序
「なぁ、これって無いよな!」
落ち着いて茶をすする母親には何の期待もしていない。俺の台詞は、困ったような顔をして俺と母親、交互に視線を漂わせる弟に向けている。
我が家では、弟が『世間の常識』の最後の砦なのだ。中学生だけど。高校生にもなって『俺』と言えない所は、少し残念なところだが、俺はそれを自覚しているから良いとしよう。
「俺達の環境って、普通か? 普通じゃないよな。こーゆーシチュエイションは、もっと普通の人間に起こることだよな」
俺の家の事情は、かなり変わっている。
お袋とオヤジは、籍を入れていない。俺達は認知されていると言うことで、オヤジの姓を名乗っている。
お袋は、ここ京都で老舗旅館の跡取り娘で、その旅館で女将をしている。オヤジはアメリカの大学で教授として南アメリカのどこかで遺跡調査をしている。
まぁ、良くあるなんて言わないけど、オヤジはまぁ、本に帰国すればそこそこ顔を出しているし、俺にとっては面白いオヤジだと思う。というか、俺という子供にどこまでも張り合うし、何をするにでも絶対に手を抜かない。ちょっとしたジャンケンに始まり、子供の頃から通っている古武術の手合わせでもだ! 俺にとっては、オヤジは、親父ではなく力を誇示する手に追えない兄貴という感じなのだ。全然、大人ではない。
お袋とのコトは二人の問題かな? なんて思っている。いや、あんまり深くは考えてないのかもしれない。
「ほら、なんだ、あれだよ、こーゆーのは平凡な人間に起こることだろう? 実はとある才能を開化して有名になるとか、唐突に異世界に転移とか、魔王になって世界征服とか?」
誤解しないで欲しい。俺は別に凄い才能が開化した訳でもなく、異世界にも行ってないし、ましてや魔王にもなっていない。
「兄さん、ラノベとかの読み過ぎなんじゃない?」
弟のそんな冷静な突っ込みは、今の俺には何も響かない。
「俺のハイスペックな……いやいや、ロースペック環境か? これ以上盛ってどうするんだよ! 俺、何かしたか?」
「落ち着いて、兄さん」
「これが落ち着いてられるか!」
バーンと机を叩く。
家庭環境が複雑怪奇であるのは、先に述べた通りだが、しかし、それだけではないのである。
オヤジは、周囲がドン引くほどの能力を持っている。何でも、オヤジの血筋には多いらしいのだが、俺と弟もその能力を授かっている。
「そのうえ、町で雨に濡れている女の人に『傘をどうぞ』とか言って、クラスの人間にドン引かれるし、横断歩道で佇む幼稚園児に声をかけ、やっぱりドン引き。そのうえ、ちっさいおっさんを見たり、ふよふよキラキラ漂うものを見たりして。あれだよ、他の人が俺の見える世界が解ったりしたら、ドン引きじゃ済まいんだぞ」
人はそれを霊能力という。
まぁ、全然普通じゃない家庭環境と俺の能力だけで、かなりのハイスペックな・・・いやいや、ロースペックな人生だと思う。
こんな俺に、神様は何を盛ろうとしているんだ!