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科学と愛は冒険の始まり  作者: トレア
第2章
23/72

EX-2 宗次と玲那、玲那と樹

前回のEX-1の続きになります。

 自分たちが作り出したものがタイムマシンではなかった。その考えが間違いないと信じるようになった蒔田宗次は焦っていた。その焦りが疲労に満ちた頭に休息を与えることを許さず、3月8日になった現在も宗次の頭はフル稼働を続けていた。

 そして次に彼の頭の中の議題として挙がっているのが、タイムスリップをしていないと仮定するならば、いったい彼の親友はどこへ行ってしまったのかということだ。さすがにそこまでは現在の彼の頭では予想がつかない。


 「でももし仮に向こうの世界がやばい世界だったら、そのままタイムマシン擬きを使ってこっちの世界に帰ってきたらいいだけの話なんだよなあ。」


 という思考が脳裏によぎったが、もしタイムスリップした先で何者かに襲われていたら?タイムマシン自体が故障していたら?というよりそもそもタイムスリップ先にタイムマシンが付いていっている保障なんて一体どこにあるんだ?なんていう反論が飛び出したのでその線での考えは没となった。


 悩みに悩み、さらに悩み続けることすでに6時間。時刻はすでに夜中の3時。考え事の場所を自室から浴室へと移した宗次は、6時間悩んだ末に思いついた2つのパターンの吟味をしていた。


⒈ 別の世界線での日本の過去に飛んで行った説


 まず世界線というものがそもそも存在するのかという疑問からこの考えを放棄していたが、もう予測不能な事態が起きたとしか考えられないという結論に至った宗次は、この説にたどり着いた。仮にこの説が正しいとなると、過去にタイムスリップしたいという樹の願いそのものは叶っているため、想像していた形とは異なるにしても自分たちの本来の目的は果たしたということになる。この場合、宗次はこれ以上この問題に対して深く頭を悩ませる必要はないし、樹がこちらの世界に帰ってこない理由も納得ができる。樹がタイムスリップした先の世界に満足しているからこっちの世界に戻ってこないのだという希望的観測を持つことが可能だからである。・・・まあ仮にタイムマシンごと過去の世界にタイムスリップしていた場合、突然タイムマシンと共に現れるというめちゃくちゃな状態が発生していることになるんだが。まあそれでもこっちに戻ってくる必要はないはずだしそれでもいいか、というのが宗次の第一の意見である。


⒉ 訳の分からないところに飛ばされた説


 さっきのは、あくまでも現在宗次が持っている情報から、一番理想的な状態を考えた場合のもので、実際はこっちの可能性の方が高いんじゃないかと考えている説である。タイムマシンの故障で時空の狭間をさまよっている、全く知らない世界に飛ばされている、などといういわゆる最悪のケースと呼ばれるようなものだ。こっちの場合、樹はとんでもない目に遭っている可能性が高く、最悪の場合死すでに死んでいるか、死に等しいくらいの惨状に陥っていると予測できる。まあ、その全く知らない世界でうまくやっているなんていう希望的観測も無きにしも非ずだが、それこそ本当にわずかな希望だ。


 というパターンに分類した。ちなみに、原始時代に飛ばされたとか未来に飛ばされたという意見は彼の中では却下されている。前者だと、樹が来たことが過去に大きく影響して、今自分たちが生きている歴史そのものが大きく変わっているだろうという観測が成り立つし、後者にはまだわずかな可能性が残っているが、それだったら樹が未来の技術を駆使してこっちの世界に戻ってくることができるはずなのでそこまで深く心配する必要がないという話だ。まあそもそも設計ミスして未来に飛ばされるということ自体意味不明なのだが。いや、それを言い出したら全て意味不明か。


 浴槽に貯まった湯の中で一日以上の疲れをとる宗次は、これらを踏まえた上で重要な決断をしようとしているのだった。


            *     *     *


 そして時が経ち、現在は3月8日の朝10時。浴槽から出て、ベッドの中に入るや否やすぐに寝息を立て始めた宗次は、およそ6時間ほどの睡眠を経て再び活動を開始しようとしていた。


 「さてと、まずは研究所だな。」


 疲労が完全に取れず未だに怠さが残る体に鞭を打って、宗次は再び8年間通い続けた天梨研究所へと足を運ぶ。無収入の一文無しとしては、即座に就職活動をしなければならないはずなのだが、そんなことを宗次は全く考えてはいない。ただ彼の顔は、昨日にも劣らぬ険しい顔をしていた。

 そんな宗次は研究所などという大層な名前が付いた、正確には親友が命名した辺境の地へと向かう道中、昨日の昼までは登録者が一人しかいなかった携帯電話を取り出して、誰かへと連絡を取っていた。ちなみに、その登録者一名というのはお察しのとおりである。


 その後宗次は研究所で、改めてタイムマシンの構造のチェック、昨日と比べて変化した点などを注意深く点検し、最後に見たときと寸分の変化がないかの確認を行った。天梨樹がひょっこり帰ってきていたりはしないかという気持ちからの行動であったが、残念ながらそこに変化らしい変化はなかった。埃の量が増えたいった程度だ。


 宗次は深いため息とともに、すでに午後14時を回ったことに気づき家から持参したおにぎりを口いっぱいに頬張るのだった。その顔にはどこか諦めと決意が共存した複雑な表情が見て取れた。


            *     *     *


 時刻は17時半を回ったところ。宗次は誰もいない天梨研究所を後にして、とあるはずれのこじんまりとした喫茶店で一人優雅にコーヒーをすすっていた。しかしその表情は優雅とは程遠く、コーヒーを口に運ぶ手も、どこか落ち着きのなさを感じさせるものだった。その落ち着きのなさの原因は、


 「遅くなってごめんなさい!待たせちゃった・・・よね?」


 どうやら目の前に現れた美人にあるようだった。


 「いや、こっちも昨日の今日だってのに悪かったな。それも急な呼びかけだったっていうのに来てくれたんだからむしろ感謝している。」


 謝罪の意思を示しつつも明るくふるまっているその人は、伊理夜玲那である。そんな玲那に対して宗次はいつもとは違ってどこか改まっている様子である。それが果たして、わざわざ自分に会うためだけにばっちりおしゃれと化粧をしてきてくれた目の前の美人に対して、うまく言葉を紡げなくなったからなのか。それともここ8年程は樹、両親、近所のコンビニの店員としかまともに会話をしていなかった弊害からなるものなのか。・・・間違いなく後者だろう。


 「それにしてもびっくりしたよ!まさか蒔田君の方から次の日にいきなり会えないかなんて言われるって思ってもみなかった。それで、君がそうやって急に呼び出すってことはそれなりの用事なんでしょ?」


 「察しが早くて助かる。・・・まあ用っていうか、まあ頼みって言うべきなのかわかんないんだけどな。その前にいくつかお前に聞きたかったことがあるんだがいいか?」


 「・・・きっと樹君のことについて、だよね?」


 「・・・本当察しが良くて助かるよ。」


 そう言うと宗次は緊張の色を濃くし始めた。今からする質問には自分は一切関係がない。それなのに宗次は、その質問をするのをためらっている様子だった。その様子を見た玲那の顔色も、またもや何かを察したのか少しばかり真剣さを帯び始めていた。


 「お前は・・・結局あいつのことをどう思っているんだ?どう思っていたんだ?」


 「・・・やっぱりそういう類の質問になるよね。でも、どうして君がそれを今になって私に聞いてきたのがわからないなあ。・・・あの日からだいぶ年月が経った今になってそれを聞かれるなんて、今日の朝までは正直思ってなかったよ。」


 「昨日も言っただろ?この8年の間にいろいろあったんだよ。あいつにも、俺にも、な。それに・・・今この質問の答えを知ることは、俺にとって大きな意味があるんだ。だから、悪いけど話してくれないか?お前と樹の話を。」


 「・・・やっぱり意外だよ。樹君に頼まれたわけでもないのに、君がそんなことを気にするなんて。・・・じゃあ、答えてあげる。せっかく話すんだもの、君には最初から話してあげた方がいいと思うし、少し時間をいただくよ?」  


 「構わんさ。・・・聞かせてくれ、その話。」


 喫茶店で向かい合う男女2人。謎の雰囲気に包まれたまま、玲那は昔話を語り始めるのだった。


            *     *     *


蒔田君は知っていると思うけど、私と樹君は幼稚園からの付き合いなんだ。まだあの頃は樹君は活発だったなあ。私は昔は引っ込み思案で、誰かに話しかけることすらできない有様だったの。いつもみんないろんなことをして遊んでいたんだけど、私だけいっつもその輪の中に入れずに端っこの方で絵本をずっと読んでた。樹君はいつも体中ドロドロになって先生に叱られてたよ。きっと今の樹君しか知らない蒔田君には想像つかなんじゃない?。


 とまあそんな風にいつもの幼稚園の日常が流れようとしてたある日にね、泥んこになった樹君が端で本を読んでた私を見つけたの。樹君は不思議そうな顔で、

 「どうしてみんなと一緒に遊ばないの?女の子ってみんなで一緒におままごととかするのが好きなんじゃないの?」

って私に問いかけてきたの。一方の私は男の子に話しかけられたことなんて全然慣れてなかったからついビビっちゃって何も言い返せなかったんだけどね。そしたら、

 「一人でつまらなくないの?ぼくはみんながいないとつまらない!」

ってなぜか私の前で急にごね始めてね。だからどうすればいいのかわからなくなって、

 「きっと一人はつまらないよ。でも、あなたはみんなといつも一緒だから大丈夫でしょ。」

って慰めたの。ふふ、なんであの時私が慰める側だったんだろうって今でもよく思うよ。でも、樹君は

 「一人がつまらないんだったら、ぼくが一緒に遊んであげるよ!おままごとでも一緒にする?ぼく、ヒーローとかがいいなー!かいじゅーとかが出てきても、おりゃー!!!って必殺のパンチくらわせて君を護ってやるよ!」

なんて言って、私と遊ぶ約束をしてくれたの。変わった子だなあって思いつつも、きっと冗談だろうってどこかで思っていた自分がいた。だけどあの日から、樹君は外で泥んこになることをやめて、宣言通り室内で私の遊び相手になってくれた。誰かと遊ぶっていうのは、私にとっては初めての経験だった。うちは近所づきあいも活発ではなかったから、同じくらいの年の子と遊ぶ機会なんて全くなかったの。だから樹君が一緒に遊んでくれてたっていうのは、とにかく新鮮だったの。それに樹君は、周りの目なんて気にせず、いつもいろいろなことをして私を楽しませようとしてくれた。それだけじゃなくてね、樹君が他の子も一緒に誘ってくれたの。おかげで、みんなも私と一緒に遊んでくれるようになったんだ。そのおかげで、いっぱい友達ができたし、私の引っ込み思案がだいぶ解消されたの。・・・だから樹君は私にとって大恩人なの。誰かと話す楽しさとか、誰かと遊ぶ楽しさとか、色んなことを教えてくれた大恩人。あの時樹君が私に話しかけてくれなかったら、私はもしかしたら今でも人付き合いが苦手な引っ込み思案な女の子だったかもしれない。だから私は樹君には感謝してもしきれないんだ。・・・彼は私を助けてくれた勇者みたいな人なの。


 でもそれから、教育熱心な父親に言われるがままに小学校のお受験をすることになって、それに受かっちゃったせいで樹君とは小学校が別々になっちゃったの。受かっちゃったっていうのも変な話だけどね。でも、逆にそれは樹君がいなくてもやっていけるってことを証明するいい機会だと思ったからそれなりに前向きに頑張ってたんだよ。まあ、そのあと両親が私の教育をめぐって喧嘩して離婚しちゃって、私はお母さんに付いていったから中学は地元の中学に通うことになったんだけどね。だから、こうして樹君に再会したり、蒔田君に会うことができたんだよ。・・・久しぶりに会った樹君は、昔の面影が全く無くてびっくりしたけどね。なんか暗くなったっていうか、おとなしくなったというか、それこそ引っ込み思案になったというか。


 それからの私と樹君は、中学生っていう男女関係にデリケートな時期だったってこともあって学校で表立って話すことがなかなかできなくてね。時々どこかでお茶をするくらいの仲になったの。・・・ってまあそこから先はきっと君もよく知ってるよね。樹君がよくあなたの話をしてたもの。それに、私たち3人で同じクラスになった時もあったしね。今思えば、あの頃が一番楽しかったなあ。いろいろと充実してたと思う!本当、色々ね!・・・まあ何があったかはさすがに教えてあげないよ!まあヒントだけ言ってあげると、樹君が嬉しいこと言ってくれたってことかな・・・。はい、私の話はおしまい!何か質問でもある?


            *     *     *


 玲那の長い昔話を、宗次は感慨深い表情で聞いていた。いったい彼女の話を聞いた彼は何を思い、何を考えているのか。玲那の話が終わると、宗次は穏やかな表情と声でこう切り出した。


 「・・・僕が君の勇者になってあげる。なにかあったら僕が玲那を助けてあげるよ・・・だったっけか?」


 「え・・・。ちょ、ちょっと、なんで知ってるのその台詞!?」


 「その次の日に、あいつが興奮して俺にその話をしてきたんだよ。ついつい勢い余ってかっこつけちまったよおおおお!!!って顔真っ赤にしながら散々その話聞かされたんだよ。・・・全く、お前も嬉しかったんだったら直接あいつにそう言ってやったらよかったじゃねえか。あいつ、調子に乗って変なこと言っちまったあああああ!!!って言って結構へこんでたんだぞ?」


 「え、そうだったの!?私そんなに冷たい反応したっけ?全然気づかなかった!」


 「いや当時のお前の反応を俺に聞かれてもな・・・。」


 当時の思い出話に花を咲かせる二人の間からは、さっきまで立ち込めていた不思議な雰囲気は感じられなくなった。傍から見ると、その様子はもはやただの美男美女のカップルにしか見えない。


 「でも、まだ肝心なところが抜けているぞ伊理夜。」

  

 「・・・やっぱりバレちゃった?」


 「そりゃあそうだ。俺はそれを聞きに来たんだからな。・・・んで、今はどう思ってんだよあいつのこと。あんなことされてもまだ、あいつのことを勇者とでも言うつもりか?」


 「・・・そりゃあ、当時の私は相当混乱したよ?しばらくは樹君に会うのもなんか気まずくなっちゃって距離を置いちゃったしね・・・。まさかあれからもう一度も会うことがないとは思わなかったけどね。・・・私はね、本当は彼の方から会いに来て欲しかった。私からまた樹君に会いたいって言うのも・・・あんな形になっちゃったからなんか言いづらくて・・・。だから、昨日君に会えたのはチャンスかな!って思って君に思い切って声をかけてみたんだけど、まさかこんなにも早くこういう展開になるなんて私の方がびっくりだよ。」


 そう言う玲那の表情はどこか悲し気な雰囲気をまとっている。しかし、宗次は質問をやめることはない。


 「・・・それで、樹に会いたいか?」


 「・・・うん、もし可能であれば昔みたいにまた笑ってお話ができる仲になりたいな。樹君もそう願ってくれてたら嬉しいんだけど。」


 「そこに関しては心配いらねえよ。あいつのお前への愛情は変わってねえし。それも気持ち悪いくらいにな。」


 「あはは!なんかそれって喜んでいいのかよくわからないね!」


 「さあ、どうだろうな。」


 本当は、宗次はもう一つ玲那に質問をするつもりだった。だがその質問は、今までの玲那の返答からなんとなく答えがわかってしまった。宗次は玲那とのやり取りの中で、彼女の樹への愛情を知った。・・・きっとこれはいわゆる相思相愛というものだろうということに彼は気づいてしまった。彼のことが好きだと彼女は明言こそしないが、樹の話を幸せそうな笑みを浮かべてする玲那を見ればきっと誰にでもわかる。・・・そして、宗次はその表情を見て、ようやくある重大な決心をした。


 「・・・わかった、じゃあ必ず近いうちにあいつをお前の前に引き合わせてやるよ。」


 「・・・そんなに彼を私の目の前に連れてくるのって大変なの?」


 「ああ、まあちょっといろいろあってな。すこーしだけ時間がかかるかもしれねえんだよ。それでも待ってくれるんだったら、必ずあいつを連れてくる。約束する。」


 「じゃあ君を信じてみようかな?いまいちよくわからないけど、まあ無理はしなくていいからね?」


 「まあ多少は無理することになるかもなあ。・・・んでそうそう、最初に言ったお願いってやつなんだけどな。」


 「あーうん、言ってたね。何なりとどうぞ?」


 「しばらく訳あって連絡がつかなくなると思うんだが、何があったかはできれば詮索しないで欲しいんだ。」


 「は、はあ?そういうなら何もしないけど。・・・どうせなんでって聞いても答えてくれそうにないんでしょ?」


 「相変わらず理解力があって助かる。・・・じゃあついでにもう一つ変なお願いする。・・・なんかさっき、あれだけ勢いよく樹を連れてくるなんて約束しちまったけど、もしいつまでたっても俺が樹を連れてこなくて、待ってる間に他にいい人を見つけたら、迷わずその人と一緒になれ。」


 「・・・本当に変なことを言うのね。君たちの8年間って一体どれほど濃いものだったのか、気になってきちゃった。」


 「・・・知らない方が身のためだ。かなりばかげてやがるからな。・・・じゃあ、そろそろ解散だ。」


 「ふふ、随分と一方的ですこと。いいよ、約束待ってるからね。」


 そういって2人はおよそ4時間ほど座り続けていた喫茶店を後にしようと立ち上がった。宗次のおごりで店を出ようとすると、再び宗次が玲那に語りかけた。

 

 「ああ。・・・最後にもう一つだけ。」


 「ん、何?」


 「もし仮に俺が・・・。いや、やっぱ今のなしだ。忘れてくれ。」


 「えー何それ、一番気持ち悪いやつじゃんそれ。」


 「悪い悪い。本当に大したことねえからさ。・・・それじゃあな。」


 「・・・うん、じゃあまたね。」


 そう言って、2人は別々の道に向かって歩き始めた。


            *     *     *


 日付は変わって、現在は3月9日の午前10時ほど。一人の男が天梨研究所の内部への侵入を果たした。その男の名は蒔田宗次。23歳無職、二日前から本格的なニートとなった男である。

 宗次は研究所に入ると、その真ん中に大きくそびえたつ巨大な機械へと目をやった。その機械のドアらしきものの上を見ると、英語で「Time Machine」と綴られている。どうやら、ドアが付いているカプセル型の機械がいわゆる転送装置、その両脇にそびえたつ柱のようなものが力の源になっているようだ。


 「さて・・・と」


 宗次は少しばかりの躊躇と共に、そのカプセル型の機械の中へと足を踏み入れた。その表情からは、やはり一抹の不安が宿っていることが感じ取れる。


 蒔田宗次は昨日の帰宅後、珍しくさっさと風呂に入り、そのまま未だ肌寒く感じる自室にある布団の中へと潜り込み、最後の思考の渦へと身を投じていた。伊理夜玲那は天梨樹に会いたいと願った。それがどれほど強い願いであったかは計り知れなかったが、少なくとも彼女のその願いを叶えるためには、タイムマシンを使って行方不明になった天梨樹をこちらの世界に連れ戻す必要がある。そして、それができるのは蒔田宗次ただ一人だ。ならば行くしかない。何が待ち受けているかわからない世界に飛び込んで、無事に樹を救い出すしかない。・・・タイムマシンを作ったのは自分自身だというのに何が待ち受けているのかわからないとは、実に馬鹿げた話である。


 自分が行ったところでどうしようもないかもしれない。行った先ですぐに命を落とすかもしれない。そもそも転移先に足場がある保証もない。だが、彼には失うものも特になかった。これ以上こちらの世界でやるべきことも特になかった。だから、彼はためらいながらもタイムスリップをすることを選んだ。


 彼は、転送先に自分の家、転移時間を樹と同じように9年前の冬休み最終日に設定した。そして転送スイッチに手をかざしたまま、感慨深くため息をついた、


 「この世界ともしばしの別れってことで。」


 そう軽く呟くと、宗次は今度こそそのスイッチを強く押した。すると、宗次の視界は白い光に包まれ、意識が飛びそうになる感覚が襲ってきた。


 そして次に目を開けてみると、白い光こそ消えていたがやはり視界に映っていたのはタイムマシンの内装だった。だが、彼は空気の違いをすぐに悟り、タイムスリップが完了したことを感覚的に理解した。


 「・・・はは、結局タイムスリップが成功していたとしても、運命をやり直すなんて無理だったんじゃねえか。」


 そう言って宗次は、転送される前と全く変化がない自分の身体を見て苦笑を浮かべるのだった。


 「そういえばタイムスリップはできても、自分がそのタイムスリップ先の過去の自分になれるだなんて一言も言ってないしな。うん、俺は悪くねえ。」


 これでは、仮に樹が過去に戻れていたとしても、せいぜい陰で暴走する前の自分を制止くらいしかやれることがない。それにそんなことをしても、仮にこれが別の世界線だったとしたら、元の世界に戻れたとしても何も変化はないだろう。つまり、自分自身が幸せになれるルートなんて結局存在しなかったのである。なんと悲しい結末だろうか。


 「んで、転送装置は・・・なるほど、やっぱり故障してんのか。道理で帰ってこれないわけだ。ってそりゃそうか。カプセルごと転送できたところで、動力源のあの柱がなければ動くわけがねえ。」


 ここにきて2つ目の失敗に気が付いた。だが逆に、動力源の柱さえまた作ることができればまだ帰れる可能性はあるということに少し安堵の表情を見せる。


 「まあその素材や部品がここで調達できるかどうかだけどな。・・・とりあえず外に出てみねえと始まらねえか。」  


 そう言うと宗次は、どこぞの小便小僧とは違って物怖じすることなく、果敢に外の世界へと飛び出していった。




 「・・・・・おいおい、なんだよこれは。」



 そして、宗次が目にしたのは、あたり一帯に広がる草原と・・・



 「モオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!」



 激しい咆哮を轟かせる魔獣の姿だった。

今年中に投稿できるのはこれで最後だと思います。この半年とても楽しく執筆活動を行えました。読んでくださっている方ありがとうございます。来年もちゃんと続けていくのでよろしければお付き合いください。ちなみに構想はなんとなくですが最後までは練ってあるので最後までちゃんと書きますよ!

それでは皆さん、よいお年を。

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