2-4 天梨樹の決断
時間は経過し、現在はもうS15界になる。念のため言っておくと、現実世界の午後7時を意味しているので間違えないように。
姫様による楽しい楽しい魔術教室は、王様の一言の後で突然の休講に見舞われた。教師である姫様の状態に異常をきたしたためである。
いやまあ僕の方にも相当な衝撃が襲っているんだけど。王宮に戻って、真っ先に自分の部屋に戻ってこうして一人ベッドの上でうなだれているくらいには衝撃的だった。
確かに、あの王様の発言の数秒前には、なんでもやるという決意があった。あったけど、結婚というとまた色々と思うことがある。まず、わざわざこの世界に来た(来てしまった)のは、玲那との関係をやり直すためだったはずなのに、ここで別の人と結婚なんて本末転倒である。いやあんな可愛くて包容力があって、賢くて、おまけにこの国の姫様と結婚できるなんてこれ以上幸せなことなんてない。ないんだけど・・・ないんだけどさー。
ほ、ほら、だって姫様だって突然結婚しろなんて言われて素直にはいと言えるわけがないじゃん?あの姫様の取り乱しようは、この二日間の中で初めて見るレベルの動揺だった。逆に魔王が襲撃してきて、目の前で大魔法の応酬が繰り広げられてた状況ですら、そこまで動揺していなかった方がすごいと思うんだけど。
まあつまり、僕は現在大きな決断を迫られている真っ最中ということである。本来の目的である玲那との恋愛成就を果たすため、今目の前に転がっている最高のシチュエーションを手放すか(最低3年間こっちの世界に留まらなければいけないというおまけ付き)、過去なんて綺麗さっぱり忘れて、目の前にある超絶美女と結婚して、最強の魔術師の道を歩み、いずれはこの世界を統べる王になるか。え、これって悩んでいるのがバカバカしくなるくらい選択肢に差があるんだけど。
天梨樹としてのプライドをとるか、目の前の約束されたリア充への道をとるか。そんなバカみたいに片方が傾いている天秤を眺め始めて、すでに10界ほど経過していた。
* * *
沈黙は食事の時になっても破られることはなかった。といっても食事中の会話はマナー違反とされているから仕方のないことではあるのだが。それでも食堂で目が合ってもすぐにそらされてしまうこの現状は、なかなか居心地の悪いものである。
その一方で、その様子を不思議そうに見つめる爺と、ニヤニヤしながら僕たちの様子を楽しんでいるというのがまるわかりな顔で見ている王様がいた。不愉快極まりない。
そんないつも以上に空気の重い食事を終えた僕は、さっさと部屋に戻ってシャワーでも浴びてとっとと寝てしまおうという意思の下、急ぎ足で部屋に戻ろうとした。戻ろうとしたんだよ?いや、かなり急ぎ足だったんだよ?でもやっぱり、
「もう十分答えを考える時間は与えたよなあタツキよ。」
傍若無人な王様は僕をその場から解放してくれはしなかった。
「なあ、何をそんなに悩むことがあるんだよ?自分で言うのもなんだが、俺の娘はそこら辺の女とはレベルがちげえと思うんだけどなあ。そのお前のようわからん幼馴染が何だか知んねえけどよ、マイヤを嫁にもらえるんだったら絶対幸せになれると思うぜ?・・・ってなんで本来なら「娘さんをください!」って言われる立場の俺が、何の特徴もない平凡なお前なんかに、まるで「娘を貰ってやってくれ!」って言わなきゃいけねえんだアホンダラあああ!」
「痛い痛い痛い痛い!勝手に一人で喋って一人で怒らないでくださいよ!ちょ、すねはやめてください!すねはマジで痛いですって!」
大陸最強の戦士が、一般人に最もケガをさせずに痛みを与える方法ランキングに上位で入りそうな技で僕を攻撃してきた。そんな現状はさておき、王様が口に出した台詞が引っ掛かる。
「それは僕の方が気になりますよ。なんでまだ昨日こっちの世界にやってきたばっかりで、戦闘能力皆無で、特別イケメンなわけでもないし、性格もまたいろいろ残念な僕に、最愛の娘をやるなんて決断ができるんですか?正直、僕にはそこまで気に入られる理由もわからなければ、姫様を娶る資格なんて微塵もないと思うのですが。」
「お、自分のことがよくわかってんじゃねえかお前。そうだ。今のお前にマイヤをやる資格なんてマイナス以下だ。国中探せばお前よりいい男なんて何十人も何百人も何千人も何兆人もきっといるぜ!はっはっはっはっは!」
「僕を誹謗中傷するのが楽しいのはわかりますが、もうそろそろ本題に移ってください。あとさすがに何兆人と言われるとさすがの僕もへこみます。」
さすがにそこまでド底辺にまで落ちているとは思いたくない。この思い込みが問題なのかもしれないけど。
「いやあ、実はな・・・。お前は昔の俺にどっか似てるんだよな。そのびっくりするくらい自己嫌悪に陥るところとか、自分には才能がないとか思ってるところとか・・・クククやっぱごめん今のなしで!」
「いや、嘘ついてるってバレバレだからね!?顔にやけてたからね!?目線明後日の方向向いてるし!ていうかそもそもあんたが自己嫌悪になってるのとか想像つかないし!ていうか理由の内容被ってるしね!」
「あーハイハイ、そういうところだけ口達者にならなくていいから。てかちょっと黙ってろお前。」
「理不尽の極みだよ!?」
やっぱり王様との会話は、先に進むスピードが亀並みである。
* * *
そんな不毛な会話を繰り広げているだけだと思っていたのは、実は僕だけだったようで、いつの間にか僕たちは姫様の部屋の一歩手前にまで足を進めてしまっていた。まあ、「ってなんでいつの間にか姫様の部屋の前まで来ちゃってるんですか僕たち!?」というツッコミがあったことは言うまでもないだろうから割愛。
「いや、行ってどうするんですか僕!?何をしてきたらいいんですか!?」
「何って、プロポーズに決まってんじゃねえか。結婚するんだろお前ら?」
「あんたの思考回路どうなってるんだよ!?」
「はあ、ほんっとチキン野郎だなお前!ちょっとそこで待ってろ。」
そう言うと王様は、姫様の部屋をドンドンとたたき始めた。思春期の娘の部屋くらいノックしろよデリカシーの欠片もねえなおい。
そんな超乱暴な入室チェックにも関わらず、中からの返事らしき反応はない。
「おーい、マイヤ!ちゃんとノックしたからなー!開けるぞー!」
「いやいやいやいや勝手に開けちゃいかんでしょうよ!?って本当に開けるんかい!」
ほぼ問答無用で娘の部屋のドアをぶち破った破天荒お父様に続いて、恐る恐る部屋を見渡したが、どうやら姫様は留守のようだった。これを留守でよかったと喜ぶべきなのかどうか。
「ま、普段ならドアに施錠強化魔法かかってるからな。蹴破って開いたってことはそういうことだ。」
「娘の部屋に蹴りで侵入する癖やめましょ!?」
きっと毎回こうやってプライバシーを侵害され続けた苦い経験があったから、わざわざドアに魔法なんて施しているのだろう。本当に可哀想な姫様である。
「ま、いねえのならしゃあねえ。帰ってくるまで待つか。」
「いやこの状態で部屋の中で待ってたらまずいでしょさすがに。」
「18年間も同じ場所で暮らしていたら、これくらいのことさすがに慣れますわよ。まあ慣れるだけで、怒らないなんて一言も言ってませんけどね?」
「お、マイヤ。言ったそばから帰ってくるなんてタイミングがいいじゃねえk・・・」
「ひいいいいいいいいごめんなさいいいいいいいいいいい!!!!!」
慌てて後ろを振り向くと、そこには感情というものが宿っていないような目でこちらを見ている赤髪の美姫がいた。
* * *
「お父様、そもそもこのような事態になっているのがお父様のせいだということがわかっておいでですか?」
「まああからさまに俺のあの発言が引き金だっていうのはさすがの俺だって理解してるつもりだわな。」
「それで、いきなり結婚だなんて言われて気が動転している娘の部屋に勝手に上がり込んで、その上その結婚相手になるかもしれない方を強引に連れてくるなんて、さすがの私も今回ばかりは平然とそれを受け止める精神ができていないのですが?」
「いやあ、一人で悩んでたってしょうがないだろ?それにまずはこいつの意思もはっきりさせておかねえとお前が悩みに悩んだ先に出した答えが無駄になっちまう可能性だってあるかもしれねえじゃねえか。」
「たとえそうだったとしても!これは私のこの先の人生を左右するかもしれない大事な決断なのですよ!?たとえそれが勇者様を助ける手段になるとしても、私は軽々しい気持ちで結婚などという決断はできません。」
話に割って入れそうな余裕が全く見当たらない親子喧嘩が僕の前でさっきからずっと繰り広げられている。いや完全に僕も当事者なだけに割って入らないといけないのは重々承知しているんだけど、結婚をテーマにした親子の論争なんてものに、赤の他人が口をはさむことなんて出来っこないでしょ!
それでも、やはり黙って見ているのは間違っているとはさすがの僕でもそこはわかる。だから何とかして割り込みたいんだけど。
「あまり深刻に考えすぎるなよ。別に俺だってこいつが信用に値しねえようなクズ人間だったらお前と結婚しろなんて言わねえよ。こいつだったらまあお前も幸せになれると思って言っているんだぞ?」
「そうやって都合のいいこと言って、本当は勇者様を王国最強の戦士にして、さっさと自分は隠居を決め込もうとしているだけなんでしょう!?」
「げえ!?なんでバレた!?」
「いや図星だったんですか!?」
「いや図星だったんかい!?」
「え・・・。まさか冗談のつもりで言ってたのそれ?」
なんか姫様の手のひらから、高熱の塊が二つも見えるのは僕の目の錯覚だろうか。いや錯覚ではない。
「この・・・・・クソ親父いいいいいいいい!!!!!!!!!」
だってその塊は王様の顔面を直撃して部屋の外まで吹っ飛ばしていたのだから。
* * *
姫様が放った魔法が大ダメージだったのか、王様が部屋の中に戻ってくることはなかった。それが僕にとって好都合なのか不都合なのかはわからないけど、少なくとも今目の前にいる彼女に話しかけることさえできない現状を考えると、いた方が幾分か気は楽だったのかもしれない。姫様とは、あの王様の衝撃の発言以来、3時間ほど会話どころか目すら合わせていない状態だ。それでも、姫様と一度真剣に話し合わないことには先には進めない。だからここは僕から話しかけるしか方法はない。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・あの・・・」
「・・・・・」
「・・・少し僕の話を聞いていただけますか?」
「・・・・・」
「あの時王様が、姫様との結婚の話をしたときに僕が言葉を失ってしまったのにはちゃんと理由があるんです。」
僕は、姫様が僕に口をきいてくれなくなっている理由に対して明確な答えを持ち合わせていなかった。それは、姫様が今のような態度をとっている理由として考えられる要素が複数存在すると思っているからだ。だからまずは、その考えうる理由の中でも最悪なものから順番に切り込んでいくことにする。そしてその最悪な理由が、王様のあの提案に対して僕が何も返事をしなかったことにあると考えた。
「僕は決して姫様との結婚を嫌がってあのような態度をとったわけではないんです。ただ、僕にも8年の月日をかけて、わざわざ過去に戻る術を開発して、そうまでして関係を修復したいと思った相手がいました。そこで、今姫様と結婚するということは、過去の自分の8年間を全てなかったことにするようなものなんです!ですから、僕にとっても姫様との結婚というのは大きな意味を持っているんです。せめて、そう簡単に答えることができるような内容じゃなかったんだということだけでも理解していただけないでしょうか。」
「・・・・・」
僕の懸命な訴えは沈黙という答えで返されてしまった。でも、決して意味のない沈黙だったとは思えない。だって姫様は少しずつだけど、僕の方を向き始めてくれたから。
「それともやっぱり、僕みたいなやつと結婚なんて話が出たことが、姫様の気分を害しましたか?もし迷惑だと思われているのならもうこんな話はやめにします。この話は完全になかったことにして、また明日から魔術の修行に励みますから。」
「・・・・・」
「なので・・・姫様のお答えを聞かせてくれませんか?」
「・・・・・」
姫様は未だに沈黙を破ってはくれなかった。やっぱり僕の発言は全て空回りで的外れだったんだろうか。切るべき切り札を完全に間違えてしまったのだろうか。
「・・・・・忘れてくださいませんか?」
「え?」
「・・・お願いですからさっきのことは忘れてくださいませんか?」
「・・・・・姫様がそう望むのなら僕もそうします。お互い忘れましょう。」
「・・・絶対ですよ?思い出すことすらもしないでくださいね?」
「しませんよ。姫様がそこまで嫌だったんならもうきれいさっぱりなかったことにしますから。」
「ああ!ありがとうございます!」
どうやら告白もしていない僕の結婚話はあっけなく終わりを迎えたようだ。最強になる道が途絶えたとか美女と結婚できなかったっていう問題よりも、なんか単純にフラれたっていう事実が胸にグサッとくる。てかとんでもなく拒絶されてんじゃん僕!どんだけ嫌だったんですか!?てか急にめっちゃ笑顔になるじゃないですか!そんな悩みの種でしたか!?もう明日から話しかけづらいし、魔術教えてもらうのも、護衛するのもやりづらいわ!
「実は裏では常に、あんなはしたない言葉ばっかり言っている品のない姫様だなんて思わないでくださいね!?あれは、ただ、えっと、ついカッとなってしまって出てしまっただけですからね!?たまにサラの口調が移っちゃって嫌になるんですよー。だから何も聞かなかったことにしてくださいね!約束ですよ?」
「・・・はい?」
「王族の娘たるもの、言葉遣いくらいしっかりしなくちゃいけませんね。でもまあ、見られたのが勇者様でまたよかったですわ。それが召使さんとかだったらいろいろと変な噂流されてしまいますもの。」
「・・・姫様?」
「は、はい!なんですか!?」
「い、一体何の話をしているんですか・・・?」
「む、蒸し返さないでくださいよー?私だってあんなところを見られて恥ずかしかったんですよ?それはもう勇者様の顔も見れないくらい。もうクソだなんてはしたない言葉は使わないのでお願いですからこのことは内密にしてください!
「・・・・・」
「・・・ところで勇者様はいったい何の話をされていたんですか?恥ずかしすぎて何も聞いてなk・・・」
「おおおおおおおおおおいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!さっきまでの時間返せよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
僕の頭の中の何かが壊れる音がしました。
* * *
「だ、だって、これから結婚するかもしれない相手の前であんなところ見られてしまったら焦るじゃないですか!」
「いやそうかもしれませんけどね!?でもそれはないでしょう姫様!?」
チキンが振り絞ったなけなしの勇気は、姫様の天然(?)によって全て打ち砕かれてしまった。何も失っていないはずなのに全てを失ったような感覚に陥っているのはなぜだろう。はあ、もう疲れた。
「そういえば気が動転してて忘れていましたが、勇者様はお父様に意思をはっきりさせるためにここへ連れてこられたそうですわね。・・・勇者様のお答えはお決まりになったのですか?」
「こ、答えですか?」
「・・・はい。勇者様のお考えをお聞かせくださいますか?」
ってよく考えたら、どうやったら姫様とまた普通に話し合えるかということばかり考えてて、僕自身姫様に会ってなんて答えればいいのかを未だに決めていなかった。あれだけ一人で部屋の中で考え込んでいたくせに馬鹿なのか僕は!?
「そ、そのですね・・・・。」
「はい。」
「姫様は、僕なんかが相手でいいんですか?その、あまりに突然の話ですし、まだ出会って二日しかたってないし、そもそも僕ってそんなに見た目も中身も全然イケメンじゃないですし。」
「まあ急な話で私もびっくりしてますわ。それに確かに勇者様とお呼びしてはいますが、結婚相手としてみたことはまだありませんし・・・。失礼ではありますが、まだ好きだと思ったこともありませんし・・・。」
「その台詞どうやって受け止めればいいのかよくわからないのでちょっと待ってもらっていいですか!?」
今さりげなくフラれませんでした僕!?告白もまだしてないのに!?
「それで勇者様のお考えをお聞かせ願いますか?」
「いや言えるか!今がっつりフラれた時点でもう結婚してくれとは言えんわ!」
「え、プロポーズするつもりだったんですか!?それは大変申し訳ないことをしました!で、でも結婚してから徐々に好きになることもできますし!やっぱりさっきのセリフはなかったことで!」
「いやできるか!!!てかプロポーズする決意もまだしてませんでしたけどね!?」
どうやら僕には最初から選択肢なんてなかったらしい。実に無駄な時間を費やしたと言える。でも何だろうこの謎の敗北感。なんかことごとく、あの姫様のペースで潰されて実に不本意である。
でも依然として、姫様の顔は赤いままなのが気になる。盛大に振っておいて今更何を恥ずかしがることがあるというのだろうか。
「あ、あの、勇者様。」
「何ですか?振った相手に同情なんていりませんよ?ただこれからも今まで通りに接してくれればそれでいいですから。」
「じ、実は私・・・。」
「だから何なんですか!?言いたいことがあるならはっきりしてくださいよ!」
しまった。明らかにイライラしているのを前面に出してしまった。ダサい。フラれたからってその子に八つ当たりしてるみたいで超絶ダサい。やばい、死にたい。
「まだ恋や好きという感情というものがどういったものかわからなくて・・・。だから勇者様のことをどう思えばいいのかも分からないんです!」
「そうですかー。一番男を振るにはベタな言い訳でとてもいいと思いますよー。ていうか僕ももう諦めついてますからいいですよもう!」
「だから!私に恋というものを教えてください!」
「はいはい、いくらでも教えてあげますよー。僕なんてもう10年以上は恋愛してますからねー。恋愛マスターですからねー。・・・・・ってはい?」
「私は、好きという気持ちを知らずに結婚なんてしたくありません!だからちゃんと勇者様のことを好きになってから結婚したいのです!だから私を鍛えてください勇者様!」
「いやそれ僕に言いますか!?てか鍛えるってどうすればいいんですか!?」
またもや姫様の無神経な・・・いや純粋な発言が僕を混沌の渦へと誘うのであった。
タイトル詐欺です




