3-3 不信
「ちっ、なんだこれ!どっからこんなに湧いてきやがった!!!」
イラつきを滲ませながら、前方から飛び出してくる黒い狼のような獣を拳一つで粉砕。その様子に動じることなく、左方面から奇襲をしかけようとする羽を生やしたゴブリンのような生物が接近。
「お、王様!横から!横から敵が!」
「わかって、らああああ!!!」
僕の危険を告げる声が耳に届く前から予備動作に移っていた王様は、左足で強く大地を踏みつける。ただ癇癪を起しただけなのかという疑問を抱いたのはほんの束の間、踏みつけられた大地を起点に次々と鋭利な岩が隆起。飛来してきたゴブリン擬きの群れを次々と貫いていき、その殺戮を終えたと同時に元の地面へと還っていった。
その後も数に身を任せて地上と空からの波状攻撃を仕掛けてくる獣たち。しかし、それをものともせずに全て捌ききっていく王様。道も狭く、建物がそこらじゅうにあるおかげで四方を囲まれるという事態にはならずに済んでいるのが幸いしているのだろうけど、それでも1人でこの量を圧倒していく様子は明らかに常人のスペックをはるかに超えている。
1人の人間が成しているとは思えない超常現象の数々。でもそれに感心する心の余裕を、押し寄せてくる黒い獣たちは与えてくれない。
「ま、前!・・・ってあれはドラゴン!?」
まるでこのエリアのボスの出現!というようなタイミングで、前方からさっきまでの狼10匹分くらいはありそうな大きさの龍が姿を現した。四足歩行で翼が生えていないことから陸上に特化した型なんだろうと推測できる。こっからだとあまりよく見えないが、どす黒い赤色で筋肉が隆々としているのは眺めているだけでわかる。
そしてやはり龍という生物は、ゲームや漫画の世界でも定番のあれを使うようで。
「や、やばい!あれは絶対にブレス攻撃ですよ!!!火炎の息とかそういうやつですよ!!!」
「お前なあ、見てりゃわかることをいちいち大声で叫ばなくていいんだよ。いいから、念のためにもうちょっと下がってろ。」
呆れを声に乗せながらも他人の身を案じる余裕を見せる王様。でもあれは今までのとは格が違う。あんな巨体から放たれるブレスを避けるなんてこんな狭い道じゃ無理だ!
「仮にも俺はこの国の王を名乗る資格のあった男だぞ?こんな程度で腰が引けてたらとっくに人生やめてらあなあ!!!」
龍の口に高熱の炎のようなものがちらつき始める。まだ龍の正面にはたくさんの獣が走っているが、あの炎はそれら全てを焦がしていくだろう。
その龍から距離はあるが真正面に立ち尽くす王様。両足を強く踏みつけて、迫りくる獣たちを岩の餌食にすると、そのまま腰を落とし右手を大きく広げ前方に突き出した。
「受けてたとうじゃねえか、ドレーギア風情が!」
「いや、さすがに無茶でしょ!?」
確実に規模が違いすぎる。あの巨体から吐き出される火炎なら、王様が6人固まってピラミッドを展開しても容易にそのまま呑まれていくだろう。
「ゴオオオオオオオオ!!!」
そしてその炎は放たれた。それも予想通りの最悪な規模だ。でもそれは次の瞬間、予想外の光景へと塗り替えられた。
「顕現しろおおおおお!!!」
王様の一吠えとともに現れたのは、火炎の規模に匹敵するほど大きな手の形をした岩の塊。この道一帯を塞げるような岩の壁だった。その岩は突き出された右手と連動しているようで、衝突した火炎が周りに流されていかないように指を動かして隙間をうまく塞ぐという、精密な調節がなされている。
あたり一面に響き渡る火炎と岩の衝突音。壁の向こうには多くの獣たちがいたはずだが、その断末魔もこの轟音にかき消されて何も聞こえてはこない。
「これでもくらっとけやあああああ!!!」
このまま矛と盾の我慢比べのようなものが始まるのかと思っていたら、王様が正面に向かって正拳突きを繰り出した。その姿だけを見ていると空気に向かってただ拳を突き出しただけの行為にしか見えない。だがその動きに連動するように、炎をくい止めていたはずの手形の岩が拳状に変形し、王様の突き出された渾身のストレートの勢いに乗ってそのまま正面へと放出。押し寄せる業火をもろともせず、巨大な岩の塊は炎の発射源、龍の顔面へと直撃し絶叫とともに肉体を押し潰していった。
衝突によって発生した土埃が晴れ、改めて正面を見渡すとそこには炎によって黒こげになった家屋や道路、おびただしい数の魔獣の死骸、そしてものすごい質量を持った物質と建物に挟まれてもはや原型をとどめていない龍の死骸が残されていた。
その惨たらしい骸には、思わず内臓から焼けるように熱い何かがこみ上げてくるような気持ち悪さを催すほどだ。
「さすがに今ので少しは落ち着いたか。―――おい、何険しい顔して突っ立ってんだ。とりあえず波は片づけたんだ、こっち来いや。」
「す、すいません。さすがにちょっと目の前で起きた出来事に頭が追い付かないというか、あまりの凄惨さにちょっと動揺しているというか。」
「おいおい、頼むぞお前。この程度で音を上げてたらこの先やってられねえぞ?」
平然とした顔で右腕をぶんぶん回して、まるで今のが準備運動だとでも言わんばかりの勢いの王様。間違いなくこの人は、僕とは住む世界が180度違う人間なのだということを見せつけられた気分だ。
高速道路とかで轢かれた動物の死骸を見るだけで心を痛める人間だった僕にとって、この光景はショッキングなんて言葉じゃ表せないほどのインパクトがあるんだよ・・・。
「少し時間をくれと言いたいところですが、どうやら一刻を争いそうな事態ですしグッと堪えることにします。」
「・・・ここらに住んでるはずの人たちがいねえ。家の中から人の気配もしねえ。かと言って、血の匂いがするわけでもねえ。ってことは考えられる可能性は一つだ。」
「すでにどこか安全なところに避難しているって、そういうつもりですか?」
「そういうことじゃねえと辻褄が合わねえだろうが。俺は特別五感に長けてんだ。別に都合のいい妄想話をしてるってわけじゃねえぞ。」
確かにこの位置から人の気配だの人の匂いだの言ってる時点で人間離れしているだろうということはすぐにわかる。それに、さっきの化け物たちとの戦闘シーンを特等席で見ていたんだから、それくらいもはや疑う必要なんてないだろうってことは承知している。
「別にここから避難したという話にケチをつけるつもりはないですよ。そのよくわからない戦闘術とか見る限り、僕の知らない能力とかありそうですし。ただ僕が言いたいのはこういうことです。―――今この街に安全なところがあるのかって話ですよ。」
この街というか国というべき場所がどれほど広いか、僕にはまるで見当もつかない。だがそれでも不安になるこの心を誰が責められる。
空が赤く焼けついた色に変貌し、その赤い空の中を飛び回っている無数の『魔獣』とか呼ばれている生物の群れを見たら誰だって同じ感想を抱くに決まってるだろう。
「避難しているとなれば王宮周辺だと考えるのが妥当だろうよ。それに、王宮に行けたら俺の武器だってあるはずだ。そしたらあの程度の魔獣どもなんか一瞬で塵屑にして消し飛ばせるからな。」
そういってドヤ顔を決める王様。服にもっと清潔感があって、全身から何とも言えない臭いを発していなければ絵になっただろうに。
それでも頼りになることに変わりはない。今の僕にできることは、この人にただ必死について行って保身に走るくらいしかないんだから。
「じゃあその王宮って場所を目指すのは決定ってことにしますけど、その前に一つ聞いてもいいですか?」
「あ?今の俺の決意に水を差さないようなことに限定するからな!」
「いえ、純粋な疑問と言いますかね。この国にはほかに魔獣と戦えるような人はいないんですか?」
変な話、今の戦闘だけでも相当な物音を出したはずなのに、周りからは謎の咆哮や金切声ばかりで、一切戦闘の音らしきものは聞こえてこない。
単純に王様の戦闘スタイルがやたらと騒がしいだけで、普通はもっと静かなんだっていう説明をされたら納得できそうな話なんだけど。それにその王宮がここよりもっと遠い場所にあるっていうんだったら一応の説明もつく。
「おう、ちゃんといるぞ。きっとそいつらは王宮でみんなの安全を確保してるに違いねえ。大丈夫だ、あいつらも相当な強さを持った奴らだからな。無事でいるだろうよ。」
腰に手を当てて自分のことのように自慢げに語る王様。それならそれで別の疑問がいろいろと浮上してくるわけなんだけど、これ以上の追及は本当に水を差してしまいそうだからやめておくことにする。
「じゃあとりあえずその人たちに合流する意味も兼ねて、僕たちもその王宮に行ったほうがよさそうですね。」
「おうよ。道なりに進むとちと面倒そうだし、ちょっくら裏技でも使うとするか。―――ほら、俺につかまれや。」
そう言うと、急に王様はその場で屈みだした。まるで僕を負ぶってやるとでも言わんばかりの姿勢だ。
「え、何をするつもりですか?」
「がたがた言ってねえで早く乗れや!」
「は、はい!!!」
仮にもこの国のトップという立場かもしれない人間に背負われるというのはかなり恐れ多いような気もするが、そんなことはもう今更かもしれない。
言われるがままに、異臭を放つ王様の背中に身体を預けてみることにした。うん、人のこと言えないがこれはかなり鼻に刺さる臭いだな。
「しっかり掴まってろよ。振り落とされたら自己責任だからな!!!」
「だからいったい何をする・・・ってああああああああああああああ!!!!!」
僕を背負って王様は、そのまま軽々と地面を蹴って空中へと舞い上がる。そのままものすごい速度で建物の屋根に次々と飛び移ると、そのままあっという間に5階建てのマンション並みの高さくらいへと到達。
そしてこのあたりで一番の高さのある建物の上についたところで、一段と大きな踏み込みをした。
「おら、これが最大の近道ってやつだ!!!」
「ちょ、ちょっと!!!まだ心の準備があああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
踏み込みとともに、一際高く跳んだ王様。その高さはついに、さっきまで地上から見上げていた魔獣たちが真正面に見えるほどに達した。そしてそれは同時に、飛行型魔獣に自分たちの存在を察知されることにつながるわけでありまして。
まあそんなことが超スピードの合間に起きているわけだけど、実際僕はもう、
「ああああああああああ!!!!!」
と叫ぶことしかできていないし、それ以外に特にできることもない。
「ほら、気をしっかり持ちやがれ!浮上するときより降下するときのほうが意識が吹っ飛びやすいんだからな!」
高さがピークに達したところでようやく王様の声が耳に入ってくる。が、それはただの更なる恐怖の宣告だった。
「もういやだあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
もはや目を開けている余裕すらなくなって、目を強く瞑る。叫ぶ以外に今できることは、目の前にある大きな背中に必死にしがみつくことだけだ。
でも改めてしがみついてみると、何とも言えない感触だなあと感じる。爪を立てて必死にしがみついているというのに、王様は文句の一つも言わない。随分と深くまで指が突き立ってしまうので、もはや人間の背中とは思えないくらい。そんな柔らかさを持っているんだからそりゃあこんな高くまで跳べるわな。
・・・いやそんなわけあるかい!!!!!!
「はっ!!!」
脳内のキレのあるツッコミにつられ思わず目を開けた。
そこには純白のシルクでできたきれいなシーツに、口を開けていたせいで垂れたと思われる涎の跡がついていた。
・・・涎の跡なんて姫様に見られたら恥ずかしいな。
* * *
目が覚めた時間は12界。姫様が起こしに来る時間の3界ほど前だった。現実世界でいうたった12分ほどの時間のためだけに2度寝するのもなんか面倒だったし、たまにはいつも起こしに来てくれる姫様に一ついたずらでもしてやろうという子供心が芽生えたので、そのまま起きていることにした。ちなみに涎の跡がついたシーツは、僕の部屋にある洗面台から水を汲んで少し自分なりにもみ洗い的なことをして何とかばれない程度にはなった。
部屋のドアを開けてまず、僕を起こす前に決まって必ず部屋のカーテンを開けてから僕を起こしに来るのがいつもの流れ。だからカーテンを開けに行く姫様の後ろをそーっとついて行って驚かすっていうのが僕の作戦だ。
作戦だったんだけど。
15界になっても一向に姫様は部屋にこない。物音を立てずにベッドから出れるように少し布団を浮かせたりして時間を潰しても、部屋に向かってくる足音すら聞こえない。
おかしい。僕の記憶がある間では、姫様が僕を起こしに来なかったことなんてなかったはずだ。ということは何かが今日はいつもと違うってことか。
いや違う!昨日王様に腹を立てたことで完全に頭から吹っ飛んでたけど、姫様とも地味に仲直りしてないんだった!!!あー、完っ全に忘れてたわー。
とは言っても、そんなことで僕を起こすっていう日々の日課を怠るようなことを姫様がするかなあという疑問も若干残る。それに、僕の中では割とあの侍女との議論の時にお嬢と2人で僕を庇ってくれたことで喧嘩は終わったと思ってたんだけどなあ。女心って繊細っていうし、そんな簡単なことではないんだろう。
どちらにしろ、次姫様にあったときは謝罪から入ったほうがいいだろうな、うん。
そんな小さな決意をしたところですでに時刻は18界。このままでは僕の日課の時間が危うくなりそうだし、ぼちぼち朝の準備でもするかー。
そんなことを思い、布団から両足を出して立ち上がったその時。
この部屋に向かって走ってくる足音が聞こえてきた。それが僕の空耳なのかどうか確かめる暇もなく、「バンッ!!!」と部屋の音が勢いよく開けられた。
「な、何事!?」
慌てて立ち上がったばかりのおぼつかない足取りでドアの方へと注意を向ける。するとそこには、
息を切らしながら涙目でこちらを見る、麗しの赤髪の美姫が立っていた。
「お、お父様は人殺しです!!!」
* * *
「少しは落ち着きましたか姫様?」
「はい・・・。心配をかけてしまってすいません、もう大丈夫です。」
いきなり僕の部屋のドアを勢いよくぶち開けた姫様をとりあえずベッドの上に座らせて、寄り添う形で落ち着くのを待つこと約2界。ようやく乱れていた呼吸と軽い嗚咽のようなものが収まってきたようだ。
「それで、落ち着いてそうそうこんなことを聞くのもなんですが、何があったか説明してもらえますか?さすがにさっきの言葉を鵜呑みにするつもりはないですが、王様との間にただならぬ会話が交わされたのは確かみたいですからね。」
「そうですね・・・。こんな状態でこの部屋に足を運んでしまった時点で全てを話す必要がありますものね。さすがにここまでしてしまった以上、聞くなという方が無理な話です。」
そう言うと姫様は、僕のベッドの上でなぜか正座をして僕の方へと向かい合った。
一つ大きなため息を吐くと、覚悟を決めたような眼差しで僕の顔をじっと見つめた。
「その前に、なんですけど。―――昨日は本当にすいませんでした。私としてはタツキ様に要らぬ心配事を増やしてほしくないという一心だったんですけど、私の方こそタツキ様の気持ちを全く理解しようとしていなかったようで、その・・・。」
そして真っ先に僕が言わないといけないはずの言葉を先取りされてしまった。
「い、いや!悪いのは完全に僕の方です!!!姫様が僕のことを思ってああいった態度をとってくれていたことなんてわかりきっていたことなのに、意地悪くあんな風に責め立てるような真似をして・・・。本っ当にすいませんでした!!!」
思わず僕もベッドの上で正座して姫様の方へと向き直る姿勢をとる。その姿勢のまま謝罪の言葉と一緒に首を垂れたものだから、客観的に眺めると浮気を追及されて土下座をしている旦那みたいな構図が出来上がってしまった。
「か、顔を上げてください!私の方こそ頭を下げるべきなんですから!!!」
そしたらなぜか姫様まで僕に土下座をするという意味不明な状況が出来上がる。超どうでもいいけど、頭を下げた瞬間に揺れた長髪からほんのり甘い、とてもいい匂いがしてきたことが、謝罪100%だった僕の脳内に20%ほどのこっぱずかしさと50%ほどの姫様を愛でたい欲が出てきてしまう。
これはもうダメだ。この絵面と相まってとても謝罪なんてできた雰囲気じゃない。もう笑えてきてしょうがない。
「はは・・・。はっはっは!!!いやもう、何なんですか状況は。訳わかんないですって。」
「え?・・・ふふ、ふふふ。本当ですね。2人して朝からベッドの上で何をしてるんでしょ。ふふ、ふふふ!」
部屋を僕らの笑い声が満たしていく。
姫様も、涙を溜めて僕の部屋に入ってきた時とは打って変わって、眩しい笑顔を見せてくれている。ああ、この笑顔を見ているだけで僕はなんでもできそうな気がしてくる。
もう他事なんてどうだっていいわ。こんな風に2人でバカみたいに笑いあえればもうなんだっていい気がする。たとえ王様が本当に人を殺していたとしてももう知ったことか。そんなもん、今目の前で繰り広げられている光景に比べれば些事だ些事!
いやさすがにそれで全て片づけるのはまずそうだな。
よく考えたら、僕も昨日の晩はさっきの姫様と同じように怒り狂ってこの部屋に上がりこんだわけだしとても他人事じゃないな。
もう少しこの幸せムードを堪能していたいところだけど、真の幸せを手に入れるために今はグッと我慢してこの表面だけの幸せに終止符を打つとしよう。
「昨日の朝ぶりに姫様の笑顔を見れたことですし、もうそろそろ本題に移りますか。」
「え、あ、そ、そうですね。本題に移らないとですね。」
一瞬だけ頬を赤らめて恥ずかしそうにする姫様の仕草に、思わず脳みそが溶け出したかのような感覚に陥ってしまった。でも駄目だ。頑張って平常に努めようとしているのに耳がまだ真っ赤なのがもう可愛すぎてやばい。
「・・・私もタツキ様が笑っている姿を見れて嬉しいです。」
姫様がそう小声で呟いていたのをもし聞き逃していなかったら、僕の理性はどこか遠くへ行ってしまっていたかもしれない。
* * *
「よお、今日は遅えじゃねえ・・・ってなんだ、そういうことかよ。」
「別にだから何ってことはないですよ。それに昨日言われましたからね。僕からあの村に関して言えることなんて何もないです。」
「は、そうかよ。その割には随分と俺を見る目つきが悪いように見えるんだが、そこは俺の気にしすぎとでも言い返すつもりか?」
「いえいえ、ちゃーんとこんな目つきになっている理由はありますよ王様。―――僕の彼女を泣かせたっていう、とびっきりの理由が。」
いつもなら朝食をすでに食べ終えているはずの時間。そんな時間になってようやく食事の間に顔を出した僕は、すでにいつも通りの時間に食事を終えてそこに座っていた王様と視線を交わすことになった。
いつもなら軽い冗談を交えるだけのストレスフリーな時間。でも今日ばっかりはそういうわけにはいきそうになかった。
「おいおい、口の利き方には気をつけろよ?一国の王様って肩書とそのお前の後ろに控えてる女の父親って肩書の両方を背負ってる人間に対してできる態度じゃねえよなそれは。・・・それくらいお前にだってわかってるよなあ!?」
あくまで声のトーンは一定に。それでも徐々に荒くなっていく語気が王様の心の揺れ具合を絶妙に表している。
間違いない。間違いなく僕は今王様を真正面から睨み付けている。
見える。僕と王様の間にバッチバチに火花が弾けているのが鮮明に見える。
感じる。最近になって真剣な表情をすることが多くなったように感じる王様が初めてみせる、怒りの感情を肌が感じ取っている。
「涙を流しながら姫様が僕の部屋へと駆け込んできました。それでその理由もしっかりと聞きました。その上で今こうしてこういう態度をとっています。―――姫様にまで村の秘密を黙っているだなんていったいどういうつもりですか?」
「っ!?」
「えっ!?」
僕が言い放った一言。それは目の前で完全に僕のことを敵対視している王様だけでなく、後ろで事の経過を見守っていた姫様の意表までもを突いたようだ。
「た、タツキ様、今のはいったいどういう意味ですか?」
「言葉の通りですよ姫様。さっき、特に理由も語られずに村を見捨てる判断をした王様に怒ったって言ったじゃないですか。」
「はい、確かに言いました。ですが村の秘密っていうのはどこから出てきた話なんですか?」
「そいつの頭の中で勝手に生まれた妄想の産物だ。あの村についてお前の知らないことなんかねえよ!」
「それはさすがに苦し紛れが過ぎるでしょうよ王様。そんな風に身を乗り出して否定しにかかるなんて、その時点で図星だと言っているようなものですよ。僕のことをあまり甘く見ないで下さい。昔から考え事や推理ものは得意なんです。」
怒りで赤面していた王様の目がわずかに泳ぎ始めている。こういった仕草もまた、僕の発言が的外れじゃないってことを裏付ける証拠になっていることも知らずに。
「お父様。何か隠していることがあるのなら言ってください!これはあの村の人たちの命が懸かった大事なことなんです!お父様がなんの理由もなくあの村を見捨てろだなんて言うはずないって今も私は・・・」
「あの村は見捨てる!お前たちが何と言おうと、これは俺が決めたことだ。爺と相談しあって決めたことなんだ!」
「だからなんでそうなったかを聞いてるんです!蚊帳の外にするのはやめてくださいよ!僕ももうこの国の行く末と無関係じゃないって言いましたよね!?」
「そうですよ!王族である私にも言えないというのは納得がいきません!」
頑なに理由を話そうとしない王様。それでも頑固に立ちふさがる僕と姫様。このままでは平行線のまま先に進まなさそうだと半ば諦めかけていたその時だった。
「が、ガルディン様!!!報告が!!!」
町と外を隔てる壁を守る衛兵が血相を変えてこの食事の間までやってきたのだ。
「なんだよ騒がしい!機嫌が悪いのが見てわからねえのか!?」
「も、申し訳ございません!ですが壁外に異変が!!!」
「もしや、また村に襲撃が!?」
「襲撃かはわかりませんが、魔王が村に現れたようです!!!」
「はあ!?」
「魔王様が!?」
魔王さんが村に?なんだってまたこのタイミングで!?
「それで村はどうなっているんだ!?」
「わかりませんが、一瞬だけ魔術の気配を感知しました!戦闘が起きている可能性もあるかと!」
「わ、私が向かいます!戦いをやめさせないと!!!」
報告を聞くや否や、姫様は食事の間を急いで後にして走り出した。
慌てて僕も後を追おうとするが、椅子から座ったままでいる王様の様子が目に留まったので、急ブレーキをかける。
走り去っていく姫様の背中に向かって腕を伸ばしたまではよかったが、そこから動こうとする気配を感じられないのだ。
「王様!僕らも向かった方がいいのでは!?」
「・・・・・。」
「王様!!!」
王様は俯いて一向に動こうとしない。あくまで村で起こっていることには無干渉を決め込んだつもりなのか?
伸ばした腕を降ろしたと思えば、深くため息をつく王様。そのまま力のない声で僕に問いかけてきた。
「・・・なあ、タツキ。」
「なんですか!一刻を争うかもしれないときにそんな呆然としている暇なんて―――」
「俺は間違っていると思うか・・・?」
「・・・は?」
何を言い出すのかと思えば、まさかの弱気な発言。
「何も理由を話してくれないあんたにそんなこと聞かれたって、答えられるわけがないでしょう!?」
「―――何も話してくれない・・・か。そのセリフをもうこれまで何回聞いてきたんだろうな。」
ブチッ。
しおらしく俯いて、何か抑えがたい感情と戦っている様子の王様。
普段の僕だったら身を案じる一言でもかけたのだろうが、今の僕にとってあの王様の煮え切らない状態はむしろ火に油を注ぐような行為だった。
「何と戦ってんのか知らないですけどね。」
「・・・?」
「自分だけ被害者面するのは見ていてイライラするんですよ!!!」
突然の張り上げられた大声に、俯いていた王様は咄嗟にその顔を上げる。さっきまで互いにメンチをきっていたはずなのに、今交わされている視線は僕からの怒りの一方通行だ。
「あなたが何かを抱え込んでいるせいで、僕や姫様はいろいろな心配をしないといけないんです!僕らだけじゃない。きっとあなたの周りにいる人たちみんなが、あなたのことを気遣っています!そうやって何かを隠そうとする度に、みんなは陰であなたを心配しているんですよ!それがどれだけの負担になるか、考えたことがありますか!?」
そしてその怒りは言葉となって爆発した。いつものように一回スイッチが入ってしまうと歯止めが利かなくなる状態の始まりだ。
「な!?てめえ、何を知ったような口を―――」
「僕が何も知らないとでもお思いですか!?姫様が、お嬢が、シャミノさんが、ザイロンさんが、師匠が、あなたのことをずっと心配しているのを、僕が知らないと思ってましたか!?」
この2か月の変わらない日常。その中でも変わっていたことが確かにある。その一つが僕と周りの人たちとの関係性だ。
変わらない平和な日常の中で、彼ら彼女らと交わした会話はどんな何気ないものだったとしてもよく覚えている。
いろいろなことを話したが、その中でも少なくとも一回は必ず王様の話をした。その時にみんなが決まって言うのが、『彼の心の底までを理解してあげられることができない』という嘆きだった。
彼と幼少時代をともにしてきた2人が。生まれてから今までずっと世話をしてきた人が。彼を誰よりも尊敬し、今もなおその背中を追い続けている人が。彼の娘として小さい頃からずっと共に暮らしてきた人が。その誰もが、王様を本当に理解していると自信を持って言えないというのだ。
何かに悩んでいても、寄り添ってその悩みを共有することができないと誰もが悲しんでいたのだ。
「そうやって何も言わないことで、あなたの周りの人たちはどれだけ心を痛めてきたと思ってるんですか!今日だけを切り取ってみたって、すでに姫様は涙を流して僕の部屋に駆け込んでくるようなことが起きてるんですよ!?」
「・・・うるせえよ。お前に何がわかるってんだ。」
「何もわからないからわかろうとしているんですよ!何も話してくれないのはなんでだって。理由があるなら教えてくれって。そう言わないと、あなたは僕を頼ってくれないじゃないですか!」
今までずっと頼ってばかりで過ごしてきた僕にとって、その恩を返す機会が目の前にぶら下がっているかもしれないのに、それを掴みにいかないという選択肢はない。昨日、改めて恩を返すという誓いを立てたんだ。それを一日経っただけで、たった一回拒絶されただけで諦めてやるもんかよ。
「・・・今回の件はそれとは違うんだ。」
「はい?」
そんな熱い思いを抱いていたのに。ここで王様もヒートアップしてまた激しい言い合いが始まるだろうと思っていたのに、返ってきた言葉はちょっと予想と違うもので。
「今回の件はそういう、お前が恩を返すとか返さないとかが関係する話じゃない。それにさっき言ったろ、今回の裏事情は爺もよく知ってるってな。お前の言う、何も話さないせいでみんなが心配しているとかいう次元の話じゃねえ。」
出鼻を挫かれるとはまさにこのことを言うのだろう。事態は僕が予想していた方向とは若干違った様相を呈しているようで、頭の回転が途端に鈍くなっていくのを感じる。
「じゃ、じゃあ・・・。」
「知らないのはお前とマイヤだけだ。だからお前ら以外に俺のこの決定に異を唱えるやつはいない。」
「そ、そんな!?みんなあの村が滅びてもいいって思っているって言うんですか!?」
「・・・そうだ。それでもきっとお前とマイヤだけは反対する。全ての理由を話したところできっとお前らだけは反対する。だから言わない。どうせ結果が変わらないんだったら、俺はこの事実をお前たちに伝えることはしたくない。」
「はあ!?そんなの言ってみないとわかんないじゃないですか!」
「―――じゃあ逆に聞くが、正当な理由を並べたら、それが人の命を見捨てる理由になるってお前は納得できるのかよ?」
王様の問いかけは真剣そのもので、間違いなくこの問いこそが王様が今抱えている悩みの核心になっているに違いない。それはわかるんだけど、いったいどう答えるべきか。正解がわからない。
いや正解なんてわかりきってる。そんなもん納得できるって即答してしまえば済む話だろう。
でも、そう即答することがどれほど難しいか。僕にとってこの問いかけがどれだけ残酷な側面を含んでいるのか。王様に自覚はないだろうから責めることはできないんだけど。
でもかと言って、ここでそれを正直に告げたらそこできっと話し合いは終了だ。誰よりも大事なはずの姫様を泣かせてまで、王様がひた隠しにする真実に触れることはきっともうできない。
それでも、それでも・・・。
5人組の子供たち。泣いて助けを求めてくる一人の子供。むせび泣き。過去の記憶が次々と僕の脳裏をよぎっては消える。
「ぉい。」
思わず呼吸をすることを忘れる。息ができなくなる。まずい、苦しい。空気が。空気がほしい。思いっきり吸ってみる。やばい、今度は息を吸うことがやめられない。やばい、やばいやばい。止まれよ。止まってくれよ。おい、おい!!!
『おい、調子に乗ってんじゃねえぞ。いちいちしゃしゃりやがって、目障りなんだよ!』
『いつもいつも偉そうにしやがって!みんな迷惑してるっていい加減気付けよ!』
『まだわかんねえのか?昔みたいにでかい顔していられる時代はもう終わったんだよ!」
『ねえ、なんで?なんで樹と一緒にいるだけでこんなことされないといけないの?ねえ、教えてよ。いったい僕が何をしたって言うんだよ。ねえ、樹。たす・・・けてよ・・・。たす・・・けて・・・。』
「おい、どうした!!!」
「あ、ああ。あああああああああ。ああああああああああああ。もう、やめてくれ・・・。許して―――」
「おい、しっかりしろ!!!」
刹那、両肩に衝撃が走る。その衝撃に呼び戻されるように、視界が食事の間へと戻ってくる。
「はあ、はあ・・・。す、すいません。一瞬意識が持っていかれました。」
「すいませんじゃねえよ、ったく。焦ったわ。」
もうここ10年以上は忘れていた悪夢の再来。かつて僕の頭を締め付けて離さなかった記憶。
正義のヒーローなんていないと、一度はそれを諦めた忌々しい記憶。
「そ、それでなんの話でしたっけ?」
「・・・もういい、今はとりあえずマイヤを追う。お前も来い、タツキ。」
「え、ちょ、ちょっと!?急に何でスイッチ入ってるんですか!?」
「ヘボが来てるってのを思い出したんだよ!だとしたらマイヤだけ行かせるのもちょっと面倒なことになるかもしれねえと思ってな。」
「で、でもさっきの話は・・・。」
「後だっつってんだろ!ほら行くぞ!」
「え、ああ、はい!!!」
食事の間を抜けて外へと向かって走り出す王様。そのあとを追って僕もまた、まだ頭の隅でチカチカと走る痛みに耐えながら走り出した。
「・・・卑怯な手を使ったって自覚はある。でもだからこそ、お前らにだけは知られたくねえんだよ、タツキ。」
* * *
「お、王様、待って!このまま走って村まで行くなんて距離がありますって!!」
「そんなもんわかってらあ!ちょっくら裏技使うぞ、おら、掴まれや。」
そう言って屈伸運動を始めた王様は、そのまま背中にしがみつけと命令してくる。
「裏技って、一体何をするつもりなんですか?」
「ガタガタ言ってねえでさっさと乗れ!時間がねえんだ。」
急かすように自分の背中を親指で指してくるので、思わずおんぶをされるような形で王様にしがみつく。
「しっかり掴まってろよ!振り落とされたら自己責任だからな!!!」
「だからいったい何をする・・・ってああああああああああああああ!!!!!」
僕を背負って王様は、そのまま軽々と地面を蹴って空中へと舞い上がる。ってなんかこの感覚、
「ついさっきも味わったような気がするんですあああああああああああああああ!!!」
王都にそびえ立つ建物の屋根を踏み台に、軽々と跳躍を続ける王様。
「ほら、あっという間に門まで来たぞタツキ・・・って耳元で叫ぶな!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
そんな人間離れした技量を前に、僕はただただ叫ぶことしかできなかった。
* * *
「フハハハハ!!!レディーアンドジェントルメン、今日からこの村は我の支配下に置く・・・って痛い痛い!!!って何をするのだ、マイラブリーガール!!!」
「急に見た目が若くなったと思ったら、何訳の分からないこと言ってるんですか。いきなり脈絡もなくそういうことを言っているから―――」
と、次の瞬間、大きな羽音を立てる一匹の大型の魔獣を囲むように、水が展開されていく。
「おい、このバカ魔王!変なこと言ってるから誤解されてんじゃねえか!!!完全にあいつら敵対心マックスだぞ!!!」
「な、何?おい、待て!攻撃をやめろ!やめるんだ!!!」
「疑わしきは罰せよ、ですよねギリアンテ様?」
「無論。ましてやレージベルとなれば疑うまでもない。斬れ。」
「承知いたしました。」
命令を受けるや否や、水色の髪を揺らす青年は懐から、青色の細長い宝石の装飾が施された剣の柄を手に取る。
すると柄の先から青白い光とともに刀身が生成。彼の身長にも匹敵するほどの大太刀へと変貌を遂げる。
「全てを飲み込め、激流剣!!!」
そんな長物をものともしない様子で一振り。剣の軌道に沿って膨大な量の水が魔獣に向けて放たれる。
「ちっ!面倒なことになっちまった!!!」
「あんたのせいだろクソ魔王!!!」
恨み言とともに展開された黒い魔力の塊が全方位から押し寄せる水の猛攻を迎え撃つ。
「あの老いぼれ村長、完全に俺たちを殺す気だぞ、魔王!」
苦い顔をして冷や汗を垂らす宗次。
「何とかして誤解を解かないと!」
心配そうに事の成り行きを見守る玲那。
「いや、誤解なんてもんじゃないかもしれないぞレナちゃん。あれは完全に聞く耳持たないって顔だ。ったく、面倒な仕事を押し付けてくれたもんだな、ザイロン!!!」
ここにいない眼鏡の男に怒りをぶつけながら、目の前の敵意に困り顔をする、姿も口調も元の調子に戻ったレージベル。
「誰も信じない。誰も受け入れない。それがお前たちの行動に対する答えだ。」
わずかな怒りを込めながらもあくまで無感情を崩さないギリアンテ。
「全てはあなたの心のままに、ギリアンテ様。」
大太刀を手にしながらも涼しい顔を崩さないスイシュウ。
そしてその様子を後ろで静かに見守る3人の兄妹たち。
こうして誰も望んでいない戦いは幕を開けた。




