表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
科学と愛は冒険の始まり  作者: トレア
第3章
47/72

3-7 疑念

 どこで道を踏み間違えてしまったのだろうか。・・・いや、その問いの答えはあまりにも簡単すぎるか。


 結局はあの日、自分が調子に乗ってあんなことをしなければ済んだ話なんだ。そしたらそもそもこの世界に来ることも、タイムマシンを開発することも、青春を棒に振ることもなかった。こんなセリフ、宗次に聞かれたら今度こそ半殺しにでも遭いそうだ。


 薄々・・・というより、最初からあの玲那の発言の真意はわかっていた。一生の過ちを犯したあの日、たしかに僕は一度でも、心の中ですらも玲那の心配をしなかったのだ。玲那と二度と話せなくなったらどうしよう。このまま玲那と関わりのない人生を送ることになるのか。そんなことしか考えなかった僕はやはりどうしようもないクズ人間だったんだ。玲那は僕以上に僕のことを完璧に理解していたんだ。


 それでも玲那への想いだけは本物だったということだけは理解してほしかった。確かに自分本位でしか物事を考えてこなかった自分の小物さには呆れてものが言えないとは思うが、それでも8年間タイムマシン開発なんていう途方もない研究を、玲那ともう一度やり直したいという理由一つで成し遂げた僕の、いや僕と宗次の熱意だけは伝わってほしかった。玲那とまた笑顔で一緒に語り合いという想いだけは紛れもなく本物だったってことだけは、玲那の心にも響いてほしかった。


 ・・・頭の中でどれほどの弁解をしたところで、これで本当に玲那と仲直りする未来は完全に閉ざされてしまったんだ。それこそ、本物のタイムマシンを作るでもしないと。でももう正直、あの頃に戻れたとしても、心の底から笑って玲那と話せるような気はしない。いつまでも、これはやり直した上に成り立っている世界だという、謎の負い目のようなものを背負ったまま過ごさないといけない気がするんだ。


 ・・・いや、それこそが真理だったのか?それすらも玲那は全て見抜いていたのか・・・?『あの頃の私しか見ていない』とはそういうことだったのか?あれは、今と昔の玲那の対比だけじゃなく、やり直した後の僕自身の姿すら見えていないってことだったのか・・・?


 ああ・・・なんてこった。全部玲那はわかっていたんだ。僕の愚かさを全て、僕がとらなければいけなかった行動を全て、彼女はわかっていたんだ。僕は何もわかっていなかったんだ。


 ・・・くく、ますます笑えてくるじゃないか!この無能な僕に対しての笑いが止まらないなあおい!!!!



 ―――いいや、でもそれは僕だけじゃない!宗次にだってそれはわかっていなかった!あいつだってあの8年間、何も疑問を抱かずにただ僕の言うことに従っていただけだったんだ!だからこれはただ僕だけが無能だったわけなんかじゃない!そうだ、僕だけがおかしいんじゃない!これは、正答率一桁台の超難問だったんだ!はは、そうだ!そうに違いない!!!



 ・・・はは、だからどうしたって話だよな。そこを言い繕ったって、今は何も変わらないってな。


 それに宗次なら、それをわかっていたとしても僕に話さなかったってこともあり得る。それこそ、『いつお前がそれに気づくかなーってワクワクしながら見てたんだけどな』としたり顔で人を馬鹿にするように言うつもりだったんだろう。

 ・・・ただそのためだけに、あいつもまた8年間棒に振ってるって考えると、あいつの方がよっぽど大馬鹿だと僕は思うけどな。


 本当、あの大馬鹿が何を考えているのかもさっぱりわからない。思えばこっちの世界に来てからというもの、あいつのご機嫌は常にななめだったような気がしなくもない。さっきほどではないにしろ、少し前にもあいつに対して声を荒げたような記憶が微かに残っているし。


 それで、なんか知らない間に玲那とやたらと仲良くなってるし。結局はあれか?あいつも玲那のことが好きだったのに、僕に遠慮してたとかそういうオチか?

 うーん、でもそれだとそもそもタイムマシン開発に協力的だったこと自体が不可解だよな。僕があんなことをやらかしたことは、宗次にとっては逆にチャンスだったんだし。


 とすると、こっちの世界で玲那に会ってから散々僕の悪口を玲那から聞かされたとかか?・・・いや、このケースはないと思う。というか、ないと断言できる。玲那はそんな人間じゃない。そんな陰湿なことを誰よりも嫌う人間のはずだ。


 じゃあなんだ?思い出せ。こっちの世界に来てからは、僕はあいつとそこまで濃い時間を過ごしたことはそうなかったはずだ。でもかと言って、僕と一緒にいる時間が少ないからと拗ねるような可愛げのある奴なんかじゃない。ありえない。



 ・・・ん?そういえば、なんか最初の頃に宗次と喧嘩したような気がする。それもとびきり激しいやつ。あれ、なんでこんな重要イベントを忘れてるんだ?それになんだ、この頭が締め付けられるような嫌な感じは?まるで思い出そうとするのを何かに阻まれているような・・・?


 あれ、よく考えると僕と宗次ってこの世界でどんな会話を交わしていたかもいまいちよく覚えていない。なんでだ?それなりに会話はしていたように思えるんだけど、どうも中身がすっぽりと抜け落ちているような気持ちの悪さがある。


 思い出せ。これは多分だけど、宗次が急に怒り出したのと無関係じゃない。




 はは、ダメだ。さっぱり思い出せない。これはまさかとは思うが、姫様のと同じように宗次に関する記憶まで一部抜け落ちているってことなのか?だとしたら、相当いやらしい記憶の封印をしてくれたもんだなあの魔王さん。



 ・・・ん?姫様のと同じ・・・?



 待てよ・・・?宗次との会話の記憶じゃなくて、姫様に関するあらゆる記憶が抜け落ちてるんだよな・・・?


 もしその喧嘩の原因が姫様にあるのだとしたら、忘れてしまったのにも納得がいくよな・・・? 




 ―――はは。はっはっはっはっはっ!!!!! 

 

 そうか、考えてみれば当たり前すぎるじゃないか!!! 


 そりゃせっかく玲那がこっちの世界にまで来てくれたのに、謝罪どころか違う女の人にデレデレしてる姿なんか見てれば、誰だって怒るわ!ましてや、その人と復縁したいからと言って8年間も僕のそのわがままに付き合わされた側からしたら、その突然の変わり身ぶりに嫌味の一つも言ってやろうってなるわ!


 はっはっはっはっは!!!そりゃあ、宗次が僕に怒るわけだ!!!愛想つかして玲那に同情もしたくなるわな!!!こんな簡単に、今までご執心だった玲那を捨てて、姫様と婚約したなんて噂を耳に挟めば、そりゃあ僕を突き放そうとするだろうよ!


 これはひどい。ひどすぎるぞ!いくら記憶喪失という言い訳があるにしろ、宗次が怒っている理由に今の今まで気が付かなかった僕のこの愚かさよ!!!はっはっはっはっは!!!!!これが笑わずにいられるか!!!!!



 本当、救いようのない人間だな僕は!よくこんな自分を姫さまやお嬢たちは必死に励まそうとしてくれるな。他人の気持ちに全く気付くことができないこんな人間失格なガラクタのどこにそんな価値があるっていうんだろうなあ?


 思えばさっき、玲那へのこの想いだけは本物だとかほざいていたなこいつ。会ってまだ2ヵ月ほどの女性と婚約する尻軽男が、よくもまあそんなこと言えたもんだな!



 ・・・どうして僕は姫様と結婚しようと決めたんだろうな。


 そりゃあ、姫様はめちゃくちゃいい人だし、僕なんかじゃ不釣り合いなんていう言葉じゃ足りないくらいにふさわしくないとは思うほどにはできすぎた女性だ。

 でもどんな理由があったにしろ、あの長年想い続けてきた玲那への気持ちに見切りをつけたのに変わりはないんだよな。自分で言うのもなんだが、あれだけ玲那にご執心だったんだ。よほど自分の心にぐさりと刺さるような一大イベントが姫様との間にはあったんだろう。

 ・・・頼むから、一夫多妻制を導入しようと考えていたみたいなクソみたいな記憶が戻ることはないように祈りたい。


 

 でもなるほど。こうして時間をおいてみると、いかに僕があの場でどうしようもない人間の状態であの2人に相対していたかがよくわかった。はは、つくづく愚か者だな僕は。


 誰だ、僕のことを勇者だとか言ったのは。愚者だ愚者。ここで膝をついて天を仰いでいる人間は救われる価値もない愚者オブ愚者だ。


 

 ほら、まるで空気までこんな自分をあざ笑うかのように震えているじゃないか。こんなどうしようもない自分に罰を与えようとでもしているように、臓器に直接ダメージを与えに来てるぞ。それだけじゃない。爆発音のようなものまで聞こえるじゃないか。・・・いいぞいいぞ、こんな自分なんてさっさと滅ぼせばいい!


 

 ・・・なんだよ、何も起こらないじゃないか。はは・・・。神すら僕を憐れむのか・・・。はは・・・。ははははは・・・。



 ―――いや、どうやらやっぱりそんなことはないみたいだぞ。誰かがこっちに近づいてきてる音がする。そうか。ようやくお迎えが来たか。抵抗はしない。もう一思いにやってくれ。


 ああ、改めて見ると綺麗な青空だ。この世界に来てよかったと思うのは、人に恵まれたことと、魔法が使えたことと、どこを見ても美しい外観かな。僕にはもったいなさすぎる最期の景色だ。


 あれ、視界が潤んでいる。まさか、泣いているのか・・・?ありえない。泣く権利すら僕にはないはずだろう?


 いや、やっぱり泣いていないぞ。目頭が熱くなるあの感覚も、頬を伝うあの感覚がない。でもやっぱり目の前は潤んでいるよな?見間違えじゃない。


 「おい、起きろ。」


 ん、だんだんと潤みが近づいてきていないか?この世界は雨は降らないはずじゃなかったっけ?じゃあ一体、この水の塊はなんなんd―――


 「ザバァ――――――――――――――ンッ!!!!!!!」


            *     *     *


 「答えろ、お前がこの一連の事件の黒幕か!?」


 返答一つでこの剣は自分の喉を貫くだろう。目の前の狂人はそれを躊躇なくやってのけるくらい精神状態が不安定になっている。

 草原に尻餅をつき、その上半身を支える両腕すら恐怖でガタガタと震えている宗次だったが、それを察知できるくらいには頭がまだ正常に働いていた。


 今自分は、おそらくではあるが身に覚えのない罪で脅迫されている。だとしたらその誤解を解くのが、自分の身の安全を確保するという最終ゴールに至るための必要条件である。

 とは言っても、このバーサク女に今まともな会話が通じるとは思えない。なんなら、何をどう答えても突きのモーションに入ってきそうで、声を発することすら勇気が必要な状態だ。


 だとしたら、今自分が追及されている罪の内容を冷静に頭の中で分析、予測して、そのうえで彼女を刺激しない答えを選ぶ必要がある。そびえ立つハードルの高さが異常すぎて、両腕の震えが一層強まる。


 ひとまずは黙り込んで時間を稼ぐという作戦を決行に移すことに決めた宗次は、剣を突き付けてくる女性から目を逸らすように遠くの方の地面に一点集中する。


 その様子に痺れを切らしたコウセキが、青筋を浮かべそうになりながらグッと剣を再び強く握って怒鳴る。


 「黙っていないで答えろ!!!死にたいのか!!!!!」


 「い、いやあ、そんな剣幕で迫られるとどう答えても死ぬ気しかしないんだが・・・。」


 と、咄嗟にツッコミを入れた瞬間に、宗次の背中から大量の冷や汗が噴出した。

 ついいつもの調子で軽口を叩いてしまった自分の軽率さを、これでもかと言うほどに呪い尽くしつつ、数秒後に送り届けられる死の味を想像する。


 「じゃあ今すぐにでもその命を止めてやろうか!?」


 「ま、待ってくれ!!!おそらくだけど誤解だ!!!どこをどう見たって何かできそうに見えないだろ!!!」 


 慌てて、正面にいる彼女に無抵抗の意思を示そうと必死に片方の腕を前に出す宗次。


 何とか即座に息の根を止められるような展開にならなかったことに、心底を肝を冷やしながらも脳内で何度も神に感謝を告げる。とりあえずまだ、かろうじて言語のやり取りができるという確認ができたのをこれ幸いと、何とか今まで通りの正論を並べ立てての説得を試みる戦法に切り替えていく。


 「一回落ち着いてくれ!俺は一体何を疑われている!?ただ懸命に、その日その日を生き抜くことしかできなかった程度の人間に何ができると思っているんだ!?」


 震え混じりの反論に多少の同情が心に宿ったのか、それともその怯える姿を見て罪悪感が芽生えたのか。コウセキは強く握っていたその剣からわずかではあるが、力を抜いた。


 ほんの数ミリ程度剣が後ろに下がっていくのを見て、少しばかり宗次の腕の震えが収まっていく。さっきからずっと震え声になっていることは本人に自覚がないので、彼が今感じている恐怖がコウセキにほぼ筒抜け状態になっていることには気づいていないのだが。


 そんな人間味あふれる様子を見て少し冷静さが回復したのか、血走っていた眼に少し光が戻ってきたコウセキ。それでも怒り口調は変えずに責め続ける。


 「この一連の魔獣騒動のことに決まっている!あの日からずっと魔獣が我らの村を襲い続けているのを魔王の元にいたというお前が知らないとは言わせないぞ!その事件発生と同時期に、異世界からやってきたとか訳の分からないことを言い出す人間がいるという噂を聞いたのだ!これは明らかに相関があるとしか思えないだろう!?・・・不本意ながらそこで気持ち悪く痙攣しているあいつが犯人ではないという可能性が高まってしまっている以上、犯人はお前しかいないんだよ!!!」


 しかし、少し冷静になった時点でコウセキにもそれがあまりにもこじつけがましい言い分だと自覚してしまったのか、急に早口になったと思えば視線も泳ぎ始めるという挙動不審ぶりを見せ始めていた。


 「まさか、その襲撃の手引きをしているのが俺って話か!?冗談も休み休み言えよ!?」


 「ではほかに誰がいるというのだ!?この襲撃にはどんな裏があるというのだ!?」


 「それこそ知らねえよ!!!この世界に来て早々に魔獣に殺されかけたんぞ!?俺だってあの魔獣どもには恨みがあるっての!」


 魔獣に囲まれて生活したこの2ヶ月は、あまり宗次にとっては心休まる時間とはならなかったようだ。そんな初日から始まる、魔獣がらみの様々な事件を思い返していると、宗次の顔から血の気がさらに引いていった。


 「魔王の世話になっておきながらそのような戯言、通用しないぞ!」


 「まあ確かにそうだよな。でも俺には黒魔術の才能はないから魔獣を操れる力はないぞ?」


 「ではお前が魔王を誑かして魔獣の襲撃を―――」


 「ンなわけあるか!魔王がこの村を護るって言ってさっきまでここにいたのを忘れたのか!?」


 まだ数時間前程度の話を忘れたことにして話を進めようとするコウセキに、ため息をつきそうにながら反論する宗次。


 「結局あいつはシュウ兄上と戦って、あわやこの村を滅ぼそうとしただけだっただろう!」


 「いやまあそうだけどさ!・・・ああもう!本当いらんことしかしなかったなあのポンコツ!」


 ここで予想外の正論を返されて、頭をくしゃくしゃと掻きむしる宗次。いつの間にか震えていた両腕は正常に働き、尻餅をついていたはずの宗次の姿勢は胡坐をかいている。


 「でもお前じゃなかったら一体誰が―――」


 「いい加減現実見ろよ!!!自分だってわかってんだろ!今してることがただ冤罪をふっかけているだけだってことをよ!!!」


 宗次の渾身の一言が、なおも確たる根拠もなく攻めの姿勢を続けようとするコウセキの全身を揺るがした。


 「・・・俺に罪を擦り付けたって、何も解決しないんだよ。あんなでっけえ龍が急に出てきて気が動転してるのはわかるけど、それじゃあ何も先に進まないんだ。」


 諭すように穏やかな口調でそう話す宗次。ようやく心にも少し余裕が出てきたので、自分が今話題に出した龍の様子を確認しようとちらりと目を向ける。


 まず、いつの間にか龍がさっきよりだいぶ接近してきていることに気が付いた。でもそれ以上に宗次の度肝を抜いたのは、そこで大規模な火災が発生していることだった。いや、宗次が見たそれはただの火災ではなかった。それは昔宗次がまだ日本にいた頃に、どこかのメディアで見た『火災旋風』と呼ばれる現象に似たようなものだった。圧倒的に規模はこちらの方が上だが。


 「な、なんだありゃ・・・。あれは魔獣の仕業なのか・・・?」


 それはもう、炎の竜巻と形容する方が近いレベルのものだった。その発生源が何なのかわからない宗次には、ただただ戦闘の形勢が人間側に有利であることを祈るしかない。

 少なくとも、自分があの場にいても何もすることはできなかっただろうということは嫌でも理解してしまった。


 そんな頭が追い付かないような超常現象を目の当たりにしている宗次の傍らで、先ほどまで強気に宗次を言葉攻めしていたコウセキが、弱り果てていた。


 「私は、一体どうすればいいのだ・・・。どうしたらこの村を・・・、みんなを護れるんだ・・・?」


 今度こそちゃんと剣の刀身をしまい柄を懐にしまったコウセキが、空になった両手を見つめながら掠れた声でそう呟く。


 「私にはもう・・・、どうしたらまたみんなが笑ってくれるのかわからない・・・。」


 万策とはとても呼べない数の策が全て否定、失敗に終わったことで、ついに感情のメーターが振り切ってしまったコウセキは、整えられていた外面を崩壊させていく。


 「内心では、間違っているのではないかと何度も疑った。確証のない情報に縋り人を殺めるなんて本当に正しき行いなのかと何度も悩んだ!」


 一度張りつめていた糸が緩んでしまったら、そこからはもう溜めこんできたものがとめどなく流れ出ていくしかない。必死に、盲目的に、それが正しいと思い込み、押し殺してきた自分の奥底にあった想いが、他者から何度もその誤りを指摘されたことでようやく表面上に現れ始めた。


 「それでも村を護るため、みんなを護るためと思い、心を鬼にしてきた。でもやはり私にはわからなかった。マイヤ様やサラが言っていることがどうしても間違っているとは思えなかった。―――いや、正しいということを本当は理解していたんだ。」


 舞い上がる炎の竜巻を眺めながら、今まで押し殺してきた想いを吐き出していくコウセキ。その激白は誰の耳に入るでもなく消えていくが、本人はそれを気にも留めずに続ける。


 「それをきっと国王様は見抜いていたのだ。―――今思えば、2度と私を王宮に遣わすなというあの言葉は、私の身と心を案じての発言だったのかもしれない。」


 朝方にガルディンに告げられた言葉。その言葉の裏にあった優しさに気づいてしまったことで、さらに自己嫌悪に走っていく。果たして本当に本人にそのような意図があったのかは謎だが。直接本人に問いただそうにも、意識がないのでどうしようもない。 


 「本当、私はどうしようもない女だ。結局自分の意思を貫けなかったせいで、数多の人達から叱咤されてしまった。挙句の果てに、こんな見ず知らずの男にすら諭される始末・・・。本当どうしようもない・・・。」


 不甲斐なさを発端としたコウセキの病みが、とうとう目に雫を貯め始める。心に根深く刺さり続けてきた不信と罪悪感という名の楔が、ここぞとばかりに涙とともに心の傷を深く抉り取っていく。燃え盛る炎の竜巻にすら、その涙を乾かすことはできそうにない。


 

 そんな時だった。


 祈るように炎の竜巻を眺めていた宗次の目が、奇妙な黒い光が瞬くのをとらえたのだ。


 「おい!今、竜巻の奥の方でなんか光らなかったか!?」


 それは今のコウセキの心情を考えればあまりに無神経なアプローチだったが、焦燥感に駆られる宗次にはそのようなことを気にしている暇などなかった。


 ちらりと見えた光の正体。それが一体何だったのか。どうにも嫌な予感がするのを抑えられない宗次は、隣で心の自傷行為に走る女性に救いを求める。


 「う、うう・・・。」


 「頼む、答えてくれよあんた! ほら、あそこで今も光っているあれだよ!」


 乱暴に両肩を掴み、力ずくでコウセキの視線をその奇妙な光の発信地に向けさせる宗次。


 そしてそのぼやける視界に強制的に映し出された景色は、嗚咽を零していたコウセキの精神もまたあっという間に恐怖に染めていく。


 「・・・な、なんだあれは?」


 「俺が聞きたいんだよそれを!なあ、あっちは大丈夫なのかよ!?」


 「わ、わからん。」


 いまだに少しぼやける視界を明瞭にしようと急いで右腕で両目をこするが、何度見てもあの妖しい光はこの21年間で一度も見たことのない代物だった。


 それだけに、コウセキの心にも何とも言えない不安が漂い始める。



 その光の正体が何なのか。その疑問に自分なりの解を出そうとしてみるが、先にタイムリミットがきてしまった。



 白みを帯びた黒い光線のような息吹が、炎の竜巻を突き抜けてそのまま空気中にぼんやりと浮かぶ謎の緑の球に直撃。黒い大文字が空に大きく描かれたのだ。


 その衝撃音はかなり距離があるはずのこのカルシウ村にまで響き渡り、その大気の振動までもが臓器に直接ダメージを与えるように伝わってくる。


 胸に何とも言えない不安を抱いていた宗次の全身に悪寒が走る。人は言葉にならないほどの絶望や恐怖に直面すると身体が固まって動かなくなると言うが、宗次のその様子はまさにそれだろう。


 「・・・なんなんだよ、あれ。どう考えてもあれはあの5人のうちの誰かの技じゃないよな?」


 さっきまでの震え声とは比較にならないほどの絶望感を上塗りした呟きが静寂に落ちる。わかりきった質問をしたはずの宗次に、いつの間にか宗次の両腕から肩を解放されていたコウセキは解を与えない。耳に入っていないだけなのか意図的に声を遮断したのかは定かではないが、コウセキは宗次を一瞥もせずにただうわ言のように何かを呟いている。


 返事がないことに違和感を覚え、コウセキの方を見る宗次。そして、ようやく宗次は至近距離にいたはずなのに聞き取れなかった言葉を拾うことに成功する。

 

 「うそだ、うそだ、うそだ、うそだ、うそだ、うそだ、うそだ、うそだ、うそだ、うそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだ・・・」


 念仏のように同じ言葉を繰り返すコウセキは、全身を震わせて自分の両肩を抱いている。目の光は失われ、一瞬引っ込んでいたはずの涙は、無意識のうちに再び一本の軌道に沿って流れ出ていた。


 突然飛び込んできた衝撃映像。その直後に、宗次の少し後ろで抜け殻のようになってしまっているかつての相棒のような状態に成り果ててしまった和装の女性。


 何が起きたのかさっぱりわからない宗次は、とりあえずなにかとんでもなく悪い方向に進んでいるということを察することしかできなかった。


 「もう嫌だこんな世界・・・。」


 ついに頭を抱えて、うずくまることを選んだ宗次。次々と迫りくる異常事態の数々に、今までかなりの強靭さを見せてきた心がついに折れかかろうとしていた。


 静寂の訪れとともに、背後から再び聞こえてきた相棒の途切れ途切れの乾いた笑いと、隣にいる女性の念仏が不協和音を奏で始める。

 そんな地獄のような背景音に囲まれた宗次。それがより一層宗次の脳内を悪い方向へと導こうとする。



 まるでそれが永遠に続くかのように思われた。


 だが、それは予想以上に早く終わった。




 「おい、起きろ。」


 ザバァッという、水の降る音とともにバリトンの変調のない声が突如後ろから聞こえてきたのだ。


 起きるはずがないと決め込んでいた『状況の変化』という出来事の発生に、思わず声のする方向に全力で首を振る宗次。



 そこでは、みずぼらしい姿の男と綺麗に整えられた青色の袴を纏う綺麗な顔立ちの好青年が、寝たきりだった一国の王と抜け殻となっているかつての相棒を囲んで狼藉を働いていた。


            *     *     *


 「これは触れるもの全てを凍てつかせる絶対零度の氷刃!今一度大地へと降り立ち、我らに仇なす者たちを永久凍土と化せ!!!!!」


 声高らかに唱えられた大魔法の詠唱とともに、あたりには幻想的な白い霜が立ち込める。それが背後で燃え盛る灼熱にあてられて霧へと化学反応を起こしていく間に、上空には先ほどの火球ほどの規模ではないがかなり大きな先端の尖った氷の塊が3つ形成されていた。


 巨大な氷の塊は、サラが指さす方向へと真っ直ぐにそれぞれ別の3方向に勢いよく飛んでいった。それはちょうど10匹のドレーギアがそれぞれ森の途中で正面、右、左と散開したがために急遽行った作戦変更による結果だった。



 『どうやらあの大型龍には知能がある。』


 マイヤが最初にそう言い出した時はまさかとは思ったが、突然あの巨大龍が立ち止まり天に一吠えした瞬間に、周囲に付き添っていた中型たちが3方向に分かれて進軍してきた様子を見ると、確かにと思わざるをえない。


 3等分されてしまい、破壊力もまた3分の1になってしまったとはいえ、それでもその大きな氷塊は、中型のドレーギア達の足を奪う役割は十分に果たしていた。シャミノたちが今いる場所を基準として北方面に4匹、北西と北東方面に3匹ずつ隊列を組んで接近してきたドレーギア達は、突如上空から降ってきた氷によって膝まで凍らされてしまったので、進軍が完全に止まってしまっていた。


 中型は、狼や大きな鴉程度の大きさの小型とはサイズが大幅に違う。そのサイズ感を例えるならば、人類が繁栄する前の時代に大地を跋扈していた恐竜たちをイメージするとわかりやすいだろう。かの恐竜の王と名高いティラノサウルスほどまではないにしても、それに匹敵する体格を持つ龍が二足歩行で接近しているのだ。よってそんな身体を持つ個体の全身を凍らすということは諦め、シャミノはあくまで身動きを封じることにしたのだ。


 シャミノ1人であったならばこんな作戦は思いつかなかっただろうし、思いついたとしても1人ではあまり効果を成さない。だが今は、シャミノの傍には4人の頼りになる(と言っても1人は燃料切れなのだが)仲間がいる。


 「今よ、3人とも!!!」


 口角を上げてにやりと笑い号令をかけるシャミノ。その呼びかけに、声よりも先に身体で反応を示した3人は、それぞれ氷が張る3か所へと駆けていく。


 急がなければ自分が引き起こしてしまった災害が先に氷を溶かしてしまう。いったい今日は何度こうして時間に追われないといけない事態に陥っているのか。そんなことを思いながら、マイヤは走る3人の無事を祈る。


 「もともと魔獣狩りは僕らの専売特許なんだからさー。中型3体くらいパッとやっちゃうよー!」


 飄々とした口調を崩すことなく、北西側へと駆けだしたフウラン。その両手に持つ2本の曲刀が濃緑に光を放つとともに、その刀身に触れただけで吹っ飛んでしまいそうなほど圧縮された風を纏っている。その風の影響で、フウランの走る先にある炎が次々と吹き消されていっている。


 「・・・この程度の敵、恐れるに足らず!」


 寡黙とした態度を崩すことなく、北東側へと駆けだしたエンガ。なおも片手のみでその重心を支えられている大剣が、今にも炎を吹き出しそうなほどの熱を放っている。そして何よりも驚きなのが、エンガの走る先にあった炎が次々と右手の大剣に宿るように纏われていっていることだ。


 「私も負けてらんないわね!一発でかいのぶちかましてやるわ!」


 恐れなど一切見せずに、真っ正面の北側に向かって飛び跳ねるサラ。さっきのマイヤやシャミノと同様、全身からあふれ出るように溜められていた濃密な魔力は両腕に凝縮されているようで、緑色に光っている。その影響からか、軽々と空中でステップを踏む両足とは対照的に、両腕の動きはとても重々しい。


 「これは触れるもの全てを切り裂く超速の真空波!今一度地上へと降り立ち・・・」


 ほかの2人に先んじてドレーギアを攻撃範囲に入れたサラが、空中から4体のドレーギアに向かってその魔力を放出する準備に入る。

 そのサラに遅れながらも、残りの2人もそれぞれの得物で渾身の一撃を放つ構えをとった。


 両足を固定されていた10体のドレーギア達もまた、攻撃の対象が現れたので、無意味に両足をもがかせる動作をやめて、それぞれが得意とする属性のブレスを吐こうと口元に魔力の光を集結させた。


 「くらえ!烈風旋刃!!!」

 「穿て!灼煉爆波!!!」

 「我らに仇なす者たちを風塵と化せ!!!」

 

 両者の攻撃が行われたのはほぼ同時だった。互いに、その一瞬に出せる最大の一撃を出していたに違いない。

 それでも両者の力が拮抗することはなかった。


 北勢と北東では3色、北では4色の煌めく息吹がたった1人の人間に向けて容赦なく押し寄せる・・・はずだったのだが。


 片や、2本の曲刀を円を描くような軌道で振り抜いた瞬間に発生した斬撃の暴風雨が、


 片や、周囲の炎を纏った大剣を両手で斜めに一刀両断した瞬間に発生した斬撃のマグマが、


 迫る息吹をもろともせずに正面から打ち破り、その斬撃は勢いを殺さぬまま計6体のドレーギアの身体を貫いていった。


 そして北側では、4体のドレーギアを取り囲むように発生した巨大な大竜巻が、轟音を鳴らしながら風の刃の渦を巻き起こし、魔獣の身体の四方八方を切り刻む。その竜巻は内部だけでなく外部にも甚大な影響を与えており、さっきまで大炎上を起こしていた木々をその炎ごと巻き込んで、再び巨大な火炎の柱となってあたり一帯を蹂躙していった。言うまでもなく、放たれていた4色の幻想的な息吹はその威力の前に成す術もなく霧散していった。



 純粋な力比べに負けた中型のドレーギアたちはあえなく全滅。うち、大魔法の餌食になってしまった4体はその詠唱にもあったように、竜巻のミキサーかけられて塵ほどの姿形となってしまっていた。



 「まー、ざっとこんなものでしょー。」


 「・・・まずは満足。」


 動かぬ屍となった魔獣を見るなり、いつもの調子で武器をしまい、後ろにそびえたつ巨大龍ギガントドレーギアを眺める2人。



 「あとはあいつだけね。先鋒隊を全員潰されてさぞや怒ってることでしょう・・・。―――え、何あれ?」


 大きな魔力を一度に放出した疲労に襲われているサラは、しばらく空中で身体を休めようとその場で漂うように風に身を任せる。

 例の巨大龍は、自身が起こした火炎竜巻に阻まれて少々確認しずらい状態ではあるが、一応姿は確認できる。


 そのおかげか、そのおぼろげな姿の巨大龍の口もとが邪悪な黒色の輝きに満ちているのを、サラの目は見逃すことはなかった。


            *     *     * 


 「―――ふう、こっからが本番ね。」


 「はい。・・・でも少し不可解なような気がしませんか?」


 中型10体を簡単に撃破したという喜ばしい戦況におごらぬようにと、平時に違わぬ冷静な声でそう口にするシャミノ。しかし、マイヤはマイヤで何やら違和感のようなものを抱いているようで、シャミノにある疑問を共有しようと話し出す。


 「何が引っかかっているの?」


 「最初、部隊を3つに分けてこちらに攻撃を仕掛けてきたのは、さっきの私の一撃を見て、一か所に軍団を固めるのは危険だからだと判断したからだと思っていました。―――でも、それだと一つどうしても拭えない疑問があるんです。」


 「疑問・・・?」


 一体彼女は何に気づいたというのか。自分にはない洞察力を見せるマイヤに心強い何かを感じながらも、一抹の不安が残るシャミノの心に、マイヤは素朴な疑問をぶつける。


 「それならばそもそも、自分の周りにいたドレーギア達を攻撃に行かせない方がよかったのではないかと思うんです。」


 「―――自分の周りに置いておいた方が、10体のドレーギア達を無駄死にさせずに済んだだろう。そういう推理がしたいの?」


 マイヤの発言の意図にすぐに察しをつけたシャミノは、すかさずマイヤの発言の後を続けた。


 「はい、シャミノ様が先ほどからずっと気にしていたように、あれほどの巨躯と禍々しい覇気を持つ魔獣ですから、一撃の大魔法を受けただけで倒せるような代物ではないと思います。だとしたら、もしあの魔獣に知能があるのだとしたら、自分がその魔法を受けた方が効果的だと思いませんか?」


 炎の竜巻に遮られてその姿が見えないその魔獣を見ながらマイヤは不安げにそう口にする。ふうむと一度考え込んでから、やがてシャミノはその疑問への仮説を語り始めた。


 「いくつか考えられることはあるわ。まずは、やっぱり最初の仮定自体が間違っていたと言い切ってしまうパターン。とは言っても、馬鹿みたいに自分が1人で先陣を切らずに先鋒隊を先に派遣したり、さっきみたいに3部隊に魔獣を分けたことを考えると、やっぱりこれは希望的観測に過ぎないわね。」


 「ではやはりある程度、さっきの行動には裏があると考えた方が?」


 「あと考えれるのは2パターンね。一つは、知能があるといっても成長していく型で、最初に先鋒隊のやられ方を見て学んで、固まるのは危険だと判断した。だから今回は分散させてみたけどやっぱり失敗に終わってしまったっていうパターン。」


 シャミノは人差し指と中指を立てて、神妙な面持ちで仮説を続ける。聞く側の立場にあるマイヤは、その仮説にはすでに自分も行き着いていたようで、その仮説の問題点をここぞとばかりに指摘する。


 「でもそれだったら、自分が大魔法を代わりに受けるという手段をとらなかったことが気になりませんか?」


 「そうでもないわよ?それこそさっき生まれたばかりなんだから、本当に自分があの大魔法に耐えうる力を持っているのか自信がないという可能性もあるじゃない?それなら、1部隊は潰されるけど残りの2部隊が私たちに攻撃できるチャンスが残る今回の作戦をとってきたとしても不思議じゃないわ。」


 確かに一理ある、と何度か頷きながら理解を示すマイヤ。その仕草を見て、ひとまずはこの仮説の議論はひと段落したことにしたシャミノは、最後の仮説の説明をしようと口を開いたところで、フル回転していた彼女の頭に急ブレーキがかかった。



 なかなか戻ってこない愛娘からの緊急連絡が来たのだ。


 「え!?」


 同じくその声を聞いたと思われるマイヤの方もまた、即座にその声の発信元に目をやった。




 その瞬間だった。



 「う、嘘・・・でしょう・・・?」


 顔から一気に血の気が引いていくシャミノ。恐怖の伝染は顔だけに留まらず全身を蝕み、やがて全身から全ての力を奪い去り、シャミノはガクンと地面に崩れ落ちた。  




 マイヤとシャミノの視線の先。そこには大きな黒い塊が炎の竜巻を打ち破って、さらにその軌道上にあった大気の塊に衝突する光景が映し出されていた。


 魔力同士のぶつかり合いは大きな爆発を生み、あたり一帯にとてつもない爆音が響き渡らせる。


 身体が吹き飛ばされそうになりながら、その場で倒れこんでしまったシャミノの身体を抱きながら何とか堪えるマイヤ。


 そして数十秒の後、ようやく顔をあげられるまでに回復した2人が、この世の終わりを迎えたような形相で、その爆心地を見やる。




 「え・・・。嫌だ・・・。そんな・・・。さ・・・、さ・・・。」



 そんな2人の視界に映し出されたのは、上空に刻まれた黒い炎の大文字が消えていく情景。



 「サラああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」



 そしてその終わりと共に、上空から1人の人間が地上に向かって落ちていく姿だった。


   


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ