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色彩  作者: 猫屋大吉
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琢磨

大学を出て新聞社に入って五年の月日が流れた。新聞社の屋上の機械室の壁にもたれながら缶コーヒーを片手にタバコの煙を細く朝焼けの夜空に向けて吐き出した。

男の名前は 齋藤琢磨と言った。

最近は何故か気持ちが空白に成る事が多くなったなと考える。まさか五月病と考えると顔がにやけて笑ってしまう。新聞社に入った当初は 未だ未だ青臭く報道の自由やペンは剣より強しと言う言葉を信じ、取材に走り、原稿を起こして上司と衝突したりしてがむしゃらに仕事をして来たが、ここに来て立ち止まる時期に来たのか 不意に後を振り返ってしまった。入社して以来、身体の中で仕事と言う行為に対して燃えていた何かが急速に熱を失って行くのを感じた。

確かにペンは剣よりも強かったかも知れないが 金銭には弱く 報道は社の上からの命令に寄って文面を装飾しなければ成らないジレンマが此処に存在する事をこの僅か五年ではあるが身を持って思い知らされて来た。

真実を伝えると言う使命感を持って辞めて行った諸先輩達とは違い、サラリーマンとしての新聞屋を選んだが 其れすらも疲れて居た。

「参ったな」

独り言を呟きながら次のタバコを取り出して火をつけると大きく吸い込み 又、空へと吐き出すと内ポケットから封筒を取り出して中身を見て又、内ポケットに仕舞う。

屋上へ来てから数度と無く繰り返して居た。

中身は辞表、琢磨が書いた物だ。

左手の缶コーヒーを口に運ぶと一気に飲み干すと さて、行くか と呟き 携帯灰皿に吸殻を仕舞うと建物へと姿を消した。


間も無く始発電車も動き始める時間に成る。

辞表の入った封筒は上司の机の上に置いて来た。社を出て歩道に出た時に五年間居た建物をもう一度振り返った。

一瞬、頭の中で初出社の頃がフラッシュバックしたので頭を左右に振り 誰に挨拶するでも無く 建物に向かって片手を挙げると振り向き歩きだした。

五年間歩いた道をゆっくりと歩く。

町は静かでまだ眠りについている様だった。

駅までの途中の小さな公園の脇の道を歩く。

ブランコが二つと小さな砂場にベンチが六つ程しか無い小さな公園である。昼間に何度か通った時は小さな子供達と彼らを見守る母親達でそこそこ賑わっていた様に思った。

旅行等この五年間全く行かなかった事を思い出し、旅行でもしようかと考えながら角を折れて公園の正面に差し掛かった時、視線を感じて何気無く奥のベンチを見た。

一人の老人が琢磨を見て居た。

立ち止まって良く見ると老人はベンチに座り杖を両足の間に立てその杖を押さえる様に両手を乗せて片方の手首だけを上下に動かしている。目だけが異様に力強い。

琢磨の耳に老人の声が聞こえた。

「心の隙間を見つけたぞ」

大声で呼ばれた訳でも無く、そう、頭の中に響いたと言うのが本当の所だろうか。

琢磨がハッとして瞬きをした間に老人は琢磨の正面に立っていた。

琢磨が半歩後ろに下がった時、老人の身体が影の様に黒く成った。

老人と思われた其れは黒いモヤとなって琢磨の頭の上から覆い被さる様に琢磨を包んだ。

琢磨は叫ぶ事すら出来ない一瞬で包み込まれるとモヤと共に消滅した。

後には琢磨の服に鞄と靴だけが残されていた。

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