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科学と愛は冒険の始まり  作者: トレア
第3章
44/72

3-4 怒り

 空中に浮かぶ水流が太陽の光を浴びて燦然と輝く。そのきらめきを宿した水流が地上からの一声で、取り囲んでいた魔獣に向けて一斉に放たれる。


 「何度やっても無駄なものは無駄だ!」


 しかし包み押し潰そうと接近したその膨大な水は、突如現れた漆黒の闇に阻まれてそのすべてをかき消されていく。


 「おい、魔王!またさっきのが来るぞ!退避だ!」


 「なんでお前が偉そうに指図するんだ!?」


 不満の声を漏らしながらも、宗次の言葉を受けてレージベルは手綱を握る。

 一方で地上ではスイシュウが、青白く光らせた大太刀を渾身の力で振り抜いていた。その大振りな一振りからまたも激流が生成され、空中で飛行している魔獣めがけて放たれる。


 その超速で飛ばされる水の応酬を巧みな手綱さばきで回避、したかと思われたが。


 「グラアアアアアアアア!!!」


 直径3㎝ほどの水の塊が魔獣ヴァーグの右後ろ脚に接触、触れた部分が出血した。


 「え、水に触れただけなのに血が出てる!?」


 その予想外の結果に、思わず後ろに同乗している玲那が驚きの声を上げる。


 「あいつの剣から発生する水には斬撃が含まれているんだ。わりいヴァーグ、飛沫の軌道を読み違えちまった。」


 「だからさっきからずっと水を避け続けてるってのか。水に触れるくらいどうってことねえって思ってた俺が甘かった。」


 「ふん、これだから素人は。別に、さっきから次々に空中に生み出されてる水流には害はねえよ。」


 呆れ顔で、鼻に指を突っ込みながら退屈そうに答えるレージ。その様子までは見えないながらも、バカにした声で返答されたことにイラッとしたのか、後ろに同乗する宗次が舌打ちをする。


 「でもだからと言っても、きっとその水を被ってもいいってわけじゃないのよね?」


 「さすがレナちゃん、勘が鋭い!そう、害がないと言っても水を被ると単純にヴァーグの飛行に支障をきたすし、俺たちの体温まで奪われるから極力被らないようにしないといけない。それにあんな量の水に囲まれたら、普通に溺れ死ぬからね。」


 すでに3界ほど続けているこの戦闘とは名ばかりの一方的な魔術戦の説明を、今度は声の調子を上げて明るく説明する魔王。その様子を見てもう一度宗次が後ろの方から舌打ちをする。


 「じゃあこのままここで攻撃を受け続けたって何の得もないんじゃない?ここは一度家まで逃げるしかないと思うんだけど。」


 「あと2界待ってもダメならさすがに帰る。だけどもうそろそろだと思うんだよな。」


 「もうそろそろって何がだ?」


 「それくらい自分で考えろガキんちょ!!!」


 「・・・はあ、少しは慣れてきたつもりだったけど、やっぱイライラするぜこいつ。」


            *     *     *

 

 「何をやっているスイシュウ。さっさと撃ち落とせ。」


 「・・・極力魔力の消費は抑えたかったのですが、仮にも魔王を自称する者に対して少々遊びが過ぎましたか。」


 ギリアンテの冷たい命令を受け、スイシュウは何やら瞑目して大太刀に力を込め始める。


 「シュー兄さん、俺も手伝おーかー?」


 「いい。瞑想の途中だ、邪魔をしないでくれ。」


 「ちぇー、つれないなあ。せっかく心配してあげたのにー。」


飄々と支援を申し出るフウランは、そのあまりの拒絶の早さに唇を尖らせる。


 「ラン兄上、今は回復に。エンガ兄上があまり動けない以上、せめて一人は全快の状態でいてくれないと。」


 「・・・世話をかけるスイシュウ。が、休むのはお前もだ、コウセキ。」


 エンガからの鋭い視線にさらされるコウセキ。正確にはコウセキ自身ではなく、包帯でぐるぐる巻きにされているコウセキの左腕を見られているのだが。

 その視線にきまりを悪くしたコウセキが、左腕を隠すように後ろにやる。

 

 「ご心配無用ですエンガ兄上!この程度の怪我、一日置いたら何とでも―――」


 「休め。・・・命令だ。」


 「・・・は、はい。申し訳ありません。」


 その凄みのある一言に、思わず実の兄であるにもかかわらず畏怖の念を抱いてしまうコウセキ。


 「この程度なんかじゃないでしょーコウセキ。まともにあんな大型の魔獣の一撃受けたせいで、左腕真っ黒だったじゃん。数日は絶対安静だよー。」


 「で、ですが、今は休んでいる暇など!」


 「それで無茶して死なれたら困るって言ってんのー。いーから寝てなって。・・・そんな身体なのに朝っぱらからまた王宮に無理やり行かされて、おまけにあの仕打ち。さすがの僕もちょっと気が立ってるんだ、察せよ。」


 顔は変わらずへらへらとつかめない表情。しかし、彼を知る者なら誰が聞いても思わず耳を疑うような、調子の低い声が飛び出したことに、コウセキは思わず動揺してしまう。


 「ラン兄上・・・?」


 「・・・あーあ!まったく、甘えん坊だなーコウセキは。ほら、部屋までいこー。ほら、早く早く!」


 「ちょ、ちょっと!?子ども扱いはよしてください!」


 右腕を掴まれて半ば強引に自室へと連れていかれるコウセキ。その隣で笑みを浮かべながら妹を引っ張っていくフウラン。


 「ふん、あいつが怒りの感情を抱くなぞ珍しいこともあるものだ。」


 「・・・妹への愛、でしょう。」


 「愛・・・。随分とくだらない感情に絆されおって。」


 「・・・始まるようです。お下がりを、主。」


 ギャラリーが少なくなったと同時に、瞑想を続けていたスイシュウからただならぬ圧力が発される。


 練り上げられた魔力が空気に干渉、スイシュウの周りの空気がそのあまりに凝縮された魔力によって歪んでいく。その魔力に引き寄せられるように、空気中に浮いていた水流たちがスイシュウの大太刀の周囲を舞うように公転を始めた。


 「呑み斬れ、嵐波流刃剣!!!!!」


 魔力で真っ青に光る刀身に舞っていた水流たちが宿っていく。水流を吸収してその長い刀身をさらに肥大化させた大太刀が、掛け声とともに魔獣をめがけて縦に薙ぎ払われる。


 スイシュウの周りに生じていた空気の歪みは姿を消した。そしてその歪みの元凶は振るわれた青色の一閃を起点に、その圧縮された膨大な魔力を飛行している魔獣に向けて爆発させた。


            *     *     *


 「逃げた方がいいって絶対!こっからでもわかるぞ、あの凝縮された魔力とやらが!」


 「魔王さん、逃げましょう!」


 「いや、これを凌げば俺たちの勝ちだ。じゃあこっちも、少し本気を出すとしようじゃないか!」


 こちらに向けて力を込め始めるスイシュウを見て、口角を上げるレージ。


 「レナちゃん、よく見とけよ。君が今勉強している闇魔法がどれだけ偉大で、どれだけ恐ろしいかってな。」


 「―――大丈夫って信じてよさそうなのね。わかった、しっかりとこの目に焼き付ける!」


 その自信に満ち溢れた声を聞いて、頭によぎった悪い予感を払拭する玲那。その表情からは、さっきまでの不安に満ちた様子は見られない。


 「本当、闇なんて似合わないものに適性があるとかどうかしてるなおい。白も闇も滅多に資格を持つ者はいないって聞いたのは何だったんだよ・・・。」


 かつて王宮で親友と一緒に魔術の手ほどきを受けていた日々を思い出して、喜びと悲しみが入り混じった複雑な表情を浮かべる宗次。


 「フッフッフ・・・。フハハハハ!!!!!こうして魔力の貯蔵量での勝負となっては、こちらが完全に有利だというのに愚かなものよ!こちらが今まで最低限の力で攻撃をいなし続けていたとも知らずに、随分とまあ本気になってくれたものだ!フッハッハッハッハッハ!!!!!」


 「なんかどちらが悪者なのかわからなくなってきたわね・・・。」


 「ま、どちらも悪者じゃないっていうのが本当のとこだろうけどな。それでも、はたから見たら明らかにこっちが悪者だよなあこりゃ。」


 異世界出身者からのひんしゅくを買ったところで、地上から今までとは桁違いの青い輝きがこちらに向けられる。


 「来ますよ、魔王さん!」


 「わかっているぞレナちゃん!こちらも準備は整っている。さあ、最大火力で打ってくるがいい!」


 その声に呼応するかのように、魔力によって青く肥大化した大太刀がこちらに振り下ろされる。もちろん距離は、地上と空を飛ぶ飛行機ほどの差があり、その切っ先が直接届くことはあり得ない。しかし、大太刀が横薙ぎされた瞬間に感じたその圧力は、まるでその斬撃がこちらの全身を縦に一閃していったかのような気迫に溢れていた。


 そして、その錯覚に遅れること数秒。その刀が描いた軌道から高級住宅一つ丸々呑みこめそうな質量の水が、彗星のごとく迫ってきた。


 「万が一あれに呑まれた場合どうなる?」


 「お前もレナちゃんも俺もヴァーグでさえも、言葉通り木っ端微塵だろうな。―――だがあまり俺を甘く見ないことだ。」


 手綱を持つ手とは別の手に黒い塊のようなものを浮かべていたレージ。そこに息を強く吹きかけると、内部から塊が膨張。それを迫りくる水の大災害に向けて落とす。


 「『暗黒界の巨大激流』(イクリプスオブジエンド)!!!!!」


 そして膨張を続けた黒い塊は一定距離落下したところで、大きな音を立てて破裂。破裂とともに内部から、村全体を呑みこみかねないような質量の黒い波が出現。ものすごい音を立てて下から迫る激流を、上から迫る黒い波が跡形もなく全てを闇の中へと消し去っていく。

 

 「この後処理は、遅れて来た罰とこんな面倒な仕事を押し付けてきたお前の部下兼親友への迷惑料だと思え。」


 「え、ちょっと魔王さん!?このままだと村に!」


 「何余裕ぶっこいてんだ!あんなもん誰が処理するんだよ!?」


 闇は消えることなく、村へと押し寄せる。全てを呑みこむ漆黒の接近に、村にいる3人はそれぞれ諦観、不屈、痛恨を顔に浮かべる。スイシュウとエンガは武器を持って対抗しようと試みるが、速度も規模も桁違いで対処できる状況にない。



 誰もがその黒波に村が覆われると思い込んでいた。


 そんな時だった。




 「バリバリバリバリッ!!!!!」



 あたりを照らす稲光が、迫りくる暗闇をを跡形もなく打ち破ったのだ。



 「てめえ、自分のケツくらい自分で拭いやがれ。」



 その黒い絶望を打ち破り再び視界が明瞭になった大地に、1人の超絶イケメンと青ざめた顔でげっそりとしている青年の姿があった。


            *     *     *

 

 「ったくよ、俺を見つけた瞬間にあんなもん打ちやがって。性格が悪いにもほどがあるぞてめえ。」


 「俺だって鬱憤が溜まってたんだよ!お前が動けないからって、なんで俺が村の護衛なんかする羽目になるんだ!おまけに護りに来たはずの村人からあんな歓迎受けたら、そりゃ嫌がらせの一つでもしたくなるだろ!?」


 「そりゃあんな不審な態度で魔獣に乗って現れたら誰だって警戒するだろ、馬鹿魔王。」


 「そうですよ魔王さん!それにいくら攻撃されたからって、村を滅ぼしかねない攻撃をするなんて意地が悪すぎですよ!」


 ようやく自分の両足で大地に立てたと思ったら、馴染みのある声が言い争いをしているのが聞こえてくる。頭がグラッグラしてて内容までは入ってこないけど、とりあえず魔王さんがいじられてるんだろうなってことは想像がつく。


 「っておい伊理夜、あれ!」


 「あっ・・・。」


 おぼつかない足取りと定まらない視界。それでも何とか目の前の光景を認識できるくらいには回復してきたぞ。


 えーっと、どれどれ。まず真っ先に目に飛び込んでくるのはバカでかいライオン擬き。懐かしい、すでにあの背中に乗って飛び回った日から結構な月日が流れたなあ。名前は確かヴァーグ、だったかな?


 もちろんヴァーグの背中には飼い主である魔王さんが乗っている。んで、後ろに2人乗っているのは・・・っておいおいマジか。マジですか!?


 「玲那に宗次!?お前らなんでこんなところに!?」


 「あちゃー・・・。いることばれちゃったね、蒔田君。」


 「別に何も会って困るようなこともないだろ。俺らが魔王と一緒に行動してるってことはあいつだって知ってたはずだし。」


 2人が魔獣の背中から降りてこちらに向かってくる。近くに来て疑問が100パーセント消える。間違いない、宗次と玲那だ。


 王都では一切姿を見なかったしやっぱりそうかとは思っていたけど、本当に魔王さんの世話になっているのかあの二人!それもあの気まずい再会を果たして以来ってことだから、もう2か月くらいあの木造建築にいることになるんだけど!?わからない、あの3人の関係がマジでわからない。

 

 何の躊躇いもなく僕の元へと歩いてくる2人。でも僕の方は全く何も心の準備ができていない。だって最後の別れ方があんな風だったから、とてもじゃないけど普通に話せるようなメンタルなんか作れっこないだろ。


 それでも、それでも話したいことは山ほどある。色々と聞き出したいことがたっくさんある。


 「本当に・・・、魔王さんのところにいるんだな。」


 「うん。・・・君は納得なんてしてくれないだろうけどね。」


 申し訳なさそうに僕の質問に答える玲那。


 納得か。この2か月、何度もあの望まない再会のシーンを思い返すことがあった。あの時の自分が間違いなく悪手をとったってことを、今となってははっきりと理解している。とは言っても、あんな状況だったら僕じゃなくたって誰だって逃げ出していただろっていう、そんな自己防衛的な何かを同時にしてしまう自分もいるんだが。


 でも、それは理解できたけど未だに玲那の気持ちまでは理解できない。玲那が危険を賭してまでこの世界に来てしまった理由。大方、宗次が余計なことを色々と吹き込んだのだろうとは想像がついているんだけど、いったい何を言ったら玲那がこの世界に来るっていう決断をするようなことになる?


 「やっぱり難しい顔をするんだね、樹君。―――もう君の笑った顔、何年も見ていないのに。」


 切なげに歯を食いしばる玲那の顔を見て、心に茨が生えたんじゃないかと思うような痛みが発生する。そんなこと・・・。僕がこの数年間でどれほど、君とまた笑いあえる日々を願ったと思っているんだ。


 とは言っても、その資格を他でもない自分が奪ってしまったんだ。それを玲那に八つ当たりするなんて、それだけはやってはいけない。


 「・・・はあ、なんでそう暗い顔になるかなあ2人とも。別にお互い素直になりゃ済む話だろうよ。ほら、樹。まずは伊理夜に言うべきことがあるだろ。ずっと言えなかったことが。」


 頭を掻きながら呆れるように僕からの言葉を促す宗次。玲那よりわずかに後ろに立っているせいで玲那からは宗次の顔が見えなくなっている。それをいいことに、『早く言えよ』と口パクで僕を急かしてくる。



 ・・・いったいなんなんだこいつは。正気か?こいつはどの面下げてこんなことを言ってきてるんだ?まさか2か月前に僕にした仕打ちを綺麗さっぱり忘れているとでも言うつもりか?いくら、僕があの時記憶喪失を患っていたことを知らなかった(というか今も知らないか)とはいえ、突然の再会でテンパっていた僕をサポートしないどころか突き放した張本人が、何をぬけぬけと今更僕たちの仲を取り持とうとしてるんだ?


 それだけじゃない。あれだけお世話になったナユリア家のみんなに何も言わずに勝手に出ていって、お嬢やシャミノさんを困らせた礼儀知らずだ。言わないといけないことがたくさんあるのはお前の方だろうが。


 「それともなんだ?あのお姫さんにゾッコンだからもう伊理夜との仲直りなんかする必要がないってか?」


 「ちょ、ちょっと蒔田君!急に何を言い出すの!?」


 はあ!??????????


 急激にどす黒い感情が湧き上がってくる。こいつ今、何を口走りやがった?なんて台詞口にしやがった!?


 頭に熱が集まってくる。思考が怒りの一色に染まり始めている。何やら後ろの方から『ゴオオオ!』って音まで聞こえてきている。視界が赤く燃え上がっているような錯覚まで感じる。まるで僕の心の内の感情を表しているかのようで、ますます怒りが煮えたぎる。


 そう気づいた時にはもうすでに、僕の足は宗次に向けて、右腕は振り上がり、手は拳を作っていた。


 「てめえ、もういっぺん言ってみろ!!!!!」


 「樹君!?ちょっと落ち着いて、落ち着いてってば樹君!!!」


 静止の声が耳に入るが、止まる気が全く起きない。むしろ耳障りに思うくらいだ。


 「お、殴るのか?殴ってみろよ。てめえごときに殴られたって痛くも痒くもねえよ!」


 だって目の前のこの男は、謝るどころか挑戦的な目で僕を睨み付けてくるからな!


 「言ったな、宗次いいいいいいいいい!!!!!!!」


 宗次との距離があっという間に縮まる。ためらいも遠慮もない、間違いなく僕が今出せる最速最大の一撃、剣術修行で鍛えられた握力と腕力による容赦のない右フックが宗次の顔を打ち抜く。


 「―――硬化。」


 はずだった。


 宗次の顔面を真っ正面にとらえた僕の右拳は、あろうことか宗次の鼻を潰すことすらかなわずに、思いっきり強く岩肌を殴りつけるような感触に襲われる。


 「いっってえええええええ!!!!!!?????」


 その感覚と同時に、僕の右手がかつてないほどの激痛に見舞われた。


            *     *     * 


 「さすがにあの輪の中の中に入るのは空気が読めないと思ってこっちに来てみた。」


 「はっはっはっはっは!!!てめえが空気を読んだなんて聞いたらシャミノがひっくり返るぞ!」


 宗次と玲那がヴァーグから降りたのと同時期、レージは樹の後ろでその様子を見守っていたガルディンの隣に並んでいた。


 「は、お前が村に足を運んだって聞いたらもっとひっくり返るぞあいつ。」


 「違いねえわ。」


 2人は後ろで久々の再会を果たしている3人から目を背け、あえて見ようとしていなかった村の方へと意識を向ける。


 「とは言っても、俺はあの坊主を連れてこの前の魔獣騒動の時に村に来てるんだけどな。」


 「・・・残党狩りって名目で結局俺は村に入ってないんだよなあ。」


 それぞれぼやきながら、村の入り口で未だに臨戦態勢の構えを崩さない青色の袴を着た青年へと視線をやる。


 「お久しぶりです、ガルディン様。お変わりないその姿に私も驚嘆を禁じ得ない次第であります。」


 「よお、相変わらず澄ましてんなあお前。ザイロンとはまた違った気持ち悪さだぜ。」


 「お褒めにあずかり光栄です。」


 「けっ、言ってろ。」


 穏やかそうに聞こえる会話のキャッチボールをする2人。だが武器をしまおうとしないスイシュウが、その場の空気を凍らせ続ける。

 しかし一方のガルディンは、そんなスイシュウにこれ以上の関心を示そうとはせず、その後ろに控える2人の男たちへと注意を向けた。


 「―――叔父貴。」


 「何をしにここへ来た。コウセキをいじめるだけでは飽き足らず、直接私の心まで抉りに来たのか?」


 ガルディンの目つきが一段と厳しさを増していく。対するギリアンテは、平時と同様の虚空を乗せたような眼力で返す。


 「・・・まあ結果的にそうなるかもな。」


 「っ!?」


 ガルディンがそう呟いた瞬間、ギリアンテの隣に立つ赤色の大男が、その手に焔を象ったような巨大な剣を持って、それを片手でガルディンに向けて振り下ろした。

 両者の間には距離があるため、いくらその剣が巨大であるとはいえそれが直接にガルディンに襲い掛かるようなことはなかった。


 が、


 「ゴオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」


 その足りないリーチを補うかのように、その一振りから爆炎が生み出される。その進路にある大地を悉く焼け野原へと変えながらガルディンへと襲い掛かる。


 「仮にも国王の俺に向かって剣を向けるとか、無礼が過ぎるんじゃねえのかエンガ?」


 高熱と爆音を伴い接近する炎にガルディンはほんの一瞬だけ目をやる。再びギリアンテに向き直ったその時、爆炎は突然大地から現れた岩の塊に阻まれてその存在を抹消された。


 「・・・主への不敬、いくら王とて看過はできませぬ。」


 容易く攻撃を止められたことにも一切の動揺を見せず、エンガはいつもよりもその眉間の皺をひどくしてガルディンを睨み付ける。


 「おいおい、久々の訪問ってのに雰囲気悪すぎだろ・・・。」


 その様子に思わずため息が出るレージ。


 「その剣、誰が教えてやったか忘れたわけじゃねえよな?」


 「・・・今は我流ゆえ。」


 「おおそうかよ。じゃあその独学とやらの技で一つ手合わせでもしてもらおうか、なあ!!!???」


 言葉の勢いのまま懐にある宝器に手をかけようとしたところで、隣に立っていたレージからのストップがかかった。


 「馬鹿かお前は!自分の手でこの村滅ぼしてどうすんだよ!」


 「さっき本当にそれをやりかけてた張本人がなんか言ってんなおい。」


 「・・・茶番は済んだか?終わったならさっさと全員連れて帰れ。助けるつもりもないくせにわざわざ姿を見せに来るな。」


 淡々とそう吐き捨てると、ギリアンテは踵を返して自分の家へと歩き出した。その様子を見て、エンガとスイシュウも彼の左右を固めるように追従する。


 「ガルディン様、お言葉ですが冷やかしに来たのでしたら早々にお立ち去りを。我らもあまり暇ではないので。」


 「・・・魔獣に備えなければならないので失礼いたす。」


 武器を元の柄だけの状態に戻して、2人もまたガルディン達に背を向ける。


 「ま、待てよ!俺はこの村を助けに―――」


 「レージ、その必要はない。―――この村はもう、長くはもたない。」


 「な!?お前、正気かよ!この村を見捨てろって言うのか!?」


 「・・・そうだ、コウセキともさっき散々話し合ったが、やっぱこいつら村から離れようとする気がねえ。そう決断した以上、俺たちにこいつらを救う手段がねえんだよ。」


 「だから!そのために俺が来たんだろうが!お前じゃ掟に縛られて、大々的にこの村を助けることはできないと思って、わざわざザイロンが俺を頼ってきたんだ!それに気づいていない訳じゃないだろ!?」


 「ザイロンの根回しの理由は俺にだってわかってる。でも、それでお前やお前に付いてきているあの2人に何かあったらどうする。あんなわがまま言うやつらのためにお前たちが犠牲になるなんて許されねえだろ。」


 「今更俺のことなんて気にかけてんじゃねえよ!・・・ああ、あれか。俺に何かあったらあの2人が路頭に迷うことになるのを心配してんのか。」


 「それもある。・・・いや、本音を言うとそれが半分くらいだな。」


 「その残りの半分が本気で俺の身を案じてるからっていう理由でもねえだろ。お前、一体何を企んでやがる。」


 その問いにガルディンは、目をそらして無言を貫く姿勢を見せる。


 その様子に思わず、レージは鬼の形相でガルディンの両肩に掴みかかった。


 「おい、人の命が懸かってんだ。なんか言え。」


 「街一つ吹っ飛ばしたお前がそんなこと言ったって説得力なんかねえよ。」


 「お前!今はそんなこと言ってる場合じゃねえだろ!目の前の救える命を見捨てるって言って―――」


 

 「自分の手でその命をいくつも奪ったお前が正義を語ったって響かねえって言ってんだよ。」


 「―――っ!!!!!」


 ガルディンの左肩を掴んでいた右手でそのままガルディンの左頬を打ち抜いたのはそう言い切った瞬間のことだった。


            *     *     *


 魔王襲来の報を知り、1人で王宮を飛び出したマイヤ。しかしその足は王都の外ではなく、自分が最も信を置いている部下であり親友であるサラの元を目指していた。

 そうして通い慣れた道をあっという間に駆け抜けてたどり着いたナユリア家。外の世界で起きている緊急事態を知らせるべく急いで家の中へ上がり込んだまではよかったのだが。


 「どうして!?どうしてあなたたちまでそんなに落ち着いていられるんですか!?」


 そのナユリア家の中で悲痛な叫びをこだまさせなければならない事態にマイヤは陥っていた。


 「あのね、マイヤちゃん。これは私たちの感情でどうこうしていい話じゃないのよ。このクランジア王国ができた頃からある伝承にまつわる話なの。」


 「いくらそんな伝承があるからって!今までお世話になってきた人たちを、この国で生きる人たちを見殺しになんてできるわけがないじゃない!」


 「僕たちだって最善を尽くした。この国の法律をうまく自分勝手に解釈して、法律違反にならないようにあの村を護ってきたんだよ。それでも彼らは、僕たちのここまでの厚意を今回踏みにじった。だからもう、僕たちが彼らのためにできることはない。」


 感情的になるマイヤを、シャミノとザイロンが珍しく意見を同じくして宥めようと努める。


 何とか味方を探そうとして周りを見渡すマイヤ。ソファーの方には2か月前に会ったのが最後の目つきの悪い青年。階段の方へと目を向けると朝食を食べ終えて元気いっぱいの双子の子供たちが騒いでいる足音がする。

 そしてそこから先に視線を飛ばすと、この場所にわざわざ足を運んだ目的の人物が立っていた。


 「サラ、あなたまで同じ意見!?」


 「・・・納得しているわけではないです。・・・で、ですがやっぱり私も今回のことにはこれ以上私たちにできることはないかと。」


 「どうして!?あれだけ昔はコウセキさんやフウランさんとも仲が良かったじゃない!兄や姉と慕っていたじゃない!それなのにどうしてそんなことが―――」


 

 「やれやれ、世間知らずのお姫様はこれだから嫌なんだ。」


 

 親友を断罪するマイヤを始め、その場にいた全員の注目をたった一言で集めたのは、大きめの黒の研究服に身を包む、暗い赤色の髪を目にかかるくらいまで伸ばした目つきの悪い小柄の青年。珍しく父とともに家に帰ってきていたメイギスだった。


 「ちょっとメイギス!あんたなんてことを―――」


 「姉さんもそんな風に下手に出るから言いたい放題言われるんだよ。たまにはガツンと言ってやったらいいんだ。―――何も知らないくせに偉そうにするなって。」


 「っ!?」


 その言葉を聞いてマイヤは、メイギスには多少劣りはするが普段の様子からは考えられないような険相の悪さでメイギスを睨み付ける。


 その怒りを露わにしようかというところで、


 「王家に仕える身で何という口の利き方をするの!!!!!」


 後ろからシャミノの叱責と、


 「ガツンっ!!!!」


 と容赦のないザイロンの拳骨がメイギスの頭部へと炸裂したので、喉元まで出かかっていたその怒りの言葉を呑み込むこととなった。


 「バカ息子の目に余る非礼、何卒ご容赦を。」


 そのままザイロンは、思わぬ衝撃に言葉も出ないメイギスの後頭部をわしづかみにして床に押し付ける。そして自分自身も床に額をつけて、最大の謝罪を表明する。


 その様子にマイヤも冷静さを取り戻したようで、何とか表情を普段より少し険しい程度のものへと戻していく。


 「・・・いえ、もう大丈夫ですから顔を上げてください。」


 十数秒、親子そろって土下座を続けてようやく元の態勢に戻った。後頭部の締め付けから解放されたメイギスは、マイヤとは目を合わさずにふて腐れた様子でソファーに寝転がる。


 ふて寝を始めた息子にため息をつきながらも、もうあの存在はこの場にはいないものとする方針を内心で固めたシャミノは、何とかこれ以上に空気を悪くしないようにとマイヤへ寄り添う。


 「マイヤちゃん、気にする必要はないの。だから今の台詞は―――」


 「・・・いいえ、シャミノ様。確かに一瞬カッとなってしまいましたが、メイギスの言うことに何も反論ができないのも事実です。これまで私はみんなに甘えてばかりで、こういった都合の悪い話からは遠ざけられて育ってきましたもの。ですが、今回の一件で私の力不足を痛感をしました。」


 「そ、そんなことないですよマイヤ様!マイヤ様にはマイヤ様にしか出来ないことがたくさんありますよ!」


 「そういうことじゃないのサラ。みんなが当たり前のように知っていることを私だけが知らない。それがこの国の姫としての立場にある私にとってどれほどの苦痛を伴うか想像ができる?」


 「でも、知ることによって更なる苦痛が生まれる。そうガルディンは判断した。彼のその考えも決して僕は間違っているとは思わない。知らなくてもいいことだってある。君が知らなくても何とかなるようにサラがいるんだ。そういったことは全部任せてしまえばいいだろう。」


 「そういうことでもないんです、ザイロン様。私はこの先この国を治めていかないといけない立場にあるんです。その私がそういった苦痛から目を背けていていいわけがないでしょう?」


 「マイヤちゃん、あなたが思っているよりずっとずっとこの国には理不尽なことが多いわ。その全てを背負う覚悟があなたにあるっていうの?」


 「私が知ろうと知るまいと、理不尽な事実は消えて無くなってはくれないでしょう?もうお父様に過保護にされていていい時間は終わったんです。これ以上無知な姫でいるわけにはいかないんです。目の前の事件を解決するためには、一歩前へと進みださないといけないんです。―――教えてください!お父様やあなたたちが今まで私に隠してきた事全部!」

 

 サラやザイロンがマイヤの固い意思を曲げようとするが、それがかえってマイヤの気持ちを強くさせてしまっている。じりじりと圧を強くしていくマイヤに、その場にいる3人は唸り声を上げたまま何も言えなくなってしまった。



 「もう、いいんじゃないかしら。」


 観念したようにそうポツリとシャミノが呟いたのは、それから数秒の後のことだった。

 家族からどよめきの声が次々と上がる中、意を決したようにシャミノが前に進み出て、立ち尽くすマイヤの両肩をそっと抱き寄せる。


 「もう、あなたも護られるだけの子供じゃないものね。きっとガルディンはすごく嫌がるでしょうけど、これもまた一つの成長の証よね。」


 「シャミノ様・・・。」


 「なんかマイヤちゃん、少し前から凛々しい顔をするようになったもの。今までは元気があっても自信がなさそうだったというか、気弱そうなオーラがあったのにね。今はこう、自分の中に一本の軸ができたような、大人びたような印象を受けるようになったわ。」


 優しい抱擁の中で、マイヤはここにはいない人を思って清々しい気持ちで答える。


 「それは・・・。きっと出会いがあって、そこから色々な考えや経験に触れたからではないでしょうか。」


 「―――うん、そうね。きっと彼から色々なものを吸収していったのでしょう。・・・かつてガルディンもまたそうだったように。」


 ここにはいないあの快活な王、その彼の青年時代の姿を脳裏に浮かべてシャミノはうっすらと目に涙を浮かべる。


 「シャミノ様?」


 不意に浮かび上がったそれを急いでお得意の水魔術で抑えると、抱いていたマイヤの身体をそっと離し正面から見据えた。


 「もうあなたをか弱いお姫様扱いはしない。だからこの先どんなことがあっても、しっかりとその自分の中にできた軸を頼りに立ち向かいなさい。いいわね?」


 「・・・はい!」


 その本物の親子のようなやり取りを後ろから見ていた3人は、1人を除いてそのさっきまでの慌てふためいていた表情に笑みを乗せて見守っていた。その除かれた1人はいまだにソファーでふて寝を続けている。


 「さてと、マイヤちゃんの心的成長が見られたのは嬉しいことだが、少し水を差してもいいかな?」


 「何よ、もう少しマイヤ様のあの尊い姿を目に焼き付けておきたかったのに、空気読めないわね。」


 「相変わらず父親に対する扱いがひどいなあ・・・。でも浮かれているせいで村への注意が疎かになるのはよくないなサラ。ほら、風に意識を集中させてみなさい。」


 「え?・・・ちょっと、どうしてガルディン様が村へ!?」


 瞑目して耳を澄ますサラ。それからしばらくして、その風の便りがエンガの一振りによって引き起こされた爆発音を伝えてくる。


 「母さん大変!!!ガルディン様が村でエンガさんから攻撃を受けてる!!!」


 「なんですって!?あのガルディンが村に!?―――まさか、いやさすがにそれはないと思うけど・・・。」 


 「僕が派遣したヘボと村の者たちとの間に一悶着あったようでね、どうやらそれは落ち着いたようではあるんだけど。さて、どうしてガルディンが出張ったのか、それは君がよく知っていると思うんだけどどうかな、マイヤちゃん。」


 「あ・・・。私が村で騒動に巻き込まれてると勘違いしてしまっているのかも!」


 その思い当たる可能性に罪悪感を抱きながら、マイヤは焦り始める。


 「マイヤ様、事態はそれだけじゃないです!タツキさんがソージと喧嘩になっています!」


 「え、タツキ様までそこに!?」


 「それにソージ君までいるの?」


 あの騒動以来、一度も姿を見せていない居候の所在が判明したことに思わずシャミノからまで驚きの声が挙がる。


 「魔王の元にいるっていうのは本当のようです!近くにいつものでっかい魔獣と、この前ソージと一緒にいた女の人もいます!」


 「えっ、まさかレナさんまで!?―――サラ、今すぐ村に行きます。私を乗せて飛んで!」


 その報告を受けるなり、マイヤは急いでナユリア家の玄関へと向かう。


 「え、ちょ、ちょっとマイヤ様!?焦る気持ちはわかりますが何をそんなに―――」


 「またタツキ様が苦しんでしまうかもしれないの!だから私が向かわないと!」


 「・・・深くは聞かないことにします。ですがわかりました、飛ばしますよマイヤ様!」


 その真剣な表情に事情の複雑さを感じ取ったのか、追及はせずにマイヤの後を急いでついていくサラ。


 「私たちも行った方がいいかしら、ザイロン?」


 「いや、僕とメイギスは魔獣襲撃の究明を急ぐ。君がその2人と村にいるガルディンとヘボを見ていてくれ!」


 「わかったわ。―――行くわよ、私の可愛い娘たち!」


 「はい!」

 「うん!」


 前を急ぐ主従に遅れるようにシャミノもまた玄関を飛び出す。


 

 外へ出るとサラは、それぞれの腕を主と母に差し出す。その行為に何の疑問を抱くこともなくその腕を掴む2人。掴まれたその両腕に緑の光を宿したサラは、そのまま軽々と飛び上がる。両腕にかかっているはずの人間の重量を一切無視して、風の軌道に乗るように王都の外へ向かって空を滑り始めるのだった。


 「すぐに行きますからね、タツキ様!」


 その片腕に、無視できないほどの気持ちの重さを宿した美女を乗せて。


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