2-18 風雲告げる魔王城
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!!今・・・なんて?」
き、聞き間違いじゃあないよな・・・?今確かに、魔王さんはレナちゃんって・・・。そう・・・言ったよな?
「・・・くっそ!どういうつもりだガルディン!あの子を人質に、小僧の返還を要求するつもりじゃねえだろうな!?」
「ガウ!ガウガウガウ!」
「・・・ちっ!わーってるよ!・・・完っ全にしてやられた!!!!ああああクッソ!!!!!」
魔王さんは、自分の膝を思いっきり手で叩くという自傷行為をして、この現状に不服の意を示している。が、そんなことはどうでもいい。
僕は無意識に魔王さんの両肩を両手でつかんだ。
「あの子って誰なんだ!?」
「・・・ああ!?さっきからごちゃごちゃやかましいな!今はお前に構っている・・・」
「答えてくれ魔王さん!!!あんたが僕に会わせようとしている人は一体誰なんだ!?」
「だから、そんなことは今はどうだって・・・」
「さっきあんた、レナって言ったよな!?間違いなくレナちゃんって言ったよな!?」
僕は、イライラが止まらない様子の魔王さんの目をまっすぐ見据えてその問いを投げかけた。
すると魔王さんは急に、『ギクリ!』と表情が固まった。先ほどまで怒りで煮えたぎっていたはずの彼の汗が、急激に冷え切ったものに変わっていくのが、その表情から容易に見て取れた。
「・・・い、言ってねえし。レ、レイラって言ったんだし!」
「いや嘘下手くそか!!!」
焦りに焦った表情の魔王さんは、そのまま無言で僕に背を向け、もうすでにその全容が見えている彼の自宅へと目線を移した。
「って何自然に僕のことスルーしようとしてんの!?」
「・・・お、俺は何も言わんぞ!彼女のことは誰にも言わないって約束したんだからな!」
その焦りからかとても震えた声で、魔王さんは強硬に黙秘権の行使へと踏み切ろうとしている。
「なんで玲那は王様に連れ去られてしまったんですか?」
「知らねえよ!!!そんなもん俺が聞きてえよ!!!なんで俺が自宅を離れた隙なんてあいつがつけるんだよ!え、何?俺に監視でもついてるわけ!?それともレナちゃんがあいつを呼んだわけ!?・・・もう意味がわかんねえわ!なんであいつはいつもいつも俺の一歩先を進むんだ!!!」
僕の質問に激昂した魔王さんは、再び忘れていた怒りの感情を再燃させて、今度は魔獣の手綱をビシビシと振り回し始めた。それに反応して魔獣はこちらを振り返り、
「グオオオオ!!!」
と大きな咆哮を魔王さんに浴びせる。うん、今のは僕にでもわかる。『痛てえわボケ!!!』って言ったんだろう。
そして今のではっきりした。
「・・・やっぱりあの子っていうのは玲那のことなんですね?」
「・・・・・。」
魔王さんは無言で立ち上がり、すでに自宅に向けて降下を始めていた魔獣の背中から立ち上がり、そのまま自宅と思わしき場所の庭に向かって、
「ブライス!」
と叫んで腕を組んだまま飛び降りていった。おそらくは風魔法の一種か何かなのだろう。あわや地面に激突というところで、足元に強い風が巻き起こり着地の衝撃を無に帰した。
そして魔王さんは、無言を貫いたまま悠々と建物の中へと入っていった。
「いや、『入っていった』じゃねえよ!何逃げてんだよあいつ!!!」
なんて奴だ!自分の陣地に拉致しておいて、道案内もなしに魔獣の背中に置いていきやがった!
「・・・ガルガル。」
完全に『やれやれ』のトーンで、魔獣はその飼い主の行動に呆れを示す声を上げるのだった。
* * *
背中に騎手がいなくなった後も、魔獣は安全運転で自宅へと着陸した。実は内心、魔王さんがいなくなったことで制御が聞かなくなって暴走を始めたり、魔王さんを無事に自宅に送り届けたのを確認して、僕だけこのままこいつに乗せられて別のどこかへ連れていかれたりするのではないかと焦っていたんだけど、それも杞憂に終わって何よりである。
「そう考えると、お前は随分とよく躾けられているんだな。感心感心!」
そう言うと、魔獣は膝を折って、『ガウッ』と一吠えした。どうやら降りろと言ってくれているらしい。
その飼い主とはまるで違った、この丁寧な客人への対応に思わず涙が出そうになるのをぐっとこらえ、僕は心からの感謝を告げながら、久々の地面へと足を降ろす。
魔王の自宅なんて言うから、どれほどの禍々しい気が漂っているのだろうかと想像していたが、魔王の人柄がよく出ているいたってふつーーーーーーーーーーーの家だった。昔話に出てくる木こりが住んでそうな木造建築の家で、その外観は木特有の温かみのある茶色で統一されている。そんなに大きいわけでもないし、せいぜい人が2人くらい住めそうかなと言ったところ。なんて庶民的な魔王なんだ。
とは言いつつも、実は家の周りの方がインパクトは強い。というのは、
「グラアアアアアアアア!!!!」
「キイイイイイイィィィ!!!!」
「ヒヒイイイイイイイン!!!!」
こんな感じに、家の周りが完全に動物園ならぬ魔獣園化しているからだ。一応、柵のようなもので区画整理的なことはしてあるが、正直こんな柵使い物になっているのかと疑問を抱きたくなるほど頼りない。だって、
「柵まで木造かよ!ワンタックルで粉砕されるだろうよこんなもん!」
と大声でツッコミたくなるほど、厚みと高さが魔獣にマッチしていない。どうやら見渡した感じ、さっきまで背中に乗っていた魔獣が一番大きいのだが、それでも他の魔獣も元の世界の動物と比較すると、一回りも二回りも大きいものばかりだ。いやまあそれでも何とかなるのが、魔術なんてものが存在するこの世界の条理なのだろう。
ともかく、このいまいち安全性が保障されていないような気がしてならない柵の近くにいるのはどうも生きた心地がしないので、さっさと中に入らせていただこう。・・・さっきから、やけに禍々しい黒色の馬がずっとこっちを見てきているのが心臓に悪すぎる。
「お、お邪魔しまーす・・・。」
家の中も、別に至っておかしなところはない。見てくれこそ普通だが、中に入るとそこは異空間でした!みたいなサプライズ性も特にない。とりあえずドアを開けて飛び込んできたのは、温かみのあるリビングに、気候が安定しているこの世界で存在理由があるのかすこぶる謎の暖炉。
・・・さっきの馬がタックルしてきたら簡単に崩壊するぞこの家。大丈夫か。
「・・・わからん!意図がさっぱりつかめんぞ!いったいあいつは何がしたいんだ!?」
そしてその部屋のど真ん中に、ドンと陣取っているこれまた木製の大きな机の上で、魔王さんが寝転がりながら手紙のようなものを読んでいる。行儀悪いことこの上ない。
「いやもうどこからツッコミを入れればいいんですか。とりあえず椅子に座りましょ?」
「・・・わからん。全くわからんぞ!ええい、もういい!!!考えるのはやめだ!!!飯だ、飯にしよう!」
そう言うと、魔王さんは転がり落ちるように机から降り、何事もなかったかのように立ち上がって、リビングの奥の方にある台所の方へと向かっていった。もはや何もかもが謎すぎて、言葉をかける気にもなれない。
極限の疲労状態にある魔王さんを無視して、僕はとりあえず椅子に腰かけてみた。椅子はなんとも言えない座り心地で、長時間座っていると腰が悪くなりそうな感じがしてどうも落ち着かない。
そんな不満がたらたらと溢れ出ていると、机の上に置いてあるさっきまで魔王が手にしていた手紙がふと目に留まった。魔王さんがこれを読んで発狂をしていたことを考えると、これはきっとガルディンという僕がお世話になっている王様からの手紙だったのだろう。のぞき見をする趣味はないが事情が事情だ。ちょいと拝借させていただこう。
「どれどれ・・・。」
『―――魔王よ。娘は預かった。返して欲しければ我が宮殿まで来ることだな。はっはっはっはっは!!!
ってこれじゃあどっちが悪者かわからねえじゃねえかよ!確かあいつが言ってた異世界の魔王とやらがこんな感じだとか言ってたっけか。まあいい、とにかくお前の考えていることは俺にはお見通しだ!だからその野望を阻止するために、先に俺が誘拐犯にならせてもらったぜ!
だが安心するがいい!!!とくにレナには手を出してはいないし、そもそも出す理由もない。むしろこのままレナはお前が預かっていて欲しいとすら思っているぞ!だから安心したまえ。すぐにレナは返してやろう。
なーんてこんな書置きをしておいてなんだが、またすぐここにやってくるから文句等があるならその時に直接言えばいい!だからとりあえずは家でおとなしくしておいてくれ!わかったか!? 王様より』
「・・・へ?どゆことですかこれ?」
なんだこの完全にとち狂った内容の手紙は!?誘拐犯がなんでこんな偉そうなの!?おまけに、また来ますって宣言しちゃってるし!完全にお友達感覚ですやん!魔王と王様なんだよね!? わからんって発狂する魔王さんの気持ちもよくわかるわ。
その一方で魔王さんは、台所でなにやら夕飯の支度をしているようで、トントンと物音を立てている。もはやこの人が今どんな気持ちで料理をしているのか想像もつかないんだが。
椅子に座った状態だと何をしているのかよくわからないが、どうやらこの世界でも根本的な料理の仕方は変わらないようだ。ガスがないのを火魔術で補い、水道がないのを水魔術で補っているのか。そして料理の器やフライパンなどはどうやら地魔術で即席で作っているのか。さっき白魔術以外はなんでも使えると公言していただけのことはあるな。なかなかに興味深い。
・・・記憶を失う前の僕はこの光景も日常茶飯事のように見ていたのだろうか。でもこの光景から何か思い出すなんてことはないな。
「その手紙をどけてくれ。机をきれいにしたい。」
両手に山盛りの野菜炒め的なものを乗せた器を持った魔王さんは、急かすように僕にそう命令する。その発言に、夕飯の支度を終えた母の『ご飯にするから、勉強用具をどかして!』と毎日一喝されていた中学時代の青春の一枚が呼び起こされる。
手紙がどかされたことできれいになった机を、魔王さんは器用に風魔術で見えない埃を取り去り、水魔術でその表面を拭くという達人技を、両手が塞がった状態で成し遂げ、きれいになった机の上を夕飯で埋めていく。全くわけのわからない食べ物が出てくるのではないかと身構えていた僕にとって、緑色の葉物が出てきたことは大きな安心感を抱かせた。それとこれまた見覚えのある小麦で作られた茶色の細長い物質、いわゆるパンのようなものが出てきて、この世界と元居た世界の食文化にあまり違いがないことを実感する。
・・・その安堵感と共に後頭部が妙に痛むのは、この感情を以前にも抱いたことがあるということを示しているのだろう。
「ほら、まあなんだ。いろいろ迷惑をかけているからな。飯ぐらいは恵んでやるさ。」
そう呟いて僕の前に座った魔王さんは、土魔術で二人分の皿とフォークを用意してくれた。
「あ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えていただきます。」
そうして、大きな机を2人で囲んだ状態で、ただただ無言の夕飯タイムが始まったのだった。
聞きたいことは山ほどあるはずなのに、僕はひたすら声を発さず山盛りの野菜炒め擬きとパン擬きを口に運ぶ。
・・・昔は食事の時も随分と騒がしくしていたような記憶があるのに、なぜか一言も言葉を発す気にならない。まるで食事中に会話をすることを禁じられているような気分だ。
そうして20分ほど無我夢中で胃に食べ物を貯め込んだところで、器の上の食べ物たちははきれいさっぱりなくなった。魔王さんも、そしてきっと僕も長い間何も口にしていなかったのだろう。ようやく身体が落ち着いた気分だ。
「ここ最近は食料の減りが早いなあ。ついこの前から突然誰かにご飯を振舞うことになっちまったからなあ。」
独り言のように魔王さんはそう口にする。客の分際で晩飯をたくさん食べてしまった僕に対する嫌味か何かかと思い申し訳ない気持ちになったが、当の本人はむしろどこか嬉しそうな顔をしていたので少し安心。
「なんでこんな山奥で一人暮らしなんかしているんですか?」
もっと他に聞きたいことはたくさんあったはずなのに、なぜか僕はこのような問いを投げかけていた。なぜだかわからないけど、無性に彼の人生とやらに興味を抱いてしまったのだ。
「・・・はあ、やっぱりこの質問をするってことはお前も同じなんだな、あの子と。」
「あの子っていうのは玲那のことですか?」
それが思いがけず僕が本当に知りたかった情報へとリンクしたのは幸いである。自分からその話題に触れてくるとは思っていなかったから多少動揺はしているんだけど。
「・・・自分の存在は伏せておいてくれって言ったのは、レナちゃんの方だ。決して俺がお前に意地悪をしたいからなんていう理由じゃない。」
「玲那が自分の存在を公にしないように頼んだ・・・?なんでだ?いったいどういう意図でそんなことを?」
「残念ながら理由は何も話してくれなかった。あんな綺麗なお嬢さんがかなり真剣で険しい顔をしていたんだ、相当なもんを抱えてんじゃないかと思ってな。」
憂い顔で魔王さんは当時の玲那との出来事を語る。玲那との出会いはきっと明るいものではなかったのだろうということはその顔から想像がついた。
玲那が魔王さんとつながりを持っている時点でいろいろと気になる点は多い。でも、そんなことを考えるより前にもっと深刻な問題がある。
なんで玲那がこの世界に来てしまっているんだ?冷静に考えたら玲那がタイムスリップしているという状況自体説明がつかない。そうだよ!おかしいじゃないか!宗次がこの世界に来られた理由は簡単だ。あいつは僕と一緒にタイムマシンを作ったんだから。だからタイムマシンの存在を知っていて当たり前で、その操作方法ももちろん知っている。
けど、玲那はタイムマシンの存在はおろか、あの研究所の存在すらも知らないはずだ。僕や玲那の自宅から遠く離れた場所にある、誰一人今まで近づいてこなかったであろうあの天梨研究所の存在をどのようにして彼女は知ったというのか。あの場所は僕の家族にすら教えていない極秘の場所だぞ?
「・・・教えてください魔王さん。あなたがいつ玲那に出会ったのか。どうして彼女に出会ったのか。玲那が今まであなたに話したこと全部、僕は知る必要があります。」
「それを語る前に、先に俺からの質問にいくつか答えてもらおうか、坊主。」
魔王さんは、警戒心むき出しで僕にそう言い放った。
「なぜあなたにそこまで警戒心を向けられないといけないのか理解ができないのですが。」
「いや、警戒というよりかは確認だ。坊主とレナちゃんの関係を知っておかないといけないと思ってな。・・・どういう意図でレナちゃんが自分の存在を隠したかを俺は知らないからな。迂闊に話してあの子に不利な情報を開示するのは避けたいんだよ。」
魔王さんの発言はごもっともであり、それが玲那を思いやっているが故のものであったから何も言い返しはしなかった。
が、まだそれほど長い時間を共に過ごしていないはずの人間から、玲那との関係性を怪しまれ警戒されるというのはなかなかにストレスを増幅させた。魔獣の背中で揺られていた時のあの情緒不安定だった自分だったら、確実に今頃胸倉をつかみにかかっていたことだろう。
「・・・僕は玲那の幼馴染みです。幼稚園の頃から・・・って言っても伝わらないか。だいたい4歳くらいの頃からの仲です。玲那とはずっと仲良くしていたんですけど、15歳の時にとある理由から絶縁関係になってしまっていて・・・。」
この話を他人に説明するときはどうも毎回気が滅入る。100%僕の方に非があるという事実を改めて自分の中で飲み込まないといけないし、心の奥底に封印していた黒歴史を再び解き放つという行為は、僕の精神面を容赦なくえぐり取っていくからだ。
とはいえ、毎回という表現は自分で使っておいてやけに違和感があるなあ。こんなこと、今まで他人に説明したことなんてないはずなんだけど。後にも先にも宗次に暴露したときだけのはずなんだけど。まるでつい最近何度も説明する機会があったかのような感覚だ。
まさか、その僕の婚約者とやらにも説明したのだろうか・・・?自ら傷口に塩を塗りたくるような真似をしたというのだろうか。
「つまり、坊主が今いくつかは知らんが、坊主が15の頃からそれ以来一度も会話を交わしていないということか?」
「・・・はい。元々この世界にやってきたのも、その絶縁するきっかけとなった出来事をなかったことにしようとする過程で、事故のような形で転がり込んできたわけです。時を遡る機械を発明して、それに乗り込んだらいつの間にかこの世界に来たというような感じでして。」
ある程度簡潔にまとめた僕のタイムトラベリング記を聞いて、魔王さんは呆気にとられている。・・・この表情もやはりどこか既視感がある。どうやらこちらの世界で何度かこの話をしていると考えて間違いないのだろうか。
「具体的にどういう仕組みでそのお前たちの世界からこちらの世界にやってきたかってのはきっと把握してないんだろうな。」
「ええ。過去に飛ぶはずが、なぜか魔術だの魔獣だのが存在する訳わからない世界に飛ばされたんです。僕の方がその仕組みを知りたいくらいですよ。」
「・・・ふうむ。とりあえず先に詫びよう。・・・悪かったな。そんな長く深い付き合いをしていた人間に、まだ出会って数日しか経っていないだけの俺が疑いをかけるなんて、随分な失礼をした。」
机を挟んで向かい合う形で座っている魔王さんは、そう言って深々と頭を下げた。そんな誠意のこもった謝罪をされると、一瞬でもその魔王さんに不快感を露わにしてしまった自分の方がかえって申し訳ない気分になる。
「い、いえ!むしろ玲那のことをそこまで心配してくれている人がいるということに驚きましたよ。いったいこの数日間で玲那との間に何があったんですか?」
魔王さんの問いを、オブラートに包みながら黒歴史を暴露することで凌ぎ、ようやく僕が質問する番が回ってきた。
「・・・2日前に突然やってきたんだよ。俺の庭にインテリアとして置いていた機械の中から女の子がな。」
そしてその僕の質問をきっかけに、魔王さんの一昨日から今日にかけての玲那との物語の幕があげられた。
―――――はずだったのに。
「ボコーーーーン!!!!!!」
玄関口から聞こえてきた破壊音が僕ら二人だけの空間に轟きわたる。何が起きたかわからずに、とりあえず反射的に立ち上がってたじろぐ僕とは対照的に、冷静に机に頬杖をついて舌打ちをする魔王さん。そんな異なる反応を示す僕らの視線の先には、
「―――――よう、宣言通り会いに来てやったぜ、ヘボ。」
悪ガキのように歯を見せて満面の笑みを浮かべた超絶イケメンが映っていた。
* * *
「ようタツキ、元気そうで何よりだ!どうだ、今日は刺激的な一日になっただろ!?」
突然魔王家のドアを蹴破って入ってきた謎の超絶イケメンは、陽気に僕にそう語り掛けてくる。そしてその行為は、
「――――――!!!」
頭の中に巣食っていた靄の一部をきれいに取っ払って行った。
「・・・あぁ。」
その感覚に思わず、立ち上がっていたはずの自分の身体が床に崩れ落ちてしまった。
「っておいおい、そんなに怖かったのかお前?・・・しゃあねえなあ。安心しろ、今家に帰してやっからよ。」
「クランジア王国を治める、見た目は20代そこそこなのに実年齢はアラフォーの、傍若無人のスーパーハイテンションキング・・・。名前は・・・そう、ガルディン。ガルディン・クランジア王!!!」
「ふっはっはっはっはっは!!!そう、その通り!!!我が名はガルディン・クランジア!!!この世界を統べるたった一人の王にして、この世界最強の男なり!!!・・・って恥ずかしいわダアホ!!!」
「とか言いながらさらっと自分で情報付け足しましたよね!?僕、最強の男なんて言ってないですよね!?」
床に倒れ伏す形の僕と、未だに玄関で自称『最強の男』のポーズをとって拍手喝采を今か今かと待ち望んでいる王様の間で、恒例のやり取りを済ませる。
そしてこのやり取りを行ったことで、僕の記憶がまた一つ完全復活したことが魔王さんに伝わる。僕の記憶の復活を喜んでいるというよりは、単純に今のやり取りを見て冷め切っているように見えるのだが。
「じゃ、まあとりあえずお邪魔するぞヘボ。」
「散々邪魔しまくっておいて今更だなおい。あと次その名前使ったらブラックホールにぶち込むからな。」
初手に他人の家の破壊を行った王様は、何もなかったかのように悠然と僕がさっきまで座っていた椅子に腰かけた。「相変わらず座り心地が悪いな。」とあれだけの暴挙の後にさらに愚痴をこぼすというイカレっぷりに、いつ戦争が始まるのかと僕は冷や汗が止まらない。
しかし、その傍若無人っぷりを態度で表した王様に、魔王さんは眉一つ動かさずに対応する。開始早々異様なコントを異様な姿勢で行った身でいうのもなんだが、この光景も僕からすると異様なものだった。
「さて、じゃあそろそろ説明してもらおうか。お前の目的をな。」
「はっはっは!俺の目的は最初から一つだよヘ・・・ージ。ヘージよ!・・・うん、今のはギリセーフだ。ギリセーフだからブラックホール旅行はなしだぞ!」
もう呼び名はなんだっていいから話を先に進めてくれよ!
って今思ったけど、あんたのせいで魔王さんから玲那の話聞きそびれたじゃねえかよ!
「お前がレナちゃんを攫った目的、んで単身でここに再び戻ってきた理由。その2つを早急に答えろ。」
「・・・おいおいてめえ。実名出したらいかんだろうがよ!あの子との約束はどうしたよ!?」
「もうすでに玲那がこの世界に来てしまっているということはなんとなくわかっています。それで今、玲那がこの世界に来てどうしていたかを聞こうと思っていたのにあんたが邪魔したんですよ!」
「はあ!?・・・ほんっとお前隠し事下手くそだよな!なーんでまたそうやって簡単にバレちゃうかなあ。」
「お前がレナちゃんを攫ったって知った時に動揺して思わず口を滑らせたんだよ!だからこれはお前のせいだからな!断じて俺は非を認めないからな!」
「はあ!?俺に罪を被せる気かよてめえ!そもそもちゃんとお前が護っていればこんなことにならなかったんだからな!?」
「攫った本人が何をほざくか!そんなこと言ってねえでさっさとあの子を返しやがれ!!!」
「先に誘拐したのはお前だろうがよ!!!自分の罪を棚に上げてよくもまあそんなこと言えたなあおい!!!」
はあ、なんか始まったぞ?40近い男2人が罪の擦り付け合いをしているのを、床に膝をつきながら眺める20代の男。なんだこの絵面。っていい加減僕も身体に力が戻ったんだし床生活を卒業しよう。
「はいはい、お互いの言い分はわかりましたからもっと中身のある話し合いをしましょうよ。あなたたちがどれだけ議論したところで、本来ここにいるはずの玲那は王様の手中にあって、一方の僕は記憶を奪われた状態でここに連れてこられた。その事実は変わらないんですからね。」
なんで被害者側の僕が加害者同士の言い争いの仲裁をしないといけないんだ・・・。そんな呆れた気持ちで王様の隣に腰を掛ける。これで何とか話し合いも先に進むはず・・・。ってなんでそんなびっくりした顔で僕を見てるんですか王様?
「おい、タツキ。今お前、記憶を奪われたって言ったか?」
「あ・・・。」
「・・・・・ぉぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。」
・・・あれ、もしかして火に油を注いだ???
* * *
「・・・てめえええええええええええ!!!なんてことをしてくれやがったんだヘボ野郎!!!!!」
「・・・返す言葉もございません。」
その後さらに白熱するかと予想されていた魔王vs王様の不毛な争いは、王様のワンサイドゲームという形で収束した。
僕の記憶喪失という事態を知った王様は、すぐさま魔王さんにここに至るまでの出来事の説明を強要した。そして、僕の誘拐からお姫様との戦闘、そして戦闘後の帰宅中に僕の記憶が無くなっていることが発覚したことまでの全てを洗いざらい話させられていた。
「ま、まあ本人に会えば記憶はその都度戻ってますからそこまで深刻視する必要はないですよ、ね?」
「・・・あのなあお前、もう少し危機感を抱けよ。そうやって楽観視していて、マイヤに会った時に記憶が戻らなかったらどうすんだよ。」
「いやまあそうですけど。でもそればっかりは今心配したって仕方がないじゃないですか。」
さっきまでの颯爽とドアをぶち破って入ってきた時とは比較にならない程の動揺を見せる王様。対して、自分のことだというのにここまで順調に記憶が回復しているという背景があるからか、そこまで深刻に捉え切れていない自分。なんか立場が逆のような気がしてならないが、これは多分僕の方が異常なのだろう。
「・・・記憶ってのはな、てめえだけのもんじゃねえんだ。その記憶を共有する他の誰かがいるのなら、それは決しててめえだけの価値観で考えていい代物じゃねえ。それをよく覚えていろ。」
隣から発されたすごい威圧感に気圧され、思わず身を一歩引いてしまう。加えて、鋭い視線がその無防備な僕に容赦なく降り注がれる。しかしそんなオーラを放っているにも関わらず、王様から発される言葉にはまるで覇気がない。・・・まるで今にも泣きだしそうな、消え入りそうな弱弱しい声だ。
「・・・頼むから、マイヤにはその事実を悟られないようにしてくれ。あいつがこんなことを知ったら、心に深い傷を負っちまうからな。」
「・・・君を攫った時のマイヤちゃんの表情は、それはもう尋常ではなかった。俺からも頼むよ坊主。こんなことを頼めた義理じゃないのはわかっているが・・・。それでも、俺にとってもマイヤちゃんは大事な人なんだ。だから、頼む!」
二人のアラフォーに見えないアラフォーのおじさんたちからの懇願とあれば、さすがに断るわけにはいかないだろう。
それに、まだよく思い出せてはいないが、王様に会ってからだんだんお姫様の人間像というか雰囲気のようなものを薄っすらと描けるようになっている気がする。なんかこう、優しそうなオーラを発していたんじゃないかなんていうぼんやりとしたイメージでしかないわけなのだが。
そのイメージが、なぜかそのお姫様を悲しませたくないということを無性に訴えかけてくる。絶対にあの子を悲しませたらダメだと本能がそう主張してくる。
「それでガルディン、もうそろそろここに来た理由を説明してくれ。さっきは最初から一つなんて言ってたけど本気じゃないんだろ?俺がこの坊主を誘拐したって情報だけでわざわざお前がここに2度も足を運ぶことなんてしねえってことくらいは想像がつく。だが、かといって王家の宝剣を持ち出してきている以上、こっちにもそれなりの緊張感があるんだよ。
な、王家の宝剣!?いや、どっからどう見たって丸腰じゃないか???
「・・・俺のテンションもようやく落ち着いたところで、本題といこうか。俺がここに来た目的は大きく分けて3つだ。」
「3つも?」
さっきまでの威圧感をそのままに、王様はようやく真面目に訪問の目的を語り始めた。
「1つ目はタツキの安全確認及び、今回の事件の一連の流れの把握だな。そして、それは今果たされた。・・・思っていたよりも悪い流れだったけどなあ!?」
と思ったらさっそくさっきまでの話題に逆戻りの流れ。
「だから悪かったって!!!この罪に言及していたら全く話が先に進まんだろ!?」
「諦めてください魔王さん。この人結構ネチネチ言ってくるタイプですからね。こんなに剛毅な人なのに変なところで器小さいんで。」
と補足説明を付け加えたことで、王様が僕にかみつこうと目線を合わせる動きを見せる。が、すかさず前の席から鋭い睨みをきかせた魔王さんの援護射撃で、何とかこの身に降り注ごうとしてた災厄から逃れることに成功する。
「・・・んで2つ目だが、俺がレナを攫った理由と関係している。」
「身柄の交換と言ったところか?」
「ま、そんなところだな。こいつは今、俺たちクランジア家の保護下にある人間なんだよ。勝手に誘拐なんてされたら困る。でもかといってここでお前とドンパチやるのも疲れる。だからこの捕虜交換といった形で手打ちにしようと言ってんだ。・・・もちろん乗るよな?」
「・・・どうせ乗らなかったらその場でそのドンパチ騒ぎを起こすだけなんだろ?そのためにわざわざここまで乗り込んできたってか。は!最初から全部俺はお前の手のひらで転がってたってわけか!!!・・・クソッたれが!」
思えば、魔王さんの言う通り、王様は魔王さんの行動の全ての裏をかいている。常に一手先の行動を起こし、魔王さんのこの一連の行動に全て対処しきっている。それこそ、まるで魔王さんが言っていた、『まるでこの展開を読んでいないとできない動き』と称したくなるほどに。
「俺の手のひらで転がるとかありえないってことくらいお前ならわかるだろレージ。今回は全部たまたまだたまたま。ちょっと外に出る用事があって街を飛び出したら、遠くの方からでかい魔獣の羽音が聞こえてきたからな。お前の仕業じゃないかと様子を探ってたらこんな大事になってやがった。だから仕返しに家でも漁ってやろうかと思ったら予想外の展開ってわけよ。・・・まさか女を家に連れ込んでるなんてなあ???」
「その言い方やめようか!?今すぐやめようか!?」
まるでごみを見るかのような蔑みの目で、王様は魔王さんに自分が見た光景の衝撃の強さを語る。王様の乱入のせいで玲那との出会いを聞きそびれている僕にとって、その連れ込むという表現が合っているのか間違っているのか判断できないから、どちらが正しいのかわからないのだが。
「そのことについては後でみっちりいじくり倒すとして・・・。こっからが本題中の本題だよレージ。」
「まだ3つ目を聞いてなかったな。捕虜交換よりも大事な用事なんだろ?言ってみろよ。」
捕虜と表現されるのが地味に嫌なんだが、まあ腰を折るのも無粋なので聞き流すとしよう。
でも確かに、僕の価値が王様にとってどれほどのものなのかはよくわからないが、わざわざ僕の安全確保を目的として玲那を誘拐したくらいだ。それに娘の婚約者という立ち位置らしいし、僕にそれなりの価値があるのは間違いなさそうだ。それを超えるほど重要な案件がまだ残っているというのか・・・?
「ここに来た最大の目的はな、
今王都に向かって進行してきている魔獣たちとお前がどう関係あるのかを問いただしに来たんだよ。」




