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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

memento mori

「ああ…ハハ、これが年貢の納め時、という奴ですか」

 自嘲、感傷、諦観。その他さまざまな感情の入り混じった複雑な笑みを浮かべながら一人の青年が夕刻に差し掛かろうかという薄暗い路地裏を、腹部を抑えながら壁に手をついて半ばよろめきつつ歩いていた。もし、目を凝らしたならば薄暗い中でも気づくことが出来るだろう。仕立てのいいスーツとシャツを赤く染め、それでもなおその足元に点々と続く赤黒い液体…血液が体のあちこちから流れ出ていることを。それほどまでに多量の血液を流れ出させている彼はもはや、長くはないだろう。その中でなお意識を保って意味のある言葉を発せているという事は彼の体力と精神力の強靭さの証左たりえる筈だ。しかし、それでも彼の命の灯を死神はゆっくりと、しかし着実にその鎌で以て削り取っていた。


 数時間前、青年…ヴェスパと仇名され、若手の中では謙虚な態度とその態度に似合わぬすぐれた手腕を持った男として裏の世界では名の知れた暗殺者、ジェラルド・ランチアはすでに引き払う予定のこじんまりとした、彼の持つセーフハウスの一つを訪れていた。さして理由があっての行動ではなかったが、何となく備えなどが気になって立ち寄り、種々さまざまなものの確認をしようと思い立ったからであり、これまでの仕事に関する書類などの確認作業を行っていた。

 しかし、その途中で彼はその行動を不本意ながら強制的に中断させられてしまうことになる。俄かに駐車場の辺りが騒がしくなったからだ。そっとそちらを見渡せる窓によってカーテンをほんの少しだけ開いて外の様子をうかがうと数台の車が止められて車内からおおよそ10人今日ほどの屈強な男たちが姿を現して、彼のセーフハウスを半包囲するように展開している。

「これはこれは…どうにも穏やかではないですね」

 明らかに堅気のモノではない剣呑な雰囲気を放つ男たちの姿にそれでも余裕は崩さないまま、飄々と呟きながら腰に携行していたPx4をそっと引き抜いてスライドを引き、初弾を装填する。スーツの内ポケットに忍ばせている予備マガジンの本数を確認しながらも視線は外の男たちから離さずに挙動を観察している。するとリーダーと思しき男の合図で一斉に懐に忍ばせていたらしい武器を一斉に取り出す。

(グロック…ですか…って…!)


 男たちの取り出した特徴的な形の拳銃に内心で呟くものの、その拳銃の後部に通常のものにはついていない突起があるのを見て取って、彼らがサプレッサーを取り出して装着し始めている間に事務所の奥へと素早く後退して、身を伏せる。彼の記憶が正しければその突起物はフルオート化されたグロックに取り付けられた物であり、9mm弾をまさに蜂の巣、と形容するにふさわしいであろう勢いでその銃口から放つことを可能とさせたものだからだ。

 結果的にジェラルドの選択は正しかったことが証明されたのはそれからすぐの事であった。彼が先ほど立っていた窓辺を始めとして、他にもドアなどのおよそ脱出が出来そうな所へとまんべんなく銃弾が飛来したからだ。

「こんなことをしてくる連中の心当たりは…有りすぎて馬鹿長いリストが作れますね」

 一瞬だけ、武力行使を仕掛けてきた相手の素性を探ろうかと思った彼ではあるが即座にばかげていると其の思考を放り捨てる。職業が職業だったのだ、恨みはそれこそごまんと買っているし、彼が足を洗ったと風聞で聞いて口封じをしたがる臆病な連中もいるだろうし、実際何度か襲撃を受けてきたりもした。しかし、今回は白昼の、しかも中々の多勢によるもので、それだけ計画者が本気であるということがうかがえる。

 そもそも、いま大事なのはどうやってこの場を切り抜けるかであり、誰がこの状況を作り出したか、ではないからだ。つらつらとそんな事を思考するあたり、自分はやはり少しは混乱しているのだろう。そう考えてみて声を漏らさないながらも口の端を吊あげるようにして皮肉めいた笑みを浮かべて見せる。砕け散った窓ガラスの一部を静かに手繰り寄せてから軽く掲げて反射させるようにして外をうかがうと先ほどのリーダー格が何事か指示を出して、それに了解の意を示した正面玄関に陣取っていた二人の黒服が警戒しながら慎重に中へと入ってくるのが伺えた。そのことを把握したジェラルドは改めてPx4のグリップを握りなおして敵の襲来に備える。微かにドアを軋ませながら入ってきた男たちにジェラルドは未だ攻撃を仕掛けずにただ、待っていた。

「居ないのか?」

「馬鹿な…雇った監視がここに入っていったのを確認しているんだぞ?」

 物陰から小声での会話を聞いて、男たちのおおまかな位置に見当ををつけた彼は、先ほど外を見るのに使ったのとは別のガラス片を手に取って放り投げる。静かな屋内にガラスの砕ける音は大きく響き、男たちは思わず周囲を警戒することも忘れて二人共が音のなった方向へと銃口を向けてしまう。それが命取りになるとも知らずに。

 破砕音から一拍おいて音もなく壁から身を乗り出してこちらへ背を向ける相手へと照準を向け、その無防備な背に三発叩き込む。

「がっ…」

「なっ…!?」

 殆んど即死に近い状態で倒れこんでいく男と至近で響いた銃声に驚いたもう一人の男が慌てて銃を構えながら振り向く。その男が最後に目にした光景は自分に向けられる真黒な銃口と膝射の体勢でそれを構えるスーツ姿の青年の姿だった。同じようにジェラルドは男の胸に三発の銃弾を放って敵に引き金を引かせるまもなく射殺してすぐに伏せる。途端に再び窓の外から猛烈な勢いで銃弾が飛び込んできて室内の家具や壁の漆喰などをずたずたに引き裂いていく。

「これ、私が弁償しなくちゃいけないんですかね」

 頭上から降ってくる木片や漆喰から頭を守るために手を後頭部の辺りで組むようにしつつ室内の惨状を見回してぼやく。まだこんな事をいえる余裕があるとはいえ、恐らくこのまま事態が進めばジリ貧だろう。それにいずれ警官隊が駆けつける筈だ。白昼堂々、こんな派手な真似をしでかす連中なのだ、下手をすれば自分、警官、彼らの三つ巴の泥沼に陥る可能性すらある。どこから脱出すべきか。おおよそすべての窓やドアには彼らの手勢が配置されていて出ようとすれば9mmを鱈腹ごちそうしてもらえるだろう。と、なればあまり好んで使いたくはなかった奥の手を使うべきだ。

 銃撃が一度止んで再び小康状態に陥った隙にPx4を一度しまってからそのまま腹ばいで進んで先ほど射殺した男たちの死体からフルオート仕様のグロックと予備マガジンを拝借する。

「…そう恨めしい顔をしないで下さいよ。どうせ私もそちらに行くのですから。ひょっとすると今日中にもね」

 まるで彼を睨み付けるかのように限界まで目を見開いたままの死体と偶然目があったジェラルドは半ば独語めいて呟きながら微苦笑を口の端に浮かべる。

「蜂がハチの巣にされてはたまりませんからね、っと…」

 さして上手くもない冗談をつぶやいて薄く笑いながら、すでに先ほど射殺した男たちの手によって装填されたままのグロックをろくに狙いもつけず窓に向かって全弾ばらまいてみせる。応射が来る前にマガジンを変えながら地下室へと移動する。無論、このような時のことを想定していない彼ではない。前もって緊急時への備えとして地下室に脱出路を用意してあったのだ。

(できる事ならここは使いたくないんですがね…嗚呼、それにしても酷い臭いだ)

 その通路は下水道へと直接つながっており、悪臭に苛まれることにはなるがほぼ確実に襲撃者の妨害に逢うことなく脱出が可能だ。その利点は彼とて理解しているもののこの耐え難い悪臭にさもきつそうに顔をゆがめながら歩いて、彼のセーフハウスから少し離れた位置に存在するマンホールからそっと再び地上へとその姿を現す。襲撃者たちもさすがに屋内の異常にずっと気づかない、などという事はないだろう。ならば今のうちに一刻も早くここから逃げ出すべきだ。ジェラルドは自分自身の能力を決して過大評価はしていない。多勢に無勢の戦いをもし連中に挑もうとすれば骸をさらすことになるのはまず間違いなくジェラルドの方であろう。ジェラルドがいかに腕の立つ殺し屋だったとしても不死身では決してなく、またFPSの様に都合よくリスポーン出来るようなことは有り得ないからだ。それをわきまえていないほど彼は夢想家でも、愚かにもなれなかった。で、あるならばここは逃げの一手に限る。これは自然な思考の帰結だろう。彼は目立たないよう自然体で自分のセーフハウスに背を向け別の方角へと去ろうとする。

 しかし、その時に彼は恐らくこの時点で最も見たくなかったであろう知り合いの少女の姿を、それも襲撃されたばかりのセーフハウスへと向かっているところを見てしまったのだ。イヴ、イヴ・シャティエルという名のその少女はかつてジェラルドと同じ裏の世界に身を置いていた経歴を持つ。彼より少しだけ早く足を洗った彼女とは(と、いうより足を洗わざるを得なくなった、というべきなのだろうが)奇妙な縁が続いている。若年でジェラルドと同じ稼業…殺し屋として育てられた彼女を、率直に言ってしまえばジェラルドは好ましく思っていなかった。いや、より彼の心情を正確に表現するならば彼女本人を、ではなく、彼女のような幼い少女をそうしたウェットワークに使っていることが、であったが。だが、彼女のファミリーが壊滅したと同時に彼女は裏稼業の世界から足を洗う事になる。そのことを聞いてジェラルドは彼らしくもなく他人のために安堵するという行為を行った。もう縁もあるまいと思っていたイヴだが、合縁奇縁、というべきか。新天地であるアメリカにて再会を果たす。直接の知り合いではなかったとはいえ、同じ世界に身を置いていた者同士、顔見知りであり、最初は当然警戒し合いながら接し合っていたものの、最近ではまるで兄妹の様に見えるほどにすら親密になっていた。

 それが、今回はあだとなった。しかし、ジェラルドは非情の世界で生きてきた男。いくら優男を気取っても、リスク計算くらいはしっかりできる男であるし、実際苦々しく思いつつもすでに彼女を見捨てようと彼の内心では決定していた。

 …しかし、彼の足はそうした理性的な打算とは裏腹に全くもって感情的にイヴの方へと全速力で駆けださせていた。彼女の存在に気づいた男の一人がイヴの存在に気づいたようで、彼女に接近していく。彼らからしてみれば、同じ足を洗った殺し屋。イヴの名もターゲットリストに載っている筈だ。しかし、イヴはジェラルドと違って少女であり見た目も可愛く、将来有望だ。近寄る男は殺す前に一先ず楽しんで…などと状況も考えず、下卑たことを考えているのだろう。近寄る男の顔には薄汚く醜い野獣のような本能によって浮かべているのであろう下卑た笑みが張り付けられていた。その表情を見て熱く煮えたぎるような思考を加速させながら、しかし頭の片隅ではどこか自分のその様子を俯瞰するように観察して冷笑していた。

(全くらしくない。あんな少女一人見捨てるべきでしょう、理性の糸すらとうとう切れましたか。なんと愚かな)

 そう、思いながらも彼の足は止まらない。駆け寄りつつも仕留める事より、弾を当てることを重視して片手のグロックをフルオートで男めがけてマガジンすべての弾を吐き出させる。

そのすべてを相手に充てることは敵わないもののそれでも数発は着弾し、異なる方向から与えられた衝撃に男の体はまるでコマのようにくるくると回って倒れこむ。

 そのまま駆け寄って若干呆然としている少女の目の前にしゃがんで懐から名刺を取り出しつつどうすればいいかを指示しようとする。

「ぁ、ジェラルド…?」

「イヴ、その名刺の住所に言って私の名前を出し、いつもの路地へ頼む、とだけ伝えてください!」

 余計なことは語らずに彼女の小さな背中を男たちの死角となる路地裏に押しやって自分の体を盾とするかのように立つ。空になったマガジンを交換しようとスーツのポケットに手を伸ばそうとしたときに腹部に灼熱に焼かれたような痛みを感じた彼は下方へ視線をやってわき腹から出血しているのを確認してゆっくりと背後に視線を向ける。遠ざかっていく背中を見て薄く笑みを浮かべながら再びグロックを男たちに向けて構える。脇腹の痛みに顔をしかめつつも相手たちを見据え続けて若干粗雑になりながらも弾をばらまき続ける。警察にも手を回しているのだろうか、そこそこの時間派手な物音がしているわけだがいまだ到着する様子が全くない。三人撃ち殺したとはいえいまだ数は多く、手傷を負ったジェラルドは至極不本意な状況に立たされていた。それでも彼は健闘したといっていいだろう。少しだけ射撃をやめて弾切れを装い、好機とばかりに駆け寄ってきた愚かな二人の男たちをグロックで薙ぎ払うように射撃して仕留める。

「っ…!?」

 しかし撃ちとされた男たちの最後のあがきが,その火箭が彼の手に持っていたグロックをはじきとばさせてしまう。鋭い舌打ちをこぼしながらも一度ホルスターにしまったPx4を再び引き抜いて構え牽制の一撃を放つ。次々とその数を減らされ焦りの色を浮かべる男たちは牽制に怯みつつも反撃する。被弾の影響で動きが鈍くなり、かつイヴの盾になるようにとその場を動かぬジェラルドの肩を、頬を、足を銃弾が次々に襲う。呻きを上げ、痛みに意識を飛ばしそうになる彼はそれでもPx4を構えて弾を放ち続ける。

 そんな彼を相手取っていた襲撃者たちは困惑と恐怖に包まれていた。仲間はやられるばかりでジェラルド一人殺せず、しかもその相手には弾が確実に数発当たっているはずなのだ。なのに現状はどうだ。まだ敵は戦闘力を残していて尚もしきりに反撃してくる。まるでブードゥーのゾンビでも相手にしているかのような感覚が男たちの背筋を冷たくさせる。奴は不死身じゃないのか、有り得ないとわかっていてもそう思わせる何かがあった。そんな動揺が伝播してどんどん広がり、挙句リーダーは恐慌をきたして撤収を指示する。これ幸いとばかりに部下たちも矢も楯もなく逃げ出す。

 それを確認して、ジェラルドは構えていた腕をだらりとたらし、壁にもたれかかるようにして指示していた路地へと歩き出す。しかし、その路地を間近にしたところで彼の体力はほとんど限界を迎え、ゴミ捨て場へと尻もちをつくようにして倒れこむ。自分が倒れこんだ其の場所がなんであるかを認識して再び彼は自嘲の形へ唇を吊あげる。

「ゴミはゴミ箱へ、といった…所、ですか…ぐっ…」

 息も絶え絶えにそう呟いて血の塊を口から小さく吐き出す。その時、不意に下げられた彼の視界に男物の革靴と小さなスニーカーの組み合わせが目に写る。無意味と分かっていても、それでものろのろと力のはいらない腕をそれでも持ち上げてPx4を構えようとする。或いはそれが彼なりの最後の矜持だったのだろう。

 だが、彼の、前に立った二人は敵ではなかった。一人はジェラルドの言う所の腐れ縁、賭博師、ザックと…見送ったはずの少女、イヴだった。

「…迎えに来たよ。相棒」

「…助かり、ます。どう、やら…無駄になりそ、です…が…。それにして、も…なぜ,貴女…まで…」

「…ジェラ、ルド」

 苦笑交じりに会話しながらも、小さく震える声で彼の名を呼ぶ少女の方へ視線を向ける。まだ幼い人形のような容貌が今にも泣きだしそうにゆがめられているのを見て小さく笑む。

「…く、ふふ美人が、台無し…です、よ…」

「や、だ…死なない、で…」

 嫌々をするかのように首を横に振る彼女の頬を撫でようとして、それをすると自分の血で汚してしまう事に気づき宙に浮かせた手を彷徨わせる。そのことに気づいた彼女は汚れることも構わずに自分の頬へとジェラルドの手をあてがう。柔らかい頬の感触に目を細めながらジェラルドは彼の相棒の方へと再び視線を戻す。

「…まさか君のそんな姿を見ることになるとはね。年貢の納め時ってやつかい?」

「っは、貴方が…大まけ、する所をみるの、が…さきかと、ばか…っ」

「残念ながら、そいつは外れだよ。君と僕の賭けはいつも僕の勝ちで終わる。今回もね。…相棒」

「一度、くら…勝てる、か…と思った、んです、がね……あい、ぼう」

「ダメ、ジェラルド…喋らないで…」

 口の端から血の筋がしたたり落ちるのも気にせず、普段通り楽しげに、しかしこれで最後なのを確認するかのように応酬を続ける。見かねたイヴが止めようと声を掛けるものの彼女の頬をそっとなでるだけでいう事は聞かず、タバコを懐から震える手で取り出して咥えながら言葉を紡ぎ続ける。

「火、いただ、け…ます、か?」

「…ほら」

 ザックへ頼むような口調で声をかけて火をねだる。その言葉を予期していたであろう彼は既にライターを手に持っていて咥えたジタンへと火をつけてやる。実に旨そうに紫煙をくゆらせてラテン語の警句を呟く。

「Age…quo,d…agis…。貴女、は…為すべき、ことをしな…さい…。私の様に…ならない、ため、に… 」

「うん、うん…」

 顔色を青ざめさせながら、それでも苦痛の色を表に出さず少女へ優しく声を掛ける相棒の姿にザックは内心で感嘆していた。しかしこんな無理が続くわけもない、もう長くはないのだ、とも同時に悲嘆する。次に口を開いたとき、ザックの声は少し震えていた。自分ではそれを隠せたつもりだったが。どうも腐れ縁の、目の前で死につつある青年には見抜かれていたようだ。

「…賭けは、僕の勝ち逃げで終わらせてもらうぞ」

「…ええ、仕方、ないですから。あの世で…再戦きぼ、う…で…」

「…ああ、但し思いきり待たせてやるぞ、バカ野郎」

 そんな相棒の様子をジェラルドはどこか楽しげに見やって再びイヴへと視線を戻す。感覚もほとんどなくなり掛け、目も見えなくなってきているがそれでもきれいだとはっきり分かる、まるで妹のような存在に笑いかける。

「…天使、の、お迎え…です、か…地獄を、覚悟…してたんです、が…」

「…馬鹿」

 彼の冗談にイヴは涙をもう片方の袖口で拭うようにして泣き笑いのような表情を浮かべる。そのことに満足げな笑みをジェラルドは浮かべて空を見上げる。

「最期が…ごみ溜め…と、は…おにあっ…です、ね…でも、こうして…看取られるのは…悪く、無い…ええ、悪くな…」

 最後に自嘲の形に唇を吊あげさせて自分のざまを笑う様に呟く。もはや感覚もほとんどなくなり、痛みも感じず、ただ体が重くる感覚と薄れゆく意識の中で最後に見れた物が空と、そして妹のような大事な存在である少女の笑み。それと腐れ縁の珍しい表情であったことにそう悪いものではなかったな、と思い返す。目蓋をゆっくりとおろして項垂れるような姿勢になった彼の口から火のついたままのジタンが滑り落ちて、地面へ転がる。それに気づいたザックは近寄って彼の肩を揺らすものの全く反応はない。どころか手のひらからジェラルドの体温が急速に奪われていくのを感じて実感する。彼の相棒「だった」男はもうこの世の存在ではなくなってしまったのだと。幼いとはいえ、様々な「仕事」に携わってきたイヴも事態に気づいてとうとうこらえきれず嗚咽を零し始める。


 この時彼の、ジェラルドの時は永遠に歩むのを止めた。後には男の静かな嗚咽と、少女の少し大きな慟哭だけが残されていた。

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