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曾禰家の諸事情  作者: 三條聡
第壱章 曾禰家
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六郎君、塁龍

「しず兄!」


 大きな声とともに、襖が開くと目をキラキラさせた少年が入って来た。入って来たときには淨龍しずとうお兄様の名前を呼ばわっていらっしゃったのに、その行動は……。


「あっ、君がもとだね! 俺はたか、お兄ちゃんだ!」


 そう良いながら、もとの隣まであっという間に近づいて、握った手をブンブンと降った。一応、握手のつもりみたいだ。


「もっ、基龍もととおです。よろしく。」

「中学生でしょ? 俺、三年!」

「あっ、僕は一年です」

「こら、たかくん、泥だらけだよ、少なくとも顔と手を洗って、服を着替えてきなさい」

「あっ、いっけね〜」


 たかくんとやらは、唐突に乱入してきたと同じように、バタバタと慌ただしく退場していった。

 今のが俺ともとの間に入る塁龍かたとおか。

 そろそろ、お気づきだろうが、うちの一族の名前には、「龍」という文字が入るらしいのだ。ちなみに、ほとんど『クソオヤジ』としか呼ばれていない俺達のオヤジは烈龍たけとおと言う、御館様は熟流なりとお様ね。


たかくんは、お勉強はダメだけど、サッカーは上手いんだよ」


 見たまんまだな。それより、俺が気になったのはもっと別のことだ。たかくんは、何やらおかしな気をまとっているみたいだ。オーラは大きいし、暖色系の色が強い。失礼な言い方だけど、何んか人間にすごーく近い、人間と紙一重くらいに近いあやかしの様な気を感じる。何かをけているわけでもないのに…。何かいていたら、霊能力集団の誰か気づいているはずだもんな。

 俺の気のせいと、この疑問は放っておくことにする。


「えーっと、どこまで話したかな?」

「分家さんが管理されている神社の様子が変だと言う連絡をもらったと言うお話でした」

「えっ、何の話?」


 俺がそう言うと、もとは飽きれた顔をした。ごめんよ、兄ちゃんはとりあえず、理解できることにのみに集中していたんだよ。


「もぉ、兄さんは……灼龍あつとおさんが、会いに行こうとしていた人の話だよ」

「すいません」

灼龍あつとおさんは、分家さんの話を電話で受けて、まずは様子を見に行くと言って、一人で家を出て行ったんだって」

「場所とかルートとか、解ってんの? 足は?」

「あっちゃんの移動は、どんなに遠くても車だよ。詳しい場所は、今、お爺さまが上京してきたその人に会いに行っているから、今日中には解ると思うよ」


 俺はいつの間にか広げられている地図を覗き込む。すると、とある高速道路上に細かいキラキラと光る線が現れる。ゴミかと思い、その線を指でなぞってみても、キラキラは消えない。これは、灼龍あつとおさんが辿ったルートだと理解する。証拠はないよ。だけどこんな不思議現象は、俺の短い経験から、今関わっていることに関係することなのだ。誰が、どのようにして、そんなことをしているのかは解らないけど、そんな感じだけはやたらとする。

 俺が地図上の高速道路をなぞっているのを見て、淨龍しずとおお兄様は、にこりと微笑んだ。


「凄いね、地図であっちゃんを追えるんだ」

「あっ、いや……何か解んないっスけど、キラキラと光っているんですよね、俺の目には」

「光る線?」

「線というほどハッキリはしてないんスけど……八王子のインターから入って、ここをこのルートで通っていますね」


 俺は地図の上を指で示して行く。その線は高速を降りて、市街地からどんどん離れて行く。消えているのはとある山だった。


「ここで消えてます」

「これは……山に入っているよね」

「ここに…なんかあるみたいだけど……」

「これが、そこのさらに拡大された地図だよ」


 淨龍しずとおお兄様は、地図を重ねるように置いた。その地図にも、俺が見えていたキラキラの線が見えた。


「ここは……山に少し入ったところだ。周囲には…特に何かあるわけでもなさそうだね」

「山の麓には集落っぽいものはあるね」

「ありますね」


 狭い日本に、集落がない所はあまり無いような気がする。それは重要だから言っているのか、それとも単なる情報として言っているのか、俺には判断がつかなかった。


「山の麓に集落があるってことはさ、この山って信仰対象じゃないの?」


 消えたはずの塁龍かたとおくんが、俺の横からひょいと顔を出して言った。驚いて身を引いた俺が見たのは、山盛りの信太鮨しのだずしがのっている皿を小脇に抱えて、右手にもった信太鮨をぱくっと食いついている所だった。


たかくん、お行儀悪いですよ」

「は〜い」


 そう返事をすると、ゴッ、という音とともに大皿を置いた。そして右手に持つ信太鮨しのだずしを頬ばりながら、左手で信太鮨しのだずしをもう1つ掴むと、もとに差し出す。が、その手を淨龍しずとおお兄様が叩く。


「だから、お行儀が悪いと言ってるじゃないですか」


 美しい顔で、眉間に皺を寄せて睨む淨龍しずとおお兄様だが、麗しすぎて、塁龍かたとおくんには全く効力がない。でも、根が素直なのか、『は〜い』と返事をして信太鮨しのだずしを皿に戻す。


よしにぃに! しのたすし!」


 信太鮨しのだずしを持って、ぱたぱたと走り寄ってくるまことは、そのまま俺に抱きつく。慌てて食い物を持つ手をブロックする。


「あ〜、ハイハイ、信太鮨しのだずしな」


 俺がそう理解すると満足そうに、パクリと食べ始める。遅れてそうもやってくる。そして、俺の膝の上に座る。


「なーなー、しのだずしって何?」

「ああ、こっちでは、稲荷って言うんだっけ。うちの方では信太鮨しのだずしって言うんだ。それに、形は三角な」

「へ〜、京都だっけ?」

「そうだよ」

「でも、京都弁じゃないね」

「うちでは使ってもいいけど、外では使わしてもらえなかったな。どうしてかは知らないけど」


 そう、俺は京都弁をしゃべれなくてはならないキャラだ。が、外では決して京都弁を使わせてもらえなかった。そのせいで、今では家の中でも標準語での会話だ。言い出しっぺのお袋は、ばりばりの京都弁を使うのにな。お袋曰く、京都弁をしゃべる男は嫌いらしい。そんな理由、恥ずかしくて言えない。


「え〜っと、まことそう淨龍しずとおお兄ちゃんと、塁龍たかとおお兄ちゃんだよ」

しずにぃに!」


 失礼なことに、まこと信太鮨しのだずし淨龍しずとおお兄様を指す。当の淨龍しずとおお兄様は、とろけそうな顔で、俺にひっついてる妹たちを見ている。


「本当に可愛いよね、まこちゃんとそうちゃん」


 あれ? 対面済みのような反応。今の淨龍しずとおお兄様は、オヤジと同じ表情をしている気がする。顔の造形が違うにも関わらず。


たかにぃに、おそろいね」

「おぅ! もう一つ食べるか?」


 まこと塁龍たかとおくんとも対面を果たしたようだ。まぁ、同じく信太鮨しのだずしを持っているしな。そういやぁ、ここには男兄弟ばっかりだって話しだし、ちょっとしたアイドル扱いだな。それでなくても、まことそうは可愛いしな。近所では、評判の子供だったし、公園へ連れて行くと、知らないお母さんたちが、可愛いを連呼するしな。言っておくが、贔屓目ひいきめに見ているわけじゃないぞ。


 ふと気がつく。まことそうに、メロメロになってていいんだっけ?

俺ら何をしていたんだっけ……あっ、そうだよ灼龍あつとうさんの話だ! 慌てて俺は話を戻そうと、地図を手元に引き寄せようとして、もとが地図を難しい顔して覗き込んでいるのに気がついた。


「なぁ、なんか解ったのか?」

「地図の上からは、特に何も解らないんだけど、ここってかなり奥深いところだから、何か変な土着信仰とかありそうだよね」

「えっ〜っと……兄ちゃんにも解るように言ってくれないか?」

「そうしたいのは山々なんだけど、僕にも解らない」


 お前に解らないことが、俺に何で解る?


「で、この地図を見て、何か解る人はいなかったの? 霊能者集団なんだよね」

「あ、俺に言ってもムリムリ、俺には能力ないもん」

「えっ?」


 なんと、兄弟がこんなにいて、唯一能力が無いという話しだ。おお、それはまた珍しい存在だなぁ。でも、やっぱり塁龍たかとおには変な気を感じるんだけどなぁ。


「他の兄弟の人は?」

「う〜ん……」


 淨龍しずとおお兄様は、腕を組んで唸り出した。その様子だと、誰も灼龍あつとおさんを感じられないのか。だとしたら、俺がここに呼ばれたのが解ったよ。


「ところで、灼龍あつとおさんがいなくなったのが解ったのは何時なんですか? そもそも、この家を出発したのは何時ですか?」


 依然と前のめりな様子のもとは、畳み掛けるように質問をする。いくら俺でも、なんだかヤバイ気がしてくる。


「おい、もと少し落ち着け」

「あっ……ごめんなさい。でも、僕は凄く不味い気がするんだよ」

「それは、話しの内容か? それとも灼龍あつとおさんを感じるのか?」

灼龍あつとおさんを感じるわけじゃないんだ。でも、何かが薄れていくような……そんな感じなんだ」


 もとは情けないような顔で言う。俺達がもつこの能力は万能ではない。修行をしているとか、していないとかの関係もあるのかもしれないが、俺達2人が椿であやかしを見た時と同じことが常に起こるのだ。つまり、その正体を俺は良く見えるが、もとには赤くぼんやりとした丸が見えるだけと言った。でもこれは、俺が能力が高いからではない。いや、実際は俺の方が強いんだけど、場合によってはもとにしか理解できない霊体やら妖がいる。俺はそれをラジオと同じものだと思っている。俺には俺の、もとにはもとの受信できるラジオ番組が違うというものだ。

 細かく言うと、たとえ同じラジオ番組が聞けたとしても、もとには良く聞こえるけど、俺には途切れ途切れでしゃべっているのは解るが、何を言っているのか解らないというのが近い例えかな。


 俺はこのもとの焦燥感が、灼龍あつとおさんに関係するものと思った。どうしてかって? 俺もその焦りは感じているからだ。多分、もとはそれ以上に感じているだけだと思う。


淨龍しずとおさん、どうなんです?」


 俺ももとの掩護射撃をしようと思い、淨龍しずとおお兄様に問うが、淨龍しずとおお兄様の返答は、こうだった……。


「よっちゃん、お兄さんって呼んでよ」

「えっ?」

「私たちは兄弟ですよ、お兄さんと呼んでくれないと悲しいです……」


 少し顔を伏せて、憂い顔。流石美人さんっス! どんな表情をしても、超ド級の迫力ですわ。


「コホン、淨龍しずとおお兄さん、灼龍あつとおさんはいつこの家を出たのですか?」

「一昨日です、朝のお勤めを終えて出ました」


 お兄さんと呼んだ瞬間のそのキリっとした表情はなんですか?


「行方不明になったと気づいたのは?」

「昨日の午後5時頃だったでしょうか……」


 待て待て待て、と言うことは、昨日の夕方に灼龍あつとおさんが姿を消したのか? 俺らがここに来ることを知ったのは昨日の夜だぞ。何だ、その急展開。


「可笑しい……」

「兄さん、何かわかったの?」

「可笑しいんだよ、昨日の夕方に灼龍あつとおさんがいなくなったって言うけどさ、俺らがここに来ることを聞かされたのは昨日の夜だぞ、僅か4時間の間にどーなって、こーなった?」


 いや、それは疑問に思うけど、それより灼龍あつとおさんの事でしょ? ともとの顔に書いてある。それも、責めるように勘亭流の文字でだ。

 でも、これも結構大事でしょ?


「それより、まだ1日もたってないですよね。どうして居なくなったのが解ったんですか?」

「それはね、昨日お茶会から戻ると、北山からの気が薄くなっていたんですよ。北山って、おやしろがあるんですけどね、普段ならこの屋敷を包み込むように、力強い気が流れてきているんですが、それが凄く薄くなっていたんです」

「それは、当主がいなくなるとそうなるんですか?」

「それは解りません。何せ、私は当主を亡くした経験が無いのですよ。残念ながら、曾お爺さまが身罷ったのを知っているのは、お爺さまと当主だけなのです。でも、お爺さまにはこの気の薄まりが良く解らないとおっしゃるし、当主は……アレですから」


 当主はアレって、結構なコメントだな。


「じゃぁ、どうしてその現象を灼龍あつとおさんの失踪と関連づけたんです?」

「ふうちゃんがね、北山でさんじゃくぼう様にあっちゃんがこの世界から消えたって教えてもらったんだよ」


 すみません、その呪文は何ですか? さんじゃくぼうって何の棒ですか? ああ、三尺ある棒ですか。

 三尺もある棒とふうちゃんと呼ばれる人が会話をしている図が浮かぶ。何故だかその絵は○ンパンマン風だった。


「えーっと、解らなかった?」

「スミマセン、ワカリマセンデシタ……」

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