原発信仰とスキーマの発達
例えば、何か想定外の出来事が起こったとしよう。それは今までの君の知識体系や概念…… スキーマでは説明できない事象だ。すると君はその事象を受けて、スキーマを修正するだろう。今までの考えは間違っていたと、それを改めるはずだ。
言うまでもなく、このような手続きを経て科学は進歩して来た。だからこそ、このような手続きを経る事が不可能なものを科学とは見なさない考え方もある(反証主義)。
これは恐らく、ほとんど誰にとっても当たり前の話だろう。しかし、実はこの通りの手続きを執る事は、人間にとって意外に難しいのかもしれないのだ(もしかしたら、僕だってできていないのかもしれない)。
固定概念化。特に集団単位で固定概念化が起こっている場合、自分達のスキーマに当て嵌まらない事象の発生を確認しても、それを修正しようとはしない場合がある。
狂信的な宗教団体が集団自殺してしまう事件が起こったり、充分な実績と証拠がある新たな医療方法を拒絶したり、昔からの因習を変えようとしなかったり。
似たような事柄は、数多く観察できるだろう。
そして僕は、つい最近、それと似たような事象を観察したのだった。
「原子力発電所は、安価な発電方法なんだから、それを活用しないのは馬鹿げている」
そうその彼は言った。僕はそれに少しばかり驚いてしまった。福島原発事故以降、原子力発電関連で様々な国の嘘が露見して有名になったけど、原発が安価だという話もそのうちの一つだったからだ。原発が安いというコスト計算には、核廃棄処理の費用や無駄に発電した分の電力を蓄える揚水発電の費用などが含まれていない。
つまりはインチキなのだ。
だから僕はそれを言ってみた。するとその彼は文句を言うようにこう返して来た。
「じゃ、実際の費用はどれくらいなんだよ。証拠がないと信じる訳にはいかないな」
そう言われて僕は困ってしまった。本当の原発のコスト計算は公表されていないはずだ。だから知りようがない(僕が知らないだけだったら、ごめんなさい)。どこかで、その予想を見た気もするけど、もう忘れてしまった。
しかし、僕は少し考えると、こう言ってみたのだ。
「費用計算は知らないけど、別の証拠なら見せられるよ」
彼は少し表情を変えた。
「総括原価方式って知っているかな? 電力会社はこの方式に則って、電力供給コストによって電気料金を決めているんだ。という事は、仮に原発が安価だとするのなら、電気料金も安くならなくちゃおかしい事になる」
その僕の言葉に彼は頷いた。それから僕はインターネットで検索して、あるページを開いた。
「これを見れば分かる通り、関西電力は原発比率が51%で、中部電力は15%。仮に原発が安価なら、だから関西電力の方が電気料金が安くなくちゃいけない。
ところが、実際は中部電力の方が安いんだよ。もちろん、どんな計算をするかにも因るのだけど、一般的な家庭ならほぼ中部電力の方が安くなる。しかも、原発には税金からも莫大な金が入っているんだぜ。これで原発が安価だって言われても納得できないだろう?」
それを聞いて彼は黙った。何も言わない。僕はそれで原発が高コストだという明確な証拠を示せたと思っていた。しかし彼の中で、その事実をどう解決したのかは分からないが、彼はそれからも「原発は安価だ」とそう言い続けたのだった。
つまり、彼は自らのスキーマを修正してはくれなかったのだ。
日本の原子力発電事業は、「核燃料サイクル」がいつの日か完成するという前提を置いてしまっている。ところが、この計画は今現在完全に頓挫している。高速増殖炉もんじゅはトラブル続きで運転再開のめどすら立っていないし、使用済みの核燃料を再処理する為の青森県六ケ所村の施設は、これまたトラブル続きで既に2兆円以上の予算をかけたのに、まだ一度も本格稼働していない。
だから、依然、原子力発電所のエネルギー源であるウランは海外から輸入し続けるしかないし、核のゴミの処理も海外任せになっている。もちろん、それにだって莫大な費用がかかっている。
有り体に言って、日本の原子力発電事業は既に失敗している。仮に奇跡的に、「核燃料サイクル」が実現できたとしても、その費用と犠牲に見合った富を生み出す事はないだろう。
しかし、それなのに、この日本という国は、その失敗した事業を続けようとしている。そして、その負担はもちろん、国民にかかってくる事になる。
これから先、日本は労働力の減少や国際競争力の低下によって、厳しい状況を迎える可能性がかなり高い。
果たして、その重過ぎる原発の負担に耐え切れるのかどうか、僕はとても不安だ。
或いは、このなんとしても原発を続けようとする“原発信仰”も、通用しない事象を見せられても、それでも修正しようとしないスキーマの一つなのかもしれない。
……電力会社は今現在、核廃棄物を「核燃料サイクル」が実現できる前提で、資産として計上している。ところが「核燃料サイクル」を諦めたらその資産が消え、一気にただのゴミとなってしまう。すると、それで電力会社が潰れてしまう可能性もある。その為、「核燃料サイクル」は諦める訳にはいかない。
そんな話を聞いた事がある。
この話が事実だとして、電力会社が核廃棄物を資産としようがどうしようが、利用できなければそれがやはては社会の負担になる事に変わりはない。
むしろ、早くに資産から切り捨て、適切に処理する方が社会全体のダメージは減るはずだ。それで電力会社は潰れるかもしれないが。
強引に原発を推進する為、特定秘密保護法を悪用し、こういった本来は国民に報せなければいけない情報を国が隠しはしないか(或いは既に隠していないか)、僕はそんな不安を想いもする……
以上、2015年の2月現在でした。
参考文献:見せかけの正義の正体 著者:辛坊治郎 朝日新聞社