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暇である  作者: 右左上下
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無駄に無駄な事をする才能

  後日、私は改めて妹尾さんを呼びつけていた。その日、どうしても受けねばらなない講義があったので、一石二鳥である。

 彼女は怪訝そうな表情をして、私の前に出現した。まず、何を言おうかと、少しだけ迷った。けれども、迷っていても意味はないし、言葉を濁す意味もない。

 単刀直入に言おう。

 「妹尾さん。きみは怖いのだろう。人と接するのが」

 「急に何? そんなことはない。妹尾は社交性を身につけようとしている」

 「きみは次に何をするつもりだ?」

 一歩、彼女は後ろへと下がった。顔には僅かに憔悴した色が浮かんでいる。

 「……」

 彼女は何も答えることができない。推測だが、何も思いついていないのだろう。

 「頑張る」

 「何を頑張るんだい?」

 「妹尾は今、努力している。まずはゴミ拾いをして、少しずつ社交性を上げていく」

 こうなるのも予想していた。彼女はゴミ拾いを足場とし、様々な人と接するボランティアをこなすつもりなのであろう。それは正しいのだが……。

 彼女は認めなければならない。自分が人と接することを恐れている、ということを。だからこそ、彼女は迂遠な行動をとる。ゴミ拾い。

 彼女は思っているのだろう。自分はただ社交性がないのだと。それは違う。彼女に社交性がないのには、理由がある。その理由こそ、人に対する恐怖。

 彼女はいきなりゴミ拾いなどを始めとしたの実践を積むのではなく、友人や先輩と円滑な会話をする練習、くらいから始めたほうがいい。

 「妹尾さん、怖いならば無理して進む必要はない。もっとじっくりと――」

 「うるさい!」

 妹尾さんに一喝されたことにより、私は黙ってしまう。

 「先輩はなんでも分かっているようなことをいつも言っている。けれど、それは間違い。貴方はいつも、間違っている」

 彼女はどうやら怒ったようであり、私に背を向けて去っていく。もちろん、勇気のない私は後を追ったりはしない。

 流石は私。余計な事を言わせれば、右に並ぶものがいない。

 今回は全面的に私が悪いので、反省して謝るのもいいかもしれない。けれども、ただ言っておきたかった。君の進む道は危ないよ、と。

 彼女はこのままではずっとゴミ拾いだ。それか、自分は十分下済みを積んだからと、いきなり難しいことをするかもしれない。

 私はただ言いたかった。

 きみは焦りすぎだ、と。具体的に動けるほど、きみはまだ成長していない、と。

 人は動いたとき、その結果を求める。ゴミ拾いという努力を繰り返し続けたのち、彼女は気が付いてしまうだろう。自分がなにも成長していない、ということに。


 そんな恐ろしい結果、私は見せられたくない。



 さて、諸君。無駄、とは何だろうか? そんなことを考える時間がすでに無駄である。そんな時間があるならば、前に進むべきなのだ。少なくとも、私はそうする。

 時間は有限であり、一切の時間は無駄にするべきではない。幸せな時間は有限なのだ。今を謳歌せずして、何をいつ謳歌するのか。

 しかし、それは逆に苦しい時間も無限ではなく有限だということを表している。苦しいことはいつか終わる。そう考えれば、少しだけ頑張れる。

 ということで、私は頑張っていた。

 私は今まで『無駄に無駄な事をする才能に長けている』と評されてきた。その真価を発揮する時が、とうとうやってきた。

 時間を無駄にする、とはどういうことだろうか? それはつまり――。


 「最近、やたらと街がきれいだなあ」

 「だよねー。ゴミ一つないもん。綺麗すぎて、汚せないよね」

 街は活気で溢れていた。そして、その活気にあふれた街に住む、活力に溢れた人たちは皆噂する。最近、妙に街がきれいだ、と。

 ゴミが落ちている、なんてことは当然として、道の汚れまで落ちているではないか。雑草などもなく、見渡す限りピカピカ。

 周囲がきれいだと、心まで綺麗になる。

 一体、この街に何が起きたのだろうか。

 人々は噂する。この街にはお掃除星人なる宇宙人がやってきていて、町をくまなく掃除していると。

 ある人は言う。これは国の陰謀であり、若者の心を綺麗にすることにより、自分たちの老後の面倒を見て貰い易くしていると。

 それは全てはずれである。街がきれいになった原因、それは私が掃除しているから、である。

 「見たか。これこそ、私の才能。誰もここまで掃除はせんだろう!」

 私は大学へ行く暇も惜しみ、日夜掃除を続けていた。汗水垂らして、本気で掃除を続けていた。休みなどなく、ただひたすらに時間を浪費して、掃除をした。掃除もここまで来ると、最早無駄であろう。それよりも、早く勉強しろという者もいるだろう。けれど、私は掃除し続けた。

 すると、どうだろうか。

 私の行動に感銘を受けた後輩(道森くん)や腐った先輩が手伝ってくれた。それ以外にも、見た目だけはいい道森くんや双葉さんの気をひくため、数多の愚かな男子が手伝ってくれるようになった。

 それだけではない。深夜のお掃除組は一大ブームとなり、ナウなヤングは深夜、街を掃除することがブームになってしまった。街はすぐに綺麗になる。掃除する場所など、もはや存在しない。

 街は掃除祭りに興じた。皆で汗水垂らして、ゴミを拾う。人はこれを『青春』と呼んだ。

 この街で今、掃除をするとしよう。するとどうなるか。

 『おや、きみも掃除かい? 最近、掃除ブームだよな!』

 こんな感じで、皆から励まされ、話しかけられる。

 「ふむ。妹尾さんに会いに行こうか」

 私が掃除をし続けた理由。それには幾つかの理由がある。それらが成功している可能性は、非常に低い。しかし、だ。失敗していようと、関係ない。

 私は無駄な事をすることに対して、無駄な喜びを感じる。彼女が幾ら抵抗を続けようと、自分の時間を全てかけた私に対抗できるとは思えない。

 私が大学の校舎を歩き、妹尾さんを探していると、十人ほどのむさ苦しい男たちに遭遇した。彼らは全員、額を鉢巻きで締め付けて喜んでいる。

 男たちの中から、一人が前に出た。

 「総長! 今日はどこを掃除しますか。俺ら、いつまでもあんたについていきます!」

 「総長!」

 後ろで控えている男たちも、代表らしき男に習う。私は困惑した。私は掃除に夢中になるあまり、掃除において無駄なカリスマを発揮しているのだ。彼らはおそらく『掃除屋同盟――狗理忍愚クリーニング』の人々だろう。

 「……好きにしろ。お前らに任せる」

 「おい、お前ら! 総長が俺らに任せてくれたぞ。期待は裏切んなよ!」

 「オス」

 駆け足で、男たちが去っていく。

 「私は何をしているのだ」

 自分のこめかみを押さえて、小さく呻いた。こんなことは望んでいないし、想定していなかった。まったく、若者は阿呆ばかりだ。

 それよりも、妹尾さんを探さねばならない。まぁ、おそらく、彼女はいつもの場所にいるのだろう。彼女は社交性を身につけると言って、ひたすらサークル棟の『人間育成会』の部屋に立てこもり続けている。

 

 私は妹尾さんをこう評する。『努力することを努力する人』。

 努力という概念は、とても素晴らしいことだと言えよう。けれども、だ。努力をするのにも、準備が必要だ。

 例えば泳げない人が、いきなり水泳のオリンピック選手と同じ練習をするとしよう。才能があれば別だが、多くの場合、そんなことは辛いだけだ。何の意味もないし、ただの無駄。

 いきなりフルマラソンを走破しようとするものお勧めできない。まずは体力を作ってからだ。走る練習をしてからだ。じゃないと、危険だ。

 妹尾さんはそれを理解している。けれども、彼女の準備は失敗している。

 少しでも、人と接することに慣れること。それが彼女には必要なのだ。 

 それに気がつかず、彼女は間違えたまま、いきなり社交性を上げるために大きな一歩を踏みこんでしまうだろう。それを完全に間違っているとは言えない。けれど、先輩としてそんなことはお勧めできない。

 彼女は人が怖い。口下手。おおよそ、人と接することが得意だとは言えない。

 『人間育成会』のメンバーでも、彼女が親しく接しているのは私だけなのだ。彼女はどうしてだか、私に対しては好意的なのだ。けれども、彼女の私に対する態度を思い出してほしい。

 そうすると、彼女が人と接することがド下手だと分かるだろう。

 彼女はそれを嫌がって、自分を変えようとしている。

 何の準備もせず自分を変えるなど、ただの自殺ではないか。自分の個性や思いを殺して、新たな自分を産もうとする。人が人を産むのには、大いなる苦痛が伴う。

 その痛みに耐えることができる人間など、一握り。

 「彼女が変わろうと思うなら、私はそれを支持する。けれど、その変化の為に、彼女が潰れてしまっては意味がないではないか」

 これは無用なおせっかいなのだ。私は人に『無駄に無駄な事をする才能に長けている』と指摘される。そうだとも。無駄な抵抗はよせ。私は無駄にしつこく、無駄におせっかい。

 私を止めようとするだけ、無駄なのだ。


 かわいい後輩が頑張った挙句、辛い思いだけをして潰れてしまうことを私は潔しとしない。

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