CASE.2 教師
殴られて育った子は、殴って育てる子になる。
そんなデータを聞いたことがあった。
昔はそんな馬鹿な、と思っていた。そんなデータありえるわけない、と。
何故なら、殴られて育ったのなら、そうでない人より殴られる痛みを知っているはずで、それを人に与えることを躊躇するはずだ、と。
小さい頃、俺は父親に殴られて育てられた。教師にも殴られて育てられた。バイト先の先輩にだって殴られながら稼いできた。
何度も死のうと思ったことはある。痛いのは嫌で「Mに生まれればよかった」なんてことを真面目に考えたこともあった。
そういえば、中学生の時には自殺を考えたこともあった。小学生から中学生になって初めて貰った自分の部屋には鍵なんて掛かっておらず、自分だけの世界は創れず。父に幾度も侵入されては殴られてきた。殴られるのが怖くてそこに逃げ、結局、袋小路。そんな日々は苦痛でしかなく、精神が不安定になる時期だと考えると、死にたいと思っても無理はなかったと思う。
静かな部屋の中、重たいものという重たいものをドアの前に置いてガムテープで更に固定して。そうして、自分の手首を切ったら一体どうなるだろう、と。冗談ではなく、本気で考えた。
一体どうなる、とは『死ぬ』とか『植物人間』とかそういうことではない。鍵なんて掛かるはずのない俺の部屋が空かなくて、呼んでも返事がなくて。
そんな状況を前に親はどんな顔でどんな行動を起こすのか。そして、俺が死んだ時何を思って何をするのか。そういう意味だ。
実際に行動に移すことはなかったが、おそらく、その状況でも父は俺を殴っただろう。迷惑掛けやがって、と。
反面教師という言葉があるように、そんな父親になってたまるか、と思いながら俺は生きてきた。
だが、運命は残酷だ。
これは血筋なのか何なのかはよく分からないが、俺はそんな父に似てきた。
大学生になってバイトを始め、後輩ができた時には暴力で教育するようになっていた。
別に殴ることが快感だったわけではない。――いや、完全否定はできないだろう。
だが、そんなことではない。
俺は「殴る」以外の教育法を知らないのだ。
殴れば相手は自分の言うように従う。そして主従関係が生まれる。
それは、俺の身が人生をかけて学んできたことだった。
殴られて育った子は、殴って育てる子になる。
本当にその通りだと思う。
そういえば綿貫新次郎にこんな歌があった。
殴られるのはとても痛い だから 殴られないように頑張ろう 痛みを知っているあなたは とても強くなれる切符を持っている
おたふく風邪と同じだ。若いうちに罹っていた方が大人になって身のためとなる。
徐々に、俺はそういう考えに傾いていた。
そして、大人となった俺は教卓に立つ。
暴力で俺の心と体を傷つけてきた教師を見返すために、そんな教師によって生徒の心に穴が開くことがなくすために教師を目指した俺は、夢を叶えたのだ。
「体罰が禁止されてるのは中学までだ」
だが、それはそんな理想像ではなかった。
「高校からは社会に順応するための準備として、多少殴るくらいなら俺はありだと思ってる。日本社会では埃みたいに暴力が転がってるからな」
社会の厳しさを教える、もっと立派で現実的な教師像だ。
「暴力と不倫は文化だよ」
暴力社会は治らない。たとえ何億人が暴力社会を批判したとしても、俺たちは暴力を受けて育ってきたのだ。蛙の子は蛙。大海を知らない。
その証拠に、俺は今や立派な暴力教師だ。