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科学と愛は冒険の始まり  作者: トレア
第2章
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2-8 第二次天梨樹の決断

 「・・・僕が姫様と結婚するかどうかまだ迷っているって言ったら怒りますか?」


 昨日僕が犯した罪。それは深く考えずにその場の雰囲気に流されて姫様と結婚する流れに乗ってしまったことだ。自分が犯したその罪を償わなければ、宗次はきっと許してくれない。

でもその罪に向き合うためには、まずは姫様に自分の罪を告白しなければならない。それで罵倒されようとも暴力を振るわれようとも、罪を犯した自分が悪いと思って受け入れるしかない。

そもそも姫様にとって、この話は理不尽としか言いようがない。自分の意思とは無関係にヘタレと結婚させられそうになり、そのヘタレごときに自分が結婚相手として選ばれるか選ばれないかという選択をされているのだから。僕だったら、こんな事態はブチギレ案件だ。


 「怒る・・・ですか。そうですねえ・・・。怒りや悲しみといった感情は今の私の中にはありませんね。」


 なんてことを考えていたのに、姫様の口から出た言葉は第一声から僕の予想を裏切ってきた。


 「私にもよくわからないんですよ。昨日も言ったとおり、私には恋心というものがわからないので、結婚というものが果たしてどれほど大きな意味を持っているかということをあまりよくわかっていないんだと思います。」


 前々から思っていたけど、姫様が恋心というものをわからないというのは意外だった。あの王様の娘なわけだし、そういうことには詳しそうなんていう謎の偏見はさておいても、このルックスだし男なんて引く手数多なわけだし?一度くらいはビビッと来ていてもおかしくなさそうだと思うんだが。これが一国の姫様が辿っていく運命なんだとしたら、これはもう一種の悲劇というべきだ。


 「でもきっと恋とは素晴らしいものなのでしょうね。恋があれば、人は一人の人間を強く思いやることができるのですから。ええ、やはり恋とは尊いものだと思います。」


 姫様はとても穏やかな表情で語る。僕がこの話を切り出そうとした時に出した謎の緊張感は、もうこの場にはない。


 「ですが、中には浮気をしてしまう方や、あまり深く人のことを愛せない方だっていらっしゃいます。あ、別にザイロン様の悪口を言っているわけではないのですよ?あれはあれで家族として成り立っているので良いのではないかと思いますし。」


 そう言って笑っているけど、あなたの父さんも同類でしょうよ。それに「あれはあれ」って言ってる時点でもうディスってる気がするんですが。


 「私が言いたかったのはそういうことではないんです。中には、本当に一途な恋心を持っている方がいます。その人が喜ぶことをしてあげたい、笑う顔がみたい、ただそれだけの理由で身体を張れる人だっています。そういう人たちに私は強く憧れるのですよ。そこまで一人の人を愛せるなんて、誰にでもできることではありませんから。」


 姫様はただただ語り続ける。まるでそれをしたことがない自分を残念に思っているかのように、彼女は儚い笑顔を見せて語り続ける。


 「ですからね、勇者様。私はあなたを羨ましくも思いますし、とても素敵な方だと思うのです。」


 「え、どうして急にそうなるんですか?僕は姫様が言うような尊敬できる人間ではないですよ?」


 おかしなことを言う。実におかしなことを言う。僕は純粋な恋心も持たず、深くも考えず、ただ力を得て元の世界に戻る方法を探すためだけに姫様と結婚しようと企んだどうしようもない奴だというのに。


 「では勇者様、どうしてあなたはこの世界に迷い込んだのですか?」


 「どうしてって、僕らが作ったタイムマシンが不良品だったからですよ。もし欠陥に気づいていれば、きっと僕はここにはいませんよ。」


 「ええ、きっとそうだったかもしれません。では勇者様、どうしてタイムマシンなんて大層なものを作ろうと思ったのですか?」


 「それは、僕が過去に犯した過ちをなかったことにするためですよ。過去に戻って、あの出来事自体をなかったことにするつもりだったんです。」


 「なぜそのようなことをしようと思ったんですか?」


 さっきからどうして姫様は僕の黒歴史を抉ろうとしてくるのか。いくら相手が姫様だからとはいえ、僕だってあまりこのことを話したいわけではないんだが。


 「・・・あんなことをしたせいで僕は玲那に嫌われました。だからその出来事を無くせば、また玲那と昔みたいに話ができると思ったんです。」


 「なぜそうまでして玲那さんに拘るのですか?きっと勇者様の世界にもたくさん女性の方はいらっしゃるのでしょう?なぜわざわざタイムマシンを作ってまでして玲那さんとの日常を取り戻そうとしたんですか?」


 いったい僕に何を言わせたいというのだ。僕の黒歴史を抉っていったい何がしたいというのだ。


 「・・・そんなの玲那が好きだったからですよ。・・・昔からずっと片想いしてたからですよ。それなのに、バカな僕はたった1日でその全てを無駄にしてしまったんです!幼稚園からずっと積み重ねてきた関係をたった1日で全て無駄にしてしまったんです!なら、やり直すしかないじゃないですか!過去に戻ってまた玲那と話せるようにするしかないじゃないですか!」


 ほら、僕の感情が爆発してしまった。でもこれは僕のせいではない。これは爆発させられたのだ。そう仕向けられたのだ。だから僕のせいでは断じてない。


 「・・・だからですよ。だから私は素敵な方だと言ったんですよ勇者様。」


 「無駄な励ましもお世辞もいりませんよ。結局僕はただそれだけのために姫様の一生を振り回そうとしていただけなんですから。」


 「そこまでしてたった一人の女の人と結ばれたい、そういう気持ちは私はとても素敵だと思います。」


 また一つ言い返そうと思ったけど、姫様の顔を見たらそんな気持ちは吹き飛んでしまった。彼女の言葉は本気だ。彼女はきっと純粋にそう思ってくれているのだろう。心が荒んでいた僕にそう思わせるほど、姫様は晴れ晴れと清らかな笑顔をしていた。

 だけどやっぱり根本的な問題は何も解決していない。


 「仮に僕が姫様の言う素敵な人だったとしても、今僕たちが話し合おうとしているのは僕らの結婚についてですよ?僕が姫様と結婚したら、その一途に思い続けてきた玲那への愛情は失われるんですよ?」


 「だから悩んでらっしゃるのでしょう?だから勇者様は親友と喧嘩して、こうして私と二人きりで話をしているのでしょう?」


 「っ。そうですけど、姫様はいいんですか!?姫様は・・・。」


 そこまで言って僕の思考は停止してしまった。何を言いたいのか。何を伝えたらいいのか。自分は何を言いたいのか。すべてがもうわからなくなってしまった。


 「・・・私、勇者様には感謝しているんです。」


 「僕は・・・。姫様に喜んでもらえるようなことは何もしていないと思うんですが。」


 何を感謝することがあるというのだろうか。姫様は僕の世話をするのが好きだから嬉しいとでも言うつもりなのだろうか。だとしたらどれほどの善人だというのか。それとも相当なマゾだというのか。


 「勇者様は私にとても優しくしてくれるじゃないですか。現に、今でも私が勇者様と呼んでも嫌な顔一つしないじゃないですか。」


 「それは約束ですから。それに姫様の護衛をすることで僕も生活を保障してもらっている身ですし。」


 「普通、いきなり見ず知らずの場所で何も知らない赤の他人に命を護ってくれなんて言って承諾する人なんていませんよ?」


 まあ、半ば強引ではあったからという理由もあるんですがね。それでもあの時の僕にはきっと断るという選択肢はなかったと思う。


 「ただの口約束だったのにも関わらず、勇者様はあれから私の護衛としていつも傍にいてくれます。自分の世界とのギャップに打ちひしがれても、自分の魔術の適性にケチをつけながらも、先行きに不安を感じようとも、それでもあなたは私の護衛をしてくれているじゃないですか。」


 それは、姫様についていかないといったいどうすればいいかわからないからなんだよなあ。姫様と一緒に行動することでしかこの世界での自分に存在意義を見出せる気がしないからともいえる。まあ存在意義は結局ないかもしれないけど。


 「私、嬉しかったんですよ。勇者になるなんて別に冗談でもよかったんです。でも、初対面の人の目の前に取り乱してしまったにもかかわらず、あなたは嫌な顔一つせず私を護ってくれると約束してくれました。あなたの優しさに、私は救われたのですよ。」


 「・・・・・。」


 「それに、きっとタツキ様が今こんなにも悩んでらっしゃるのは私のせいなのでしょう?本当は一刻も早く元の世界に戻って玲那さんとの時間を取り戻したいと願っているはずなのに、私に気を遣って悩んでおられるのでしょう?」


 もう姫様の顔を見ることなんてできなかった。見てしまったら、色んな思いで涙が出るだろうと思うから。


 「だからせめて、私に何か力になれることがあったら言ってほしいです。タツキ様が私にくれた優しさの恩返しをさせてください。結婚などということで悩んでらっしゃるのなら忘れていただいて結構です。戦う力が必要なら私の力を使ってください。」


 「・・・いいんです。」


 そんなことをしてもらえるほど僕は何か立派なことをしたわけではない。姫様にそこまで思われるほど僕は優しい人間ではない。姫様の心からの善意を受け取れるほど、僕は立派な人間ではない。


 「私をもっと信じてください。もっと頼ってください。なんでも言ってください。それが勇者と姫の関係というものでしょう?」


 そう言って姫様は今度こそ何も含むところのない、純粋な笑顔を僕に見せてくれた。

 思えば、僕の人生の中で他人に感謝されることなんてそうなかった。誰かに必要とされる経験はおそらく一度もなかった。頼っていいと言われたことだってきっと一度もなかった。こんな優しい言葉で寄り添ってもらったことだって一度もなかった。そんな奇跡のようなことが、親友と大喧嘩してメンタルがやられ、怒りや呆れといった態度で接されることを覚悟して罪を告白した相手から与えられてしまったら・・・。こんなのもう、泣くしかないじゃないか。


 「・・・それほどまでに追い込まれてらっしゃったのですか?それならもっと早く言ってくだされば、もっと早くお力になれたというのに。・・・もう大丈夫ですから。一人で抱え込まなくても大丈夫ですから。」


 「・・・・・っ。」


 なんという羞恥プレイだろうか。未来の結婚相手に泣いてるところを慰めてもらうなんてそんな恥ずかしいことがあるか。不幸中の幸いと言えるのは、ここが自分の部屋で姫様以外は誰もいないということだろう。でも、やっぱり勇者と姫の関係のくせにいつも立場は逆なんだよなあ。


            *     *     *


 「落ち着きましたか勇者様?」


 「・・・はい、ご心配をおかけしました。」


 私室なのになぜかずっと立ったまま会話をしていた僕と姫様はようやくソファの上に腰を下ろした。片方は女神のような慈愛に満ちた顔を、もう片方は瞼を腫らした無様な顔をしているのは察してください。


 「決めましたよ姫様。」


 「はい、何なりと。」


 「やっぱり僕は姫様には頼りません。」


 「え、なんでですか!?そんなに信用無いですか私!?」


 「まさか。むしろさっきの言葉で僕の中で一番信頼できる人になりましたよ。」


 「じゃあなぜです?また一人で抱え込まれては私も心配するんですよ?」


 さりげなく恥ずかしい台詞を言ったのにスルーされました。これはなかなか心にきますね。まあそれはともかく、僕もただ赤ん坊のようにピーピー泣いていたわけではない。泣いていた間に僕はある重要な覚悟を決めた。これからのことに大きく関係してくるある大きな決断をした。


 「いえ、厚かましくて申し訳ないですが、これからの生活の保障とこれからの戦闘技術の習得には姫様やほかの人たちに頼らざるをえません。僕が頼らないと言ったのは主に2つのことに対してです。」


 「2つのことですか?」


 「はい、まず一つ目ですが姫様を戦う力として頼ることはしません。姫様はこの国のためにも、絶対に危険な目に遭わせるわけにはいきません。僕も勇者という立場である以上、姫様を危険な場所に連れていくことなんて言語道断ですから。そもそも、僕の役目は護ることですからね。」


 「お言葉ですが、勇者様には戦う術がありませんし、そんな勇者様が外の世界に行くのを、私も姫という立場上止めないわけにはいきません。勇者様は勇者である前にもうこの国の人間ですし、この国の姫として、私は国民を護る義務がありますから。」

 

 むむ、その返しは予想外だった。でもそれだったら勇者と姫の関係なんて堂々巡りじゃないですか。


 「だから修行をします。何年かかってもいいので、必ず一人でも魔獣の群れを壊滅させられるくらいの力をつけてみせます!」


 これが僕の1つ目の決断だ。護られてばかりでは僕も面目が立たないし、単純に自分の身は自分で護れるくらいにはならないといけない。それに、やはりこれは自分と宗次の問題だから、僕たちが一番身体を張って戦うべきだろうと思うわけだ。あ、そういうことだから宗次には、きちんと修行をして僕と一緒にビシバシ戦ってもらう予定です。


 「それで、2つ目というのはいったい何でしょうか?」


 「2つ目は、まあ少し1つ目とも関わってきます。何かと言いますと、戦う力を得る方法として王族血合を行うという選択肢を削除します。」


 つまり、今までの論争にもあったように、一刻も早く元の世界に戻るための手段として王族血合をすることを禁止するということだ。姫様との仮初の結婚というのはなしの方向で。


 「それは、私との結婚の話はなかったことにするという認識でよろしいでしょうか?」


 「・・・はい、そういう認識で間違いないです。」


 「つまりは、勇者様は修行をただひたすら行って強くなって元の世界に戻るということですか?」


 「はい、そういうことです。」


 「でもそれは先ほどご自身でも仰ってましたが、かなりの時間を使うことになりますよ?」


 「それでも構いません。仮に元の世界に戻れたとしても、またいずれ過去にタイムスリップするんだったら歳は関係ないですから。」


 「・・・本当にそれでよろしいのですか?」


 「はい、それが僕が出した結論です。宗次もこれならきっと納得してくれます。」


 別に、宗次を納得させるために考えたわけではないんだけどね。でもこれでとりあえずは宗次と仲直りするための素材は揃った。この方法なら、誰も傷つけずに済むし、この修行を通して僕のこの腐った性根が叩き直されるかもしれない。


 「ならば、これ以上は何も言いませんわ。なら私は、勇者様とソージさんが戦えるようになるまで、精いっぱい手助けさせていただきますね!」


 「はい!だいぶ時間がかかるとは思いますが、どうか見捨てずに世話してくださいね!」


 「ふふ、心を鬼にしてビシバシと行くので覚悟しておいてくださいね?」


 姫様の鬼なんてきっと宗次の通常の状態よりも優しいだろう。・・・そうであることを願おう。


 「それと姫様。」


 「どうされました?」


 「・・・ありがとうございます。さっきの姫様の言葉、嬉しかったです。きっと生涯ずっと忘れないと思います。」


 「そんな、大袈裟ですよ。・・・柄にもなくあの時は私もつい熱くなってしまいました。今思い返してみると、少し恥ずかしいですね。」


 そう言って少し頬を赤らめる姫様は、もはやこの世のものとは思えないほどの可愛さだった。


 「さて、では私たちのお話も済んだことですし、改めてサラの家に向かいましょうか。」


 「そうですね。今日起きた悪いことは、今日のうちに消化してしまいますか。これからのことも話さないといけないし。」


 そうして僕らは、王宮を再び出発した。すでに時刻は150界、すっかり夕方になってしまっていた。


            *     *     *


 姫様にも宗次にも言うつもりはないが、僕の中でのあの2つの決断には、また別の大きな意味を持っている。それは、僕の男としての意地とでも言おうか。

 あの決断は表向きに考えると、ただ僕が必死に戦いの技術を学んで、自分の力で自分の世界に変える方法を掴み取る。そして姫様と結婚をしないことで心置きなく玲那に会いに行って、玲那との時間を勝ち取るというようにとれる。実際、姫様もそのように解釈していた様子だった。

 だけど、僕の中でのあの決断には全く別の意味が込められている。必死に戦いの技術を身につけることで、姫様の身を護ることのできる正真正銘の勇者になること。それが僕の本当の目的だ。いつまでも護られてばっかりだと格好がつかないし、男の意地として、結婚するんだったらやっぱり僕が護る側でありたい。だから、僕が一人前になった後に、改めて自力で姫様からの愛情を勝ち取って、自分から王様のところに行って姫様を欲しいと言いに行きたい。僕が下した決断というのはそういうことだ。

 玲那への恋心よりも、玲那への恋心を応援して支えると言ってくれた姫様への気持ちが強くなってしまった。我ながら見事な浮気性ぶりである。だが、批判は受け付けない。もう決めたことなんで。




 僕は今日、この世界で生きていくことを決めた。



みなさんならどちらの気持ちを優先しますか?僕も話を考えながら樹と同じことを考えてずっと悩みました。

でも異世界で生きることを決めるって・・・やっぱとんでもない人ですね樹は。

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