表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
科学と愛は冒険の始まり  作者: トレア
第2章
35/72

2-20 困惑

 僕が最後に玲那を見たのは中学の卒業式。それ以来一度も彼女の姿を目にすることはなかった。自宅の距離もそこまで離れていないはずの僕らが、あれから一度も会うことがなかったのは、お互いがお互いに会わない努力をし続けてきた賜物だろう。こんな報われない方が報われたんじゃないかという馬鹿みたいな努力を。


 それでも目の前に立っている一人の女性を一目で玲那と見抜いたのは、やはり毎日毎日彼女のことを考え続けてきた僕の努力の賜物だろうか。どれだけ笑顔の彼女を頭に蘇らせても最後には必ず涙を流しながら僕に背を向けて走り出す姿になる悪夢を、毎日頭の中で無限再生してきた結果だろうか。

 

 「ど、どうして樹君がここに・・・?」


 僕の記憶の中にある彼女は、髪は肩ほどまで伸びていて、背も僕の耳元くらいまではあったはずだ。でも今目の前に立つ彼女は、僕の肩ほどまでしかないし、髪も肩甲骨あたりまで伸びている。それに言葉ではなかなか言い表せないが、なんというかこう、大人になったという表現がぴったりと合う、そんな女性になっていた。未だにどこか昔の幼さが残っているように思うが、こう身体のシルエットや長く伸ばされた髪、そして彼女の表情から溢れ出る大人の色気のようなものが、僕が知っていた彼女とは別物だということを痛烈に思い知らせてくる。


 それでも、白を基調としたファッションに、動きやすさを重視した短パンニーソを貫いている彼女の変わらないファッションセンスや、どこか安心感を与える落ち着いた声、大人の落ち着きのようなものを放ちながらも全身から溢れ出る柔らかいオーラが、僕の知っている彼女と目の前の彼女を合致させる。

 自分のことを差し置いて真っ先に他人の事情に寄り添おうとするこの姿勢とか特に。


 だが、それも今回ばかりはその姿に優しさよりも疑問を抱いてしまう。


 「・・・それはこっちの台詞だ玲那。どうして君がここにいる!?ここに来れる人間は僕と宗次以外にはいないはずだ!!!それなのにどうして君がこの世界に・・・!?どうやって!?」


 その疑問を口に出したところで、おのずと自分の中で答えにたどり着いてしまった。

 そして、すかさず僕は背後にいる僕の親友の方へと振り返る。


 「・・・言っておくが、俺は研究所の存在もタイムマシンの存在もあいつには話していない。ただ、あの日お前がタイムマシンに乗っていった後で偶然伊理夜と会っただけだ。」


 取り繕う様子も見せずに淡々と、玲那とあれから会ったというビッグニュースを口にする宗次。そのことへの追及も後々ゆっくりとしていきたいところだが、それよりも今は玲那がここにいる状況への説明が必要不可欠だ。


 「自力で見つけ出したの。天梨研究所。そんな名前の研究所見つけたら、あなた以外に誰も浮かばなかったら。それで中へ入ったらとても大きな装置が稼働していてね、興味本位で触ってみたの。そしたらいつの間にかここへ飛ばされてきちゃったみたいで・・・。」


 「偶然にあの研究所を見つけたのか!?あんな獣道を何十分も進んだ先にある、あんな辺境の地にあるあの場所をか!?」

 

 ありえない!そんなほいほい偶然見つかるような場所だったら、僕らが活動していたあの数年間の間に誰かに発見されているはずだ!ちゃんと外からじゃ絶対にわからないようにあれこれカモフラージュしてあったはずだし、仮に見つけられたとしても中に入る方法は僕らが作った秘密の抜け道を使うしかないはずなのに!


 「嘘をつくならもう少し信じやすい嘘をつくんだな玲那。約9年間全く関わりがなかった君が、今この異世界で僕の目の前に立っている理由を偶然の一言で片づけれると思うか?」


 「・・・・・。」


 「だんまりを決めこんだところで僕は引き下がらないぞ!?」


 目線を外し俯き始める玲那。僕は彼女のこの動作を過去に何度も見てきている。彼女がこうして俯くときと言えば、決まって何か言いづらいことがある時や、何か我慢をしている時だ。

 そして両手を強く握っているときは、よほど強い感情が内に芽生えている証拠だった。


 「いいか玲那?ここに来ても、元の世界に戻る方法はまだ確立されていないんだ!ここは、興味半分で来ていい世界なんかじゃない!!!・・・ここは君がいていい世界じゃ―――」


 そう言いかけたところで僕は気づいてしまった。玲那の身体が小刻みに震えていることに。こんな彼女の姿は今まで見たことがなかったが、こんな姿をしているときに人はどういう感情を宿しているかわからないほど、僕は馬鹿じゃなかった。


 「じゃあなんで君はここにいるのよ!?なんで君ならよくて私がダメなのよ!?じゃあ説明してよ!ここはどんな場所で、どうしてあんな機械があって、どうして君がここにいるのか!!!」


 気づいたときにはもう遅く、僕は彼女の頭の中を完全にパンクさせてしまった。声を荒げて僕にまくしたてる玲那は、かつてない怒りの感情を浮かべて僕の目を視線で貫いている。


 そしてそんな玲那を見て、僕は今の自分の発言に誤りがあったことに気づいてしまった。


 ・・・玲那は興味半分なんかでこの世界に来てはいないはずだ。普通、偶然タイムマシンを起動させてこちらの世界へとたまたま来てしまったのなら、宗次のようにあたふたしていたはずだ。

 だけど魔王さんの話では、玲那は魔王さんの家に飛ばされていたはずで、魔王さんが出会った頃から真剣で険しい顔をしていたと言っていたはずだ。

 興味半分だったら、動揺や焦り、戸惑いという感情が出るはずなのに、玲那は最初から真剣な表情をしていたんだ。まるでどんな異常事態がこの先起きても覚悟ができていたかのように。


 「・・・私だって。」


 かろうじて拾えるようなか細い声でそう言った玲那は、すでに握られていた拳をさらに強く強く握りしめて、その後に続く言葉を飲み込んだようだった。


 その動作が一体何を意味しているのか、そんなことを考える余裕なんて僕にはなかった。


            *     *     *


 僕と玲那の約9年ぶりの再会が思いもよらぬ方向へと進んでいきそうな雰囲気を漂わせている中、それまではなぜかBGM化していた爆音や魔獣たちの鳴き声が、沈黙をきっかけにようやく僕の耳へと届いてきた。 


 「・・・!そうだよ!魔獣が攻めてきてるんだよ!!!早く避難しないと!!!」


 「御心配には及びませんよ勇者様。攻めてきた魔獣たちは、魔獣戦線の方たちとレージ様が討伐に当たっています。あの5人がいれば魔獣たちの侵攻も食い止められるはずです。いざとなったら私もいますし安心してください。」


 そして、玲那との再会で完全に影が薄れてしまっていた赤髪の美女がここでようやく口を挟んできた。こんな綺麗な子にも戦う力があるのか。なんとも過酷な世のなk・・・。


 ん?でも確かこの世界で戦える人って少ないはずだってさっき王様が言っていた気がするんだけど・・・?


 「ですから今は、何も心配をせずに久々の再会をお喜びになったらどうですか勇者様?」


 そしてこの何度もさっきから呼ばれるこの『勇者様』というフレーズ。この言葉で呼ばれるたびになぜか心が震え、脳が警鐘を鳴らしているような錯覚に襲われるのはなぜだろうか。


 いや、まさかとは思うけど。そのまさかなのか?


 「・・・とにかく樹。お姫様の言う通り、今はしっかり伊理夜と話をするべきだろうがよ。伊理夜も一回頭を整理しろ。」


 「・・・でも蒔田君。私は。いったい私は・・・。」

 「え、姫様?姫様って一体・・・?」


 ・・・いや、もうそろそろ現実逃避はやめた方がいいだろう。宗次が最初に「お姫様の護衛」という言葉を使っていた時点で薄々は感じていたんだ。過剰なまでに僕を心配してくれるし、なぜか聞き覚えのあるようなこの優しく透き通った声、今日その人の目の前で僕が連れ去られたという事実。



 ああそうか、僕の記憶は・・・。姫様との記憶だけは会っても戻らなかったんだな。


 いやなぜだか確信はなかったんだけど、姫様との記憶だけはそんな簡単に戻るような気はしていなかった。真実はどうであれ、婚約なんて言葉が出てくるほどに親しかったはずの姫様。でも魔王さんに眠らされた時に夢の中で出てきたのは姫様じゃなくて玲那だった。

 偶然を疑ったけど、王様や魔王さんの話を聞く限りだと僕も彼女のことが好きだったんだと思う。それなのに玲那の方が夢に出てきたのは、玲那への想いの方が強かった。・・・のではなくて、姫様との記憶も姫様への想いも、全てがその時点ですでに消えていたんじゃないかなって。


 そう考えるときっと姫様との記憶だけは、再会しただけで戻ってくるほど軽い封印じゃないなって、そんな気がしていたんだ。


 「私もどうしたらいいのかわかんなくなっちゃったよ・・・。」


 婚約をするまでの仲であったはずの姫様との記憶は封印され、ずっと一途に好きでい続けてきてその想いを成就させるためにタイムマシンまで作って、そこまでして一緒になりたかったはずの玲那がなぜか今目の前にいて。そしてなぜかその想い人は今、膝から崩れて嗚咽をこぼし始めていて・・・。


 「・・・後はお前の意思でしか先には進めない。俺ももう何も言えない。全部お前次第だ、樹。」


 そして今一番助けを求めたかった親友からは、なぜか怒りを語気に含ませて冷たく突き放されてしまった。


 「勇者様。」

 「樹。」

 「・・・樹君。」


 

 は!?こんなもんいったいどうしろって言うんだよ。訳がわっかんねえ。なんでこんな状況になってんだよ?なんで誰も僕を助けようとしてくれる人がいないんだ?どうしてこんな孤立無援な状況に陥っている!?


 僕が一体何をした!?なんで僕の記憶は失われないといけなかった!?なんで再会しただけでそんな悲しそうな涙を流されないといけないんだ!?なんで何もかもが混乱している中で親友に冷たくあしらわれないといけないんだ!?


 なあ、僕が一体何をした!?今日一日で僕の運命はどうしてこんなに変わってしまった?


 なあ、教えてくれよ。誰か。誰でもいいから教えてくれよ。どうしたらいいのかわかんなくなっただと・・・?


 そんなもん、


 「僕が一番知りてえよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 村中に響き渡る絶叫を上げて、僕は村の先に広がる暗闇へと消え去ることを選んだ。 


            *     *     * 

  

 未だ止むことのない魔獣たちの咆哮。その中でもずば抜けて迫力のあるものが上空から聞こえてくる。が、そんな違いなんて全く気付かない、いやどうでもいいという表現が正しいだろうか。僕はただひたすら暗闇の中を走り続けている。

 一体僕の身体のどこにそんな体力が残っていたのかという疑問が残るが、それでも僕の足は決して止まることをしようとはしない。


 「はあ、はあ、はあ、」


 気が付けば見渡す限りの暗闇。まるで気を失っていた間に見ていたあの夢の光景のようだ。



 魔獣、心臓の鼓動、大地を蹴る音。聞こえてくるのはただそれだけのはず。なのに脳内ではさっきまでのあのやり取りがオートリピート再生されていて、僕の思考を全て奪い去っている。


 結果的に僕はあの十数分の時間の中で、何の有益な情報も掴むことができなかった。

 得られたのは、この世界に来てからの僕に大きな影響を与えたはずであろう姫様との記憶修復に失敗したという事実と、伊理夜玲那が本当にこの世界に来ていたという確認、・・・そしてその彼女の登場がますます僕の脳内を急激に圧迫し始めるだろうという暗雲立ち込める未来の暗示。


 わからないのが、玲那がここに来た理由、宗次の突然の怒り、記憶が戻らなかったという最悪な事態を抱えた状態での姫様との付き合い方。これに尽きる。


 「何が・・・はあ、はあ。どうしたらいいか・・・だよ!んなもん・・・こっちの・・・台詞だろうが・・・はあ、はあ。」


 ようやく完全な限界を迎えたようで、僕の足が上体を支える仕事を放棄して地面に倒れ込んでしまった。その衝撃を足元の草むらが緩和してくれたおかげで怪我には繋がらなかったが、どうやらここから動くことはしばらくの間はできそうもない。


 「はあ、はあ。ゲホッゲホッ!!!」


 満身創痍とはまさにこのことを言うのだろうか。でもこの感覚は特に珍しい感覚ではないな。つい最近・・・何なら昨日までずっと師匠との剣術修業の後はこんな感じだったような気がする。ただ疲れるだけじゃなくて、怒った時に飛んでくる肩への強烈な竹刀擬きの一撃がかなりヘビーなんだよなあ。


 「・・・ちっ。こんなこと思い出せたって何の役にも立たねえよ。」


 思い出さないといけないことがいくらでもあるってのに、こんなしょうもないことしか出てこないのが実に腹立たしい。

 

 ・・・でも不思議といつもあの剣術修業が終わった後のことを思えば頑張れていた自分がいたような気がするな。何かご褒美でもあったんだっけか。こんなニート野郎があんなハードな修業にも耐えていたんだ。きっと相当いい対価があったに違いない。


 それが思いだせないってことは、これは姫様関連だったってことなんだろう。


 「よくわかんないけど、もしそんなご褒美があったんなら今受けてみたいもんだな・・・。」


 そう独り言をこぼしても、答えてくれるのは魔獣だけ。視界に広がる夜空も、背中から漂う草花の香りも僕の期待には応えてくれない。


 いっそこのまま魔獣の餌にでもなった方が気が楽だったりしてな。なんてブルーな気分の主人公なら呟くのかもしれないけど、僕はまっぴらごめんだ。だってこのまま死んだら、本当に僕は何のために今まで生きてきたのかわからない。

 ただ多くの人に迷惑をかけた。宗次と玲那を結果的に僕の研究に巻き込んで、こんな異常な世界へと連れてきてしまった。この世界の人々にもたくさんお世話になってしまった。記憶がないからわからないけど、間違いなくあの姫様には多大な恩があるはずだ。・・・自惚れちゃいないけど、きっと僕が死んだらその人たちは悲しんでくれる。迷惑をかけてきたその人たちにまた迷惑になる。他人に甘え続けてきた人生だったんだから、最後くらい誰かに恩を返したい。それくらいの善の心はまだ備わっている。

 どれだけささくれ立っていても、まだこんなことを考えられるだけ、まだ自分はマシな人間だと思いたい。


 ・・・そんなことを考えていないと、自分が好きだったかもしれない女の子とずっと好きだった女の子を泣かせてしまった自分の罪深さに苛まれて死にたくなる。


            *     *     *


 玲那と言い合いをしたのはあれが初めてだった。あの事件の時は一方的に拒絶されただけで、僕から何か言葉を荒げることはなかった。まあ、あんな場面で僕が言葉を荒げてたら、いよいよ僕は人間として終わっていたと思う。


 そもそも僕らの意見が対立したことなんてなかった。常に僕らはお互いが良き理解者であったし、一緒に遊んでいた時も、2人で食事に行っていた時も、喧嘩なんて一度もしたことはなかった。意見の対立というよりは、僕が他の意見を持っていたとしても彼女はそれを尊重して受け入れてくれていたから対立しなかったという方が正しい。


 だからそれが余計に、さっき感情を爆発させて僕にああやって文句を言ってきたことが心に刺さったんだろう。僕の知らない間に彼女がどのような人生を送ってきていたのかは知らないが、彼女の持つ優しい雰囲気は変わっていなかったし、決して僕と離れてから気性が荒くなったなんてことはなかっただろう。


 彼女が見せた初めての反抗。その理由がわからないだけに、その涙の理由もまたわからない。こうして冷静に分析する時間を与えられた今でさえそれがわからないんだから、逃げ出していなかったらどんな悲惨なことになっていたのか容易に想像できる。


 「いや、玲那はこの世界に来たということ自体が予想外なんだ。今更どれだけ予想外なことを彼女が生み出したとしても、これ以上の衝撃はないだろ。」


 そう、存在自体が予想外だったんだから仕方がない。


 問題は、突然予想外の行動に出たあいつの存在だよ。


 「僕の記憶が忘れているところで宗次と喧嘩したのか・・・?」


 いや、宗次との記憶はばっちり最新のところまである。昨日の剣術修業が終わって解散するところまでしっかりと記憶に残っている。その中で僕が宗次の機嫌を損ねるようなことをした覚えがない。


 となると、何か隠し事がバレたとか重大な勘違いをされているとかそう言った類しかないと思うんだが、記憶が完全に復活していない以上どちらも否定しきれないというか。


 思えば、何か重大な問題が発生したときにいつも助けてくれていたのは宗次だった。中学の頃は、いつもあいつに恋愛相談に乗ってもらっていたし、そもそも友達と呼べる友達があいつしかいなかった。

 僕が何か間違いを犯していたらそれを正すのが宗次だったし、何か必ず言い合いになるのも宗次だったし、そのたびにいつもその言い合いを制すのも宗次だった。僕は宗次にそう言った人間性の理解という分野において勝てたことが一度もない。そんな実績もあって、悩み事は基本的にはいつも宗次にしていたつもりだった。

 ・・・この世界に来てから何か大きな喧嘩をした記憶はあるんだけど、何で喧嘩していたのかはいまいちよく覚えていないんだよなあ。ということは十中八九、姫様がらみなんだろう。


 「その頼みの綱の宗次が今回使えない・・・と。」


 それが今回のこのイベントの難易度を爆上げしているのは間違いない。



 ・・・ということは、まず宗次を攻略するのがこのルートでの最重要課題になるのではないか?

 現状、宗次が怒っている原因はよくわかっていないし、その原因はもしかしたら解決可能であるという可能性は十分にある。・・・少なくとも姫様との記憶を取り戻すとか、幼馴染の何から何まで原因不明な行動を一人で究明していくことと比較すると、難易度が天と地の差といえる。


 「・・・うん、少しは希望が見えてきたぞ!」


 攻略へのとっかかりはとりあえず決まった。あとは宗次へのアプローチ方法と、


 「この魔獣戦争だよ。これが終わらないとおちおち話もしてられない。」


 ということは、まずこの場まで連れてきてくれた魔王さんと合流するしかないか。姫様との記憶が戻らなかったという報告もしなければいけないし、戦況も知りたいところだし。


 「よし、思い立ったらすぐ行動だ。それが僕の行動原理だからな!」


 息がようやく整ってきたし、さっさと行動を開始しようと上体を起こし、夜空にさよならを告げようとしたその時、


 「はふん。」


 僕の膝が人生最大の大爆笑をしている事実を突きつけられることになった。


            *     *     *


 未だ止むことのない魔獣たちの咆哮。その中でもずば抜けて迫力のあるものが上空から聞こえてくる。が、そんな違いなんて全く気付かない・・・と思ってた時期が僕にもありました。


 『あのでかい鳴き声、ヴァグ公のやつだろ!!!』とようやく気付いた僕は、プルップルで動かない僕の足に愛想を尽かし、現在何とか頑張って腕の力を使って匍匐前進のような動きをすることでじりじりと移動中。聞こえてくるひときわ大きい咆哮を頼りに何とか少しずつ目的地へと進んでいるのだが、先が何も見えない。


 これをすでにかなりの時間行ってきたと思うのだが、果たして今僕はどこで何時何分の時間を生きているのだろうか。全身もすでに疲労の限界を迎えている。こんな真っ暗闇の草原で独りぼっちという状況は、よくよく考えるととんでもなく危険ということに気づいたので、早く魔王さんに会って身の安全を保障もしてもらわないといけないのだが。


 「・・・もう、限界だ。」


 両足に続きとうとう両腕までもが戦闘不能になってしまい、とうとう一ミリも進めなくなってしまった。


 「ま、まずいな・・・。これで魔獣に見つかりでもしたら確実にお陀仏だぞ・・・。」


 そう思うのなら、なぜ魔獣の咆哮の方へと動いたのだろうか。今の決断は完全に愚行だったしかいいようがない。自分から襲われる可能性を増やしに行ったようなものである。


 とは言ってもここでバッドエンドを迎えるにはいかない。いくら何でもこんな何も解決しないまま色んな人を巻き込むだけ巻き込んで死ぬわけにはいかない。このままじゃ、僕の人生何だったんだという疑問しか残らない。


 「まだ・・・。僕にはまだやらないといけないことがあるはずなんだ・・・!」


 特に才能があるわけでもなく、そんな人に褒められるような人間でもない男がこの期に及んで何をほざくのか。自分で自分に呆れながらそう内心でツッコミを入れる。


 ・・・思えば、誰も僕を探しに来てはくれないんだな。いくら全力疾走をしたとはいえ、運動を最近少しハードにやらされている程度の人間の所業だ。僕を探そうとしてくれたなら、すでに見つけられてもいい時間をとっくの昔に超えているだろうに。・・・その婚約者の姫様くらいだったら探しに来てくれるんじゃないかなんてちょっと思っていたのに。


 耳を澄ませても誰かが僕を探しているような声も物音は聞こえない、というより騒音でかき消されている。・・・逃げ出しておいてこんなことを言うのはお門違いにも程があるだろうが、少々薄情ではないか?婚約者に親友に幼馴染という最強の属性を持った3人の人間がいるんだ。一人くらい僕の身を案じて後を追ってくれる人がいたっていいじゃないか!

 ・・・なんなんだよ。結局は全員うわべだけの関係だったってか!?こんな僕みたいなクズにはもはや付き合いきれないってか!!!


 「・・・はは、当然の結論だよな。」


 もはや乾いた笑いしか出てこない。誰に一番恨み言を言ってやりたいかって?そんなもん自分に決まっている。

 どうせ今回も僕が全て悪い。あの場から逃げ出してしまったのがどうせ失敗だったんだ。いつもきまって後になって色々と気付く。もしあの時ああしていなければということが僕の人生にはあまりにも多すぎる。僕の人生は後悔だらけだ。


 「ちくしょうがよ・・・。どうせ僕なんか生きている価値もないクズ人間だろうがよ。記憶も失くして、知らない間に親友からも愛想つかされていてよ。」


 そしてやはり僕の脳は、『いったい僕が何をした』というフレーズを導き出す。もう今日一日で何度聞いたことか。自分の犯した罪すらも自覚できていないということなのだろうか。このフレーズが出た時点で僕はどうしようもない愚か者なのだろうか。


 もう反省する気力もなければ、もとよりそれができる知能すら最初から持ち合わせていない。はは、救いようがない人間だな僕は。


 せめて、こんな不甲斐ない自分に一言恨み言を言うくらいは許してほしい。


 「・・・ちくしょうがあああああああああああああ!!!!!!!」


 人間一人大声で叫んだところで、結局辺りから聞こえてくる魔獣の悲鳴や怒号には敵わない。僕がどれだけ叫んだところで、その声を拾ってこちらへと向かってくれるような勇者はいない。そもそも足音なんて聞こえないんだから誰かが接近していたところでそれに気づくこともない。






 もし、それが僕が住んでいた世界だったらこう考えるのが常識的だったのだろう。


 「タツキさーーーーーーん!!!!!!」


 でもこの世界には魔術があった。そして僕には風魔術を完璧に使いこなすことができる知り合いがいた。

 

 「だ、大丈夫ですかタツキさん!?どうしてこんな暗闇の中で一人倒れているんですか!?ま、待っててくださいね!今マイヤ様をお呼びしてきま―――。ど、どうしましたか!?どこか痛みますか?」


 飛び込んできたのは青緑の短い髪と緑のスカーフを風になびかせた長身の女性。腰に差したレイピアを地面に放り、彼女は猛スピードで僕の隣へと距離を詰めて膝をついた。

 その姿はまるで、僕が昔見ていたヒーローものの主人公のようで、僕の心に与える安心感は計り知れなかった。

 

 そしてその安心感とその純粋な慈しみの声は、すでに力の入らない僕の全身に巣食っていた緊張感を全て取り除いた。


 「あ・・・。・・・ひっく。う、うう・・・。うぁぁぁぁぁぁ!」


 「お、落ち着いてください!もう大丈夫です!私が来たからにはもう大丈夫ですから!何があったのかは知りませんが、もう怖くないですからね!」


 張りつめていたものが無くなった途端、目からとめどなく涙が溢れた。彼女が与えるこのどうしようもないほどの安心感は、無意識に僕の涙腺を完膚なきまでに破壊していった。そう感じるほどに、彼女という存在が僕に与えるものは大きかった。


 「・・・はは。ははははははははは!」


 「こ、今度は笑いですか!?一体何があったんですか!?」


 記憶喪失の問題と宗次の問題と玲那の問題。玲那の問題はともかく、残りの二つの問題の解決に大きく貢献してくれそうな人物が、僕の声をきいてやってきてくれたんだから。 

  

 「お嬢、聞いてほしいことがある。」


 困惑の色を強くする彼女の顔をよそに、僕はひたすら涙を流しながら笑う。ずっと背負ってきた肩の荷を降ろすかのような解放感に包まれながら、ただ笑う。


私の中では、ようやく2章が終わりに近づいてきています。

もう2章だけで約1年くらいやっている気がする・・・。

いつになったら終わるのか・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ