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曾禰家の諸事情  作者: 三條聡
第壱章 曾禰家
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いざ、オヤジの実家へ

 タクシーを門前で停車させ、目の前の大門をただ呆然と見つめていた。

 国道から左折したとたんに続いた長い長い土塀。あまりの長さに、こんなところに寺院でもあるのだろうか? などと暢気のんきに思っていた。その土塀は途切れることなく大門に辿りつき、ふと見た表札に曾禰の文字。


 大きいとは聞いていたが、これほどの大きなものなど想像できるのだろうか。大きいという言葉自体が間違っている、使うならば広大だ。門からちらりと見えるのは、梅の木々だけだった。


「兄さん、本当にここなの? それともここは老舗しにせの旅館かなにか?」


 いつの間に車から出てきたのか、弟が立っていた。老舗しにせの旅館だと? なんて上手い表現だ。そう、そんな感じだ。

 タクシーに乗り込み、母親が言う通りに「そねへ」って言ったらここに到着した。住所も何も聞かずにタクシーの運ちゃんがここに運んだってことは、「そね」は説明をしなくてもここだと言うことだ。

 どうして俺たちはここにいるのか? 母親から説明は受けたが、全く持って、さっぱり解らなかった。それは俺の頭が悪いわけではない。優等生の弟も?マークを頭上に浮かべていた。母親に何度も聞いてはみていたが、最後に出した結論は、母親の説明では何も解らないという、実に明快な結論だけだった。

 唯一解ったことは、どんなに俺たちが理解できなくても、未成年の悲しさかな、俺たちは親たちの思惑でこれからここで生活をしなければならないと言うことなのである。それは、今現在、曾禰が未曾有の存続危機に陥っているからだという。


老舗しにせの旅館か……俺はまたどこかの有名な寺院かと思ったぞ」

「お父さんの実家って大きいんだね」


 なに、その落ち着いたコメント。

 困惑している俺を気にするでもなく、タクシーの運ちゃんはせっせとトランクから荷物を降ろす。

 何、この大豪邸! ここに住むという人々との対面が待っていると思うと、これ以上の苦難が想像できない。割と普通でないと思っていた俺の人生だったが、数日前に、母親によって、さらに盛られた。


その1 俺のオヤジは恐ろしく長い歴史を持つ名家の跡取りだった。


 まぁ、そんなこともあるよな。もちろん、無いに超したことはない。こんなとこ、絶対に 言葉遣いや所作が五月蝿いであろう。


その2 オヤジには妻がいた。


 俺らは、昼ドラで良く出てくる『愛人の子』ってやつか?

 頭の中を駆けめぐるのは、冷たい視線と悪意に満ちた心情をぶつけられ、屋敷の隅で生きた心地のしない日々を送る自分たちの姿だった。

 ありえねぇ~だろ? 愛人の子がどのツラ下げて本妻のいる家で世話になるって言うんだ?

 あのクソオヤジは何をやっているんだ! この盛りはドカッっとキた。


その3 ゆえに、俺はいつの間にか長男から格下げで、五男になっていた。


 いやいや、格下げだかどうだかはそれぞれ意見はあるだろう。が、俺は何でこんなつまらないボケツッコミをしているのかは、推して知るべしだ。


 いつの間にか、タクシーの姿はなくなっていた。弟は、双子の妹達の手を繋いでたたずんでいた。

 弟の基龍もととおは、とても物わかりのいい子だ。普段から親があまり家にいないせいなのか、我が侭も言わない物静かな子供なのだ。それが、弟の本来の性格なのか、それとも育った環境のせいなのかは分からないが、もし後者なのだとしたら何だか不憫ふびんな気持ちになる。まだ15歳だというのに、ものすごく年老いたようなあきらめた微笑みをする時がある。

 今も俺がどうするのか決心がつくまで、急かすこともせずにただ黙っている。


 俺は目を閉じて大きく息を吸い込むと、「よし!」と声に出して最初の一歩を踏み出そうとした。が、せっかく総動員した勇気をくじくように、いつのまにか敷地内から年配の男性が現れるなり、俺たちに向かって笑顔でこう言った。


「これはこれは、伍郎君ごろうぎみ様に七郎君しちろうぎみ様、ようこそおいでくださいました」


 俺達に笑顔で近づいてきた男性は、年の頃は五十代ぐらいだろうか、少し頭髪に白髪が見えるが、シルバーフレームのメガネとともに、それは品の良さを演出している。身なりもスーツ姿で、どこにも草臥くたびれた様子はうかがえない。

 とりあえず、屋敷内に踏み込む第一歩目の勇気はくじかれたが、この年配の男性は、本心かどうかは解らないが一応歓迎してくれているようだった。


「私、大舎人おおとねり檜山ひやまと申します」

「おおとねり?」

「はい、今時で言うと執事とでも申しましょうか」

「ああ、しつじさんね」


 おいおい、執事までいるよ。


「兄さん!」


 弟が、ごつんと自分の頭を俺の背中に打ち付ける。両手を妹達が塞いでいるからだ。


「僕は、曾根そね基龍もととおと申します。こっちにいるのが、まことで、こっちにいるのはそうです」

「これはこれは、大君おおいぎみ様、中君なかのぎみ様」


 また、謎の呪文だ。まさか、日本語なのに言語の疎通が不可能な人々に囲まれるのか?

そう思っていると、またしても弟のごつんに襲われた。


「あ、俺は燦龍よしとおといいます。お世話になります」


 そう自己紹介しながら、頭を下げた。そして、頭を上げた俺は屋敷の敷地から出てくる二人の女性を目で追った。

 それに気がついた檜山ひやまさんが、説明をしてくれた。俗に言う家政婦さんで、檜山ひやまさんと同じ位の年齢の人が、シゲさん。俺たちのお袋と同じくらいの女性がマサコさんと言うらしい。ほかにもマツさんという老齢ろうれいの女性がいるらしい。

 シゲさんとマサコさんは、俺たちの荷物を持つと、にっこりと微笑んで、軽く会釈をするとさっさと敷地内へ消える。


 今、気がついた。この門から建物が見ない! これは、例の門から車で移動とかいう話か? とにかく、俺の想像を越えることが多くて、頭を抱えるばかりだ。


「さぁ、大君おおいぎみ様、中君なかのぎみ様。じぃがお連れしますよ」

「えっ、えっ」


 戸惑う基龍もととおの声に振り返ると、左右の腕に抱き上げられた我が妹たちが視界に入る。えっ、家の妹たちはもうすぐ4歳になる幼女ですよ? もうすぐ20キロになりますよ? 何、このマッチョぶり。妹達はまんざらでもない様子で、二人して片腕を檜山ひやまさんの首にまわしている。そして、二人で顔を見合わせて、くすくすと笑っているよ。


「では、参りましょう。伍郎君ごろうぎみ様と七郎君しちろうぎみ様は、この門よりお入りください」

「えっ?」

「当家では、皆様が入られる門がそれぞれにございます」


 そう聞いた俺の頭には、人数分の門があるのか? だった。いくらバカな俺でも、俺の思考がちょっと尋常じゃない混乱を起こしていることに気がつく。


「これは最初だけです。が、ご説明申しまあげます。ここの南にある大門は、御館様、若様と伍郎君ごろうぎみ様のみが通られる大門でございます。七郎君しちろうぎみ様は、今年はこの門から入られてかまいません」


 ということは、来年は違う門を使うのか? と思ったが、最初だけと言っていたんだっけ。


「最初だけですか? これからはどこから入っても良いのですか?」

「はい。ですが、入られる玄関はお守りください」


 なんと、入る玄関まで指定されている。ほら、だから嫌なんだよ格式の高いお家は。そんなことを思っている俺とが違い、基龍もととおは真面目顔で檜山ひやまさんの説明を受けている。


「今年はこの大門の先にある玄関よりお入りください。来年は東の玄関、その次の年は北の玄関と言うように、反時計回りになっております」

「では、まことそうも違う玄関を使うのですか?」

「はい、大君おおいぎみ様は北の玄関、中君なかのぎみ様は東の玄関をご使用していただくことになります」

「一人で大丈夫でしょうか?」

「ご心配には及びません。大君おおいぎみ様、中君なかのぎみ様が外よりお戻りになる時は、必ず、先ほどの家政婦がお迎えにあがりますので」


 そう聞けば安心できるかと、俺ともと檜山ひやまさんに、妹達を任せることにした。


伍郎君ごろうぎみ様に七郎君しちろうぎみ様は、こちらの敷石に沿って頂けましたら玄関でマサコさんが控えておりますので、このままお進みください」


 そう説明をうけ、俺達は門の中に入った。足を踏み出した時には、妹達を少し心配したり、これから何が待ち受けているのか不安を感じたり、それでも俺は、弟と妹達を矢面に立たせないようにとか、いろいろ思っていたのだが、体を門の中に入れたとたん、俺もそうだが、モトも立ち止まってしまった。


「何だコレ」

「変な感じだね」

「う〜ん……でも、これって、神社の境内の感じに似てないか?」

「そうだね」

「結界が張ってあるのかな?」

「神域……なのかな、ここって、普通に人間が住んでいるんだよね」


 モトが俺に視線を向けた。『人間じゃなかったら何だって言うんだよ』と怖い台詞を無理矢理に飲み込む。

 住んでいたのが京都だったことから、神社仏閣には馴染みである。遊び場や待ち合わせ場所が、神社だったり、寺院だったりする。俺達兄弟は、霊感があるからなのか、昔から、そんな場所は特別な空気が立ちこめているのを知っているし、それを皆も感じていると思っていた程、幼い頃から肌で感じていた。

 特に、神社はその場所それぞれに独特なものがある。


「まぁ、こんな所で立ち止まっていたら、話が進まないな。とっとと、まことそうと合流すんぞ」

「そだね」


 不安そうなもとを引き連れて、俺は足を踏み出した。

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