まーたお前なんか色々無駄に考えまくって自己嫌悪に走ったろ?」


僕の泣き言に、王様はため息混じりに答えた。


 「今回ばっかりはもうどうしようもない。擁護のしようもない。思い知ったよ。僕はどうしようもないクズだってね!」


 「今頃気づいたのかお前?俺はずっと前から知ってたぞ?」


 う、相変わらず容赦がないなこの人は・・・。救いの言葉を求めてたわけじゃないけど、ここまでズバッと言われると、ほんの少しだけダメージを受けそう。


 「でもなあ、タツキ。人間なんてみんなクズだぞ。100%善でできた人間なんかいねえ。全員どっか人に見せられねえような一面を持ってるもんだ。それをお前は残念ながら、表に出しちまうだけだ。心が弱えんだよ。」


 「それって慰めてるのか貶してるのかどっちなんですか・・。」


 フォローのつもりがフォローになってないってパターン?いや、最初からあの顔は最初からフォローなんてするつもりがない顔だ。わかる。だって口角がちょっと上がってるもん。いつものちょっとゲスいオーラが滲み出てるもん。


 「まあなんだ。俺が言いてえのはつまりこういうこった。―――誰だってなろうと思えば勇者になれる!」


 ドヤ顔でそう口にする王様。全く僕の疑問には答えていないのにどこからその自信は出てくるのか。


 「いや、だからですね。僕には世界を救う勇者なんてなれるわけないって言ってるじゃないですか。」


 「はあ?誰が世界を救う勇者に今なれって言ったよ?俺は勇者になれとしか言ってねえだろ。」


 「それこそ、はあ?ですよ。じゃあ一体僕に何を期待してるんですか?」


 なんか訳がわからなくなってきたぞ・・・。王様は結局僕に何をさせたいっていうんだ?  


 「決まってんだろ。マイヤの勇者になることだよ!」


 なおもドヤ顔で王様は僕に向けて言い放った。なお、言葉の意味が曖昧すぎて僕にはさっぱりわからない。


 「だから僕には力がないって―――」



 「勇気ある者って書いて勇者だ!今ここでマイヤを護るために勇気をもってあの龍に立ち向かったら、それはもう立派な勇者だろうが!!!!!」



 さっきまでご機嫌そうなドヤ顔をかましていた王様が、突然僕の肩を鷲掴みにして叫んだ。



 「力がなくても!立派な人格者じゃなくても!必死に誰かのためにもがくことくらいできんだろ!?なら、後ろ向きになってねえでやってみろよ!最初からダメだダメだって言ってねえで、今自分にできることを全部やりつくしてみろよ!

 ―――俺の大事な娘を任せてんだ、甘っちょろいこと言ってんじゃねえぞ!!!!!」



 両肩を揺らされながら、僕は王様の熱を真正面から浴びた。いまだに全身にじんわりと痛みが残っているが、そんなことを忘れさせてしまうほどに、王様の言葉は深く胸に突き刺さった。


 確かに僕は、無理だ、できないと否定的な言葉ばかりで、何もやろうとする姿勢を見せてこなかった。それでも今までの人生なら歩んでこれたが、今はもうそんなことを言っていられる時じゃないんだ。


 もう泣き言を言って、嫌なことから逃げ続けるだけじゃダメなんだ。ゆくゆくはこの国を統べる女性の隣に立つと決めた人間が、困難から目を背けてやり過ごそうとしているのはダメなんだ。

 

 もしかしたら姫様は、僕が勇者と呼ばれるのに抵抗感があった理由に気づいていたのかもしれない。この勇者って名前の重圧から知らず知らずのうちに逃れようとしていた僕の弱い心を見抜いていたのかもしれない。

 だとしたら、僕は姫様を失望させてしまっただろうな。ただでさえ、さっき姫様にあんな醜態をさらしたというのに、僕はどれだけ恥を重ね塗りしていけばいいんだ。


 ・・・いい加減、かっこいいところ見せないといけないよな。いつまでも頼りない彼氏じゃ、一緒にいる姫様に申し訳が立たないもんな。口先だけの彼氏なんて、かっこ悪いにもほどがあるもんな。


 

 もうそろそろ前に一歩踏み出さないと、人間として終わってるよな!



 「僕もなれますかね?姫様の勇者様ってやつに。」


 「おうよ!お前には素質があるからな!」


 僕の返答に、王様は嬉しそうな顔で即答した。また何の根拠もなく素質があるとか言ってるけど、なんかそれすらも今の自分には救いに感じてしまった。


 「なんかそこまで自信満々に言い切られると本当にやれる気がしてきますよ。」


 「はっはっはっはっは!そりゃ本当にそう思ってっからな!―――ってことでもうそろそろ行動に移らないと時間がねえ。やるぞタツキ!」


 「は、はい!こうなったらやれるだけやってやりますよ!」


 うん、この人といると本当に僕にも何かできるって気がしてくる!よし、やるぞ!やってやるぞ!!!




 「じゃあタツキ、指示をくれ!」



 「・・・は?」


 え、どういうこと???


            *     *     *

            

 無慈悲にも何の対策も用意できなかった4人をあざ笑うかのように、ゴオッっという轟音を鳴り響かせ、黒白い光線が迫った。


 しかし、それは地上にたどり着くことはなかった。


 「バリバリバリバリィッ!!!!!!!!」


 光線の轟音をかき消すように雷鳴の音が響き渡り、光の軌道を描く矢のような黄白い物質が、光線と地上の間に割り込むように衝突し、黒白光線の進撃を食い止めたのだ。



 「調子に乗ってんじゃねえぞ、図体でけえだけのドレーギア風情が!!!!!」


 迫りくる闇の息吹を正面から受け止めているのは、全身に雷を纏う橙色のマントをなびかせる茶短髪の超絶イケメン。両端に黄色の刃をつけた双刃剣を器用に回転させて、盾のような障壁を作り出しているおかげで、彼の背後へは一切の被害も出ていない。


 

 完全に死を覚悟していた3人は、突然現れた救世主を目にしても未だに何が起きているのか理解していない様子だった。


 「いた!姫様!!!」

 

 そして、突然森の中から現れた男の姿を目にして、ますます頭が混乱していった。


 「タ、タツキ様!?」

 「ぼ、坊や!?」

 「・・・お前は。」


 そこに立っていたのは、村で狂人と化していたはずのタツキだったのだ。

 

 「よかった、無事だったんですね!」


 「タツキ様、どうしてここへ!?ここは危険です!村へお戻りください!」


 「いいえ、それはできません。―――僕はあなたを護りに来たんですから。」


 しかし、今目の前に立っているタツキの目には、村にいた時にはなかった光が強く宿っており、強い自信に満ち溢れていた。


 「護る・・・って、坊やに一体何ができるの?あの魔獣はあなたなんかが太刀打ちできるような相手じゃないわよ?」


 「まあ、さすがに実際に戦ってもらうのはあそこにいる王様なんですけどね。」


 タツキが目を向けた先には、雷の盾で闇を打ち消すガルディンの姿があった。その言葉で、3人が最初に抱いた疑問への解が与えられる。


 「・・・やはりあれは王だったか。」

 「お父様が目覚められたのですね!」

 「まったく、遅すぎるわよあのバカ。」


 「というわけで、です。足止めと作戦の実践は王様に頑張ってもらうとして、僕は僕に与えられた使命を果たしに来たんです。」


 「使命・・・ですか?」


 タツキの言葉にマイヤが疑問を呈す。すると、タツキは優しく微笑み、ぼろぼろになったマイヤの手を取って答えた。


 「はい。ここであのデカブツを倒す方法を僕が考えます。僕が王様の知能になって一緒にあの魔獣を倒すんです。」


 「タツキ様が・・・魔獣を倒す方法を・・・?」


 「・・・やっぱり、一切戦わないのに倒すって言ったっていまいちしまらないですよね。なんか結果的に王様の受け売りっぽくなっちゃいましたけど、これが僕なりの姫様を護る方法なんじゃないかって思ったんです。・・・もうこれ以上、姫様にかっこ悪いところ見せたくなくて。もうそろそろかっこいいところを見せたくて。」


 握られた手に、タツキの体温が伝わっていく。まるで、今の彼の心の温度を表しているかのように、彼の両手からは暖かな熱気が伝わってくる。


 だがなぜか、その熱はマイヤの手ではなく、目頭の方へと集中していった。その熱に耐えかねるように、マイヤの目からは暖かな涙が零れた。それは、つい数界前に流した涙とは根本から異なるものを宿した涙だった。


 それは安堵。それは歓喜。それは惚気。それがマイヤの頬を絶え間なく伝う雫となって零れていった。



 「だから今からはちゃんと見ていてくださいね姫様。約束してからだいぶ時間が経っちゃいましたけど、これが僕の―――」



 「てめえは今から礎になるんだよ。ようやく前を向き始めたあいつと、一度勇者になるのを諦めた俺の―――」


 「勇者への第一歩になるんだ!!!!!」

 「勇者への第一歩になるんだ!!!!!」



 なおもマイヤの目から溢れだす涙。その涙を輝かせるように、上空では一際大きい雷の槍が光を纏い轟音を鳴らす。


 そしてその雷の槍は、光と闇の均衡に終止符を打った。一度はかけがえのない命一つと引き換えに凌いだ破壊光線を、跡形もなく打ち破ったのだ。


 


 「さあ、逆転劇といこうじゃねえか。勇者見習い、まかり通るぜ!!!」


  

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