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科学と愛は冒険の始まり  作者: トレア
第3章
46/72

3-6 前哨戦

 遮る物のない草原をこえた先、村の西部の広大な土地にある森林地帯。そのさらに先に巨大な影がそびえ立つ。時刻は昼を告げているが、それを告げる青空と太陽光は赤黒い魔獣たちによって遮られて暗闇へと変貌する。


 「あんなでっかいやつが一瞬で現れるとか・・・。」


 「わ、私もあんな大きさのやつは見たことがない・・・。」


 宗次とサラがそのあまりの出来事についていけずに唖然とそう零す。

 しかしそれは口に出せていなかっただけで、マイヤもまた目を見開いたままの状態で眼前で起きた突然の出来事をじっと眺めていることしかできていない。


 とはいえ時は残酷で、魔獣はさらに残酷。驚いて止まっている者たちを待たずに、村へと接近を開始している。


 「サラ、マイヤちゃん。急いで魔力を練って。あの集団が到達する前に一気に片をつけるわよ!」


 自分の心を奮い立たせるようにそう叫ぶと、シャミノが真っ先に魔獣が接近してきている方向の村の出口を目指して駆けだした。


 「う、うん!」

 「は、はい!」


 その様子を見てようやく我に返った2人が遅れてその背を追っていった。


 「っておい!・・・やっぱ俺は置いてかれるのかよ。」


 宗次もまたその後を追おうと右足を出したが、ある一つの思考にとらわれてその足を止める。


 「よく考えたら、ついて行ったところで一体何ができるんだって話だよな。」


 そんなことをポツリと呟いてはみるが、眼前に映るこの世のものとは思えないスケールのあの巨大龍を見ると、何もせずにはいられない。そんな思考もまた湧き上がってきて、その場でバタバタと無駄な体力だけ使っていく。


 あたふたしているうちに村の建物の一つからは、


 「・・・俺が止める。」


 そう一言だけ発して巨大な龍へと向かって一目散に炎のような男が走っていった。


 また別の建物からは、


 「あんなの今の状態のエンガ兄さんだけじゃ止められないよねー。俺も出るよー。」


 風のような男もまた同じ標的に向かって走り出していった。 


 「主、私から離れないようにお願いします。」


 「私の身の安全もそうだが、村の安全の保障も頼む。」


 「ならば尚更、主の身の安全を第一といたします。主のあるところこそが村ですから。」


 「・・・ふん、息を吐くように気味の悪い言葉を吐きおって。―――まあいい、好きにしろ。」


 「御意。」


 そして一際大きな建物の入り口では、みすぼらしい村長と水のように清らかな面持ちの男が並んでその龍の動作を見守っている。


 そんな4人の男たちとは別に、もう2人ほど村の中にいるがどちらも動き出すような意思が見受けられない。


 片や、顔の腫れは収まった状態ではあるがいまだに仰向けのまま目を覚まさない、気品と覇気を存分に備えた風貌を持つ美丈夫。


 片や、見るのも憚られるような形相で草原に座り込んでは、ひたすら天を仰いで小刻みに震え笑う、狂人の域に達しているとも言える様子の冴えない男。


 そんな人間たちの中から、今後の宗次の行動指針を示してくれそうな者は残念ながらいない。


 「つくづく俺の無力さを感じるなあ、おい。」


 誰に文句を言うでもなく、ため息混じりに独り言を呟くのが今の彼にできる精一杯だった。


 そんな無力を噛みしめる宗次でもかすかに感じられる空気の変化。風に激しくあおられるパーカーにまではその変化は伝わらないが、肌はその空気にわずかな濁みが生じているのを感じ取っている。さっきまではただ肌を撫でるだけの気持ちの良いものだったのに、今は何かがじっとりと肌にまとわりついてくるようなそんな気味の悪さを含んでいる。


 「さあて、どうしたものか。」


 魔獣の襲撃なんて言われても、今まで住んでいた世界に魔獣なんていなかった宗次にとっては対処のしようがない。そう考えると、学校の避難訓練なんて今まで無駄だと思いながら適当に流していたが、あれは突然の出来事にも咄嗟に行動する力を身に付ける授業だと思えばなかなか悪くないものだったのかもしれない。

 そんなことを考えながらも、魔獣に村が襲われたときのシミュレーションをしたことがない宗次はやはり、この混沌した空間の中で孤独のまま経過を見守るしかできないのだった。


 

 魔獣はそんな村の面々に遠慮することはなく、着々と速度を上げて村へと接近している。あの龍が接近するにつれて、だんだん地面からズシンと衝撃が走るようになっている。遠くからでも十分その大きさが主張されていたその身体が、徐々に視界に納めることすら困難なほどになってきている。

 

 この世界に来てからのこの少ない時間の中でも、多くの魔獣を見てきた宗次。そんな彼の背中にも一筋の冷や汗が走る。それほどまでに、あの大きさは規格外なのだ。

 村のすぐ隣で湧いて出ていたら、なすすべもなく村は崩壊していたとだろう。村のすぐ隣で戦闘にでもなったら、その余波だけで村ごと吹っ飛びそうだからだ。だからこそ、咄嗟のシャミノの真っ先に迎え撃ちに行くという判断はまさに英断と呼ぶにふさわしい。


 そんなことを考えていた宗次の耳に、魔獣の雄叫びでも足音でも友の乾いた笑い声でもない音が聞こえてくる。ギィーっと、近くの家の戸が開く音だ。 


 「私も行かなくては・・・。あれほどのやつを前にして寝ているだなんて私にはできない!」


 その突然の異音に反応してみると、開いた戸から全身を黄に染めた、戦乙女というという言葉がピッタリと合う女性が、急ぎ足で魔獣の出現した場所に向かって走り出そうとしていた。


 「おい、ちょっと待て!どこ行くつもりだ!?」


 なぜか一度も話を交わすどころか、見たこともないはずの女性が走り去っていこうとしているのを見て、慌てて声をかけてしまう宗次。


 「なんですか!?私は今急いでいるのです、邪魔をしないで―――」


 「そんな怪我をした状態で満足に戦えるのか!?」


 まさか呼び止められるとは思っていなかったのか、思いのほか驚いた様子で宗次の方へ振り返るのは、いまだに左腕に負傷の色が残っているコウセキだった。その負傷の色は、戦いの素人である宗次にも簡単に見抜かれてしまうほどで、間違いなく剣など振れそうにない。


 「この村にまであやつが辿り着いてしまったら二度とこの剣を振る機会はなくなるのです!今ここで戦わなくてどうするのですか!?」


 「だからってそんな状態で行ったところで死にに行くようなものだろ!?」


 「私を侮辱するのですか!?どこの誰だか知りませんが、あなたよりは戦える自信はあります!」


 宥めようとしてさらりと痛いところを突かれて黙り込む宗次。

 目の前のこの女性がどういう運命を辿ろうが自分には関係がない。そんなことは重々わかっているのだが、このまま行かせて仮に死体にでもなって帰ってこられると目覚めが悪い。特に気にかける義理もないのに気にかけないといけないと気が済まないという謎のイライラが溜まって、宗次の顔に邪の色が強まる。

 こういうところであっさりと他人を見捨てるところができないところがお前のいいところだ、と昔ケタケタと笑いながら樹にからかわれたのを思い出して余計にイライラが増す。


 「あー、どいつもこいつも好き勝手言いやがって!そんなに俺の言ってることって間違ってるかよ!?」


 その自嘲混じりの突然の逆ギレに、コウセキもますます眉間に皺が寄っていく。


 「用は済みましたか?さっきも言いましたが私は急いで―――」


 「るっせえんだよ!そのまま行ったって、他の奴に迷惑かけるだけだって気づけよバカ!何くだらねえ正義感で死に急いでんだ!」


 思う存分、ストレス発散だと言わんばかりに舌を滑らせていく宗次。宗次のイライラの炎がついにコウセキの心にも引火したようで、目つきに敵対の意識を強め始めるコウセキ。


 「な・・・、一体なんなんですかあなたは!?次、私を侮辱したら許しませんよ!」


 「おう、じゃあ存分に言ってやるよ!あんたは、状況を何一つ読めてない頭でっかちの大馬鹿野郎だってよ!!!」


 どうしてここまでむきになってこの女を引き留めているのか宗次自身も全く理解していない。コウセキの方も、なぜここまで見ず知らずの男に罵倒されないといけないのかという気持ちしかない。


 初対面なのに感情がちぐはぐな訳の分からない会話をする2人。一見宗次が会話の主導権を握っているかのように見えたその会話は、突如コウセキが懐から剣の柄を取り出したところで強制的に終わりを告げる。


 ビュンッと風を切る音と共に、鋭い銀閃が宗次を目がけて振るわれたのだ。


 「このままこの剣でお前の喉を貫いたってこっちは構わないが!?」


 「・・・っけ、そんなことしてそっちの腕は大丈夫なのかよ?」


 「この男、まだそんな戯言を!?」


 茶色に光る刀身を右手一つで、一瞬の間に宗次の喉元に突き立てる技量を見せつけても、引きつった笑いを浮かべてなお軽口を叩く宗次。そこでついにコウセキの脳内を怒りの感情よりも別の感情が勝った。


 「なぜそうまでして私に構うのだ!?見ず知らずのお前にそんなことを言われる筋合いなどどこにもないだろう!?」


 それは至極もっともな疑問であり、当然投げかけられることが予想されたはずの問いかけ。しかし、なぜか宗次はここにきて、急に黙り込んだ。

 当然だろう。本人にもその理由がわからないのだから。


 「知らねえよ!」


 「はあ!?」


 そして宗次は樹とは違い、それを包み隠さずに打ち明けることができる図太さを持ち合わせている。それが良いことなのかはさておく必要があるが、少なくともこの場においてはもっと別の答えを用意しておくべきだっただろうことは間違いない。


 「別にあんたのことはなんも知らねえしどうでもいいけど、そんな怪我をした状態であんな龍に戦いを挑みに行こうとしている人間を見たら普通は止めるだろ!?」


 「だとしたらそれは杞憂だ!私をそこらの女子たちと一緒にするな!」


 「そういう問題じゃねえっての!怪我人抱えた戦闘がどれだけほかの人達に心配をかけるのかわかってんのかって話だよ!」


 負傷者や足手まといを抱えた戦闘は、そこにいるだけで他の仲間たちに精神的にも戦闘の動きにも大きな影響を与える。そういった者たちが敵に狙われて、代わりに仲間が犠牲になるなんてシーンは作り話では定番の流れだ。


 「そ、それは・・・。」


 「別に見つけていたのが俺じゃなくても止められてたぞ。特にあんたより先に駆けていったあの2人なんかに見つかってたら絶対にな。」


 「う・・・。」


 論理性のない発言から一転して説得力のある言葉が返ってきたので、ますます返す言葉に困るコウセキ。全く目の前の男のことがわからない。眉間に皺を寄せていたはずなのに、いつの間にか眉がハの字になっている。


 「わかったらここでじっとしてろ。あとこの剣をさっさとどけてくれ、おっかない。」


 顔を引きつらせながら、宗次は剣の腹を恐る恐る上から指でツンツンとつついた。剣越しにその振動が右腕に伝わったようで、反射的にコウセキも剣を下ろす。すると、先ほどまで宗次の命を脅かし続けていたあの茶色の刀身が淡い光となって消えていった。それが敵対心を解除した合図と受け取った宗次は、深々と息を吐いて安堵感を露わにする。


 とは言ってもコウセキの方は全く気を許していない。見知らぬ何者かにここまで言われたのでは、自分の心が納得いかない。


 「いい加減に答えろ、お前は一体何者なのだ。」


 ここまで自分に偉そうな口を叩く人間だ。きっと自分よりも強い人間か自分のことを知らない人間に違いない。そんな推測を立てたうえで、コウセキは目の前の生意気な男に素性を明かすように求める。


 「別に名乗るほどのもんじゃねえよ。魔王に捨てられて、またサラ嬢の下の居候になる予定のどうしようもない人間だ。」


 「サラの客人で魔王の知り合い・・・。そのような男の存在は聞いたことがないが?」


 もちろんコウセキは生まれも育ちもこの世界。いくら王都の暮らしからは遠く離れた危険満載の村で生活をしているとはいえ、そのような人間がいるという話くらいはさすがに耳に入ってきてもおかしくないはず。

 最初の魔獣襲撃が起きるまでは、ザイロンやサラと定期連絡だってとっていたのだ。その彼らの家に居候がいるなんて言っていたことがあっただろうか。


 「まあ無理もないよな。だってこの世界に来たこと自体がつい最近のことなんだし。」




 宗次が軽い気持ちで言い放ったその一言。だがその一言が、目の前の手負いの女剣士の眼の色を狂戦士のそれへと変えてしまった。


 「お前、今なんと言った?」


 先とは比較にならないほどの殺気を纏って、消えたはずの刀身を再び宗次の喉元に向けて鋭い切っ先を突き立てる。


 凛とした雰囲気を持った麗しの女剣士なんて印象を勝手に抱いていた宗次は、眼を血走らせた殺人鬼のようになってしまった目の前の女性とその剣に気圧されて、尻餅をつくのがやっとだった。


 

 「答えろ、お前がこの一連の事件の黒幕か!?」


            *     *     * 


 「どう?2人とも、いけそう!?」


 「うん、いつでもいけるよ!」

 「はい、大丈夫です!」


 村がすでに小さく見えるほどに距離を離した美女3人組は、目にこそ見えないが全身から周りを委縮させるような濃密なオーラを放っている。あと少しすれば魔獣の先鋒隊と激突しようというところで、3人は戦闘準備を整えるために精神統一を行っていたのだ。


 すでに例の巨竜はかなり見上げないと顔が見えない位置まで到達している。これでは横に並んでみたら、真上を見上げても目が合うことはないだろう。それほどの体格差が彼女らとの間にはある。


 村を出て気づいた事実であったが、魔獣の集団はどうやら村を少し抜けた先の森の中で誕生したらしく、小型の魔獣たちは木々に阻まれてその姿が確認できない。よって飛行型の数はある程度の把握はできているが、地上型はどれほどの規模でいるのかが想像できないのが、作戦を立てる上でネックとなっている。


 そこで彼女らがとった作戦、それは。


 「サラとシャミノ様で飛行型を撃ち落とします。ですので、私が地上の敵を大魔法で数を減らしたらあとはあなたたちにお任せします。それでよろしいですか?」


 「あっははー。僕に異論はないよー。エンガ兄さんはー?」


 「・・・問題ない。貴殿らの身の安全は我が保証いたす。」


 後ろから追い付いてきた2人の戦士たちとの共闘だった。


 

 この作戦の決行に至ることができたのは、ひとえにマイヤが熱く弁を振るったおかげである。しかしそれでも、これは今回限りの共闘であるとシャミノが再三念を押しているせいで、現場の空気はあまりよくはない。


 結局この村との因縁が明らかにされていないせいで、マイヤの心に拭えないモヤモヤが常に付きまとってしまっている。彼女の幼い頃の記憶通り、この村に住む人々は1人を除けば、みんな根は優しい人たちばかりなのだから。


 「本当にどうして、こんないい人たちを見捨てるなんてことを・・・。」


 そんなマイヤの漏れ出た心の声を聞いてしまったサラの心にもモヤモヤが生じていく。


 「あんまりそういうこと言わない方がいいよーお姫さま?いくらあなたでも、そんなこと言ったら国のみんなに嫌われちゃうよー?」


 そしてもう1人、あっけらかんと手を頭に乗せて笑うフウランが気遣っているのか冗談で言っているのかわからないくらいのテンションでマイヤに語り掛ける。


 「ですがこのままでは、いつかあなたたちは・・・。」


 「―――気遣い無用!」


 いずれ来る最悪の未来を口にすると、エンガは一つ大きな声でそれを制した。


 「そうだねー。それは言わないお約束みたいなものだよー。ましてや王族がそれを言うのは、僕らにとっては煽りみたいなものだしねー。」


 目を細めた意地の悪そうな顔で皮肉を言うフウラン。声の調子は変わらないのに、そこにすさまじい悪意が内在しているのを感じて、マイヤはこれ以上の迂闊な発言は身を滅ぼすことを悟る。


 そのやり取りを遠くから眺めていたシャミノは、しかし苦い顔をするだけで口を挟もうとはしなかった。


 

 そんなことをしている間にも地響きは強くなり、魔獣の声も大きくなっている。それもそのはず、魔獣の先鋒隊の姿がようやく肉眼でも認識できるほど近くにまで迫ってきていたのだ。


 「母さん、マイヤ様!もうそろそろやらないと!」


 得意の風魔術で敵との距離や規模を特定する作業を担っていたサラが、若干焦った様子でそう大声を上げる。


 「声や足音から、まず50匹くらいが森を抜けてくると思う!体格もこの前の奴らより少し大きめ、接近する速度が少し遅いから、獣型より竜型が基本よ!」


 「あの大きいのに合わせてみんな竜型に統一されてるってことかしら。自然に集団を形成するには、そういった種族の統合性が必要ってことなの?」


 「それはあとでザイロン様も交えて考えることにしましょう!それよりも竜型が多いと、森に火を放っても効き目は薄いかもしれませんが!?」


 多少の犠牲はやむなしと、森に火を放って魔獣を減らすことも作戦の一つとして考えられていたが、竜型には固い鱗があり耐熱性に優れているので、その狙いはあまり期待できない。そうにらんだマイヤが作戦変更も視野に入れるべきかと思い叫んだのだが、どうやらサラの顔色から察するにそんなことをしているほど時間に余裕がないらしい。

 溜めこんだ魔力を解き放つのに準備が必要だからだ。


 「マイヤちゃん、お願い!!!」


 「心苦しいですが、これもみんなを護るためです。―――いきます!」


 なすべきことはわかっている。


 マイヤは、肩幅まで両足を広げ両腕を正面斜め上に突き出した。すると、さっきまで体内から発されていたあの圧力が徐々に薄みがかった赤色を纏って、突き出された両手に向かって流れていっているのが見える。やがて、最初は薄かった赤色が次第に濃さを増していき、4分(この国の言い方をすると1界)もした頃には両腕から両手にかけて、火山の噴火の瞬間を切り取ったかのような赤橙の濃縮された魔力の大気が宿っていた。


 あふれ出る魔力で衣服が揺れ、腰にまで届く長髪が肩周りまで逆立っている。極限の集中状態にあるその顔からはもう、最後に躊躇いを口にした時の迷いが露ほども感じられない。


 大きく息を吸って大きく息を吐く。それが準備完了の合図だとわかったのだろう。


 「やっちゃってくださいマイヤ様!!!」


 高らかに天に投げられたサラのその一声に呼応して、マイヤもまた叫ぶ。


 「これは触れるもの全てを焼き尽くす烈火の炎!今一度大地へ降り立ち、我に仇なすものを灰燼へ帰せ!!!!!」


 声とともに、掌が向けられていた方向から炎の球が生成された。その声と同時に、腕の根元から順に色が元に戻っていく。

 その大きさは、腕の色の変化に伴ってどんどん大きさを増していく。そしてそれは10秒も経たないうちに魔力が全て火の球に注ぎ込まれ、王都にある豪奢な家一つ分の大きさへと変化を遂げた。


 めらめらと赤い輝きを放つその災厄は、ついに空中から前方の森の中心部に向かって落下。あたり一面にとてつもない轟音が鳴り響くと同時に、桁違いな質量を持つ物質の落下の衝動で大気の振動が発生し、巨大な爆風が吹き荒んだ。


 爆心地を中心に爆炎の輪が広がり、爆風の影響で巨大な火柱のようなものまで現れる。おかげでマイヤたちの前方はあっという間に火の海へと化した。

 魔力による周囲への影響というのは使い手の意思によって自在に操れるもので、それによって引き起こされる一切の被害は味方と認識しているものには影響を与えない、という反則的な側面のおかげで5人は全員無傷だ。


 しばらくの間、その灼熱の荒波が荒れ狂う姿を残る4人は無言でただ眺めることしかできなかった。


 「い、いやー、これもう地上の先鋒隊は全滅間違いないよねー?」


 「・・・なんという凄まじい威力。」


 「マイヤ様の大魔法初めて見たけど、お父さんのに匹敵するくらいすごいわ・・・。」


 3人はそのあまりの衝撃映像に、褒めるというより恐れを抱いていた。サラとフウランに関しては口をあんぐりと開いたままだ。


 それもそのはず、この規模の大魔法を操ることができる人間はそうはいない。ましてやそれを成したのが、あの過保護に育てられたせいで世間の闇を知らないと裏では評判だったあのマイヤ姫だったからだ。戦闘などとは無縁な人生を送っていくだろう、そんな勝手なイメージを抱いてたフウランを襲った衝撃は、4人の中でも群を抜いていただろう。


 一方でシャミノは今のを見て別の意味で恐怖を抱いていた。


 「ま、マイヤちゃん・・・?まさか今のに魔力全部注ぎ込んでないよね・・・!?」

 

 「え!?9割ほど使ってしまいましたがいけませんでしたか!?」


 「ちょっと!?じゃあもうこれ以降戦えないじゃない!」


 桁違いの破壊力の正体を魔力の必要以上の消費にあると睨んでいたからだ。そしてその嫌な予感は的中してしまった。


 そう、マイヤは今の一発でガス欠になってしまったのだ。


            *     *     *    


 灼熱の海に染まっていくカルシウ村西部の森林地帯。あの火球が直撃した魔獣たちはおろか、空中で群れを成していた飛行型までもがあの爆風でかなりの数を散らしていた。おかげで、すかさず第2陣に向けて大魔法をぶっ放そうと息巻いていたサラの出番が大幅に遅れることになる。


 大魔法の弱点の一つは、魔力を練るのにかなりの時間を要すること。サラとシャミノはこの作業を何度もこなしてきているため、魔獣の群れを観測してから今に至るまでの間に準備を終わらせることは朝飯前だ。ここで予想外の適応力を見せたのはマイヤだ。多少準備を整えるのに他の2人より手間取ってはいたが、大魔法を唱えること自体初めてのはずの彼女がこの2人とほぼ互角のペースでいることは、実は相当化け物じみた才能がないと成しえない。

 ましてや、彼女らとほぼ変わらない時間で自身の魔力の9割もの力を発現させるまでに至ったのだから、魔力を操る力はマイヤの方が上とまで言えるかもしれない。


 そしてもう一つの問題が、魔力を練り上げている間、およびそれを解放するまでの間はほかの魔法を撃つことができないという点だ。よって現段階では、サラとシャミノは大魔法を撃つまでは何もできないという状態なのだ。サラに関しては腰のレイピアを用いるという手段があるが、集中力を乱すと魔力を暴発させる恐れがある。よって現時点での戦力は、


 「―――ふん!!!!!」

 「―――おりゃー!」


 自身ほどの大きさのある赤い大剣を自在に操り地上の魔獣を葬り去っているエンガと、1メートルほどの刀身を持つ黄緑の曲刀を2本持って、空中で早業の剣技を披露して魔獣を切り裂いているフウランの2人のみだ。なお、地空両方の第1陣を1人で壊滅にまで導いたマイヤは、後ろの方で「あわわわ、やってしまいましたあああ。」っと反省の時間を過ごしている。


 「この残党狩りで先鋒隊は全滅ね。マイヤちゃんのあのとんでも魔法のおかげで随分と楽に処理できたわ。」


 「でもどうしよう?本隊はあの巨龍に、中型のドレーギア10体。すでにあの火の海の中を速度を緩めずに進んできてるわよ?」


 風読みによる敵情視察を継続している娘からの報告に、困り顔で答えるシャミノ。物量攻めには大魔法が効果的なのだが、一体一体の質を上げられると耐性の問題やダメージ軽減のための魔術を備えている可能性があるので、何も考えずにただ残りの大魔法を撃っていれば解決するとも限らない。それに相手には、伝説級の超大型魔獣ギガントドレーギアがいる。甘く見ると、全員揃ってお陀仏の可能性だってあるのだ。


 森林の大火事すらあの巨躯を引き立てる演出に見えてしまうほどに、あの赤黒い身体は禍々しい邪気を放っている。見てのとおり、炎の耐性はばっちりだろう。氷結させるにも無理がありそうだし、竜巻で切り裂こうにも吹き飛びそうにないし、刃であの頑丈そうな皮膚に傷を負わせられそうとも思えない。となると、大地に干渉して足元から攻めて行くのが効果的に思えるが、今から地魔術の大魔法を唱えられる者はこの場にはいない。

 下手な障壁なんて、あの鞭のように強力そうな尻尾で一蹴されそうだし、普通の魔術を連発してもあの巨大な翼や両腕に阻まれて致命傷になりそうな気配がない。こちらのスタミナ切れで決着がつくだろう。


 どれも思うような結果を得られそうにない。シャミノの困り顔がますます険しくなっていく。  


 「ちょっと母さん!母さんってば!」


 そんな母の異変を察知したようで、慌てて駆け寄ってくるサラ。


 「一回落ち着こう?確かに今まで戦ったことがないようなやつだけど、私たちなら止められるって!」


 「そんな簡単そうに言わないで!下手したら一撃で命を落とすかもしれないのよ!?」


 「そんなのいつだってそうよ。今回だけが例外なわけじゃないわ。」


 「レベルが違うじゃない!さすがにあんな奴が相手だったらあなたの身の安全を一番に考えるに決まってるでしょう!?」


 何とか娘たちだけでも無事でいてもらわないといけない。たとえ敵わなかったとしても、村と娘たちを天秤にかける必要性に迫られた場合は、迷わず彼女らの命を選ぶ。もしそれが自分と娘たちを測る天秤だったとしても答えを曲げるつもりは欠片もない。それは年長者として、母親としての意地だ。


 「違うよ母さん。身の安全の第一はもちろんだけど、最初から勝つことに疑いを持ったらどうにもならないって言いたいの!」


 その母親の心を奮い立たせようと必死に語り掛けるサラ。


 「私たち3人にエンガさんやラン兄もいる!やれるだけやってみよう?大丈夫、母さんがいればなんだって私は何も怖くない!」


 カチカチに固まった頭をサラの抱擁が優しく解きほぐしていく。娘からの包み込むような温かさがシャミノの顔に深く彫られていた険をとっていく。


 「母さんがいなかったら絶望しか感じないけど、今ここには母さんがいてくれる。―――だから母さん、1人で抱え込まないで?」


 この世で一番大切に思ってきた大事な娘。まさかその娘からこうして優しい言葉をかけられる日が来るとは。身体がむず痒く思うのは決して、青緑色の髪に頬を撫でられているからだけではないだろう。耳元で優しく語り掛けてくる娘の成長を、自分の全身が喜んでいる。きっとそういうことだ。


 思えば今日はマイヤも自分に成長を見せてくれた。娘たちは自分の知らないところで日々大人になっている。ならばもう、自分がいちいち彼女らの行く先にある石ころを拾っていく必要はないのかもしれない。もう1人であれこれと考え込まずに、ともに戦う仲間としてこの2人を頼ってもいいのかもしれない。


 そんなことを考えているうちに、いつしかシャミノの顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。


 「・・・別に1人で抱え込んでたわけじゃないし?ただちょっと、有効打が思いつかなくて悩んでただけだし?」


 「ふふ、あははははは!そう、そうだね!ちょーっと悩みが解決しなくてイライラしてただけだよね!」


 「そうなのよー。歳をとるって嫌ね本当。精神的に余裕をもって人生を謳歌したいものだわ。」


 「そうだよー、母さん。険しい顔ばっかりしてると、顔に皺ができちゃうよ?」


 「それは余計な一言よ。」


 「いでっ。」


 調子に乗ってついぽろっと出てしまった失言を拾われて、軽く頭を叩かれるサラ。それでも抱き合う親子からは、誰の眼から見てもその親密さが伝わるような優しい穏やかな空気が流れていた。


 「ふふ、私の出る幕はないようですね。」


 遠巻きにその様子を笑顔で眺めるマイヤ。小声でぼそりと呟いたはずのその一言だったが、風読みの力を持つサラの聴覚からは逃れられなかったようで、ニコニコ笑顔のサラがこちらへ駆け寄ってくる。


 「ほら、マイヤ様も一緒にどうぞ!」


 「え、や、親子水入らずの時間に水を差すわけには―――」


 「あらあら、何言ってるの。あなたも私の大事な娘なんだから遠慮なんかしなくても・・・いいんだから!」


 今度はシャミノから、2人の娘たちを力強く抱き寄せる。抱き寄せたその手でそっと頭を撫でると、幸せそうに言い放つ。


 「あなたたちがいれば私も怖いものなしよ!―――さあ、ドレーギアハンティングの時間といこうかしら!」


 「うん!」

 「はい!」


 魔獣の一際大きな咆哮にも負けないほどの活力に満ちた掛け声が、燃え盛る森に響き渡った。


 「・・・ラン、我らも。」


 「ですねーエンガ兄上。柄にもなく、やる気が少し出てきちゃったじゃないのー。」


 片手で薙ぎ払われた大剣の軌道を追うように炎が舞い、火災の難を辛くも逃れた魔獣の残党を無慈悲に焼き払う。

 両手に一本ずつある曲刀が空気抵抗を無視した超高速の斬撃の舞を踊り、爆風の難を偶然にも受けなかった魔獣の残党を、斬撃の嵐に見舞われて次々と撃墜していく。



 前哨戦は人間サイドの圧倒的な技量を前に、成す術もなく魔獣側が全滅。その代償として、マイヤのほぼすべての魔力、そして村西部の森の全焼を負うこととなった。


 それでもギガントドレーギアの進撃は止まらない。そして両者はついに、互いの生存をかけた極限戦闘へと突入していった。


            *     *     *


 この世界には天気が晴れしか存在しないということは魔王から聞いていた。実際その通りで、この世界に来てからは雨の一粒を見ることもなければ雲一つ見ることすらなかった。


 そんな雲一つない快晴の青空に突然淀みが生じたのだから、魔獣を操る手綱を引っ張ってその動きを止めてしまったのも無理はない。


 「ねえ、ヴァーグ?なんだか雲行きが怪しくなってきてない?」


 「姉ちゃん、そいつはあれだよ。邪悪な魔獣の群れが現れたんだ。邪気が空気に干渉して、濁って見えちまうんだよ。」


 「魔獣ってまさか、さっきの村に最近襲い掛かってるって言ってたあの!?」


 「そうだろうなあ。そいつらから村を護るためにこうして出てきたってのに、当の本人はこうしてのびちまってんだから情けねえ話だ。そう思わねえか、姉ちゃん?」


 傍から聞くと、人間が動物に話しかけてるだけにしか見えない状況。その動物も「ガウガウ」と言ってるようにしか聞こえない。

 だが手綱を掴むこの女性には、そのただの鳴き声がしっかりとした言語として伝わっているようで、普通に会話が成立しているようだ。


 「しかも今回はなかなか上等なやつがおでましのようだぜ。あのギガントドレーギアが出てきたみたいだからな。」


 「なんだかいかにもドラゴンって感じの名前ね。」


 「そのドラゴンっていうのがよくわからねえが、あいつはとにかく強いぞ。動きはそんなに早くねえけど、一発一発が相当重いからな。口から何か光のようなものが見えた時は覚悟しておいた方がいい。」


 「口から炎でも吐くの?」


 「半分正解で半分間違いだな。あいつの吐く炎はただの炎じゃねえ。あいつの炎は黒いんだ。」


 「黒い・・・。その分強力ってことよね?」


 「強力なんてもんじゃねえ。あれには闇の力も加わってるからな。あれを魔術で止めようとしても、闇の力に押し負けるんだよ。だから防御不可能の滅びの炎ってやつなんだ。」


 「そんなのが相手で本当にさっきの村は大丈夫なの?」


 「保証はないな。さっきのバカみたいな殴り合いのせいで、あれに対抗できる貴重な人材が2人そろって戦闘不能になってる今の状況じゃ厳しい。」


 その言葉を受けて、後ろで失神状態にある黒づくめの男の方を見る玲那。いつもは低レベルなことを言っては訳の分からないことばかりしている人が、実はそんな化け物を止める力を持っていることに驚くと同時に、そんな人間が今ここでこうしてダウンしている状況に歯がゆさを感じる。今すぐ叩き起こして来た道を引き返したいところだが、さっきまでこの人が負っていた傷を考えるとそれも得策とも思えない。そんな迷いを感じ取っているのか、ヴァーグは進むも戻るもせず玲那の次の一声を待っている。


 「そんなんでもそいつは結構すごいやつなんだ。なんせ、ただのちょっと高等な赤ん坊魔獣程度だったこの我をここまで育て上げたんだからな。」


 「それがどれだけすごいことなのかわからないけど、とりあえずすごい人だっていうのはわかった。」


 「それでどうするんだ姉ちゃん?今我らが向かったところで何もできないのは間違いない。それでも行くというのなら止めはしない。踵を返すなら今が最後の機会だ。」


 はっきりとヴァーグが断言したように戻ってもやれることはない。それでもあの場には、もしかしたらまだあの2人が残っているかもしれない。だとしたら、万が一のことも考えてあの2人を助けに戻らないといけないのではないか。

 

 もっとも、自分から切り捨てたあの2人に今更助けに来たなんて言ったってどんな顔をされるのかわからないけど。そんな自分の未練がましさに嫌になりながらも、それでもここで真っ直ぐ魔王邸に帰宅することへの罪悪感もあるので、なかなか決断ができずに困り果てる。


 そんな迷いを浮かべる玲那の耳に、謎の爆発音のようなものが入ってくる。


 「ねえ、今変な音しなかった?」


 「戦っておるのだろうな。その化け物と。」


 魔王邸は村の北部にそびえ立つ山脈を超えた先にある。目的地をそこに設定していたので、現在の玲那たちはその山脈をもうそろそろ超えようかというところまで差し掛かっていた。


 そんな離れた場所にいるはずなのにここまで聞こえてくる戦闘の音。それはその戦闘がいかに大規模なものなのかを語るには十分すぎるファクターだ。


 そしてそれは聴覚だけでなく、視覚にもしっかりと伝わる。


 「西の空が燃えてる・・・。」


 「ああ、さっきの音はきっと炎か何かが爆発した音だったのだろう。森に延焼して火災が発生している。」


 「ど、どうしよう!?本当に大丈夫なのかな!?」


 「・・・もう一度言っておくが、我らが行ったところで何も戦況は変わらん。それに我に常に与えられている任務は姉ちゃんの命の安全だ。それを全うすることを重視するのだったら、何も見なかったことにしておとなしく帰ることが一番なのだが。」


 と言いながらも空中で大きな羽音を響かせそこから動く気配を見せないヴァーグ。


 「それに、気休めになるかはわからんがあの炎はあのお姫さんの仕業だ。魔獣の数はごっそりと減ったとみていいんじゃないか。」


 「あの人があの火災を・・・?」


 「人は見かけによらんだろう?あんな可愛らしい顔してやることはやるからなあの娘は。」


 ヴァーグは、2か月前にあの冴えない異世界人を誘拐した時のことを思い返して身をすくめる。あの時のマイヤのあのなりふり構わない攻撃は、魔王の卓越した闇魔法と自分の身体に宿る強力な魔術耐性がなければ大怪我を負っていたに違いない。


 一方の玲那は、つい数界前に対峙したあの華奢な赤髪の女性と、あの遠くに見える火の海がとても頭の中でリンクしないようで頭を悩ませていた。どうも、あの人のことを考えると胸の奥が謎の痛みを訴えるようで、これ以上彼女のことを考えようとすることを断念する。


 が、これで一つ彼女の中にあった懸念事項は解消されたといってもいい。


 「彼女ならきっと、向こう見ずな彼のことを支えてくれるよね。」


 不意に口から出たそんな言葉を最後に、しばらく玲那は一言も発さずに火の海を眺める。遠くからの眺めだったので、その場で何が行われているのかはさっぱりとわからない。いや、仮にわかったとしても、今の玲那の目にはそんなことを一切気に留めることはなかっただろう。


 「―――樹君をよろしくね、お姫さん。」 


 最後に一言、そう空に告げた玲那は、元の進行方向に向けて再び飛行を始めさせた。手綱越しに玲那の覚悟を受けたヴァーグも、何も言わず飛行を再開した。


 頭上いっぱいに広がる赤灰色に濁った空は、図らずとも玲那の心模様を表しているかのようだった。




 このとき、遠くに見えるあの巨大な龍の口が黒く光っているのを見逃していなかったら、結果は変わっていたのだろうか。

戦いの描写が多くなっていくのが大変ですねえ。


ちなみにヴァーグが言ってた、魔王の凄さについての話の補足をすると、野生の幼いライオンを捕まえてきて、そのライオンに人間並みの知性を与えて、羽を生やして、本来なら覚えられない領域の魔術まで仕込んだ、といったレベルの黒魔術を備えているってことですね。

うん、ヴァーグよ。やっぱり補足説明しても凄さがピンとこないぞ。

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