2-17 夢幻
「―――どうしてみんなと一緒に遊ばないの?女の子ってみんなで一緒におままごととかするのが好きなんじゃないの?」
脳内に響くのは甲高い少年の声。・・・のはずだが、その声の主の姿はどこにも見えない。
「・・・。」
対する少女からの返答は聞こえてこない。その無が何を意味しているのかは、表情が見えない僕からは何も判断のしようがない。
僕はいったいどこにいるのだろうか。あたり一面真っ暗な空間に1人、右も左もわからない場所でただ1人だ。
聞こえるのは声。それもどこか懐かしい声。とても聞いていて身体がむずがゆくなるような・・・。そんな感情を湧きあがらせるような、あまりにも馴染み深い声だ。
確かこの声とおさらばしたのは中学2年の夏ごろだったと記憶している。変声期だったというのに音楽の授業で一人ずつ歌わされて、随分と文句を言った記憶がある。
ああ、今思うと随分と声が低くなったものだ。生まれて3,4歳の頃の自分はあれほど高いトーンの声を出せていたのか。
そんな感傷に浸っていると、再びその懐かしい声が空間にこだまする。
「一人でつまらなくないの?ぼくはみんながいないとつまらない!」
なんと甘えん坊さんな発言だろうか。誰かが構ってくれないと嫌だなんて今の僕が言ったら、きっと夏に大雪警報でも出るのではないだろうか。
「きっと一人はつまらないよ。でも、あなたはみんなといつも一緒だから大丈夫でしょ。」
ここでようやく、僕以外の声が聞こえてきた。これもまた当時の僕に引けを取らない程の高トーンボイスだな。
・・・でもなぜだろうか。この声はむずがゆさどころか、まるで涙を誘発するかのような懐かしさを帯びている。あれ、なんでだろう。僕は今までずっとこの声を求め続けていたのだろうか。長年探し求め続けていたものがようやく手に入ったかのようなこの達成感。
いや、気づいていないふりをするのも白々しいので白状しよう。僕はこの声の主を知っている。・・・さっき『対する少女からの返答』という言葉を使った時点で、すでに僕はこの声の主の見当はついていることが容易に想像できたとは思うが。
だが、だからといって心の準備ができていたわけではなかったようだ。本当に彼女の・・・伊理夜玲那の声を再び聴くことができるなんて・・・ってついこの前まで想像はしていたか。でもいざやはりこうして聞くと、本当耳に心地よい声をしている。心に安穏と高揚を同時に与えるような、そんな力に満ちた声。
でも、今ばかりはどこか締め付けられるような苦しみまで加わって、僕の心を容赦なくぐちゃぐちゃにしていく。
・・・それから声は止んだ。それはまるでこの声を聴くためにさっきまでの会話が再生されていたかのようなタイミングで終わりを迎えた。
ああ、そうか。ようやく思い出した。確か僕は魔王の突然の攻撃にあったんだった。ということは、これは一種の闇魔術というやつなのか?過去の記憶を見せて、合図があるまで相手を眠らせる的なそういう魔術で、僕にはその耐性がないから効果てきめんみたいな感じか?
だとしたら一刻も早く目を覚まさないといけない!こうして僕が眠っている間にも身体は魔王の巣窟へと運送されていると考えると、早く目覚めないと取り返しつかないことになる!
「ーーーーー!!!」
だめだ!とりあえず全力で叫ぼうとしてみたけど、全くどこにも力が入っている気がしない。というより、そもそもこの暗闇の世界に僕の身体なんてものが存在しているのか?周りを見渡しても暗闇しか映らないのは、暗いからではなく最初からそこに何もないからなのではないか?
なんて分析をしたところで、それを証明する方法は現状の僕は持ち合わせていない。でも、仮に僕の肉体がないなんていう状態なのだとしたら、これはもうお手上げだ。意思の強さとかいうよくわからないステータスにでも頼ってみないとどうしようもない。
* * *
それなりに時間が経っただろうか。それすらもこの無限に続く暗闇の中では把握のしようがない。体感時間はすでに2時間ほど経っているイメージなんだけど、実はまだ10分も経ってませんでしたと言われたとしてもあまり驚きはしない。というくらいには時間感覚が狂っている。
なんてことを考えていたら、はるか遠くの方から光が見えてきた。
光は徐々に大きく大きくこちらへと迫り、前方を覆っていた暗黒の世界を次々と切り裂いていく。とても長いトンネルの出口が見えてきた、そんな感覚だ。ようやくこの暗闇ともおさらばだ!と素直に喜びたいと思う反面、これが本当に目覚めへとつながるのかという素朴な疑問もまた生じる。
まあいい、それはこの光のゲートをくぐればわかる話だ。
―――そして僕は接近してきた光の中へと包まれていった。
暗闇から解放されたのか・・・?でもなんだ?今度は眼前を覆いつくすような強い光のベールが見える。
「私・・・。あれから頑張って友達いっぱい作ったんだよ?樹君が私に教えてくれた友達の作り方を実践したら、本当にいっぱい友達出来たの!」
またよくわからない世界の中からこれまた懐かしい声が聞こえてきた。さっきまでのあの2つの声とはまた違うものだ。
・・・待て、この声は!?。というより、この台詞は!?
「君と離れ離れになっても、私はちゃんとやっていけるって証明したかったから、頑張ったんだよ私?そのおかげでほら!私も昔の君みたいに少しは明るくなったでしょ?」
あ・・・。
前方を覆っていた光は、次第に形を形成し始めた。そしてその形成された世界を見て僕は思わず唖然としてしまった。
――――いる。姿が見える。伊理夜玲那の・・・。僕が長い間思い焦がれた彼女の姿が見える・・・。
「・・・?どうしたの、そんなに青ざめた顔して?」
懐かしの想い人は、どうやら僕に話しかけているようだ。・・・って待て!話しかけている!?
「おーい?樹君?・・・ありゃ、これは完全に上の空ね。」
彼女がこっちを見ている。これはどういうことだ・・・?ここは夢を眺める世界じゃなかったのか?
「――――――樹!!!!」
「は、はい!!!」
「もう、やっとこっちの世界に戻ってきた!本当、幼稚園の頃から随分と変わっちゃったね樹君は。」
え、会話が通じているのか?というより今確かに、僕の声が僕にも聞こえた。
・・・あ、ある!僕の身体!ちゃんと手も足も!周りを見渡せる!
「あーーーー!あーいーうーえーおーーーー!!!」
「ちょ、ちょっと!?どうしたの急に!?大丈夫!?」
声も出る!目も見える!耳は・・・ずっと聞こえてたか。腕が動く!匂いがする!いいコーヒーの匂いだ!
ってここは、昔僕と玲那がよく通っていた喫茶店じゃないか。この赤レンガでできた壁に赤い屋根、窓際の席から見える橋と、その下を流れる少し流れが強い川。・・・いつもきまって同じ席に座っては、こうしていつも同じ角度からアイスティーを片手に玲那のことを見ていた
。
僕の人生で最も輝いていた日々を象徴する景色だ。
「・・・はは、ははははは。はっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
「樹君!?正気に戻って樹君!!!???」
そうか、そういうことだったんだな!ようやく今理解したぞ!全くもって仕組みそのものは理解できないが、まあいい!少なくともようやく現状は理解できた。
考えてみれば当たり前じゃないか。誰がどう聞いたって「そんなものは夢物語だ」と一蹴するに決まってるよなあ!?今思えば現実味なんて微塵の欠片もなかった!どうして冷静になって考えられなかったんだ。まあ、いろいろと気が動転していたし、内容は現実味がなかったのにまるで本当に起きている出来事のように身体が感じてしまっていたのだから、仕方がなかったと言えば仕方がなかったか。でも、僕らは間違ってなんかなかったんだ。・・・故障なんかしてなかったんだ。
魔術だの王様だの魔王だの姫だのというのは、全部夢だったんだ!
夢から目覚めて、ようやく僕は過去へのタイムスリップに成功したんだ!!!!!!!!!!!
* * *
「まったく、急に奇声を上げたり突然笑い始めたりしてどうしたの?」
「ご、ごめん。それには、深ーーーーーーい事情がありましてね・・・。」
喫茶店の窓から見えていた橋の上を、僕と玲那は並んで歩いている。僕が色々と狂気じみた行動をとってしまったせいで、店に長居しづらくなってしまったのだ。単純に玲那には申し訳ないという気持ちがあるが、それでも今の僕の気持ちは、そんな申し訳ない気持ちを軽々と上回ってしまうくらいの喜びで溢れていた。
長年の研究結果が実を結んで、ついに僕は過去をやり直す機会を手に入れた。あの暗黒の未来へと進むルートとは別のルートを歩むことができるのだ!そしたら今度こそ僕は玲那と・・・!
「ほんと、何がそんなに楽しいのやら。さっき飲んでたアイスティーにすりおろされた笑い茸でも入れられたんじゃないの?」
「いやいや、そんな笑い茸なんてものよりもずっと非現実的なものが原因なんだけどさ。まあ気にしないでよ。」
「突然ニヤニヤが止まらない状態の人間が出来上がっちゃったら気にするでしょ、もう!」
いやはや全くもってその通りなので何も言い返せない。
とは言っても、その怒った口調で僕を責めていた玲那もまた、花のような笑顔を咲かせて僕の隣を歩いてくれている。僕のこの様子が原因なのだろうが、いつもより少し強めの口調になっているのが、また新鮮味を帯びていて愛らしい。
喫茶店を出る前に現在の日にちや時刻を確認したところ、どうやら僕は中学2年生の夏休みへとタイムスリップしてしまったようだ。その情報の信憑性は高く、実際に外の空気はかなりの熱を持っており、時刻は午後6時半なのに未だにお日様はそれなりの光を放っている。さらに、玲那のファッションも夏仕様となっていて、薄黄色の薄手のワンピースという清楚感溢れるものとなっている。
確か僕の記憶には、そんな昔へとタイムスリップの日時を指定した覚えはないんだけど、まあタイムスリップ自体は成功しているんだし、そこまで問題視することでもないだろう。1年間余分に戻ったって、待っているのは玲那とのバラ色日常生活なわけだしな!
ただまあ、一つだけ違和感があるとすると、
「玲那ってそんなに小さかったっけ?」
「うわー、また意地の悪いことを言うんだね君は。いい?私は女の子で君は男の子なの。幼稚園の頃の私たちはそんなに背丈の違いがなかったかもしれないけど、中学生になったらその違いが次第に大きくなっていくんだよ?男の子の君がどんどん成長して、私よりもどんどん大きくなっちゃうのも当たり前なんだよ?それをさも、私が縮んだみたいに言うなんて性別の暴力なんだからね?」
「性別の暴力とか初めて聞いたわ・・・。」
僕が言いたかったのはそんな保健体育の時間で習うような当たり前の知識なんかじゃなくて、一回目の世界で出会った玲那はもう少し僕と目線が近かったような気がしたという、僕にしかわからない謎の違和感のことを言っていたんだが。なんて、そんなことを今目の前にいる玲那に伝えたって、理解してもらえるわけないだろうけど。
「いずれ背丈だけじゃなくて、力の差もはっきり出ちゃうの。だから、男子はか弱い女子たちをしっかりと守る義務があるんだよ?わかりましたか樹君?」
「ちゃんといちいち説明されなくたって知ってましたよーだ。何も知らない僕だと思うなよ?」
「ふふ、どうも私の知ってる樹君は勉強なんかしないで外で泥んこになって遊びまわっているイメージだから、つい色々教えてあげなきゃって思っちゃう。」
「ふ、人は変わるものなのだよ玲那よ。6年という年月は、僕という人間を大人へと成長させるには十分すぎる時間だったのだよ。」
「はいはい、いつの間にかかなりのインドア系やせ型人間になっちゃったもんね。そのくせ、そのアニメに出てくるキャラクターみたいな謎の口調になる部分はむしろ磨きがかかっちゃてるし。」
は、思わず昔の中2病を患っていた頃の自分の片鱗が出てきてしまった!やれやれ、タイムスリップするとなぜか心まで若くなってしまうような感じがするな。いやいやさすがに気を付けろよ天梨樹!これで前の世界みたいな過ちを犯すなんて論外だぞ!?若気の至りでは通用しないぞ!?
ともあれ急にタイムスリップなんてしてしまったせいで、今日の僕は変人だと玲那に思われてはいないだろうか。いかん!この時期のアプローチが一番大事なんだぞ!?それを変人とかいうマイナスなイメージで塗り固めてしまっては今後に響く!何とかして点数稼ぎをしないと!
この橋を渡って二つ目の交差点を曲がったらもう家についてしまう。それまでに何とか!
「そういえば昔からヒーローものとか好きだったよね樹君。せっかくおままごとやってても、最終的にはいつも樹君が突然ヒーロー化して家を飛び出していっちゃうっていう設定で終わっちゃってたし。」
「い、いやあ・・・。そんなこともありましたかねえ。いやはや懐かしい・・・。」
今の僕と玲那が幼稚園の頃の思い出を語っても、遡る年月が両者の間でかなり異なるのが何とも不思議な感覚だ。玲那にとってはまだ7,8年前くらいだろうけど、僕にとっては15,16年も前の話になるんだから、懐かしいという言葉にも重みの差が生じてしまう。
「そしたらいつの間にか、樹君が友達を不良役でいっぱい連れてくるようになって。それから、昼休みになるといつも私たちの周りにたくさん人が集まるようになったんだよね!ああ、懐かしいなあ。」
夕日に照らされながら橋を渡り昔の思い出話をする。これは昔の僕らにとっては一種のルーティーンになっていた気がする。夕焼けをバックにいつも嬉しそうに昔を懐かしむ玲那の顔を見るのが、当時の僕にとってはどれほど幸せだっただろうか。今こうしてあの頃と同じ玲那の顔を見ると、僕もまたいろいろと懐かしい思い出に浸りたくなる。・・・一回目の世界の今を思い出して目頭が熱くなる。
「・・・でも、結局仲良くなれた男の子は樹君だけだったよ。どこか他の男の子は近寄りがたくて。・・・それに、みんながみんな樹君みたいに優しい人じゃないって知っちゃったから。」
そう語る玲那の言葉を聞いて僕は、一回目の世界で聞いた玲那の悲しい小学校時代の思い出話を思い出した。そしてそれは小学校時代の話だったのだから、必然的にこの世界でもすでに起こった出来事として玲那の記憶に刻み込まれているわけで。
簡潔に説明すると、玲那は自分でもさっき話していたが、小学校になってからは積極的に自分から友達を作ろうという姿勢をとった。その結果、ちゃんと彼女にも友達と呼べる存在が何人も誕生したのだが、あくまでそれは同性に限ったことだった。
正確に言えば、男友達と呼べる存在は1人いたのはいたらしいのだが、その1人というのがどうも問題点だったようなのだ。低学年の間はまだそこまで大きな問題にはならなかったみたいなのだが、高学年になってくると、どうしても性の違いというものが子供たちにとって大きな問題となってくる。そしてその問題が当時の玲那を襲ったのだった。
玲那はその男友達に近づくだけで、周囲の同級生たちからのからかいの的となってしまった。幼稚園の頃から整った顔立ちをしていた玲那だ。そういう噂が流れるのも無理はない。
そしてその噂は、玲那の小学校生活を大きく変えてしまった。
女子からは嫉妬の対象として見られるようになった。その仲良くしていた男子のことが好きだという女子からは特に、執拗な嫌がらせを受けたようだった。
陰湿で間接的な女子からのいじめだけでなく、男子からのいじめは直接的なものだった。その男子が人気者だったということもあり、「女子の分際で俺たちのヒーローに近づくんじゃねえ」などというよくわからない理由で突き飛ばされたり、さまざまな暴言を吐かれたりと、いろいろな方面から玲那を襲ったらしい。
その果てには、友達も大幅に減ってしまい、その男友達からも話しかけることかけられることも無くなってしまったそうだ。
そんな辛い過去がたくさん詰まった小学校から今の中学に来たのは、玲那にとってはまさに救いの手だったことだろう。玲那の通っていた小学校はエリートぞろいの学校で、今玲那が通っている中学に進学する生徒はいなかったからだ。そうして、新しく一からやり直そうと心に誓った矢先に、僕と彼女は再び出会ったのだった。
僕と玲那が学校であまりやり取りをしないのはそういう玲那の暗い過去があったからで、現実問題、中学のこの時期はきっと小学校高学年よりもさらにそういった問題に敏感な年ごろだ。ということもあり、こうして僕らは学校外で交友関係を続けているのだ。
という設定がおそらく一度目も二度目も変わっていないのだろうということを確認できた今の玲那の一言だった。
当時の僕は、今の玲那の言葉にかなりショックを受けた記憶がある。・・・うん、この台詞で思い出した。今日という日は、一度目の世界ではかなり重要な日だったんだ。僕は鮮明にこの後のやり取りを覚えている。
「・・・うん、確かに残念だけど全員が全員優しい奴だなんて言えない。僕も玲那に会っていなかった6年間でそれをいやというほど痛感した。」
「・・・そう。君にも、私の知らない間にいろいろあったのよねきっと。」
「でもだからこそ、優しい人の存在がこんなにも尊く思えるんだと思う。それは中学に入って玲那に再会して気づけたことだ。だからさ、そのお礼ってわけじゃないけど・・・。―――僕はなるよ。」
「なるって何になるの?・・・ふふ、スーパーヒーローとでも言うつもり?」
「・・・僕が君の勇者になってあげる。なにかあったら僕が玲那を助けてあげるよ。」
僕が中学時代で一番恥ずかしい言葉を言うことになったからだ。
* * *
夕焼けに染まる橋の終着点。僕らはそんな夕日に顔を真っ赤に照らされながらもその場で立ち尽くしていた。玲那は突然僕に背中を向け、夕日を反射してキラキラと光る川の方を眺め始めた。
一度目の世界では確か、僕は恥ずかしさのあまり、その場から走って逃げた記憶がある。なんてだっさいことを言ってしまったんだああああ!もう玲那に顔を合わせるのも恥ずかしい!って一人で思い悩んで、散々次の日宗次に相談をしたんじゃなかったかな。
でも、今度はもう逃げない。今回は過去とは違って、思いつきなんかで言った台詞じゃない。これは、一度目の世界で玲那を傷つけてしまったという後悔を、もう二度と繰り返さないという誓いを込めた言葉だ。・・・もう二度と傷つけない。今度こそ僕が玲那を護るんだという、過去の自分との決別の言葉だ。だから今回は、玲那の隣へと足を運ぶ。
「・・・ふふ。おっかしいなー。樹君がなりたいのってヒーローじゃなかったの?」
「ヒーローってかっこいいけど、言葉の響きが子供っぽいだろ?勇者の方が大人っぽくていいじゃん。・・・それにきっとヒーローっていう言葉、玲那は嫌いなんじゃないかと思って。」
「・・・よく覚えてたね。私がその言葉に傷つけられたこと。あの時は確かに、ヒーローなんていないって、散々ヒーローという言葉を呪ったよ。」
いや、残念ながらきっと一度目の世界の僕はそんなこと考えもしないで言ったと思う。玲那のヒーローという言葉に対する憎しみに気づけたのは、二度目の世界で玲那の過去を振り返ることができたからだ。
「でも、勇者か・・・。確かに勇者なら信じてみてもいいかも。」
「だろ?なんかこう、勇者の方が響きがいいだろ?」
「・・・ふふ、そうね。―――それになんか、今まで私が君に抱いていた気持ちを言い表すにはピッタリの言葉のような気がする。」
そう言うと、玲那は何やらもじもじとしながら、ようやく僕の方へと顔を向けた。その顔はとても赤く、瞳には何か光るものが見える。だが、その表情は沈む太陽にも負けない程の輝きを放つ笑みを浮かべていた。
「―――君は、出会った頃からずっとそうだった。幼稚園で友達ができなくて、1人寂しい思いをしていた時も、小学校時代のトラウマを引きずってなかなか前を向けなかった時も、君が私を助けてくれた。君は・・・私にとって勇者様なの。・・・最っ高の勇者様なの!」
そう言って玲那はとうとうこらえきれず、大粒の涙をこぼし始めた。どんなに辛いことがあっても、決して泣いている姿だけは僕に見せなかった玲那が、初めて僕の前で泣いている。でも、それが嬉し泣きというのもまた、玲那らしいなと思った。
本来ならば、その場でそっと抱きしめてやりたいと思うのだが、それをなぜか僕の身体は許してくれなかった。
「っっっっ!」
強烈な頭痛が僕を襲っていたからだ!なんだ!?なぜだ?なぜこんなにも頭が痛む!?それになんだこの頭から離れない言葉は・・・!?
「勇者様、勇者様、勇者様、勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様!!!!!!!」
痛い!め、目の前が暗い!耳鳴りが止まらない!痛い、痛い!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!
「なん・・・だよ・・・これ・・・。れ、れ・・・な・・・?」
視界が完全に真っ暗に染まっていく。闇の世界へと身体が引きずり込まれていく。意識がなくなっていく。そして、目の前の女の子も視界から消えていく。聞こえる、何か叫んでいるのが聞こえる。
「ゆ・・・しゃ・・・さ・・・ま・・・。」
そして、やがてその声さえも聞こえなくなった。
* * *
「・・・い。」
また声が聞こえる。それと、頭に強い痛みを感じる。
「・・・い!・・・えて・・か!」
声はだんだん大きくなってくる。それに伴い、頭に発生する痛みもまた増してくる。
「おい!いい加減に目を開けろ!」
次の瞬間、急に目の前に強い光が差し込んできた。両瞼が強い力によって無理やりこじ開けられたようだ。
「・・・あれ、どこだここ?」
頭がうまく回っていないからか、現在の自分がおかれている状況が全く理解できない。
「ったく、マイヤちゃんの婚約者とか言うから相当な手練れかと思ったら、ただのそこら辺の雑魚じゃんかよ。」
どうやら声の主は、僕の右手の方に座っている男性のようだ。見たところ手綱のようなものを握っている・・・?
・・・どうやら僕は横になっているみたいだ。でもいったいどこで横になっているのだろうか。寝心地はあまりよくないし、そもそも地面とも何かしらの機械の上という感触でもない。馬には乗ったことはないが、僕の想像している鞍の上の感触とはイメージが違う。
そうして考えているよりも実物を見た方が早い。そう思って上半身に力を入れてみた。
「っ!痛って!」
すると、みぞおちのあたりが激しく痛んだ。なんだこれ、並大抵の痛みじゃねえぞ・・・?
「おいおい、まさかさっきの一撃がまだ響いてるとか言わないだろうな?とは言っても結構な力でやっちまったからな。凡人にはちと効きすぎたかねえ。」
どうやらこの痛みの元凶を作り出したのも右手に座っているこの男のようだ。何があったのか未だに把握できない。
確か僕はタイムスリップに成功して、玲那に会って・・・。それでいい感じの雰囲気になって・・・。急に謎の痛みが走って・・・。って、
「あの痛みはあんたの仕業か!?」
「は?どの痛みのことを言ってんのか知らんけど、実際に痛みを与える目的で危害を加えたのはあのグーパンだけだ。それ以外のことだったらお前の勘違いだ。」
「・・・じゃああの頭痛は一体・・・?」
困惑の色を表情に出してみるが、それに対する回答が男から返ってくることはなかった。強いて言うなら、
「しっかし、久々に魔術師以外の人間に魔術を使っちまったせいで加減を間違えちまったな。おかげで、自分がかけた催眠の解除に手間取るとかいうへまやらかす羽目になった。」
と何やら僕に対して何らかの魔術を施したという情報だけは、独り言の内容から判明した。
「あー、まあなんだ。頭が混乱しているようだけどとりあえず落ち着いてくれ。」
男はそう告げてくるが、混乱している僕の頭ではこの男が僕に何らかの理由で危害を加えてきたという事実しかなくて、とても落ち着ける状況ではない。
「・・・もしかして記憶とか無くなっちゃったりしてる?自分の名前言える?今置かれてる状況把握してる?」
途端、男は焦りの色を浮かべたような声色でこちらを振り向いてきた。
んんん?この顔・・・。この顔を僕は知っているはずだ・・・。えーっと、誰だったかな。絶対知ってる!記憶にはある!喪失はしてないはずだ!思い出せ!誰だ、名前は何だった!?確か、「へ」なんちゃらだった。ヘア、ヘイ、ヘウ、ヘエ、・・・、
「・・・もしかしてまあまあやらかしたか俺?ここでこいつの記憶無くしちまったら、あの子だって悲しむんじゃねえか!?」
ヘザ、ヘジ、ヘズ、へゼ、・・・、
「これはまずいなあ。と、とりあえず警戒心を持たれているみたいだから優しくした方がいいな、うん。」
ヘへ、ヘホ、ヘバ、ヘビ、ヘブ、・・・、
「あ、アマ・・・。アマ・・・ナシ・・・タツ・・・キ?だったか?さっきの暴行については謝る!謝るからまずは休戦といこう!な?」
「ヘボ・・・。・・・あ、そうだ!思い出したぞ!あんたの名前!『ヘボ』だ!」
「違えよ!あと、その呼び名で俺を呼ぶんじゃねえよ!!!!!」
あーすっきりした!という謎の達成感を抱いた瞬間、男から僕の脇腹めがけて鋭い蹴りが飛んできた。
「痛って!何するん・・・って、わあああああああああああああああああ!!!!!」
そしてその蹴りは、寝ている姿勢にあった僕を吹っ飛ばし、なぜかそのまま僕は空中へとその身を放り出されていたのだった。
* * *
「はあ、はあ、」
「ぜえ、ぜえ、」
なぜか突然脇腹の痛みと共に空中へと投げ出された僕を救ったのは、四足歩行型っぽいシルエットに背中から立派な翼が二つ生えた、得体の知れない生物だった。一瞬しか見えなかったが、その顔はライオンのそれによく似ていたように思えるが、その大きさは僕の知っているライオンのそれの比ではなかった。そもそも翼が生えている時点で意味不明である。
そしてそのライオン擬きを巧みに操り、僕をそいつの背中に乗せたのは、
「危ねえなお前!死にたいのか!?」
「落とした本人が何言ってんだよ!?」
ついさっき僕に会心の蹴りを食らわせた、漆黒のマントを纏う小柄の男だった。
「そんな簡単に落ちてんじゃねえよ。マジ焦ったわー。」
「まさか自分も空を飛んでいるとは思ってなかったから超絶焦った・・・。紐無しバンジーなんて金輪際したくないわ・・・。」
だが幸か不幸か、空中に身を放り出されてようやく、僕は自分が現在置かれている状況を理解することができた。
つまり僕は今、超巨大ライオンの背中で横になっていたわけで、そのライオンをうまく操って飛行していた男(ヘボだったと思う)によってどこかへ連れていかれようとしているという感じかな?
今のこの状態とさっきまでの状態のどちらが本当でどちらが夢だったのか、それが今僕が考えないといけない最優先事項だと認識しているのだが、実のところ見当がつかない。実際に身体に大きな痛みを伴っていて、さっきの紐無しバンジーがやたらと現実味を帯びていたことから、こちらが現実だという可能性が極めて高い。
でも、目の前のこの未だに中2病やってます!って感じのこの全身真っ黒けの男に、現実にはあり得ない超巨大生命体、それにさっきボソッとこの男が呟いた魔術という言葉。さっきは冷静に『魔術を施した』なんて分析をしたが、よくよく考えるととても現実とは思えない事象の数々である。これが現実だとは思えない。
などという思考を巡らせている間、その非現実の塊のような一人と一匹は、なぜか会話のようなものをしている。正確には、男が一方的に言葉を発していて、それに対して超巨大ライオンがうめき声をあげて反論をしているような状態だ。そしてそれに対して男は、まるで何を言われているのか全て把握しているかのように、そのうめき声に更なる言葉をかぶせていく。それに対し、ライオン擬きは呆れかえった表情で顔を左右に揺らし、「ダメだこいつ。」と言わんばかりの反応を示している。なんとも不思議なやり取りだ。
「はあ、魔獣の分際で俺に説教をしやがるとは。・・・んで、いい加減お前も頭覚ませ。俺の魔術で一体どんな夢見てたか知らねえけど、少なくともそれは現実じゃねえ。わかったらさっさと現実に向き合え。」
ライオンとの会話にあっさり区切りをつけた男は、その勢いでこれまたあっさりとさっきまでの僕の悩みをぶった切った。
この男は、今確かに僕に魔術をかけたと改めて宣言した。つまり、さっきまで僕が見ていた夢の正体は全てこの男によるまやかしだったということが証明されたのだ。
「―――あんた一体どんな魔術使ったんだ?」
「いや、そんな大したもんは使ってねえよ。言っただろ?俺にはお前を会わせないといけない人がいるんだ。そのお前に手荒な真似はしねえよ。・・・手荒な真似をできない理由はついさっきできたばっかなんだけどな。」
「そんなことは聞いてない。・・・どんな効果がある魔術を使ったんだと聞いている!」
その事実はなぜか、無性に僕をイラつかせた。なぜだかどうしてもこの男に一言物申したくなった。
あの暗闇の世界、そしてその後に展開された玲那との世界。あの世界が僕に与えた影響は、決して夢で済ませていいようなものではなかった。たとえ夢の中であったとはいえ、再び僕は玲那に会った。それもかなり本当に近いような感覚でだ。あの世界はとても夢とは思えない現実味があった。思わず、あの世界が現実なんじゃないとかと疑ってしまうほどだった。あの世界は・・・。あの光の中の世界は・・・!
―――僕の悲願だったんだ!あの世界こそ、僕が数年かけて・・・。人生を棒に振って・・・。親友まで巻き込んでまで、たどり着きたかった世界だったんだ!あの世界を見たとき、あの喫茶店で玲那を見たとき、どれほどの感慨が生まれたか、この目の前の男にはわかるのか?
僕の感情すべてをこの男に弄ばれているような気がした。僕が数年かけてもたどり着けなかった世界を軽々と実現させて、僕を馬鹿にしているような気がした。それがこの上なく憎たらしい。たとえそれが現実じゃなかったとしても、あの世界に少しでもいられたことは、僕の夢の実現を意味していたんだぞ?
わかってんだよ!夢か現実かなんか最初っからよ!それでも!その夢を現実だと思い込みたくなるほど、あの世界は僕の理想だったんだよ・・・。それを、さっさと現実に向き合えだ?ふざけたこと言うのも大概にしろよ。
「・・・あれはただの催眠魔術だ。お前に起きられて暴れられると面倒だったからちょっくら眠ってもらっただけだ。それをちょっとだけ強めにかけただけだ。―――お前がどんなもんを見たかは知らねえけど、その内容を俺に言及するのはお門違いなんだよ。」
「・・・お門違いだと!?あれを見させた原因はあんたにあるってのに、あんたはその責任から逃れようってか!?」
「・・・お前を拉致したことに関しては素直に申し訳ないとは思うが、何度も言うように夢の内容自体はお前の中にある、何か強い感情によるものだろうとしか言いようがねえんだよ。お前の見る夢にまで干渉した覚えはねえ。」
僕の強い感情・・・。夢にまで出てくる強い感情・・・。と言われたら、そりゃあ数年間という長い時間ずっとあの世界を夢見たんだ。タイムスリップ後の幸せな時間が夢になって現れてもおかしくはないか。
でも、何かおかしい気がする。というかつい最近はあまりタイムスリップしたいという感情はあまり沸き起こってなかったような気がするんだけど・・・。
「・・・はあ、その様子だとやっぱり心当たりはあるんだろ?長い間ずっと願い続けた世界みたいなもんが。ずっとこの夢から覚めなければなんて思わせるような理想郷のような世界がお前にもきっとあるんだろうよ。」
怒りと困惑で感情がぐちゃぐちゃになった僕はいったい今どんな表情をしているだろうか。目の前にいる男への怒りがさっきの言葉通りお門違いだと薄々気づき始めてしまった僕は、一体このやり場のない謎の怒りをどこにぶつければよいのだろうか。
そんなことを考えていたら、男は突然僕の方に向き直って、まるですべてを悟ったかのような口調で僕に語り掛けてきた。
「よくわかんねえけど、その様子じゃなんか後悔してることでもあるんだろ?」
いったいこの男は何なんだ?なんかいちいちわかった風な言葉をかけてくるのが苛立ちを加速させやがる。・・・それがまたいちいち事実を言い当ててくるのが余計に癪に障る。
「何も知らないあんたが偉そうにベラベラと語らないでくれるか?何もかもお見通しみたいな口調が腹立たしいんだよ。」
「いやあ、残念ながら結構お見通しだと思うぜ?魔王なんて呼び名抱えてるが、その実結構繊細なんだよ俺?」
「もういいから黙ってくれ。イライラする。」
「そうやって現実逃避したって何も役に立たねえぞ?」
「黙れって言ってんのが聞こえないか!?」
「聞こえてるさ。聞こえた上で忠告しているんだ。年長者の言うことは聞いておくもんだぜ小僧?」
目の前の黒づくめの男はそう言うとにやりと笑みを浮かべた表情で僕を見つめてきた。その笑顔があまりにも純粋無垢なものだったもんで、つい僕は
「・・・!おっと、暴力はいかんなあ。さっきヴァーグにこれ以上乱暴するなって叱られたばっかりなんだ。勘弁してくれ。」
「っ!なんなんだよ!一体何者なんだよあんた!こうして僕を拉致したのも、僕の人生を馬鹿にして酒のつまみにでもするためか!?一体何の権利があってそんなことできんだよ!神様にでもなったつもりかよ!」
「・・・小僧。」
「・・・もう放っておいてくれよ。全部あんたが言ってることは正しいよ。・・・わかってるからもう、放っておいてくれよ。」
言っていることが全て当たっているということが、こうも人間をイライラさせるものだとは思わなかった。宗次と話している時もこんな気持ちにはなることはあるのだが、ここまで強い嫌悪感を抱いたのは初めてかもしれない。
いや、全て今のところ僕が一方的に怒っているだけだってことくらい、僕だって頭の中ではわかっているんだけど。
「・・・いやはや全く、どこまで俺に似てんだよこの坊主。」
そう呟いた男は、再び僕に背中を向け飛行中のライオンの手綱を握った。
* * *
いったいどれほどの時間を飛んでいるのだろうか。僕が眠っていたのはどれくらいの時間だったのだろうか。少なくとも僕が目覚めてからすでに20分は飛行していると思うんだけど、目的地はそれほど遠いのだろうか。
状況整理もなんやかんやで済んだのだが、それでもここ最近の記憶が曖昧になっている点がどうしても気になる。黒男と話していて、僕がタイムスリップに失敗して魔術が当然のように存在する世界に飛ばされてきたことはなんとなくは思い出してきたのだが、それ以上の情報が出てこない。
かといって、僕の逆ギレという形で会話を無理やり終了させてしまった手前、この男にあれこれ情報を聞き出そうとするのはプライドが許さない。でも、この抜け落ちてしまっている記憶の中に重要な情報が詰まっているのは間違いないはずで、このままそれを忘れて過ごすのは大問題な気がしてならない。なんなら、拉致された理由だって抜け落ちてしまっている可能性があるし。
何とかして、僕のプライドが傷つかないような方法で、更なる情報を引き出さないといけない。
「・・・一体どこまで飛んでいくつもりなんだ?」
「言ったろ?俺の家だよ。本当ならもっと早く着く予定だったのに、想像以上にお前の婚約者がしつこくってな。いやあ、随分と愛されてんなお前。羨ましいったらねえ。」
・・・ん?おい、この男今さらっととんでもねえ情報ぶっこんできたよな?今さらっと『婚約者』とか言わなかったか!?
よーし、ちょっと待て!作戦会議だ。本日の議題は『僕の婚約者について』だ。どうやら僕は、タイムスリップしてきたこの世界で誰かと婚約をしているらしい。さあ、ここでまず考えないといけないのが、それが一体誰なのかということだ。
最有力説は、こっちの世界に来た時にきっと右左もわからない状態であっただろう僕のお世話をしてくれた人がたまたま女性で、僕のことを気に入ってくれて、その女性の恩義に応えるために結婚を約束したパターン。昔読んでいた異世界もののラノベなんかだと結構ありがちな展開だったんだけど、果たしてそんなこと本当にあり得るのか?多分、僕は異世界主人公と違ってチート能力なんかは身に付いてないし、ルックスは・・・。うん、見えはしないけど触った感触で異世界仕様の超イケメンフェイスになっているとかいう奇跡が起きていないことはわかる。きっと23年間共にやってきた地味顔のままのはずだ。どこに惚れる要素がある?いやない。絶対ない。
じゃああれか?僕のこの地味顔相当の地味顔が相手なのか?いやでもそんな地味顔の女性相手に僕が結婚を決めるとは思えない。ってことは、勝手に周りが結婚だと騒ぎ立てていて、それを僕は必死に違うと弁明している日々を送っていたとか?あ、なんかそれっぽい。絶対それだ。間違いないわ。
それでまあ一応第二の説を考えるとすると・・・。玲那がこっちの世界にやってきているとかか?いやいやそれはあまりにも非現実的すぎる。この非現実が当たり前に起きそうな世界でも非現実的すぎるわ。まずそもそもどうやってこの世界に来たんだって話だ。それに、さっき婚約者に散々邪魔をされたとか言ってたし、玲那にそんな力あるわけないわな。
・・・いや待てよ。もし仮にこれがよくある異世界ものだとしたら、何らかの不都合で玲那も一緒にこの世界に飛ばされて、たまったま玲那にだけ超チート能力が与えられていて、その玲那への対抗手段として僕が今人質にとられていると考えてみたらどうだ?そもそも、僕が結婚を決める相手なんて玲那以外にいるのか?いやいないでしょ。
さらに言うと、これだけ玲那とこっちの世界でうまくやっていたんだったら、さっき玲那の夢を見たのも辻褄が合うじゃないか!・・・え、マジか。そういう展開?僕の異世界生活そういう展開っすか!?
え、これどっちだ!?どっちもありえそうじゃない!?え、こんな胸熱展開だったの!?どうしよう、めっちゃ知りたくなってきた。え、なんだよさっきまでのあの現実とか夢とか言って怒ってたの。バカみたいじゃんよ!こんなリア充状態だっただなんて早く言ってくれよ~。
「まったくー、あんたも人が悪いなあ、もう!」
「え、何?なんなの急に?さっきまであんなにカリカリしてたのに何なの?急にデレ始めて気持ち悪いんだけど?」
意表を突かれたように、男の声のトーンが一気に下がった。それすらも心地よく感じてしまう自分が怖い、怖すぎるよ!
「んで、僕の未来の嫁は元気にしてるの?」
「い、いきなり気さくだなおい。げ、元気といえば、あれだけ魔術ぶっ飛ばしてきたんだ。元気だろうよ。」
ほうほう!どうやら僕の嫁は魔術をガンガン打てる、想像通りのチート能力の持ち主らしいぞ。
「ふんふん、それでその婚約者が僕を取り返そうと必死になっていたせいで、帰宅が現在遅れていると。」
「・・・さっきまでのあの仏頂面だった時のお前の方が数倍やりやすかったわ。」
ふむふむ、そして僕はその婚約者にとても愛されているようだ。我ながら隅に置けない男だな、このこの。
「はあ、こんなめんどくさそうな男、どうしてマイヤちゃんもあの子もこんなに欲しがるんだ?俺にはわからん。」
・・・ん?マイヤちゃん?
・・・あれ?これどうやら玲那じゃないパターン?
「・・・ちょっとタイム。僕の婚約者の名前ってなんだったっけ?」
「・・・は?」
「・・・ん?」
あれ、やっぱこの質問はさすがにまずかった・・・?
「・・・お前、この国の名前は?」
「・・・え、えーっと。・・・ジャ、ジャポーネ?」
「・・・は?」
「・・・ん?」
* * *
「てめえ、記憶無くしてんだったら無くしてるって早く言えや!!!!!」
「言える状況じゃなかったでしょうよ!!!自分を拉致した相手にカミングアウトする内容でもないでしょ!?」
こうして記憶喪失が僕の失言によってあっさり看破されたところで、ようやく僕は自分が置かれている状況を完全に理解した。とは言っても魔王(ようやく思い出した)が知っていることはそんなに多くないようで、ほとんどが推測によるものだったが。
でも確かにガルディンやマイヤという名前には、ここ最近何度も口にしていたかのような響きがあり、耳馴染みがとてもある名前であったことから、その人たちにお世話になっていたのだろうという推測は正しいと考えられる。
そして何よりも驚きなのが、その2人が実はこの国を治める王族で、僕はそのマイヤという姫様と婚約していることになっているらしい。おまけに超絶美女という最高の情報付きだ。
「でも、俺の魔術の腕も相当鈍ったか。まさか記憶を奪っちまうほど強力に魔術をかけちまってたとはさすがに誤算だ。こんなことばれたら、ガルディンにぶっ飛ばされちまうじゃねえかよ。おい、どうしてくれんだよお前!」
「こっちの台詞だよそれは!どうしてくれるんだよ、こっちは記憶が無くなってめっちゃ困ってんだぞ!?」
とはいえ、結婚するという情報どころか、相手の顔も素性も記憶からすっぽり抜け落ちているとなると、これはかなり面倒な事態である。どれほどの期間この世界にいるのか知らないけど、少なくとも結婚を約束する仲になっているんだ。きっと僕たちの間にかなりの信頼関係があったのは間違いない。それを忘れてしまったとなると、そのお姫様も絶対落ち込むんじゃないか?何せ僕が寝ている間、その姫様は今まで見たことないくらいに取り乱して襲ってきたって魔王さんが言うくらいなんだから、一緒に過ごしてきた時間の重みはちょっとやそっとのものではなさそうだ。
「でも、あんたのことはなんとなく思いだせたんだ。きっとまた会えたらすぐ取り戻せそうじゃないですか?」
「それで戻らなかった時の俺の処遇はどうなるかわかるか!?・・・はあ、さすがにもう牢屋行き覚悟だなあ。畜生、恨むぞお前。」
「完全に自業自得でしょうよ!」
そう、魔王さんの話を聞いていくうちに、なんとなくこの人のキャラとかは自然と思いだせたんだ。・・・ヘボ野郎っていうニックネームまで思い出して、また危うく紐無しバンジーさせられそうになったが。まあ要は、その人たちにまた会って何があったか説明してもらえれば、記憶が戻る可能性は十分にあると思うわけですよ。
「でも、だからといってすぐにマイヤちゃんのところに帰したら、今までの俺の苦労が全部無駄になるから、とりあえず俺の目的だけは果たさせてもらうぜ?」
そうそう、まあ言うまでもないとは思うが、さっきまでのあの長ったらしい自分会議の中で散々語っていた『婚約者は玲那』説はあっけなく取り下げられた。だからこそ、余計にマイヤ姫様がどれほど僕の心を鷲掴みにする性格を持った人なのかが気になって仕方がない。
あ、あとそれで、僕は人質として拉致られたわけじゃなく、僕に会いたいと言っている謎の人に会わせるためにこうしてここにいるということが判明した。
「はあ、まあとにかくそのよくわからない人に会って、さっさと僕の婚約者の顔を拝ませてもらいますよ?」
「正直お前に関わるのはもう俺もこりごりだ。さっさと用事を済ませて帰してやるからもうちょい我慢しろ。」
どうやら魔王も相当この状況に参っているようで、その顔色からかなり疲労がたまっているだろうということがうかがえる。僕が寝ている間ずっと戦っていて、ようやく逃げ切ったと思ったら僕の記憶が無くなっていたことが判明し、その無くなった僕の記憶を取り戻そうと必死になっていたから、もうエネルギーがあまり残っていないらしい。
「ほら、あそこの丘を越えたら見えてくるはずだ、俺の家が。」
ようやく少し休める、という思いを前面に出した声で魔王さんはそう告げる。それに乗じて、魔王さんが操っているライオン擬きも一吠えをかました。
確か闇魔法は魔獣を使役できる能力があったんだよな。・・・きっとこの知識もその姫様に教えてもらったりしたんだろうけど、やっぱりそのエピソードは思い出せない。謎の靄のようなものが思考を阻害しているような感覚だ。
「何!?おい、ヴァーグ!そいつは一体どういうことだ!?」
「ガウ!グルルルル、ガウガウ!」
突然、魔獣が荒げた声で魔王に何かを伝え始めた。なんだなんだ?今度は何を話しているんだ?
「・・・ちっ、どうやって嗅ぎつけやがった!?こんなもん、あらかじめこの展開を読んでないとできない動きだろうが・・・!」
表情が急激に焦りへと変化する魔王。何やらよからぬことが起こったに違いなさそうだ。
「あ、あのー・・・。何かまずいことでも起こったんですか?」
「別にお前があいつをここに呼び出せる能力を持っているわけねえしな。・・・じゃあ、一体どうやって!?」
何やら相当深刻な問題が発生したようだ。僕の質問にすら答える余裕がない魔王さんは、この短い異世界生活の中でも初めてではないだろうか。いやまあ、忘れちゃってるだけかもわからないが。
「クッソ!レナちゃんを攫って一体どうするつもりだ、ガルディン!!!!!」
そして大声を上げて恨み言を述べる魔王の一言は、他人事だと決め込んでいた僕の心を大きく動かすことになった。
だいぶ時間が経ってしまって申し訳ないです。テストやら将来やらワールドカップやらで書く暇なかったんや。お許しをー。
その代わりといってはなんですが、少しだけ長めにしたんでどうかご慈悲を~。
そして約一か月ぶりの樹君はまさかの記憶喪失。相変わらずのダメ主人公ぶりです。




