2-1 夢と現実
第2章、開始です
眼前に広がるのは、「天梨」という表札がつけられたごく普通の一軒家。よくある木造建築で和室を中心に作られた昔ながらの日本の家。地震がきたらどうしようなんてことは考えない方が楽になる。火災が発生したらどうしようだなんて他の家にも言える問題だ。ただ、少し燃え広がるスピードが速いだけだ。
もう23年間もこの家で生活してきた。今更、家の構造など説明されるまでもない。
・・・そう思っていたのだが。
「ど、どこなんだよここおおおおおおおお!?」
家の玄関を開けると、そこに広がっていたのは西洋風で白が基調となっている新築住宅かよと思わずにはいられないほどきれいなリビング。そして、そのリビングの中心には自信ありげに満足な笑みを浮かべる美少女が一人。
「久しぶりね、樹君。」
「え・・・?」
話しかけてきた相手が誰だったのか。その理解が追いつかなかったのはほんの数秒だった。なぜなら、その美少女の顔は僕の知ってるあの人と実によく似ていたからだ。僕が、生涯決して忘れることのできないだろうあの人の顔に、実によく似ていたからだ。
「玲那・・・だよな・・・?」
でもやはり一言確認を入れておかないわけにはいかない。これは僕の作り出した幻想である可能性があるから、いやむしろ幻想である可能性の方が極めて高いからである。でも、
「ふふ、さすがだね樹君。樹君だったら一目で私のことわかってくれるってそう思ってた。」
目の前にいる彼女は、自分が幻想である可能性を真っ向から否定した。
「樹君、あれからずっと私待ってたんだけどなあ。残念だなあ。8年もの間ずーーーーーっと待ち続けてたっていうのに。」
「・・・な、何の話をしてるのかな?君が僕を待っているはずなんてあるわけ・・・。」
ない。そう言い切ろうとしたのに僕にはそれができなかった。8年間ずっと頭の中ではそう言い切っていた。それが当たり前だと思い、それを前提にして僕はこの8年間という長い年月を過ごしてきていた。でも、いざ彼女を目の前にすると、なぜだかそう言い切っていた過去の自分は途端に鳴りを潜めた。
「そうやってまた、自分に言い訳をするつもりなの?また自分の思い込みにすがって、そうやって過ちを犯したの?」
さっきまで笑顔で僕を迎えていた玲那は、徐々にその口角を下げ始めた。
「思い込みだなんて・・・」
「また勝手に自分にそう言い聞かせて突っ走っていったの?」
徐々に、僕を責める口調へと変化していった。
「違う!そんなこと他人に聞くまでもなかったじゃないか!僕は君を傷つけた。取り返しのつかないことをしてしまった。そんなことをした僕を、君が許すはずがないじゃないか・・・。」
「またあなたは他人の気持ちを考えずに、自分の主張を押し通して他人の人生を狂わせたというの?」
いつもの心地よい玲那の声が徐々に、闇に染まったような低い声へと変化していった。
「何・・・言ってんだよ。」
「そうして、自分のことばかりしか考えていなかったから、またこうして自分の望まない結果につながってしまったんでしょう?」
リビングの中央にいたはずの彼女は、徐々に玄関にいる僕の方へと近づいてきた。
「・・・やめろよ。もうそれ以上・・・」
「まだわからないの?まだ現実を見ようとしないつもりなの?どうしてまた事実から目を背けようとするの?もうこの世界に来てわかったでしょう?」
「・・・やめろ。やめろっつってんだよ!」
「あなたはまた、選択を間違えたのよ。」
「やめろって言ってんだろおおおおおおおおお!!!!」
* * *
「あれ・・・?」
次の瞬間僕は、ホテルのスイートルームにいた。いや、違う。ここは昨日新しくできた僕の部屋だ。
さっきまで激しく(態度はいたって冷静なものだったが)、僕を責め立てていた彼女はもうどこにもいなかった。僕の耳元で最悪な一言を言い放ったあの悪魔は消えていた。
「タツキ様!?大丈夫ですか!?」
代わりにこの国一番の美女が、隣で僕の心配をしてくれていた。
「夢・・・かよ・・・。」
あの世界が・・・あの邪悪なオーラをまとっていた玲那は夢の中のものだったと知ってもなお、僕は安堵することはできなかった。たとえあれが夢の中の話であったとしても、あの世界で玲那が言っていたことはきっと事実に違いないと、そう心の中で感じてしまっていたからだ。
「タツキ様、随分とうなされていたようですがお気分のほどはよろしいですか?」
「あ、ああ。心配かけてすいません姫様。そんな姫様の部屋まで聞こえるほど大きな声を出していたなんて全く気づきませんでした。」
よほどひどくうなされていたようだ。これはまたあの王様にいじられるネタが増えてしまった。不覚。
「いえ、きっと聞こえていたのはこの部屋にいる人くらいだったと思いますよ?そもそもこの部屋広いですし、ちょっとやそっとでは外に中の声なんて聞こえませんもの。」
「え、じゃあ姫様はどうしてここに?」
「いえ、勇者様の様子が気になりましてお声をおかけしたのですが、返事がなかったのでつい扉を開けてしまって。そしたら勇者様がひどく汗をかいてらっしゃったので、何か悪い夢でも見ているのではないかと思って駆けよったら急に大声を出されたのですよ?」
どうやら姫様は僕のことを気にかけてくれていたらしい。嫌なところを見られて恥ずかしい反面、すごく嬉しいと思っている自分もいるのがすごく不思議だ。
いやだって、こんな美女だよ?こんな美女が僕の部屋まで来て心配してくれているんだぞ?これで落ちない男はまずいない。間違いない。
「おかげさまで落ち着きました。ありがとうございます姫様。」
とりあえず照れ隠しのためにお礼を言って何とかにやけてしまいそうになっていた顔を誤魔化した。
「ところで姫様、現在の時刻をお聞きしても?」
「もう今はR60界を過ぎましたよ?」
「えーっと何の話ですか?」
この世の中には60歳以下は禁止されている何かがあるとでもいうのか?
「現在の時刻ですよね?現在は61界ほどですかね。」
「その独特な時の刻み方の説明をしてもらってもよろしいですか・・・?」
あ、姫様の表情が固まった。
* * *
それから僕たちは食事の間へ行って朝食をいただいた。といっても、他の人たちはすでに45界ほど前には食べ終えていたらしいが。時刻の説明は至ってシンプルで朝6時を0界として1界4分のサイクル。ちょうど正午になると90界。夕方6時が180界だね。あ、あとRというのは午前という意味らしい。午後はSになる。
朝食にたどり着くまで散々姫様に時刻読みクイズをさせられたからもう完璧だ。先頭にRもSもなかったら0から360で表すらしい。つまり270界というのは深夜0時を指す。S90も同意義である。って一体さっきから誰に説明しているんだ僕は。
食事は王族のマナーにのっとって無言でいただいた。王族と共に日々を過ごす者としてこれくらいはしっかりしないといけない。
姫様はその間に召使さんの仕事を手伝いながら、僕が食べ終わって空いた食器を持って行ってくれたりしてくれた。正妻感ぱねえ。そのお手伝いさんのお手伝いをして、僕の食事を急かさないようにしようとしてくれているのがひしひしと伝わってくるのがまた萌えポイントである。
「勇者様、一息つかれましたら私の部屋まで来ていただけますか?」
「え!?あ、はい。わかりました。」
と去り際になんかギャルゲーとかだと幸せなイベントが待っていそうな雰囲気を漂わせて、姫様は僕が使っていた食器を持って給仕室っぽいところに去っていった。新婚ホヤホヤ感がすごい。こんな奥さんがいたら絶対に幸せになれると確信できるほどにできた女性だ。いやもうこの際だから結婚してくれ。
なんていう、普通なら美女によるこの至れり尽くせりのイベントの詰め合わせに胸が高鳴り、心は踊り、顔はにやつき、心も体もヒートアップ間違いなしなのに、僕の気持ちはそんな前向きなものでいられる余裕がなかった。
あの夢の世界で出会った玲那はそれほどまでに衝撃的だったということだったのだろうか。それほどまでに玲那が発したあの台詞は核心をついていたというのだろうか。ここに僕が来てしまったのは天罰なのだろうか。
僕の過ごした8年間、いや23年間は無駄だったのだろうか。その問いに答えてくれる人はもう誰もいなかった。ここにいる自分でさえも、その答えを持ち合わせてはいなかった
話が全然進んでいないというツッコミはなしでお願いします。そ、そう、日常パートだから仕方ないんだからね?




