責任とりますから!
「僕、結婚することになりました」
ある日、部下からそんな報告を受けた。
真面目で女っ気のない奴だと思っていただけに、突然のこの報告には少し驚かされた。
「おお、めでたいじゃないか!相手は誰だ?もしかして、社内恋愛か?」
驚きはしたが素直に喜ばしいことだと思い、冷やかし混じりに相手の女性が誰なのかを尋ねた。
「いえ、彼女は僕とは全然違う仕事をしている人ですよ」
「そうなのか。何をしている人なんだ?」
「魔法少女です」
―――俺の部下が、とんでもないことを言い出した。
「お前…自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「はい?」
とんでもないことを口にした張本人は、何か不思議なことでもあるのかと言わんばかりに首を傾げる。
俺は大きく息を吐き出し、次いで吐き出した分の空気を吸い直す。そして吐き出すと同時に、声を発した。
「ウチは、悪の秘密結社なんだぞ!!?」
そう、俺とこいつは世界征服を目論む秘密結社『ゲーティア』の構成員なのだ。
そして魔法少女といえば何かと我々の邪魔をしてくる、手っ取り早く言えば敵である。
話を聞くと結婚する相手というのは、現在3人の存在が確認されている魔法少女の内の一人、マジカル・ステラ(※『・』の部分にはハートマークが入る)であるらしい。
「ステラというと黄色い奴か。前から付き合っていた訳ではないよな、なんでそんなことになったんだ?」
すでに一度怒鳴りつけてしまったが、大人の対応で事情を聞いてみることにした。ちなみに黄色というのはステラの外見の全体的なカラーリングを指す。つまりはイメージカラー。ついでに残り二人のイメージカラーは赤と青である。
「はい、実は―――…」
~~回想~~
「待ちなさい!」
いつもの通り戦いに敗れ、撤退する途中…
~~回想中断~~
「待て、負けるのが普通のような言い方をするな!悲しくなってくる!」
「でも今まで一度も勝てたためしがない訳ですし」
「だから悲しいんだ!…まぁいい、続けてくれ」
~~回想再開~~
とにかく撤退の途中、その日は珍しく魔法少女の一人がしつこく後を追ってきたのです。
全体的に黄色い衣装の魔法少女――マジカル・ステラでした。フリル過多なミニスカートからはスパッツが覗いていますが、そこに気を遣うのだったらもう初めから衣装はジャージとかでいいんじゃないかなと思います。
「逃がさないんだから!…私一人でもちゃんとできるってこと、証明してみせるんだから!」
詳しい事情は分かりませんが、何かしら思うところがあったようです。彼女は僕に一騎討ちを挑んできました。
「面白い、受けて立とう!」
滅多にない燃える展開だったので、僕もテンション上がってノリノリで承諾してしまいました。
そしてこの選択が、僕の運命を決定付けました。
「たあぁぁッ!」
ステッキを手に僕に向かってくるステラ。
「甘い!」
それに向かい、僕は斬撃を放ちました。
先に言っておきますが、わざとじゃなかったんです。本当です。
「あっ」
「えっ」
決闘の場にそぐわない間抜けな声を発して、僕らは一瞬固まってしまいました。
自分でも何をどうやったらそうなってしまったのか不明ですが、僕の放った斬撃はステラの身体を一切傷付けることなく、衣服の一部分だけを綺麗に切り取ってしまったのです。
「きゃあああああッ!!?」
悲鳴を上げ、自分の身体を抱くようにしてうずくまるステラ。素早く手で隠し、僕も咄嗟に横を向いたので見えたのは一瞬でしたが、しっかりと目に焼き付いていました。そう、それはまるで膨らみか【一部性的な描写が含まれるため表現を規制させていただきます】でした。
「ひどい!ひどい!こんなことするなんて~~っ!!」
ステラは顔を真っ赤にして、うずくまったまま泣き出してしまいました。
「いや、これは、その、そんなつもりでは…!」
不可抗力とはいえ少女を剥いてしまったことには違いなく、僕もかなり慌てていました。何度も謝罪の言葉を繰り返しましたが、到底許しを貰えそうにはありませんでした。
「もうお嫁にいけない~~っ」
その一言を聞いて、僕は覚悟を決めました――いえ、まだこの時はまだ少し混乱していました。
とりあえず羽織っていたマントを脱ぎ、彼女の肩に掛けてやりました。
「え…?」
きょとんとした顔で、僕を見上げるステラ。その潤んだ瞳を見て、ようやく覚悟が決まったのだと思います。
「僕が、責任とりますから!」
~~回想終了~~
「…で、結婚か」
話を聞き終えた俺は、頭を抱えた。何そのエロハプニング…じゃなくて、悪の秘密結社構成員が魔法少女にプロポーズするなんて前代未聞だ。何してくれちゃってんのコイツ?というか、向こうもそれ受け入れちゃったの?
「お前な…相手は敵だって分かってるのか?」
「その辺りの分別は付けています。でも、正義の味方だけあって星歌ちゃんすごくいい子ですよ?」
「星歌?」
「あ、すみません。ステラの変身前の本名です」
いつの間に本名ゲットしてるんだ。一体コイツはどの辺りに分別を付けたというのだろうか。
はたと思い当たり、どうしても確認しておかなければならない事柄を尋ねた。
「そういえば…相手は魔法少女というくらいだから、『少女』なんだよな?」
「はい、当然です」
「…何歳だ?」
「14歳ですね」
「犯罪だ!!」
思わず叫んでしまった。犯罪結社の構成員が犯罪と叫ぶのもナンセンスな気がするが、叫んでしまったものは仕方がない。ウチの方針としては、あんまり生々しい犯罪は遠慮願いたい。
「でも僕たち人間ではありませんから人間の平均寿命なんて軽く超えていますし、14歳じゃなくても人間に手を出した時点でアウトだと思いますよ?」
人間に手を出した時点でロリコン確定。というか、アウトの自覚はちゃんとあるのか。
「しかしお前はそれで良かったとしても、向こうがダメだろ。確か日本の法律では女は16歳まで結婚できないんじゃなかったか?」
気が付けばステラ寄りの発言になってきている。なんで敵を守るような発言してるんだ俺、と自己嫌悪。その後、いやいやこれは部下を生々しい犯罪者にしないためだと心の中で自分に言い聞かせた。
「はい、そうですね。なので正確にはまだ婚約の段階です。結婚を前提にお付き合いさせてもらっています」
きちんと段階は踏んでいたようでとりあえず安心した。相手がアレなだけで、真面目は真面目だな、コイツ。
「お付き合いって…順調なのか?」
「ええ、この間初めてデートしたのですが、いい感じでしたよ」
~~初デート回想~~
「あの…ダンタリオンさん…ですよね?」
待ち合わせの時間まであと少しというところで、自信なさげに声を掛けられました。
「ええと…ステラ、さん?」
聴き覚えのある声に顔を上げましたが、そこにいたステラはいつもと違って黄色くありませんでした。
「ああ、よかった…!いつもと全然雰囲気が違うから、人違いだったらどうしようかと思っちゃった」
悪の秘密結社構成員はマントがないだけでも随分と印象が変わるようですね。もちろん洋服もいつもとは違い、普通にデートっぽい服を着ていましたが。
「ステラさんもなんと言うか…いつもと違ってて変な感じです」
「え、嘘っ、私の格好そんなに変ですか?!」
慌てて自分の格好を見直すステラ。白いブラウスに、控えめなフリルの付いたピンク色のスカート。魔法少女の衣装ほどではありませんが、少女趣味な服装でした。
「あ、いえ、そういう意味ではなく…いつもと違っていますが、とても素敵だと思います」
「えっ」
赤くなった頬を隠すように手を当て、恥ずかしそうに視線を逸らすステラ。その女の子らしい仕草が格好と相まってとても可愛らしく見えました。
「で、でも本当になんだか変な感じですよね。お互いに『さん』付けで呼んでますし…あ、『ダンタリオンさん』でいいんでしょうか?本名で呼んだほうがいいですか?」
恥ずかしさを誤魔化すように、そう尋ねてきました。言われてみれば、いつもはお互いに呼び捨てにしていたような気がします。
「ダンタリオンが本名ですよ。呼びやすいように呼んで下さい。ステラさんのことは、何とお呼びすれば?」
口振りから察するに『ステラ』は本名ではないようでした。所謂キラキラネームという可能性もありましたが、彼女はどう見ても日本人ですから本名でないのは当然と言えば当然ですね。変身する前と後とでは名前が違うのでしょう。
「あ、私のことはできれば『星歌』って呼んでください」
「せいか?」
「星の歌って書いて、星歌って言います」
「綺麗な名前ですね」
素直な感想を口にすると、彼女はまた恥ずかしそうに顔を赤くしてしまいました。
~~回想終了~~
「オフ会か!!」
「オフ会の経験あるのですか?」
「…いや、ないけど…」
ツッコミ返された。部下の癖に生意気だ。
「なんやかんやで結局『星歌ちゃん』『ダンさん』の関係になりました」
「いや、呼び方はどうでもいい。そんなことよりお前、仕事はどうする気だ?」
これ以上聞いているとそろそろ砂糖を吐き出しそうだ。敵とそういう関係になってしまった以上、このままで済ませると言う訳にもいくまい。俺は部下に重要なことを尋ねた。
「え?続けますけど」
奴はこのままで済ませる気満々だった。そこについては責任とる気ないのか。
「続けるって、お前…」
「先程も言いましたが、プライベートとの分別は付けています。彼女と話し合って、結婚するまでは今まで通りきちんとお互い仕事を続けようという話になりました」
向こうも今まで通り続ける気なのか。心掛けは立派だが、それって周りがすっごい気を遣うことになるぞ。特に下っ端。上司の嫁だと分かってて戦わないといけないって、パワハラになりかねないぞ。
俺は、大きくため息を吐いた。多分コイツは、こうと決めたら梃子でも動かない奴だ。
「もうお前ら、爆発しろよ…」
ものの喩えというやつだが、それが一番の解決方法だという気がしてならなかった。
「いえ、今爆発したら彼女を支えられなくなりますので」
「真面目に答えるな!!」