3-2 招かざる客
広く開かれた応接間に設置された二つの大きな丸テーブル。そのうちの一つで繰り広げられる大きな声量での口論。
その主役は、この国の姫とその護衛。それを迎え撃つのが、この国の次期女王となる姫様や現国王の王様を前にしても一切の気負いや動揺の色を見せず、橙色の眼を徹底抗戦の色に染め上げているクールな女性。その冷静な対応や和風の出で立ちからはどこか侍のような威風を感じるが、その座っている姿全身を捉えると、腰から下は袴というよりはむしろ和風のチャイナドレスのようにも見えるため、色々と見た目からだとキャラが迷子だ。一見防御が堅そうに見えるのに、そこからちらりと見える素足にドキッとする。ってそんなこと言ってる場合じゃねえ。
白熱した口論に水を差すような真似をした僕に対して真っ先にアクションを起こしたのは、その口論を見守るように間で腕を組んでいたこの国の王様、ガルディン・クランジアだった。
「なんだよお前、そんな修業終わりの臭っせえ身体でここに来るんじゃねえよ。ほら、しっし!!」
「害虫扱いはよしてくれませんかね!?――僕も普段通り浴場に向かうつもりでしたけど、姫様のあんな声を聞いたら来ないわけにはいかないじゃないですか。」
そう言って姫様の方へと振り返ると、姫様は応接間の扉が開きっぱなしになっているのに今頃気づいた様子で、自分のしでかした悪事が明るみ出てしまった子供のような焦りの色が露わになる。
その静かな焦りを見せる姫様とは対照的に、隣に座るお嬢は「あっちゃー・・・。」と、自らが演じた失態にわかりやすい後悔の色を滲ませた。
しかし、部屋に入ってきた時からずっと僕を鋭い目つきで睨みつけてくる黄色い侍女は、まるでそれが計算通りだったと言わんばかりの落ち着きで、僕への威嚇攻撃を続ける。
「あなたが、タツキと呼ばれている男ですね?」
「そんなに有名人なんですか僕?」
「そうですね。我ら魔獣戦線からすると、あなたは不幸を呼ぶ災害。私たちの村を破滅へ導く悪魔ですから。」
軽く場を和ますつもりで放った一言が、その目つき以上の鋭さを持った痛烈な批判で返される。身に覚えのない罪であそこまでの憎しみを込められると、もはや怒りや悲しみといった感情よりも、ただ無理解の一言で済ませられてしまうような呆気しか残らない。
「だからコウセキさん!タツキ様に原因があると決めつけるのは無理があります!」
「現時点で、魔獣増加の原因の最有力候補がこの男であることには間違いありません。これは客観的事実に基づいた正確性の高い推論です。」
「だからって、確証のない根拠でこの国から追放しろだなんておかしいでしょ!今姉さんが言っているのは、魔術もろくに使えなければ魔獣と一切の関連性も見当たらない人を、勝手に犯人に仕立て上げて遠回しに殺せっていうのと同じことなのよ!?」
「ですがあなたも言ったじゃないですか。色々とこの国が変わり始めたのはこの男が来てからだって。あなたのお父さんも国王様もあの日を境に変わられたと、そう言ったのは他でもないあなただったでしょう、サラ?」
「ちが・・・。私はそんなつもりで言ったんじゃない!私はただ・・・。」
「もういい!!!―――一回全員静かにしろ。」
僕が来てもなお収束する気配のなかった、というよりはむしろ拍車をかけてしまったこの論争に、王様が一言でケリをつけた。
顔を赤色に染めて抗議する姫様やお嬢に対し、侍女は顔色や声のトーンを一切変えずただ淡々と自分の持つ主張を説き続けていた。その様子に、まるで背筋が正されるような気味悪さを感じるほどに。
でも、顔色一つ変えないのは王様もまた同じだった。場を一瞬で静まり返らせるような大声を発したにも関わらず、憤慨や憂慮といったものを含んだ様子は持ち合わせていないように見える。公平にこの口論を見守る、ただそれだけのように見える。そんな彼がこの言い争いをどのような気持ちで聞いていたのか、僕にはまるで予想がつかない。
「コウセキ、お前の言い分はわかった。でも今日はもう夕飯時だ、帰れ。」
「・・・お言葉ですが、明日私がまたこうして抗議を申し立てることができる機会があると楽観視できるほど事態は簡単ではありません。日々、魔獣が村に押し寄せてくる頻度が増えてきています。いつこれが毎日になるのか、いつこれが一日に2度となるのか、いつ魔獣が終わりなく攻め寄せてくる状況に晒されるのか。そんな生活の私たちに、国王様は日が落ちたからという理由だけで時間を無駄にしろと、そう仰るつもりでしょうか?」
そこに相変わらずながら感情はなかったが、話し出していくにつれてどんどん早口になっていく彼女の言葉が、否が応でも現状の切迫感を僕たちに訴えかけてきていた。
彼女は正真正銘、今この時間にも命の危機にさらされているのだ。いや、彼女だけではない。彼女の言うその村に住む人たち全員の命を彼女は背負って今この場にいるんだ。それでいてなお、冷静にこうして口論を交わすことができる彼女の、なんて肝が据わっていることか。なんという覚悟の示し方か。なんという心の在り方か。
そう思ってしまったその時点で、僕の中ではすでに彼女の気迫に負けてしまっていたのかもしれない。
「・・・王様、彼女も夕食に同席してもらえばいいんじゃないですか?」
自分でもどうしてこんなことを言ったのかはわからない。お嬢の言っていたことが正しいのだとしたら、この侍女は自分たちの村を助けるために僕の命を捧げろと言っているはずなのに。
それでもなぜか、僕には彼女をここで追い返してはいけないという気がしてしまった。
「た、タツキ様!?本気で言っているのですか!?」
「そうですよ!姉さんは・・・。あなたが魔獣増加を引き起こしている原因だと言って殺そうとしているんですよ!?」
この2人の驚きは至極当然のものだと僕も思う。僕もただ、自分の中にあるこのモヤモヤさえなければこんなことは言いだすことは絶対になかったと思う。
「どうやら自分の立場が分かっていないようですね。いいですか、あなたは私たちにとって・・・。」
「わかってるよ。こんな短い間のやり取りしか見ていなかったのに、いやというほど理解したよ。村の人たちの考えからすると、僕が魔獣を増やしている大本だから、僕がこの国から消えれば元の生活が戻ってくる。そういうことなんだろ?」
「ならば尚更理解ができませんね。なぜあなたが私に肩入れするのか意図がさっぱり・・・。いや、つまりはそうやって私の信用を得てうまく自分の悪事が暴かれるのを防ごうという企みですね?そうはいきません、私を出し抜こうだなんて・・・。」
「違えよ!そんなんじゃない!」
精密機械のように勝手に脳内で情報処理してその結果を垂れ流してくるその姿勢は、先ほどとはまた違ったうす気味悪さを主張してくる。完全に僕が悪者だという固定観念が頭の中に刷り込まれているからに違いないだろう。
ならばその機械のようなカッチカチな頭に一つ教えてやろうじゃねえか。
「僕が君を夕食に誘ったのは・・・つまりはあれだ、勘ってやつだ!!!」
僕は、理詰めの頭の持ち主には分析が難しい、予想を常に裏切ってきた男だってことをな!
* * *
完全にやってやったぜ!って気分で食事の時間を迎えたわけだが(風呂はちゃんと入りました)、早々にさっき啖呵切っていった自分を呪いたいような展開が待っていた。
あれだけ自分への恨み言を言われたくせに、なぜか一切その事実を引きずることなくのんびりと入浴していた僕に待っていたのは、ピりついたなんて表現では生ぬるいくらいの険悪ムードが漂う食事の間だった。
姫様とはなんやかんやあったが、結局仲直りらしいことはできずにいるためどうも話しかけづらい。
お嬢には散々さっき説教されたということもあってこっちから声をかけづらいし、そもそもあの侍女を食事に招いたことがかなり不服のようで、あまりこちらを見る目が暖かくない。
朝飯以来、顔を合わせていなかった師匠は僕が時間を守らなかったせいでご立腹だし、おまけに僕が原因でこんなトラブルまで持ち込まれているということもあり、誰がどう見ても不機嫌だということがわかるくらいの形相をしている。眉間の皺がとにかくすごい。
ただ一人、いつもと変わらない様子で食事に臨む姿勢の王様がいるが、それはつまり数少ない王様の沈黙タイムの前触れなわけで、いつも通り話しかけづらい雰囲気を出しているのだ。
つまり何が言いたいかというと、今日の飯はすこぶるまずかったということだ。なるほど、食事が喉を通らないという表現は何度も耳にしたことはあったが、まさに今日の晩飯はその表現がピッタリと合っていて自分でもびっくりだ。
そんな心中穏やかではない食事ではあったが、食事自体はいつも通り無言で皆さんがお行儀よく食べていたからすんなりと終わりを迎えることができた。飛び入り参加の侍女も、食事中の作法はしっかりと身に付いている様子だったし、何よりここで夕飯を囲む際のルールを予め理解していたような素振りだった。その要領の良さから察するに、ここで食事をとるのは初めてではないのか?
食事を終え、いつもなら姫様が洗い物の手伝いをしているのを王様と2人で軽口を叩きあいながら見守る時間なんだけど、今日はそのまま食器が片付けられると同時に戦争の火蓋が切って落とされそうな一触即発の空気が蔓延していた。
「とりあえず大筋の見当はついているが、一応何がどうなってこの場に我が孫とコウがいるのかを問いただしてよろしいかな、若?」
最初に口を開いたのは、その鬼とまでは言わないまでも、それに匹敵するほどの険相でこの場を見渡していた師匠だ。
「察しの通りだ爺。2か月前のあの日以来、魔獣の襲撃が頻繁になってきてやがるからその解決策を求めてやってきたってわけだ。」
「随分とオブラートに包まれた伝え方のように思えますね。最終的にはそれで間違ってはいませんが、その解決策とやらはすでに出ていると私は思っているのですが?」
「だから、その解決策に問題があるからこうして何度も言いあうことになってるんでしょ!?」
師匠の問いかけから再びお嬢がヒートアップするまでにかかった時間は30秒にも満たない。すでに座っていたはずの椅子は後ろに引かれており、いきなり一人だけ立った状態になっている。これでは議論がさっきみたいな堂々巡りになってしまう。
「一旦落ち着けってお嬢。ここでいきり立ったら何も先に進まないんだって!」
「どうしてタツキさんはそんなに平静を装っていられるんですか!?今のあなたが置かれている状況を理解していますか!?」
「わかってるって。それでもここで感情的になったら言いたいこともはっきりと伝わらないんだよ。自分の身を護るためにもここは一度冷静にならないといけないんだよ。わかるかお嬢?」
「う、うう・・・。」
とりあえずは僕の言い分に納得してくれたのか、お嬢は不服そうではありながらも再び椅子に座ってくれた。
何とか先走りそうなお嬢を鎮めることには成功したが、お嬢の指摘通りどうして僕がここまで落ち着き払っていられるのかは僕にもよくわかっていない。特に絶対に助かるという根拠があるわけでもないし、今までの僕なら遠回しに死んでくれといわれているこの状況に陥ったら普通、真っ先にお嬢みたいな反応を示していたと思う。
「その余裕な姿勢がどうも私には不快です。あなたの存在がこの国を狂わせているかもしれないという自覚がまるでないみたいでとても腹立たしい。」
「迷惑かけまくってる自覚なら十二分にあるさ。食住を与えられ、生きる術も与えてもらってる。僕の命はこの人たちがいなかったらとっくの昔に無くなっている。」
改めてこの場に集まっている面々の顔を見る。その誰もが今の僕の生活には欠かせない一部を担ってくれている。師匠はともかく、全員に少なくとも一度僕は命やそれに匹敵する大事なものを救われている。この場にいる誰に対しても僕は偉そうなことはできないし、足を向けて寝ることなんてできない。
たった2ヶ月で、これだけ返しきれない恩をもらい続けているんだ。もしかしたら単純に、誰かに迷惑をかけるという行為に慣れたとかいう最低な人間の理屈が心に根差しているから、今こんなにも平気な態度をとれているのかもしれない。
「いや、それはないな。今こうして僕がみんなとこうして何の劣等感もなくいられるのは、いつか必ず受けた恩の分だけ返すっていう誓いがあるからだ。」
「何勝手に一人で盛り上がっているんですか?周りを見渡してほくそ笑むなんて、私を侮辱しているのですか?」
冷静な態度を崩さないでいた侍女の言葉に、徐々に彼女の怒りが乗せられてきた。それでも本当に一人勝手で申し訳ないが、こっちを見るこの場全員の顔を見て、僕の方は逆に冷静さが降ってきてしまったんだ。
僕がこうして平然としていられる理由に答えが出てしまったんだ。
「興味半分かもしれない。嫌々かもしれない。心の底から僕を案じてくれる優しい人だからかもしれない。理由はともかく、僕はこの人たちの色んな思惑が交錯した結果、今この場に座らせてもらっているんだ。―――残念だけど、今日出会ったばっかりのあんたにこの人たちの思いを踏みにじらせるわけにはいかないんだよ。」
「な・・・!?」
「だから殺されてやるわけにはいかない。王様や姫様が僕にそう命じるんだったら考えるけど、少なくともあんたの頼みで死んでやるわけにはいかない。それは礼儀知らずの恩知らずだから。」
そう言い放った僕を見る5人はみんな違った顔をしてとても面白かった。
中でも痛快だったのは、あれだけ機械のような冷たさを貫いていた侍女が初めて、その顔に紅を差し始めていたことだ。
そんな様子を小気味よく見ていたら、隣に座っていた姫様が小声で不服そうに、「私がタツキ様にそんな命令をするなんてありえませんからね?」と泣きそうな目をしながら念を押してきたので、僕もまた冷静さを失ってしまった。何とか抱きしめたいという感情を抑え込んで、肩にポンポンと手をやる動作に留めたことが、今日一番冷静さを発揮した瞬間だったと思う。
その様子をしっかりと捉えていた師匠から謎の殺気を感じたが、意識的にそれを無視して気付かないふり。
「・・・誰もお前の意見なんか聞いていない!!!!!」
そんな色んな感情を持て余していた僕を現実に引き戻したのは、紅がすっかり顔面全体に染まりきった様子でこちらを睨みつける侍女の一声だった。
「お前がどんな生活を送らせてもらっているかなんてどうでもいい!!!お前さえ消えれば村には平穏が戻るはずだ!ギリアンテ様のたった一つの望みが絶たれることもない!」
身を焦がすような怒りが侍女の言葉一つ一つから伝わってくる。それは今日数々の大声を聞いてきた中でも一番の声量を持った怒りの激白だった。
それでも僕の冷静さは失われることはない。正直な話、『あーなんか怒ってるわこの人』くらいの気持ちしか湧かない。
「さて、と。ではもうそろそろ、わしに発言権を戻してもらおうか。」
そんな激怒に身を任せて更なる恨み言を上塗りする侍女に待ったをかけたのは、いまいちこの場での立ち位置が分からない師匠だ。
「お前がわざわざこの忌々しい王宮にまで足を運んだ理由は、この小童の存在が最近増え続けている魔獣の襲来の引き金になっていると。そう思ったから即刻こいつを国外追放にでもしろと言いに来たってところじゃろ?」
「まさに仰る通りです!お師様も壁外の現在の様子がどのようなものなのか把握していらっしゃるでしょう!?」
「もちろんじゃ。若が政の一切をわしに任せおるせいでどれだけ苦労をしておると・・・」
「脱線しているぞ爺。」
さらりと王様への愚痴が飛び出しそうになるところを、その愚痴の対象が止めに入るという謎のやり取り。「若に指摘されるのは違う気がするんじゃが・・・。」という一言と共にまた一つ顔に皺が刻まれていく。
「まあいい、それでコウよ。この小童が魔獣襲来とどう絡んでいるのかその理論を説明せよ。」
「そ、それは・・・。突然魔獣が増えたから最近何か変わったことはなかったのかと思い、あれこれと情報収集を行っていたところ、異世界からこちらにやってきたとかほざく男の存在が耳に入りました。空間転移などという魔術なんて聞いたことはないですが、よく魔王が空間を歪ませる魔術は使うと思ったので、あるいはその男も闇魔術を使って魔獣を増やしているのではないかと思いました。」
身に覚えのない推理で僕への罪状を読み上げる侍女。よくもまあ、そんな確証が足りなさすぎる根拠を頑なに信じて人のことをここまで悪く言えるもんだなと、謎の感心をしてしまうほどにひどい。
さすがにこれには一言物申してやろうと口を開こうとしたところで、
「バッカじゃないの!?よくもまあそんなちゃっちい理由でこれだけタツキさんのことを追放だなんて言えるわね!」
「そうですよ!タツキ様は闇魔術の素質なんてからっきしですし、そもそもそれを行使できるほどの魔力も備わっていませんわ!少し考えたらそれくらいのこと簡単にわかるじゃないですか!」
もはやこの場での僕の弁護人兼代弁者となっている姫嬢コンビが、声を大にして椅子から飛び上がった。
「あーはいはい。お前らのタツキへの愛はわかったから、一旦黙って座ってろ。今は大人の出番だ。」
しかし、その勢いは夕飯前と同様に王様からの一言であっけなく挫かれる。すごすごと静かに椅子に座り直す2人の姿が、ただの不貞腐れてる子供そのもので、侍女の稚拙な推論にイラっとしていた僕の心を癒していく。本当この2人は尊いわ。
出番交替とばかりに、組んでいた腕をほどいて侍女に目線をやる王様。王様の隣に座ってその開始の一言を待つ師匠。その2人からの圧を浴びる侍女に、夕方見せていたあの毅然とした態度はもはや見当たらなかった。
そしてこの数界の後、この議論は侍女の退室をもって決着がついた。
* * *
「なんか僕が言うのもなんですが、あそこまで言ってよかったんですか?」
今思い返しても、王様と師匠がタッグを組んで一人の女性を言い負かすあの構図はあまり人様に見せられる光景ではなかったような気がする。あれがあの侍女ほど精神力の強い人じゃなかったら、泣きべそかきながら帰ってるぞ絶対。
「いいんだ。あいつにはあれくらい強く言わないと懲りずに食らいついてくるからな。なあ、爺?」
「はい、あやつは昔からなかなか頑固でしたからな。じゃが、それでもあのまま引き下がるような者ではない。また近いうちにここへ来ると思いますぞ。」
「あれだけ言われてもまだここに来るって言うんですか。さすがにそれはないでしょうよ師匠。」
「いや、爺の言う通りあいつは近いうちに来る。何せ今日は帰ったが、あいつらが抱えている根本的な問題は何一つ解決の目途が立ってねえんだからな。」
確かにあれほど切羽詰まった様子だったんだ。なんとかあのめちゃくちゃな理屈で侍女から矛先を向けられるという状態からは脱したものの、村を襲う魔獣の対策は振り出しに戻ったわけだから、向こう側からすると振り出しに戻されただけだ。
「でも実際問題、村が危機的状況に陥っているのでしたら助ける必要があるのでは?」
「そうだな、このまま棚上げにしていい問題じゃねえってのがめんどくせえところだ。」
「コウの言う通り、あの村が襲われている回数が日に日に増えているのは事実。魔獣が増加している原因を掴まないことには、根本的な解決にはつながりませぬ。」
「その魔獣が増加するシステムがわからないんで何とも言えませんけど、単純に根絶やしにするっていう方法はとれないんですよね?」
「それは俺にも答えかねる質問だな。そもそも魔獣が生まれる仕組みなんてもんは俺たちにだってわかってねえんだから。」
「魔獣は何もないところから突然前触れもなく生まれる。根絶やしという手段は解決にはならん。」
ということは、魔獣という存在が親を必要としないということになる。それこそ超常現象のように、突然湧いて出るっていう結論が出せるわけだが、そんな道理の通らないことが発生するものなのか?ゲームの世界じゃあるまいし。
だいたいこの手のやつは魔王が生み出しているっていう説が濃厚なのに、この世界の魔王はただの闇魔術が使える人間だし。その闇魔術にもモンスターを手なずけるという力はあるみたいだけど、生み出すというものがあるとまでは聞いていない。魔王がそう言っていないだけで、実際はあるのかもしれないというのが懸念事項だけど。
「ザイロンがその魔獣の発生源を探ってくれてはいるんだが、いきなり出現するって話だし、時刻も生み出される魔獣も毎回違うらしい。」
「ただし、出現する頻度も数も日に日に増えておる。コウが焦って小童を処分にかかろうとするのも頷ける話じゃのう。」
という侍女の立場への一定の理解をあれだけの言葉を浴びせた後にしても、後味の悪さが増すだけなんだけど。
「魔獣殲滅が無理そうとなると、もう村の人たちを避難させるくらいしかないんじゃないですか?ほら、それこそこの前の時みたいに・・・。」
「いや、それは無理だ。あそこの連中は避難なんてするわけがない。」
苦肉の策とも言えるかもしれない第2の計画も、王様が食い気味に頬杖をつきながら否定してかかる。
「なんでですか?村が大切なんだろうってことはわかりますけど、命には代えられないでしょうに。」
「いや、あいつらにとっては村の存続の方が命よりも大切かもしれねえ。」
「村の方が大切?ちらっとしか村の中を見れてませんけど、見た感じそんな大事なものがあるようには見えませんでしたが・・・?」
そこであった出来事の衝撃の方が強く印象に残ってしまっているせいで、村自体への印象は正直なところ薄い。
それでも一昔前の農家が少数集まって作ったって感じの、なんてことのないただの村だったと思うんだけど。
「あの村はそういうために作られたわけじゃねえ。それに、俺があいつらに避難なんて勧められる立場でもねえんだよ。」
「なんでですか?危険が迫っているんですよね!?だったら、国王としてあの村だって護る義務があるんじゃ――」
「はあ・・・。やはり無知というのは最大の罪じゃな。この小童には何を言うても無駄ですぞ若。」
国王という立場だったら当然の考えだと思われる意見をぶつけようとしたら、反対側に座る師匠からいつも以上の蔑視が向けられた。まるで当たり前のことを全く理解していない人間を、蔑視という言葉通り蔑むかの如く。
その視線がひどく今の僕には不快に映った。知らないことは仕方ないとしても、一緒に問題を解決しようとしている人に向かってそんな言い方はないだろう。
「とにかくあいつらをこの王都に迎え入れるという作戦はない方向で進めるしかねえ。その上で考えるとなると・・・。」
しかし、その不満を吐き出させる機会を与えてくれることもなく、王様と師匠はあっさりと僕の意見を否定して次のステップへと移ろうとしていた。
明らかに王様の態度が侍女を追い出した直後と比べてイラつきが大きくなっているのに、同じくイラついている僕は気づけないでいたが。
「ちょっと待ってくださいよ!なんなんですか!?理由を説明するでもなく頭ごなしに否定されるのはこちらとしてはあまり気持ちよくないんですけど!」
「理由なら若が言った。村の者たちが王都に避難する気がないからとな。―――それが全てじゃ、部外者は引っ込んでおれ!」
「はあ!?なんでそんな風に突き放されないといけないんですか!それが一緒にこの問題に向き合おうとしている人に対する態度ですか!?」
「っ!誰もお前なんかに一緒に悩んでくれなどと頼んではおらんじゃろうが!気に入らぬのならさっさと部屋に戻っていろ!」
「っんだと!?八つ当たりもいい加減にしてくださいよ!」
「うるっせえよてめえらっ!!!!!揃いもそろってぶちのめされてえか!!!!!」
僕ら二人が怒りのあまり席から立ち上がり、両手をテーブルに叩きつけたところで、聞いたこともない王様の怒号を耳にすることになった。
それは夕方聞いた、応接間でのやり取りを終わらせるときに出した時とは比較にならないもので、この食事の間の扉は全て閉められていたが、それでも間違いなく王宮全体に響き渡っているだろうと思わせるほどのものだった。
「・・・申し訳ござらん。」
「・・・すいません。」
その凄みに気圧されて、怒りのあまり立ち上がったはずの僕の両足が力なく椅子へと戻される。
「爺はタツキに突っかかりすぎだ。仲良くしろとは言わねえが、いい加減普通に会話するくらいはしろ。こういう場所でまでその調子だとイラつきしかしねえ。」
「・・・・・」
「タツキはまあ知らねえからそういうことを普通に言えるんだろうが、あの村はそう簡単に素人が口出しできるようなもんじゃねえんだよ。ここは俺たちの領域だ。お前はもう部屋に戻ってろ。」
「な・・・。僕だってもはや部外者って言っていられない立場なん――。」
「いいから戻ってろ!―――今この時にお前がここでできることは何もねえ。」
それは初めての、はっきりとした王様からの僕への拒絶の言葉だった。この2か月間、何度も何度も顔を合わせ、何度も何度も他愛ない会話をしながらも、一度たりとも言われたことのなかった僕への否定を込めた言葉だった。
「・・・そうですか。じゃあさっさと僕は何も知らない愚か者らしく部屋に籠っているとしますよ。」
イライラした。みんなと悩みを共有して一緒に考えることで、僕もわずかに力になれているんじゃないか。心の底にそんなこの場には不釣り合いとも思えるような高揚感を持っていた僕を叩きのめすかのような言葉。それを他でもない王様の口から発されたことが、ただただ悔しかった。
知らないことが罪だというなら、僕がこの世界にやってきた時点で罪だらけの大罪人じゃないか。それを今になって急に断罪し始めるだなんて、そんなもん納得できるか。
後ろからジジイが今の発言への謝罪を申したてる抗議の声が聞こえる。一度振り返って中指でも立ててやろうかとも思ったが、すんでのところで何とかその衝動を抑え込む。
でもこの敗北感だけはしばらく忘れられそうになかった。いつかきっと見返してやる。この世界に来てから何度も抱いたこの言葉が、今夜ばかりは負の感情を伴って頭から離れなかった。
* * *
「申し訳ございませんギリアンテ様。お役目果たすこと叶いませんでした。」
肌を優しく撫でるような優しい風がこの小さな村に吹き込む。しかし膝を地面につけて謝罪の言葉を口にする女性が感じるのは、目の前に立つ男から重々しく発される圧力のみであった。
「この村はこのまま増え続ける魔獣に呑まれて消えろと、そう言われたか?」
服もボロボロ。腰もすでに曲がり始めている。目は生命が宿っているようには見えない程に光を感じられない。傍から見ても風格など微塵も感じられない。それでもなぜか、この無感情な声や無気力の眼光の前に晒されるだけで心が憶してしまう。同じ地面に立っていることすら恐れ多く感じてしまうほどに、村を治めるこの男は謎の気迫を持ち合わせている。
「い、いえ。そこまではさすがに・・・。」
目を合わせることすらできないコウセキは、ただひたすら自分の自己防衛本能のもとに目を伏せていた。
「理由はどうあれ、ここで何も成果を得られなかったという答えを提示するということはこの村の消滅、すなわち私たち全員の死を意味するわけだが、それは重々承知しているよなコウセキ?」
「は・・・。ですが王たちは、あのタツキという男にこのような災害を起こす力があるわけがないとの一点張りで。もしあの男が魔獣の増加の糸を引いているという証拠をつかんだならば相応の措置はとるとのことです。」
「ほらな、つまりはそういうことなんだよ。未だに出現する原理がわからない魔獣。そんな未知の生物と未知の世界からやってきたと噂の男。両者の関連性をあいつらにも納得がいくように説明するなんて不可能に決まっている。だからこの村は滅びる。そういうことだ。」
家の玄関で立ち尽くすコウセキに背を向け、寝室と思われる場所へと去っていくギリアンテ。その冷たく無感情な言葉の数々に、任務を果たせず帰ってきた数少ない村人への労いの意は一つとしてなかった。
非情な言葉を吐き捨てて去っていくその男を、コウセキはただ俯き、肩を震わせ、唇を血が滲むほど噛みしめて見送るしかなかった。
村に魔獣の大きな咆哮が響き渡ったのは、彼女が村長の家を後にしたその直後の出来事だった。




