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科学と愛は冒険の始まり  作者: トレア
第2章
38/72

2-SP 願い

番外編その1です。今回は「補完」編ですね。

番外編を一つにすると長くなりそうなので、「その後」編を別にどこかのタイミングで載せます。


前半が2-14の途中部分で、後半が2-20の途中部分ですね。

樹視点では語ることのできない部分となっています。それではどうぞ。


 「・・・なんだよ、まだ俺の部屋にいたのか。俺がタツキを連れて戻ってたらどうするつもりだったんだよ。」


 「さあ・・・。どうするつもりだったんでしょうね私。でも状況整理をしていたら、どんどん頭がこんがらがってしまって。」


 自分の娘への熱い想いを語る青年との、語り合いとは名ばかりの一方的な会話を終えたガルディンは、疲弊しきった身体を引きずって再び自室へと帰還した。

 

 そんな彼を待ち受けていたのは、数十界前に部屋に上がりこんだものの、突然の来客により押し入れへと退避することを余儀なくされ、その隠れていた場所で衝撃の事実を耳にして動揺しまくっていた娘、マイヤだった。


 「あのなあ、隠れている身なら隠れている身らしく静かにしてろっての。・・・なんて普段ならお説教しているところだが、今回ばっかりはまあ大目に見てやるよ。」


 「ふふ、お父様が私に怒ったことなんて一度もないじゃないですか。・・・なんて軽い返しをいつもならしているんでしょうけど、さすがにちょっと今は気持ちが落ち着いていないのでできないです。」


 「いや、それほとんどしてるからな?」


 その身に溜まった疲労のせいからか、ガルディンの言葉の節々にはいつもの剛毅な迫力を感じられない。その疲労感を隠すことなく、部屋の奥にあるソファの横に備え付けられている机と椅子の方へと歩き出し、「あーーー。」と大声を上げながらその椅子に身を委ねる。

 

 だが、そんな状態の父親に遠慮することなく、マイヤは先ほど聞いてしまったあの発言の真相を問いただそうと逸る。

 それもそのはず、再びガルディンがタツキをこの部屋に連れ戻しにくるリスクを負ってまでもなお、言及しようと待っていたのだ。その行動にためらいを覚えるはずもない。


 「とりあえず説明してもらえませんか?お父様は全てを知っているのでしょう?」


 「いやまあ知っているっちゃ知っているけどよ。けどそれはあくまで表面上でのあいつの想いだけだ。実際あいつがどれだけ葛藤してこの気持ちにたどり着いたかまでは俺にもわからん。」


 「では、私の質問に答えてもらう形式にしましょうか。まず、なぜ・・・」


 対してガルディンはその激しい娘からの追及を逃れようと煮え切らない返事をして何とか茶を濁そうとするが、娘の追及の手は緩まない。


 いくら自分自身の話ではないからといって、こんな大事なことをおいそれと本人のいない場所で語るわけにはいかないという使命感くらいは彼も持ち合わせている。茶濁しはそんな気持ちの現れなのだが、自分自身のことで精一杯のマイヤには伝わらない。

 こうなっては致し方ない。ガルディンは踏ん切りをつけたようにため息を一つつき、娘と向き合った。


 「あー、待った待った!なんで俺があいつの気持ちをいちいちお前に話さないといけねえんだ。聞きたいことがあるんだったら直接アイツに聞けばいいじゃねえか!」


 「それは・・・。そうですけど・・・。そうなんですけど・・・。」


 すると今度は娘が困った表情を見せ始める。

 そもそも、マイヤにタツキの恋心を知られてしまうということ自体が予想外の展開なのだ。その上、どうして自分がこの展開の尻拭いをしてやらないといけないんだ。きっとガルディンの浮かべる疲弊の表情にはそんな感情も含まれているに違いない。


 「はぁーーーーー。どうしてこうなるかねえ。やっぱあいつがノックした時点でお前をこの部屋から出すべきだったかねえ。」


 「・・・お父様はどうして秘密にしていたのですか?どうしてそんな大事なことを言わなかったのですか?」


 「大事って・・・。お前あいつのこと好きなのか?」


 思いがけない父の問いかけに、マイヤは両手でソファを叩いて取り乱す。


 「今はそんな話はしていないでしょう!?なぜ黙っていたのかと私は聞いています!」


 「関係あるんだよ!お前のあいつへの気持ちが一番大事なんだよ!」


 「どう関係あるというんですか?お父様やゆ・・・いえ、タツキ様がこれを隠しているせいで私たちは今とても無駄な時間を過ごしているということになるんですよ?」


 『無駄』という言葉の意味が呑み込めずに、ガルディンはその勢いを挫かれる。


 「は?何が無駄だっていうんだよ?今の生活のどこに無駄があるっていうんだよ?」


 「だって・・・。タツキ様が私のことを・・・す、好きだと仰っているのなら、タツキ様は元の世界に帰るつもりがないということですよね?」


 「まあそうだな。あいつが今修業しているのも単純に強くなりたいという気持ちだけだからな。」


 「それならば・・・。いえ・・・。ようやくお父様たちが考えていることが理解できました。」


 タツキの必死の修業の理由をあっさりと暴露されたマイヤは、数秒のコンマを置いて一つの結論に達した。そして彼女は父に、納得のいかない表情でさらに問い詰める。


 「理解だあ?何を理解したつもりだ?」


 「お父様は私に気を遣っているのでしょう?結婚を無理強いさせたくないから、私からタツキ様と結婚したいと思わせるように仕向けているのでしょう?」


 「おいおい、随分と人聞きの悪い言い方だな。そんなひでえ話じゃねえよ。ただ、俺はお前らが楽しそうにやってたから、仲を深めるために一役買ってやっただけだっつーの。」


 「・・・別にこれ以上私に気を遣わなくてもいいのですよお父様。私はお父様がどれほど私のことを思ってくれているかはわかっているつもりです。ですから、お父様が決めた結婚相手なら私は安心して結婚できると思っていますの。」

 

 「いやだからそうじゃねえって・・・」


 否定の言葉を投げかけながらも、その娘からの最上級の信頼に思わず顔を綻ばせてしまうガルディン。そんなことで喜んでいると思われるのは恥ずかしいと思ったのか、マイヤからは顔を背けてしまったが。


 「私、タツキ様なら楽しい家族になれると思っていますよ?ザイロン様とシャミノ様・・・は仲が良いといえるかはわかりませんが、きっとお父様とお母様がそうだったような関係になれると・・・」


 だが、そんな父親らしい感情を垣間見せたのはこのほんの一瞬のみとなってしまった。

 

 「・・・おい、それ本気で言ってんのか?」


 「はい、タツキ様はいい人ですし、きっといい家族に・・・」


 次の瞬間、ガルディンをどっしりと身を預けていたはずの椅子から立ち上がり、ソファに座り込むマイヤの方へと目を向けた。その目つきに、いつもの愛する娘を見るものとは決定的に違った何かを宿して。

 

 「・・・お前、なめてんじゃねーぞ。」


 「え・・・?」


 「さっきからベラベラベラベラと何も知らねえクソガキが全てを知った気になって話しやがって!」


 「お、お父様・・・?」

 

 その初めて見る父の激情に、マイヤはソファから身動きが取れずにただ声を震わせることしかできない。


 「俺が決めた相手となら、俺とあいつみたいな関係になれる・・・?俺らを過小評価するのも大概にしろよ!?俺がどれだけあいつのことを・・・。あいつがどれだけ俺のことを思っていたかも知らねえくせに!」


 「お、落ち着いてくださいお父様!こんな時間にそんな大声を出さないで!」


 「これが出さずにいられるか!・・・どうしてお前はそんなにも自分に対する愛情がねえんだ?自分の意思で結婚相手くらい選べよ!俺はお前の意思で、心の底から好きになった人と結ばれて欲しいとずっと思ってんだよ!」


 「・・・」


 怒り混じりに述べるのは、ガルディンの娘への想い。それも今まで一度も自分の口から伝えたことのないものだ。この短い時間の中で2つの新たな顔を見せられたことで、マイヤはとうとう言葉を失ってしまった。


 「でも、俺らが・・・。いや、俺がお前を馬鹿みたいに過保護に育てちまったせいで、その自由すら奪っちまっていた。だからせめて、お前にも恋愛ってもんを知ってほしいと思ったんだ。それでってわけじゃねえけど、あいつを紹介してみたんだ。あいつは悪い奴じゃねえ、間違ってもお前をたぶらかしたりはしないと思ったからな。」


 「そんなことを・・・。」


 それも結局、過保護な世話だということにガルディンは未だに気づいていない。だが、それもまた彼なりの愛情の示し方なのだろうと思うと、マイヤはそれを指摘する気にはなれなかった。


 「・・・裏の事情は直接あいつに会って聞いてこい。今俺からお前に言えることはこれで全部だ。さっさと部屋に戻って寝ろ。」


 ソファに座り込む娘の肩を軽く2度叩いて、ガルディンは何事もなかったかのように再び椅子に腰かけた。そしてこれ以上語る気はないと言わんばかりに背を向けた。

 

 「ふふ、怒ったり心配したり照れたりと、本当お父様は感情が豊かな人ですね。」


 「ば・・・。な、なに言ってんだ!誰も照れてなんか!!!」


 ソファから立ち上がろうとする娘の軽口に、背を向けていたはずのガルディンが勢いよく椅子から飛び上がって抗議。だが、その赤面した顔を見せてしまったことで、かえってその軽口に信憑性を付け加えることになってしまった。


 まじまじとその顔を見られたくないだろうと、今度はマイヤが気を利かしてガルディンに背を向けた。


 「・・・先ほどはお父様とお母様の関係に軽々しく口を出して申し訳ありませんでした。」


 「いや、俺の方こそ感情的になってすまんかった。その、なんだ。さっきのことは忘れてくれると助かるんだが。」


 「嫌ですよ。お父様のお母様への愛情が垣間見えた貴重な出来事ですもの。一生ものの記憶になりますよ。」


 「・・・ちっ。しくじったなあおい。」


 背後から頭を掻く音が聞こえてきて、思わず満足げな笑みを浮かべてしまうマイヤ。


 そしてその父の母への深い愛情に触れたことで、マイヤはこの部屋を去る前にもう一つだけ質問したいことができた。


 「その、お父様。」


 「なんだよ。あんまり俺をからかうんじゃねえよ。ほら、さっさと行った行った。」


 「いえ、そうではないんです。最後に一つだけ助言をいただこうと思いまして。」


 部屋の入口を目前にして、マイヤは父の方へと向き直りその質問を口にした。


 「仮にタツキ様の先ほどの発言が本当だったとして、どのようにタツキ様のお心の強さを測ればよいと思いますか?」


 「あいつの心の強さ?そりゃどういう意味だよ?」


 「彼は、あの人には好きな人がいたはずなのです。その人のために人生の何年分かを費やし、その結果としてこの世界にやってきたと仰っていました。それほどまでに強い想いを抱いていたはずなのに、いきなり私のことが好きと言われましても、どこまで本気かがわからなくて。」


 その思いの吐露に一理あると思ったのか、ガルディンは腕を組んで「むむむ。」と唸り声を上げる。

 唸り続けること十数秒、ようやくガルディンは口を開く。


 「でも、今のあいつの想いもかなりのもんだと俺は思うぜ?実際あいつがこの部屋に来て、どれほど明日のデートを楽しみにしているかを聞いたお前ならわかるだろ?」


 「それは確かに・・・。ですが、なぜタツキ様は急に私なんかのことを?」


 さらりと『なんか』という言葉を口にするマイヤに少し苛ついた表情を見せるガルディン。だが、ここでそれを指摘すると会話の腰を折ってしまうと思い、黙ってその苛立ちを飲み込んだ。


 「それは本人に聞くしかねえわな。俺もよくは知らねえし、知っていたとしてもここで言うのはさすがに空気読めなさすぎだろ。」


 「それを聞けば、タツキ様の想いの強さもわかりますか?」


 「それを聞いてどう想うかはお前次第だ。あいつの口ぶりや表情とかも見てよく判断するんだな。」

 

 「・・・ちなみにお母様はお父様にどのようにして愛を示されていたのですか?」


 いつになく冷静に助言を与えていたガルディンを襲ったのは、またしても娘からの恥ずかしい過去への追及だった。それでも「はあ!?」と大声を出したもののその質問に丁寧に答えようとするあたり、彼は筋金入りの親バカだろう。


 「・・・あいつは俺に怒ってばっかだったな。」


 「え、仲が悪かったのですか!?」


 「いや、そういうのじゃねえよ。逆に、それがむしろ俺らの愛の形だったんじゃねえかと今は思う。あいつ、そこらの一庶民の分際で、初対面で俺に説教かましやがったからな。出会いがそんなもんだったからいつまで経ってもあいつはあんなんだった。」

 

 恋愛経験が全く無いマイヤからすると、父が語るその歪な形の愛が不可解でならない様子だった。


 「お父様はマゾヒストなのですか?」


 「いや違えよ!?てかそんな言葉どこで覚えてきやがった!?」


 「タツキ様がこの前、セイラス様に叩かれている様子を見たソージさんにマゾヒストと呼ばれたと言って怒っていたので、その時に。」


 愛する娘になんて教育をしやがるんだと心の内であの異世界人への怒りを沸々と滾らせるガルディン。自分のいないところでなぜか内申点を下げてしまった樹。そして、そのことに全く気付いておらずキョトンとした顔をしているマイヤ。


 「まあ、なんだ。俺たち王族にとって怒られることってそうないだろ?」


 「いえ、お父様はいつも怒られていると思います。」


 「話の腰を折るんじゃねえ!!!」


 だが、マイヤの言葉が事実であるためにそれ以上の抗議をすることができない。実は昔はそんなに怒られることもなかったんだと弁明したところで、この娘は信じてくれないだろう。


 「そういうことが言いたかったわけじゃねえんだよ。俺らみたいな身分のやつに面と向かって説教してくれる奴なんて普通いないだろ?」


 「ええ、確かに普通なら恐縮されてしまって、とても私たちに説教をする人なんていないです。」


 「だろ?普通、恐れ多いとかなんとか言って誰も何も言ってこねえ。でもそれって、説教した後に自分に罰が与えられるのが怖いからやらねえんだ。なのに、あいつはそんなリスクに目もくれず、俺のことを叱り倒してきやがった。」 


 「それは・・・。随分と勇気のある行動ですね。」


 「自分の身の危険を顧みずに俺を叱ってくれたその優しさの裏返しが、妙に心に刺さってな。」


 「ではつまり、私のことを叱ってくれる人がいい人ということですか?」


 「そういうわけじゃねえけどよ。でも、仮にお前の姫という身分に気圧されずに間違っていることは間違っていると言ってくれる奴がいたとしたら、そいつは良い奴だ。・・・あいつにそれができるかは知らんけど。」


 あいつというのが誰のことかわからない程、マイヤも鈍感ではなかった。彼が自分に怒る姿なんて全く想像できないなあと考えていたばかりだったことも功を奏したようだ。


 「ま、デート中に説教たれる男なんて最低だけどな!」


 「お父様、さっきから言っていることが支離滅裂です。」


 「ま、後は自分で判断しろ。自分の感性がこういう時は一番役に立つんだよ。」


 「ええ、わかりました。こんな遅い時間まで付き合わせてしまい申し訳ございません。」


 聞きたい答えが聞けたのかどうか。それはマイヤ自身にもいまいちはっきりしていないようではあったが、収穫はあったといった表情を見せた。


 「ま、難しく考えるなって。・・・お前の性格上、それは無理な相談だろうけど。」


 「・・・さすがお父様、よくおわかりで。」


 「頼むから寝てくれよ?寝不足の顔でデートとか、タツキががっかりするぞ。」


 「ふふ、そうですね。せめて気丈にふるまいたいものです。」


 「寝不足にならないように気を付けてくれよ・・・。」


 そんな不安を抱える父親の様子を横目に、今度こそマイヤは部屋のドアを、いやドアが本来ならあったであろう場所へと足を進める。


 「おやすみなさい、お父様。」


 「・・・ああ、おやすみ。」


 幾ばくかの不安を抱いてはいたものの、まさか次の朝になってマイヤが籠城ならぬ籠室をすることになるとまでは、さすがのガルディンも予想をつけていなかった。



            *     *     *


 「僕が一番知りてえよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 この場にいる誰からも視線を外し、一人でこの世の終わりを迎えているような感覚に耐え切れなくなった青年はその言葉通り、現実逃避をして暗闇へと駆けていく。

 そのあまりに自分勝手な方法で会話を終わらせた青年に、その場にいた3人は呆然とそこに立ちすくむしかなかった。


 魔獣の喧騒が鳴りやまないクランジア王国外部。その外部にぽつりと存在するカルシウ村は現在、突如侵攻してきた魔獣の群れのせいで危険に晒されている。さらには日が落ちてからの侵攻だったため、その魔獣たちの所在地が村からはわからない状態となっている。そんな中、今一人の男がその危険を顧みず村の外へと駆けていったのだ。

 そんな目の前で起きた突拍子もない出来事にいち早く整理をつけたマイヤが、その戸惑いの表情を消して彼の後を追おうとする。


 が、


 「彼の後を追うのは控えてくれないかな。」


 彼女の動きを制するように声がかかり、今にも駆け出しそうだったマイヤの足にブレーキがかかる。

 その声のトーンは低く、かなり落ち着いているように聞こえた。

 だがこの現状に対し、この不思議なくらいに落ち着いた声をかけられたことは、かえって頭がはち切れそうなほどに混乱しているマイヤを強く刺激した。


 慌てて彼女は後ろを振り返り、その声の主を判別しようと躍起になる。が、この場であれほど低い声を出せる人間がいるとすると、それはマイヤと同様にその眼前で起きた出来事に理解が追いついていない様子を見せている宗次しかいない。そしてそれが不可能であろうということは、彼の表情を一瞥しただけですぐに理解できた。


 次にマイヤは宗次と玲那が立っている場所から少し奥にある、一つの簡素な造りの家へと目を向ける。そしてそこで、彼女は探し求めていた答えを見つけることに成功した。


 「君が今ここを離れたらこの村はどうなる?君が彼を探しに行っている間に魔獣に襲われたら私たちはどうなる?」


 先ほどまで閉められていたはずのドアがいつの間にか半分ほど開かれており、そこに一人の中年の男が立っていたのだ。


 口周りに髭を立派に生やしたワイルドな見た目だが、その眼からは一切の覇気が感じられない。その身なりも、素材こそ立派な貴族が着ていそうな服と同等のものに見えるが、袖口から糸は解れ、ボタンは紛失しており、何より黒を基調としているせいで皺がかなり目立ってしまっている。おまけに下は農家のお爺さんが穿いていそうなダボダボなズボンという、上下があまりにも整っていない着こなしだ。

 そして何より、その立派な髭にも髪にも銀色のものが混じっていることが、年齢の高さをうかがわせる・・・というよりは、やつれた印象を見たものに強く抱かせる。


 「で、ですが大叔父様!もしこれで魔獣に襲われでもしたら!」


 「彼が襲われた後、この村にもその魔獣が襲ってくる。そして君がいない状況でそうなった場合、骸が3つ追加されることになる。さて、それでも君は外へ行くと言うのかい?」


 マイヤが大叔父様と呼ぶその男は、感情を欠片も感じられない冷たい声で諭しにかかる。何一つ威圧感は感じられないのに、なぜか背筋に嫌な汗が走るのを感じて、思わずマイヤは一歩後ずさりをしてしまう。


 だが、やはり男の声には覇気がない。感情がない。なにもない。無だ。 

 

 「だが、樹も意識が回復して間もない。そんな状態の男がそんな遠くまで走れるとは思えない。マイヤ姫が急いで後を追いかければすべてが解決すると俺は思うんですが?」


 その虚無が村の空気を支配するかに感じられたが、それはようやく現実へと意識を呼び戻した宗次の一声が阻止する。


 「異世界の住人とやらが勝手に口を挟まないでくれないかな。ここは私の村。私の領域だ。その私の領域が今危険に晒されているんだ。この村が蹂躙される未来だけはなんとしても避けなくてはならないのでね。勝手に自分の意思で飛び出していった者のために、この村の未来生存率を下げる行動はとれない。」


 語気を荒げるでもなく、トーンを落とすでもなく、ただ淡々と男は宗次にそう告げる。


 「あんたは、この世界の住人じゃないからって人一人見殺しにするってか?」


 「私にとってはこの村の存続が全て。飛び出していった彼がこの村の住人でない以上、私が彼を気にかける理由はない。」


 「大叔父様!そんな言い方はないでしょう!?」


 「そんな感情的になられても、私の心には何一つ響きはしない。わかったらこの村の護衛に従事することだ、未来の女王よ。」


 『未来の女王』。その言葉にだけわずかな皮肉が込められていたことにマイヤだけが気づいていた。彼女は、取り乱した表情を諦めの色に染め、


 「・・・はい、わかりました。」


 と一言そう告げるのだった。


            *     *     *


 「蒔田君、私は一体どうしたらいいと思う?」


 マイヤの諦めの一言で沈黙が降りていた村に新たな声を上げたのは、先ほどまでの会話には参加していなかった女性、伊理夜玲那だった。 

 彼女は目を赤く腫らしながら、これから先の展望を知己である宗次に相談しようと試みる。


 「未だに俺は納得なんてしちゃいない。なんとしても樹をもう一度お前との話し合いの場に連れて来させねえと俺の気が済まねえ。」


 相談を持ち掛けられた宗次は、苛立ちを隠さずに玲那にそう言い返す。その強気な宗次の態度に玲那は、「でも、」と続ける。


 「きっとそういうことなんでしょう?彼は私に会っても困った表情しかしていなかったもの。まるで、私がここにいるのが嘘であってほしいと思ってるような・・・。」


 「そんなこと!・・・あるわけねえだろう。じゃないと何のために俺たちは今まで。・・・何のためにこの世界にやってきたってんだよ!」

 

 普段は冷静沈着な宗次の激情に、玲那は驚きを隠しきれずにその場で固まる。今の発言にどれほどの重みが宿っているか、宗次が今の発言に乗せた重みが果たしてどれほどのものだったのか。それを理解するのは、8年間という年月に隔てられた彼女には不可能と言っていいだろう。


 そして宗次のめったに見せないその激情は、傍聴者であるマイヤの心にもひどく重く響いていた。 


 「レナさんともう一度笑いあえる未来を手に入れるため・・・ですよね。」


 「言葉にしてしまうならただそれだけのことだ。でもたったそれだけのためのことに俺が、あいつが、俺たちが・・・!!!どれほどの時間を、どれほどの労力を、どれほどの想いを費やしたのか。―――あんたにわかるか?」


 それは今日一番・・・いや、マイヤが宗次と出会った数少ない時間の中で聞いた、最も大きな声だっただろう。数分前に浴びせられた威圧感とは真逆のものに、マイヤは再び圧倒されてしまった。


 決して彼らのかつての苦労を軽んじていたわけではない。樹の口からも、この話は何度も聞かされてきていたからわかっていたつもりだった。

 そう、わかっていたつもりだったのだ。この世界に来る前の彼らの熱い魂を、マイヤは少し触れただけで全てを理解しきったつもりになっていただけだったのだ。


 宗次の語る言葉の重みに圧倒される姫をよそに、宗次の目の前に立っている玲那はただただ困惑を浮かべると同時にその身体を震わせていた。


 「ちょ・・・。ちょっと待ってよ・・・。何を・・・言っているの?どういう・・・ことなの・・・?タイムマシン?私と笑いあえる未来・・・?」


 今度こそ完全に宗次の発言に理解が根本から追いついていない様子で、玲那は目を泳がせながら後ずさりをして宗次から距離を置き始める。


 その様子に一瞬、激情に染まった宗次の顔にも焦りの色が点しこまれたが、その焦りを再び激情の渦の中に消し去り玲那の方へと再び目を合わせる。


 「お前がさっき研究所で見つけたって言っていた大きな装置、あれは俺と樹が中学を卒業してから今までの時間を全て費やして作ったタイムマシンだ。あれを使って俺たちは、樹とお前との間に決定的な溝を作ってしまったあの日を改変しようとしていたんだ。」


 「あれが・・・タイムマシンですって・・・?」


 「そうだ。あれに乗れば本当は過去に遡れるはずだったんだ。だがその結果は見ての通り。よくわからない異世界の空間へと転移されてしまったって状態よ。」


 「じゃ、じゃあ全ての原因は私にあるって・・・?あの日私が樹君から逃げたことが今のこの状態につながっているって言うの???」


 何も知らずにこの世界へとやってきてしまった玲那。そんな彼女に待ち受けていたのは、全ての原因は自分にあるという、あまりにも急で呑み込み難い背景だった。


 「意味が・・・。意味が分からない・・・。君が何を言っているのか。何がどうなっているのか。私にはもう・・・わからない・・・。」


 あの時自分が取り乱してあの場から走り去っていなかったら。あの後自分からもう一度樹に話しかけていれば。あれから一度でも樹を会話を交わすことができていれば、こんなことにはならなかったというのか。

 

 「・・・私はただ、彼からまた話しかけてくれたらそれだけであの時のしがらみなんてなかったことになると思っていた。ただ一言、彼から謝罪の言葉、ううん、いつもみたいに『あんなの冗談だよ!』って言って軽く流してくれさえすれば全て元通りになると、そう思っていたのに。」


 彼女が樹に会わなかった8年間。あの年月の中で彼女が欲していたのはただそれだけだった。誠心誠意の謝罪すら彼女は望んでいなかった。あのことを気まずく思うのだったら、全て忘れてくれてもいいとすら思っていた。

 彼女が望んでいたのは、ただ昔みたいにまた2人で仲良く話すことができる未来。ただそれだけだったというのに。


 「誰も、そんなことしてほしいなんて願ってなかったのに・・・。」


 その心からの嘆きは、再び彼女のニーソックスを土色に汚し、両目から涙を流させるのだった。


 その涙は激情の渦をも鎮め、村に立ち込めていた刺々しい気を洗い流していった。



 そうして全て洗い流されて残ったものは、魔獣たちの咆哮とマイヤのどうしようもない罪悪感だけだった。  

 


樹の知らないところで他のキャラの間でも色々なことが起きていますよーってことが少しわかればいいかと思います。


さて、次回は2-22のその後を少しだけ書きます。幕間という形でご覧ください。そしてその後にキャラ紹介をして今年は終了です。もう11月だよ、早すぎるよ。投稿頻度上げろよ俺。まだ2章だぞ俺。

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