今日が貴方の命日です by死神
目が覚めると目の前に人が居た。黒いぼろぼろのローブを身に纏い、巨大な鎌を担ぎ、銀の仮面で顔を隠した奴が。
「あ、お目覚めですか?」
声からすると女らしい。しかし何だ。どっかで見たこと、もしくはどっかで聞いたことがある格好だな。まぁ、何にせよ、
「アンタ誰?」
まずはこれだ。不法侵入で警察に通報するにしても、新しい能力で幽霊が見えるようになったにしても、酔った勢いで連れ込んだ女の子……ってそれはないや。とにかく相手が誰か確認する。コレ基本。
「私ですか? 私は人の死を告げる者で魂を然るべきところへ導く者。あなた方、人間風に言うなら死神というやつです」
「へぇ」
そうか。つまりイタい娘か。想定には無かったが俺は優しい奴だからな。あれだ、病院に連れてってやろう。頭の。
俺は部屋に無造作に脱ぎっぱなしになっている上着を羽織る。
「さて、お嬢さん。行こうか」
「えっ? 行こうかってどこへ………。はっ! だ、駄目ですよ!? いくら私が可愛いからっていかがわしい宿に連れて行こうなんてーーー」
「はいはい。壮大な勘違いありがとう」
つーか仮面被ってるから可愛いかどうかなんて分かんねーよ。
「いくら女に飢えてるからって、俺は見ず知らずの女の子襲うようなことはしねぇよ。そうじゃなくてな。アンタの頭が心配だから病院に連れてってやろうと思ったんだよ」
「あ、それはそれはご親切にありがとうございまーーーって貴方! 私のことを馬鹿にしていますね!?」
「君みたいなのはみんな同じ事を言うんだ。恥ずかしがることはないから、さぁ行こう。取り返しがつかなくなる前にさ」
「だから私は頭がおかしいんじゃないです! 私は本物の死神です!」
黒い女の子は必死だ。いや、表情が分からないから声で判断したんだけど。
しかし、彼女の病気はかなり深刻らしい。自分を死神と思い込むなんて相当だぞ?
「じゃあ、証拠を見せてくれ。納得できる証拠を出せたら、病院に連れて行くのは勘弁しよう」
「証拠ですね! 分かりました」
自称死神の女の子はローブの中に手を突っ込んでひとしきりゴソゴソやった後、一枚のカードを取り出した。それを俺に寄越してくる。
「死神ライセンスカードです。ほら、本物でしょう?」
そのカードには自称死神女の子の顔写真と色々なデータが記載されていた。何か運転免許証のようだ。つーかこのカードの写真を信じるなら、確かに女の子は可愛い。
俺は自称死神女の子にカードを返した。
「自分で架空のカードを作るなんて君は相当………」
「信じる気が無いんですね!? 無いんですよね!?」
「うん」
俺が素直に頷くと、自称死神女の子はがくりと肩を落とし、何やらぶつぶつ言い出す。
「これだから若い人の虫の報せ担当は嫌なのに………ぶつぶつ」
ひとしきり誰かへの文句を並べ立てた後、自称死神女の子は急に顔を上げた。
「もういいです! 貴方に理解してもらうのは諦めました! 事実だけ押し付けて帰ります!!」
と、自称死神女の子は一拍置いて、告げた。
「今日が貴方の命日です」
「………は?」
それはあれだ。いや、どういう事だ? あ、そうか。この自称死神女の妄言か。いや、もしかして今俺を殺すってことか?
自称死神女はついと視線を窓の外にやり、窓の向こうを指差した。
「今私が指差している人がいるでしょう?」
俺もそちらに視線を移した。自称死神女の指の先には、何の変哲もない普通のサラリーマンが歩いていた。
「それがどうかしたのか?」
「あの人の寿命がもうすぐ切れます。3、2、1ーーー」
轟音。そして激震。俺はあまりの衝撃に俺は目を瞑っていた。数秒して、俺は恐る恐る目を開いた。
「んなっ………」
俺の部屋の窓の外からもうもうと土煙が上がってきていた。下の方では怒号と悲鳴。遠くで救急車のサイレンの音が響いている。ごく普通のサラリーマンが歩いていたところには、幾多の鉄骨が突き刺さっていた。正面に建設中のビルから落ちてきた物らしかった。
「ね? 信じて貰えました?」
窓の外で悲惨な事故があったというのに、自称死神女は可愛らしく小首を傾げていた。
「いや、あれは事故………だろ? 寿命なんてわけが………」
「いえ、確かに寿命ですよ。寿命を迎えた人間は、必ず何らかの形で死ぬんです。それが事故であったり病気であったり他殺であったりするわけです」
「じゃあ、あれか? 俺は今日中に必ず死ぬのか………?」
「はい。例外はありません」
死神女は邪気の無い笑顔で、死刑を告げた。
ってマジか!? 俺は今日で死ぬ………? 嘘だろ!? くそっ! 急に色々やりたいことが出てきやがるじゃねぇか!
「あの、何か一つ願いを叶えることが出来ますけど、どうしますか?」
「………何でも叶えてくれるのか?」
「えぇと、寿命を延ばしてくれとか、運命の摂理に反することでなければだいたいは」
「マジでか?」
「マジです」
「ちょっと待ってくれ」
俺は死神女に背を向けて頭を抱えた。願い事はたくさんある。それこそ爺さんになるまで生きても叶えられないくらいたくさんある。ていうか今さっき出来た。やっぱ人間って現金で欲張りに出来てんだなぁ………。
って悟ってる場合じゃねぇ! 今寿命が尽きるかも知れねぇのに悩んでるなんて馬鹿だッ! くそっ。願い、願いの中でも叶わなくて一番後悔するやつ………!
「あの〜、早くしないと寿命がきちゃいますよ?」
死神女が俺の正面に回って顔を覗きこんでくる。………ん? そうか! これでいこう!
「願いは決まったんだが、本当に叶えてくれるんだな?」
「え、えぇ。私に出来る事ならだいたいは」
「じゃあヤらせてくれ!」
「………はい?」
死神女の目が点になっている。いや、仮面で見えないか。つーかそんなことはどうでもいい!
「出来ないわけじゃないだろ! 死神とはいえ人間みたいな顔してんじゃねぇか!」
「で、出来なくはないですけど………、どうしてそんなろくでもない願いなんですか! もっと違うことがあるでしょう! この世界の本来の姿を知りたいとか人間がどこから来たのか知りたいとかこの世界のシステムとかっ!!」
「そんなことはどうでもいい! 女性経験無しで死ねるか!」
「見ず知らずの女の子は襲わないんじゃ無かったんですか!?」
「緊急時は人間が根本から変わるんだよッ!」
俺は我慢できずに、同意もないまま死神女に飛びかかった。いただきマス!!
「きゃあぁぁぁぁぁ!!」
と、死神女の叫びと共に何かが起こった。何が起こったのかは全く認識出来てないが、とにかくなにか起こった。
ごとり。
近くで何か重い物が床に落ちる音。そちらに目を向けると、首が銅から離れた俺が倒れていた。
「な、なんじゃこりゃあぁぁぁぁ!?」
自分の体を見てみる。半分透けていた。都合よく内臓は見えないっぽい。正真正銘、幽霊だった。
「すみません。あんまりびっくりしたんで殺しちゃいました」
俺を殺した張本人は、極めて軽い調子でそう言った。
「殺しちゃいましたっててめぇ! そんな軽いもんじゃないだろ!!」
「だって寿命でしたし」
「そう言えば何でも片付くと思ってるだろ?」
「はい」
即答だった。腹も立たないほど清々しい返事だった。が、それとこれとは別だっ!
「くそっ! こうなったら何が何でもヤって………」
「気をつけ。口を閉じろ」
死神女は急に冷たい声でそう命令した。俺の体(幽体?)は俺の意に反して死神女の命令に従った。指一本動かすどころか、声さえ出せない。
「では、死後の世界にご案内致しますのでついてきてくださいね」
投げっぱなしの意味なしエンディングでした。心苦しかったのですが、あれで起承転結が揃ってしまっていたので(どこが?)、あんな終わりになりました。微妙に自己嫌悪です。
やっぱり、小説はネタと勢いだけで書くもんじゃないなと再確認です。ちなみに構想五分、打ち込み四時間でした。
読んだ感想を頂けると、次作もしくは連載の原動力になります。一言でもいいので、感想お願いします。