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科学と愛は冒険の始まり  作者: トレア
第2章
36/72

2-21 赦し

 「つ、つまり!今タツキさんにはマイヤ様との今までの記憶が全て無くなっていると!!!???」


 「・・・ああ。僕がこの世界に来てから姫様との間にあった出来事全てが吹っ飛んでる。おまけに、これはどこまでの範囲かははっきりとしていないんだけど、姫様が関与していると思われる出来事も一部、記憶からなくなっているみたいだ。」


 僕は藁にも縋る思いで今日一日で起きた事件の数々を、目の前のこれまた綺麗な顔立ちの女性へと語った。ただ、そんな整った顔をしているというのにお嬢は、驚きのあまり口をぽっかりと開けてしまっているのだが。


 「ど、どうしてまたこんな急展開に!?」


 「僕が聞きたいよそんなこと!!!ああもう、とにかく僕が頼れる相手はお嬢しかいないんだよ!この場から救い出してくれる力を持っていて、宗次とも接点があって、姫様とも近しい!この最悪な一日の最後の最後に希望の光となりえる存在に巡り合えた、今はそんな気持ちでいっぱいなんだ!わかるかお嬢!?」


 「わ、わかりました!!!わかりましたから一旦落ち着きましょう!」


 静止を促すとともに、勢い余って両肩を掴んでしまっていた僕の両腕を優しく外すお嬢。大地に寝そべった体勢で、すでにほとんど余力のない両腕を使って目の前の女性の両肩を掴むその姿は、まさに生者に這いよるゾンビという表現がピッタリである。

 そんな中、両腕の行き場を失い再び顔面が地面とこんばんはする形になった僕は、横にローリング運動することで、何とか再びお嬢、いや我が希望の光を視野に入れることに成功した。


 「そ、そんなウルウルした目でこっちを見ないでください。気持ちはわからなくもないですが、ちょっとキモいですよタツキさん。」


 「ちょ、もうちょっとオブラートに包んでいただけませんか・・・?いくらハイテンションになったからって、それは少し傷つくよ僕。」


 ストレートに女子からキモいと言われた経験が実は初めてで意外と心に大きなダメージを負ってしまった。これは生涯引きずるぞ。あ、母親からなら何回も言われているか。


 っていつまでこんな不毛な会話を続けるつもりだ天梨樹。


 「と、とりあえずこれからの動きについて相談したい。とにもかくにもまずは魔獣との戦争だ。お嬢がここにいるってことは、南側の戦闘は―――」


 と言いかけたところで、魔獣ヴァグ公の背中の上で目撃したあの南側の地獄の惨状を思い出してしまった。この目の前にいる端麗な容姿を持つ彼女が、あの惨たらしい絵図を生み出した張本人の一人だと思うと、今まで感じていたあの安心感がどうしようもない恐怖へと早変わりしそうになる。


 「あっちは大魔術とガルディン様のご活躍のおかげでほぼ落ち着きました。現在は母さんとガルディン様が残党狩りを、父さんは魔獣が出現した場所を探ってみると言い残して森の方へと向かいました。なので援軍として私は北側に向かっていたんですけど、魔獣の声の中にわずかにタツキさんが叫んでいる声が混じって聞こえたので、慌てて飛んできたってわけです。」


 本当にその言葉通り飛んできたからこちらとしては心臓に悪かったんだけど。


 「その南側のグッジョブにグッジョブを重ねた超グッジョブな采配のおかげで何とか僕は救われたという事実に大いなる感謝を。んで、南側が落ち着いたという報告も聞けて一安心だ。じゃああとは北側に戦力を集中したらあっという間に片が付きそうじゃん。」


 「それに魔王もそっちに向かったって聞いてますし、遅かれ早かれ人間側の勝利という形で決着はつきます。なので本当は姫様と一緒にタツキさんとソージは街の中に戻ってもらおうと思ってたんだけど・・・。今の話を聞くとそのお願いは―――」


 「悪いけど無理だな。今のこの状態で近づくのは、姫様を傷つけてしまう可能性が高い。宗次もなんか協力してくれそうにないし、そもそも僕の記憶の話も知らない。それにあの村に戻ってもう一回玲那に会うのは・・・。」


 無様に全力逃走をしてしまった身としては心苦しいったらない。おまけにあんな状態の彼女と一体どうやったら落ち着いて会話ができるというのだろうか。これは時間をしばらく置かないと―――。


 「そのレナさん?っていう人ともちゃんと話すべきですよタツキさん。確かにそんな場所にいたんだったら逃げ出すのもわかりますけど、ちゃんといつかは二人きりでしっかり話し合った方が絶対にいいです。」


 なんて思ってたんだけど、やっぱり目の前の彼女はそんな甘えを許してくれるとは思っていなかった。簡単に言ってくれるけど、僕としては二人きりで話すってかなりハードル高いんだぞ?


 「うーん、その謎の女性のことは置いておくとして、マイヤ様の件に関してはタツキさんの言うことに一理ありそうですね。マイヤ様ならきっと記憶喪失のことを知ったら三日三晩寝込みかねないし、ばれるのはまずいです。」


 当初の予定とは予想外すぎる展開に、お嬢も唸り声を出して考え込んでしまった。思えば、突然の記憶喪失のカミングアウトにもこうして冷静に対応できているあたり、お嬢もまたなかなか優秀な人材なのだろう。

 とは言っても、お嬢自身との関係は変わらないし、いまいち彼女に僕の緊張感が届いてない可能性はあるが。いや、ここまで親身になって悩んでくれているんだ。そんな失礼な思い込みは避けるべきか。


 「わかりました、じゃあ予定変更です。タツキさんの置かれている立場と魔獣戦争の早期終結。この二つを考慮すると、こんな流れで動くのが最適だと思います。


 「こんな流れって???」


 悩み始めておよそ5分。そんな短い時間でお嬢は新しい作戦を考え出したようだ。そんな自分の頭脳明晰さを誇るかのように、右手の人差し指を一本立てて僕にどや顔をしてみせるのだった。


            *     *     *


 「か、帰ってこられたんだな・・・。ようやくこのクランジア王国に・・・!!!」


 真っ暗闇に沈んだ草原から、ようやくクランジア王国を護る壁の内側へと到達した僕は、今朝この門をくぐってから起きた数々の不幸な出来事からようやく解放された気になってホッと一息をついた。果たして誰がこの門をくぐった先にあれほどの地獄が待ち受けているなんて想像しただろうか。いや誰もいないだろう。

 

 「ふん、散々周りに迷惑をかけおってよくもまあそんな台詞が吐けるのう!お前が攫われたせいでどれほど姫や孫が大騒ぎしたことか!!!」


 そしてその帰還を示す門をくぐった先に、今日最後の関門であろうジジ・・・、師匠がお出迎えの準備をしてくれていたみたいだ。まことに迷惑極まりな・・・・、感謝してもしきれない粋な計らいだと言える。ほら、だって会って早々これだけ嫌味なこと・・・、どれだけ師匠が僕のことを心配してくれていたかがわかる心温まる言葉をかけてくれたのだから、ストレスがマッハで蓄積・・・、今日一日の疲れが吹き飛ぶような気持ちでいっぱいだ。


 「ってあからさまに嫌そうな顔でこっちを見るな!!!」


 「そりゃ再会してすぐにそんなこと言われたらこんな顔にもなるでしょうよ!?」


 もうちょっと他人を労わるような表情や態度といったものができないのかねこの人は。


 「それで戦況を説明せい。あとどれほどで決着が付きそうだ?」


 僕の心配は本当に微塵もしないんだなこの人は。なんてことを口に出したところでどうせまた不毛な口論が始まるだけだから黙っておいた方が賢明か。


 「お嬢からの情報によると、南側の魔獣たちはすでにほぼ壊滅しているらしいです。北側は確認できていないですけど、村までは侵攻されていませんでしたし、魔王さんの助力もあります。お嬢も援軍として向かいましたし、近いうちには落ち着くかと。」


 「ふむう。とりあえずは日付が変わるまでには片が付きそうか。・・・これが終わったら早速今回の原因を突き止める作業に当たらなくてはなるまい。」


 あごひげを撫でながら僕からの報告を飲み込んだお師さんは、近くで警戒態勢を敷いていた兵士を呼んで、この情報を各地の住居区域に知らせて回るよう命令した。突然発生したこの大量の魔獣の侵攻に、王都全体でどうやら大混乱が起きていたらしく、すでに夜遅くだと思われるこの時間帯に大量の民家の光が見える。

 きっと師匠はそんな王都全体の収拾作業に追われていたのだろう。珍しくそのご老体が、年相応の量の皺を作っていた。まあ師匠の歳を知らないんだけど。




 ・・・待てよ?なんで師匠の記憶は最初から持ち合わせているんだ?師匠に会ったのは記憶を失って以来初めてのはずなのに、どうして最初から記憶があるんだ?

 いやなんならさっき草原で一人寝ていた時にも、師匠との修業の記憶はなぜかあったな。どういうことだ?


 「それで、どうしてお前ひとりだけでのこのこ帰ってきおった?姫や若はどうした?」


 「王様は南側の残党狩りしてるらしいです。姫様は村の方にいました。途中で別れたんで今はどうしているか。」

 

 思えば、王族が揃って前線で戦っているっていうのはそれなりにまずい気がするんだけど。総大将は普通、安全圏で指揮を執っているべきではないか。・・・まあ姫様のことはわからないからともかく、あの王様がそんなことできそうな性格じゃないことくらい、まだ出会ってそんなに経ってないはずの僕にだってわかるけども。


 「ふん、とりあえず二人に顔を合わせているのならよい。・・・わしからはもう何もない。さっさと帰って休むんじゃな。」


 いや引き留めておいてその言い草はないでしょうよ爺さんよ。いやでもここはぐっと我慢だ樹よ!ここで言い返したら余計に疲労がたまるだけだぞ。


 「・・・そうさせていただきますよ。では今日はこの辺で。」


 ほんの少ーしだけ語気を強めた反抗的な返事をして、僕は師匠に背中を向けた。この伝わるか伝わらないかくらいの僕の反骨心をもって、今日のところは勘弁しておいてやる。


 「・・・おい。」


 と思ったらそのささやかな反撃すらもお気に召さなかったらしく、後ろの方から再び呼びかけが聞こえた。はあ・・・。わかったよ、謝ればいいんだろ謝れば!!!


 「・・・はあ、すいませんでし―――」


 「魔王に捕まったのはお前の完全な落ち度だ。・・・でも護衛としてちゃんと姫の身代わりになったことだけは立派だ。そこだけは褒めてやる。」


 

 ・・・え?なんかやたら小声でボソボソと話すせいで何も聞こえなかったんだけど。今なんて言ったあの人?


 「え、今なんて言いました?すいません、よく聞き取れなかったんですけど!」


 「・・・もういい!!!さっさと行かんかバカ者が!!!」


 「いや理不尽極まりないなおい!?」


 なんでそんな顔真っ赤にして怒られないといけないんだよ。結局怒られたじゃん。あーあ、あのまま聞こえないふりしてさっさと行けばよかった。


            *     *     *


 魔獣たちの咆哮が徐々に収まってきて、ガヤガヤと騒がしかった王都もようやく落ち着きを取り戻しつつあった。煌々と光る街並みのせいで未だに時間感覚がわからないが、さっき道であたふたしていた男性がすでに265界だと言っていたのを小耳に挟んだ。つまり、この激動の一日がいよいよ終わりを迎えようとしているというわけだ。

 この『界』という独特な時の数え方にも平気で頭がついてきているあたり、この世界の常識はしっかりと記憶に残っているみたいだ。もっとも、記憶を失う以前にもなかった知識に関してはどうしようもないのだが。


 ・・・つまり何が言いたいかというと、


 「帰り道がわからないのだが・・・。」


 そう、王都に帰ってこれたのはいいが、王都内の地図がないからどこをどう行けば目的地にたどり着くかがさっぱりなのだ。とりあえず王宮だけは離れていても見えるからそこを目指してはいるのだけど、そこにたどり着くまでが一本道じゃないせいで、なかなか思うように前に進んでくれないのだ。


 おまけに師匠との思いがけない再会のせいですっかり忘れていたが、今の自分の身体は魔術による支えがあってようやく動けている状態なのだ。というのも、自分の身体は現在、お嬢が施してくれた風魔術による補佐があるから普通に動かすことが可能になっているというわけ。

 何やら身体を風の力で軽くしてるとか、足を動かす力も風の力で補助しているとか色々言っていたけど、僕にとっては最後にポロっと言っていた『あ、その魔術15界経ったら消えるんでそれまでにちゃんと家に帰ってくださいよ~』という発言に全ての意識を持っていかれたので、結局僕の身体がどういう仕組みで動けているのかはよく覚えていない。


 ということもあり、一刻も早く僕は心休まる地へと帰らないといけないんだ。でも進むべき道がわからない。さあ、困った困った。


 「これってもしかしてあれか!?姫様が今まで道案内してくれてたのに、姫様の記憶が無くなったせいで道がわからないとか!?」


 とか口に出して考えてみたものの、そういう場合は情報源不明という形ではあるがその情報自体は覚えているというのが通例だったはず。・・・その情報源不明というのが、本当に誰からその情報を聞いたのか忘れているだけだったら、その考えは間違っていることになるし、何より間抜けこの上ないが。

 それでもお嬢に連れられて王都に戻る時に、


 「姫様から教えられた呪文は覚えていますか?教えられた白魔術の中に目に作用する魔術がありませんでしたか?それを使えば、夜道でも多少は目が利くようになりますよ!」


 と言われてちゃんと魔術を発動させることができたことを考えると、さっきの通例は間違っていないと考えても問題はないと思う。


 

 そんなことを考えながらひたすら歩いていると、何やら見覚えのある街並みへとたどり着いた。


 「げ、ここってもしかして初日のあの場所じゃないか?」


 この世界にやってきてさっそく黒歴史を作ってしまったあの苦い思い出の場所だろう。ちょうどここから王宮を眺めて、そのあまりの荘厳な見た目に度肝を抜かれたのはまだ記憶に新しい。

 思えば、ここで王様に拾ってもらえなかったら一体僕の異世界生活はどうなっていたんだろうか。あれが仮に王様じゃなくてただの衛兵とかに見つかっていたら、即刻弁解の余地なしに牢屋行きだったのだろうか。そう考えると、僕はある意味運が相当よかったのかもしれない。


 「牢屋の中の方が今より楽だったりしてな。」


 そんな思ってもいないことをぼやいていると、一つ不審な点があることに気が付いた。そして思わず周りの景色をぐるりと見まわした。


 「あれ・・・?いやでも間違いなくここだったと思うんだけど。」


 そう、僕が乗ってきたはずのタイムマシンがどこにもないのだ。元々は王様の秘密基地として使われていたはずのあの物体がない。


 そう言えば、前にも同じようなことを考えた時があったようななかったような。まあただでさえ記憶が曖昧なんだ。昔のことを思いだそうとするのはあまり得策ではないな。

 

 そんなことを考えながら再び進もうとした時だった。


 「・・・なんか明らかにここに何かがありましたと言わんばかりの痕跡があるんだが。」


 地面に丸く4か所傷のついた場所を発見した。そしてこれは、僕と宗次が作ったタイムマシンがここにあったという決定的な証拠となった。

 タイムマシン作製の時に、地面に直接機体をつけていると底の部分を作る時に作業がしづらいということで、4つの突起のようなものを底から生やすようなデザインにしたんだ。その4つの突起の形と今目の前にある地面の傷の跡は、ほぼ100%一致するといっていいと思う。


 「・・・間違いない、僕はここにタイムマシンに乗ってやってきたはずだ。でも、ここにあったはずのタイムマシンが消えてるということは・・・?」


 いや冷静になって考えると当たり前ではある。だって仮に、宗次や玲那が転送されたところにそれぞれ機体が残ってしまっていたら、こっちの世界でタイムマシンの機体が増殖してしまっているという話になってしまうからな。

 そうなると、万が一僕のタイムマシンの存在が元の世界で公になってしまって、たくさんの人がこっちの世界に渡ってくるなんていう、地獄のような話になった場合、この世界はたくさんの機体に埋め尽くされるとか言う訳の分からない状態になってしまう。


 とまあ、ここまでの自分の推理は容易に納得できるものだったんだが、ここから先の話がよくわからなくなってくる。


 まず、ここにあったはずの機体が突然消えたという大事件が、宗次がこの世界に来た時に起きているはずなんだ。それなのに何一つ騒ぎにならなかったのはどういうことだ???

 王様なんて、機体を自分の秘密基地にしてたんだろ?その秘密基地がいきなり消えたはずなのに何もコメントがなかった。無くなったことに気づいたら、真っ先に僕にその原因を追究しようとするだろうに。


 そして第二に、宗次が現れたのは王都の外の草原だった。仮に今の僕の推論が正しければ、今僕がいる場所にあったはずの機体があの草原にワープしたはずだ。でもお嬢は、宗次が出てきたはずの機体を見ても何もツッコミを入れなかった。宗次がそこから現れたという事実に対して驚いただけで、その機体の存在自体には何もコメントをしなかったような気がする。

 まあこの場合は宗次がいたという衝撃のせいで、そこまで頭が回らなかったという可能性がある。それに姫様がもしかしたらその場に居合わせていて、ツッコミを入れていた可能性も一応ある。いやでもさっきの通例に則ると・・・ってこれ以上は複雑になるからやめよう。


 そして、最後が玲那のタイムスリップ時だ。魔王さんは庭にインテリアとして置いていた物体から出てきたとか言っていたけど、よくよく考えると意味が分からん。庭にあんなんあったら普通は邪魔だろう。・・・いや、魔王さんは普通じゃないから感性が違うかもわからんが。

 にしても、僕の推論が正しければ機体は玲那のタイムスリップと同時にあの庭にやってきているはずだ。それをさも昔からそこにあったかのように語るのはおかしくないか?


 なんだこの気持ち悪い話は?一体どういうことなんだ?この世界ではタイムマシンの扱いが一体どうなっているっていうんだ???


 「この世界にはわからないことが多すぎるんだよ・・・。」

 

 思わず愚痴をこぼして視線を真下に向ける。そして自分の両足がプルプルと震えているのを見て、思い出してしまった。


 「こんなこと考えてる場合じゃない!このままだとこんな場所でまた地を這うことになるぞ!?」


 僕の身体が動いているのは魔術のおかげだということを。


 そして僕は、ドーピングを使ったような感覚に陥りながら(実際に使ったことはないから憶測でものを言っているのだが)、数時間前に行った全力疾走を再び行うのだった。



 

 ドーピングという言葉を連想した時点で気づくべきだったよな。それが切れたときに自分の身体が一体どうなってしまうのかということを。


            *     *     *


 「・・・・・キさん!・・・・ツキさん!!・っかりし・・ださい!!」


 何やら身体がぐらぐらと揺れている感じがする。首がグワングワン上下にしなっている・・・。うっ、気持ち悪い・・・。


 「ちょっとサラ。そんな風に身体を揺らしたら坊やが可哀想でしょう?こういう時は私に任せなさいな。すぐに坊やの目を―――」


 「いやいやいやいやなんかすごい物騒なオーラを感じましたけど!!!???」


 隣から感じるものすごい冷気と、語気に秘められた強い殺気のせいで、僕の脳は完全復活を果たす。


 「すごい!さすが母さん!!あんな状態のタツキさんの意識を簡単に覚醒させちゃった!!!」


 「ふふ、そんなに焦られると私も少し凹むわよ坊や。ところで、人の家の前で居眠りとは随分と変わった趣味ね?」

 

 驚きと共に目を開いて気づいた事実が3つ。


 まず、まだ外が真っ暗だということ。具体的に今が何月何日の何時何分なのかがわからないせいで、どういう経緯で今に至っているのかがわからない。


 2つ目として、僕の意識を呼び覚ました際のやり取りですでに察しはついているとは思うが、僕の隣に集まってきているのはお嬢とシャミノさんであり、二人がここにいる理由は言うまでもない。


 ここがナユリア家の敷地へとつながる門の前だからである。


 そして3つ目が、僕はその門の前で行き倒れたような形になっていて、お嬢に上半身を起こしてもらっている状態であるということ。


 つまり、この3つの情報を合わせると、何時か不明の深夜、僕は他人の家の門の前で倒れていて、その家の住人である女性二人に発見されたということになる。・・・まるで酔ったサラリーマンだな。


 「とりあえず私の家まではたどり着けたようですねタツキさん。まさか家の前で寝ているとは思いもしませんでしたけど、王都のどこかで倒れているなんてことにはなっていなくて、ひとまずは安心しました。」


 ん?家の前で倒れていたなんていう異常事態に対して、安心するという異常な思考回路。いよいよこの娘は頭がいかれ始めたのか???・・・いやさすがにそれは暴言が過ぎるか。じゃあどうして平然とこの状況を受け入れて・・・。って、


 「ああ、そうか!!!なんとか魔術の効果が切れるまでにここにたどり着かないとと思って全力疾走をして、なんとか家の前までは来れたのに中に入る方法が思いつかなくて・・・。」


 そしてそのまま魔術が切れて、その瞬間身体から力が全部抜け落ちていって全く動けなくなってしまい、同時に襲い掛かってきた疲労感に負けて意識まで抜け落ちてしまった、という状態だったんだ。今思い出したわ。


 「その言い方だとまるで、坊やが最初からここを目指していたように聞こえるけど?」


 「あー、えっとね母さん。色々あって説明できていなかったんだけど、魔獣の襲撃とは別のところでタツキさんにも大変なことが起きていてね。それでその大変なことを解決するために、タツキさんをうちに招いたの。」


 そう、お嬢が立てた作戦を実行するために、僕は王宮に帰るのではなくナユリア家にお邪魔することになっていた。でもそれだと一つ作戦通りに進んでいないことになっているのでは?


 「お嬢、宗次はどこにいる?」


 「・・・それが、ソージはタツキさんの言っていたレナさんとやらと話があるそうで、今日は村で一日過ごしているはずです。」


 「あいつが玲那と一緒にいる?」


 宗次が僕ではなく玲那に肩入れをしているという事実が、いやに胸をざわつかせる。どうしてあいつは僕を裏切ってまで玲那の味方をするんだよ?わからない、さっぱりわからない・・・。


 「あら坊や、まるで自分の女が親友に寝取られたかのような顔をしているわね?そういうの、『嫉妬』っていうのよ。よーく覚えておきなさいな。」


 「そ、そんなんじゃないですよ!ただ、今までずっと僕の味方だったはずの宗次が、なぜかずっと僕を敵対視しているような気がしてどうも釈然としないというか。」


 意地悪そうな笑みを浮かべて茶化すシャミノさんに少しイラついて、思わず声を荒げてしまった。


 「まあまあ、少しからかっただけでそう怒らないでちょうだい。」


 「母さん、今のタツキさんをからかうのはあまり感心しませんよ?彼は今、ソージのことも含めて、色んな問題に直面していてピリピリしているんだから。」


 僕の上半身を支えてくれている可愛い女の子からのフォローに、血が上りそうになっていた僕の頭が沈静化する。


 ともあれ、こんな暗い中、家の前で立ち話というのも近所迷惑だろう。家に上がらせていただきたいのだが。



 と思い、支えられた上半身に力を込めようとした時だった。


 「・・・あれ?」


 自分の身体が、自分の意思では全く動かせなくなっていることに気が付いたのは。


 「やれやれ、随分と無茶をしたんじゃないかしら?」


 「う、嘘だろ・・・?身体が一ミリも動かない・・・?」


 僕のその様子に気づいたお嬢は、僕の身体を一旦地面に降ろし、左手をこちらへとかざしてきた。

 すると突然、彼女は自身の手と僕の身体を緑色の光に包みこんだ。おそらくこれもまた魔術の類だろうと思い、何も言わずにお嬢の様子を見守ることにする。


 「私がさっきかけた魔術は、タツキさんの運動能力を風が補助してくれるだけの魔術ですから、決して麻酔のような効果ではないんです。要は、ここまでたどり着けたのは残っていたタツキさんのスタミナの賜物だってことです。ですのでタツキさんの身体が全く動かないということは、本当の本当に今のタツキさんに残っているスタミナはゼロに等しいということでしょうね。」


 左手に光を宿しながらお嬢は屈託のない笑顔を僕に見せる。いったい彼女は僕に何が言いたいのだろうか。


 「タツキさんは言葉通り己の持てるすべての力を使って、今ここにたどり着きました。助言と手助けこそ私も少しはさせてもらいましたけど、これはタツキさんの力で成し遂げたと言っていいのではないですか?」


 「あ・・・。」


 彼女がわざわざそんなことを僕に言うのは、作戦開始前に交わしたある会話がきっかけだろう。


            *     *     *


 「・・・お嬢、ありがとな。」


 「な、なんですか急に?そんなにしおらしくなっちゃって。・・・色々あったとは思いますけどとりあえず今は先のことを考えていかないと仕方ないですよ。」


 一通りの作戦の説明を受けて、もうこの手しかないと思うくらいに感動した僕は、隣に座っていたお嬢に心からの感謝を述べた。


 そしてそれは同時に、またもや他人に問題の解決を任せきってしまったという罪悪感も生み出すことになった。


 「・・・僕一人では結局何もできないんだよ。こっちの世界に来てから色んな人に世話になり、こっちの世界に来る前にも宗次におんぶにだっこだった。きっとそんな僕の甘えを神様は許さなかったんだ。いい歳して一人で何もできない僕に天罰を与えたんだ。だから僕が最も大切にしていた人たちとのつながりが全て絶たれてしまったんだ。

 あの叫び声に気づいて君が来てくれなかったら、僕は魔獣に襲われて死んでいたかもしれない。

 ・・・自分一人では何にもできない!自分の力だけじゃ何一つ!!!・・・何一つとして満足にできやしないんだ・・・。」


 「・・・はあ、随分とまた弱気な発言ですねー。これでは、同じマイヤ様の護衛としては不満ですよ私!」


 僕の軟弱姿勢に嘆息する彼女の台詞の中から、僕の記憶の中には存在しない新しい情報がもたらされる。

 

 「護衛?僕が姫様の護衛なんてやっていたのか・・・?」


 「そうですよ、将来的にタツキさんが修業を終えて一人前になったら二人で一緒にマイヤ様を護ろうという話になってたんですからね!?」


 これはなかなかにショッキングな情報だった。一体記憶を失う前の自分はどんな神経で姫様の護衛だなんて名乗っていたのだろうか。こんな戦う力もなく、むしろ護られる側の人間であろうこの僕が。


 「・・・いやでも君がいるんだから僕の力なんて必要ないだろう?自分の望みすら自分の力で叶えられない未熟者なんだ。そんな人間が他人を護るなんてそんなこと・・・。」


 「・・・なんか今のタツキさんと話しているとイライラしてきますね。あーすっごいイライラします!あー!!!うじうじうじうじ鬱陶しい!!!」


 僕はただ思っていたことを口にしていただけなのに、結果としてそれがお嬢の怒りの導火線に火をつけてしまったらしい。今思えば、こんなネガティブなことばかり聞かされていたら誰だってこんな気持ちになるだろうに、当時の僕は全くもって彼女の気持ちに気づくことはできていなかった。

 余裕のない人間いうのは実に傍から見ると哀れなものだ。


 「ちょ、急に大声を上げるなよ!?」


 「いいですか!?自分の力を過信してなんでもできる気になっているのも問題ですが、自分のことを過小評価して縮こまってばかりでも問題なんですよ!特にこんなトラブル続きの時は後者の方がよっぽどたち悪いです!そうやって何もかも自分のせいにして悩んでばっかりでは、うまくいくものもうまくいかないんですよ!!!」


 「いや、僕が言いたかったのはそういうことじゃなくて―――」


 「いいえ、違いません!!!どうせ今も、私に頼ってばかりで自分一人だったら何も行動できなかったとか言うつもりなんでしょう!?」


 「・・・実際身体はこの通りだし、自分一人じゃ動けもしない状態だし?」


 「いやまあそうだけど!・・・はあ、なんかこういう人相手にするとこっちも気が滅入りますよ・・・。」


 本当にこの時の自分は、いつも以上に人の感情を逆撫でするのが上手だと思う。わざわざ自分のために説教してくれる人間に、ここまで卑屈で憎たらしい返しがよくもまあできたものだなと、呆れが回りまわってむしろ誇れるような感情すら沸き起こる。


 「え、いやなんかごめん。」


 「・・・そもそも、この問題を解決できるかどうかもわからないような作戦しか私は立てていませんし、その作戦を実行するのは、他でもないあなたであり、あなたの力ででしかできないんです。ですから今は自分の非力さを嘆いている場合じゃないんですよ?」

   

 「でも自分の身体すらろくに動かせないんだ。これを非力と言わずしてなんというんだ?」


 「・・・動かせないというのは、本当に身動き一つとれない状態を指すんですよ。そんな風に手先が動いたり、転がる運動ができる状態のことは言いませんからね?それだけ動けるんだったら、まだ王都の門から私の家くらいまでなら自分の力で動いて帰れるくらいのスタミナはあるはずです。」


 「は、はあ?んなもん無理だって!そんなことができるスタミナが残っているんだったらさっさと起き上がってるっつーの。」


 「・・・もし本当にあったら、その自分の足で本当に門から私の家まで自力で行ってもらいますからね?」


 「ああ、行ってやろうじゃんよ!!!それで、どうやってその力が残ってるって証明するんだ!?無理だろう!?」


 「・・・あまり私を甘く見ないでくださいよタツキさん?一応これでもあのナユリア家の長女ですからね?」


 しっかし、よくもまあこんなテンプレのような誘いの乗り方したよなあ僕。ただでさえこの世界は僕の常識を軽々と上回る事象を次々と見せつけてきているというのに、どうして自分の中の常識で物事を判断しようとしてしまったのだろうか。


 とにかくそれでさっきの師匠との再会につながるってわけよ。


            *     *     *


 「あなたは自分の力を過小評価しすぎです。人間本気を出せば、そんな状態になるまで動けるんですから。」


 「君の言葉を甘く見てたよ。・・・力を本当の意味で使い果たすっていうのはこういうことなんだな。」


 本当に自分の力で走ってここまでたどり着いてしまったことが、ちょっと前のあのお嬢のお説教の説得力を高める結果になってしまった。


 「ダメだダメだと自分を追い込むことが一番ダメだと、よく私はお爺様から叱られました。自分であれこれ悩んで迷走して、それが空回って取り返しのつかない事態を招いてしまう。」


 辛そうな顔で語られるお嬢の話は妙な現実味があって、それが僕の精神を深く抉る。


 「一人で抱え込むのはもっとも避けるべき愚策です。かといって常に他力本願で生きるのもそれはそれでよくないです。

 ですから、他人の力を借りながらも自分の全力を出し切るのが一番いい気がしませんか?人に頼ってしまった不甲斐なさも、自分は全力を出し切ったと心の底から言えるなら、少し気持ちが楽になりませんか?不甲斐ない自分を許してあげられるような気に少しはなれませんか?」


 それは、今まで人に頼りきって生きていることに負い目を感じていた僕にとって、救いの言葉のように聞こえた。


 これこそがこの先僕が胸を張って生きる方法なのではないかと。一人では何もすることができない自分が、この先自分のことを嫌いにならずに済む方法なのではないかと。


 この言葉をそんな風に捉えることができたのは、正真正銘自分が今できることをやりきったと納得ができているからだろう。

 きっと暗闇の草原で寝ていた時の自分がこの言葉を聞かされたところで、何一つ心が打ち震えることはなかっただろう。

 

 「まるで僕よりもだいぶ年上のように感じるな。これはもう、お嬢なんて呼び方も考え直さないといけないレベルだ。」


 「そりゃあマイヤちゃんの護衛なんていう光栄な仕事を与えられているくらいだもの。あれくらいの強い精神力を持たないとやっていけないわ。」


 そのできた娘の人間性を自慢するかのように、母親はそう口にする。


 そんな僕と母親からの称賛の言葉を受けたお嬢は、照れくさそうに下を向いた。そしてそこでようやく自分が魔術を発動させようとしている途中だということを思いだしたようだ。


 「おっとといけない。もうそろそろタツキさんを家の中に入れてあげないとかわいそうですね。


 それじゃあ行きますよ!いっち、にの、さん!!!」


 「え、あ、ちょっと!ってうわああああああああああああああああああ!!!!」


 緑の光を宿した左手を振り上げると同時に、同じく緑の光を宿していた僕の身体が浮上した。

 そしてその振り上げた左手を家の玄関の方角に振り下ろす動作と同時に、僕の身体は玄関に向かって空を切った。 


 「私もだいぶ魔力を使いすぎてしまっているので、こんな雑な形になっちゃいましたがご勘弁を!!!」


 「ああああああああ!!!!止めてえええええええええ!!!!!」


 夜中に大迷惑な大声を上げたのも空しく、僕の身体はそのまま玄関の扉に向かってその勢いが殺されることもなく激突するのであった。

 

 ていうか、今の絶対今のお嬢の照れ隠しだろ・・・。


 「さ、幸い・・・。ドアが壊れて・・・。その瓦礫に埋もれることが・・・。なくてよかっ・・・た。」


 運よく家主に発見されたことで覚醒した僕の脳は、その強い衝撃を理由に再び深い眠りについたのだった。


 「ごめんなさーーーーい!!!ちゃんと手当は行うので許して下さーーーーーい!!!」


 背にその犯人の反省の言葉を浴びながら。


            *     *     *


 「色々考えてみると、坊やの全力は全くの無駄よねえ?」


 「無駄とはまたずいぶんな評価ね母さん。」


 傷ついた男をリビングにある柔らかなソファまで運んだナユリア家の女性二人はその後、今日一日の疲れを湯船に共に浸かることで癒していた。

 ナユリア家の浴場は、長風呂が好きな女性陣と水遊びが好きな子供たちの要望で必要以上に大きく作られている。浴場をたった二人で占領するには気が引けるほどだ。

  

 そんな大きな浴場に二人並んで浸かる親子の姿は、親子の仲睦まじい関係を表しているようで、見ている者の心をほんのりと温かくしそうだ。実際にその様子を見たのが男性だったら、温かくなった心が身体ごと冷やされることになるだろうが。


 「だってそうじゃない?あなたが彼を背負って空を駆ければ、あんなに身体を酷使する必要もなかったでしょうに。」


 「そりゃあ、そうした方が手っ取り早く済んだよ?でも、彼のあの荒んだ心を治す労力も込みで計算したら、こっちの方が断然お互いにとって楽だったと思うな。それに、私の魔力も体力も温存できたしね。」 


 「結果的に魔獣討伐も早く片付いたし、私たちにとっては楽だったわよ。でも、坊やはこの先結構大変だと思うわよ?あんな状態、あなたたちは全力を出し切ったなんて言葉で表現してたけど、とても普通の状態じゃないわ。あんなの、とっくに身体の限界なんて超えてるわ。」


 「・・・あれくらいにまでしないと、きっと彼は彼自身を許すことができないんじゃないかと思って。記憶を失うなんて経験はさすがにないけど、その出来事がタツキさんにどれほど大きなダメージを与えたかは、あの暗闇の中で彼の顔を見たときにすぐわかったもの。」


 数時間前の記憶を思い返して、短髪の娘の表情に再び影が差さる。それほどに、あの暗闇の中で出会った時のあの青年の顔は絶望という色一つに染まっていたのだろう。


 「感情的で何より人間らしいものね、坊やは。」


 「タツキさんはマイヤ様に記憶喪失のことがバレるのを恐れている。それは単なるマイヤ様への配慮とも言えるけど、それ以上に恩人のことを忘れてしまった自分自身への嫌悪も混じっていたのではないかと思って。」


 「その想いをかき消すためにあそこまで無茶をさせたっていうの?我が娘ながら、なかなかの荒療治ね。」 

 

 「ああいう人ほど、自分を許せるハードルって高いのよ。だから、あれくらいでちょうどよかったの。・・・まあ扉に向かって放り投げたのは完全に無意味だけど。」


 投げた本人自らがあの行為を無意味と断言し、湯気が立ち込めるその空間に二人の笑い声が響き渡る。


 「でも、それも仕方ないわよ。だってさっきまでの戦闘で、もうほとんど魔力尽きているじゃないの。明日一日は安静にしていてもらいますからね。」


 「別に明日・・・いやもう今日か。今日はそんなハードなことをするつもりはないわ。ただ、あそこまで本気で頑張ったタツキさんの努力に少し応えてあげようかと思ってるくらいだから。」


 「あらあら、世話焼きなのはいいけれど自分の身も案じなさいな。坊やの力になるのだったら私も一枚かむのを厭わないわよ?」

 

 母親からの労りの言葉に少し口角が上がりつつも、それ以上に母親のあの青年への助力を惜しまない姿勢への疑問に意識が集中する。

 

 「・・・母さんこそ、やけにタツキさんに肩入れするのね?」


 「なんだかあの子ってほっとけないじゃない?母性をくすぐられるというかなんというか。」


 しかし、自分が抱く感情と同じものを発端としていると知り、いらぬ勘繰りだったかと謎の一息を入れる。


 「なんかそれわかる気がする。マイヤ様がタツキさんのことを気にかけているのもそういうことなのかしらね、母さん?」


 「さてさて、それはどうかしらね。・・・少なくともこれがあの人の望みなのは確かなのでしょうけど。」


 と思ったのも束の間。遠くを見つめて今この場にいない誰かを思う、母の不安と心配を混じり合わせた顔を視界に捉えることで、先ほど抱いた謎の感情に誤りがなかったことが証明される。


 「あの人って?」


 「・・・いえいえ、なんでもないわ。私は先に上がるわ。サラはどうする?」


 「あ、私ももう上がる!」

 

 その追及を拒絶するように浴場を後にする母に置いていかれまいと、緑髪の女性もまたそれに続く。

 

 こうしてナユリア家にもまた、遅すぎる一日の終わりが訪れたのだった。

次回で2章最後の予定です。

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