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暇である  作者: 右左上下
3/4

必要無駄

 働くって素敵! きっと流した汗は美しい! 

 たくさんの夢があれば苦労なんてなんのその!

 と、私の大好きなアイドルは歌っていた。その通りである。美しい女子の流す汗は美しいし、美しい女子が働いている姿は美しい。そんな女子と仲良くなるという夢があれば、多少の苦労など苦労の内には入らない。

 のだが、今日の私は疲れ切っていた。

 昨日、私は無償労働をしていた。バイトだって碌にしたことのない私にとって、ボランティアとはただの苦行だった。

 私が頑張れば頑張るほど、道行く人の視線は厳しくなっていった。

 ゴミを拾うこと、これは誇りを捨てることと同義なのかもしれない。彼らは一様に、私に対して奇異の目を向けてきた。

 『どうしてあの人ゴミ拾いしてんの? きもーい』

 などと思われてしまったのかもしれない。それか、

 『きゃー、ゴミ拾いをしてるなんて、なんて心やさしい人なのでしょう! 結婚して』

 と思われてしまったかもしれない。相手が美しい女子なら吝かではないが、町には男もたくさんいた。男にそう思われてしまった可能性も無きにしも非ず。

 私は常に最悪を想定して動く、慎重な男。男に好かれてしまうことはしない。だから、私が女子にもてないのは、私がモテそうな行為を敢えて行っていないからなのだ。本気を出せば、モテモテである。

 誰にモテるか、という話は敢えてしない。


 「先輩ではないですか。お久しぶりです。最近サークルに姿を見せませんね? どうしたんですか? ああ、前僕に論破されたことを気に病んでいるのですね。ですが、気にする必要は皆無ですよ」

 大学へ行きたくない理由は、人それぞれである。

 私の場合、行きたくない理由は大きく分けて二つある。

 ひとつ、家から出たくない。ふたつ、この後輩の存在。

 彼の名前は道森みちもりくん。私の一つ年下の後輩であり、かなりの変わった人である。

 道森くんは私の周囲を嬉しそうにぴょんぴょんと飛び回って、早口で何かを言っている。

 耳を澄ますと聞こえてくる、彼の言葉達。

 「そもそも先輩は駄目駄目ですね。具体的にどう駄目駄目かというと、サークルに来ないところからして駄目ですよね! どうしたんですか? 僕がいるというのに、どうして来ないんです? 先輩に限って用事があるとは思えませんし。僕に会いたくないんですか? あ、僕は別に会いたくありませんけれどね」

 と云って、彼は私の腕に抱きついてきた。

 「……道森くん、離れたまえ。私には用事がある。きみに付き合っている暇はない」

 「つ、付き合っているなんて! 何を言っているんですか、先輩は!」

 きみの方こそ、何を言っている。私はその苦言を敢えて口には出さず、心の奥底にしまっておいた。

 私は腕をブンブン振ることにより、彼から離脱しようとする。けれど、彼の腕力は意外と強い。

 さて、そろそろ彼の容姿について言及しよう。

 彼は簡単に言うと、結構かわいい。見た目だけだが。幼い少女のような、大きな目ときれいな肌。低い背、高めの声、総合的に見て女子に見える。

 だからこそ、私は失敗したのだ。普段、私はクールガイなのだが、それでも少しは女子にモテたいと考えた。だからこそ、少し目に入った女子を口説こうと思ったら……。

 忘れよう。

 「そうだ。妹尾さんはどこにいる? 今日、私は彼女に用があるのだが」

 「は? あいつに用事? 僕ではなく?」

 どうして私がこんなに無駄な時間を過ごさないといけないのだろうか。しかも、男と!

 私は引きつり気味の笑みを浮かべて、新たな提案をすることにした。道森くんの眼が異様に鋭くなったからである。

 「では、いつもの場所で待とうかな」

 「そうですね! 行きましょう!」

 腕をひかれたまま、私は大学構内を練り歩く。私の社会的地位は、徐々に危うくなっている。


 我ら『人間育成会』の活動拠点は、サークル棟の最上階。それも一番端の部屋に位置している。そこに至る道は大変つらいものとなっている。

 いざ部屋に入ったところで、エアコンなどはない。だから、夏は最悪。

 幸い、現在は夏ではないので暑さ対策について苦心する必要はない。私たちはここを溜まり場として、日々、自らを磨き続けている。私に至っては磨きすぎて、消える寸前である。

 「ぐふふ、これはこれは無駄無駄後輩と道森後輩。これは、あたし、興奮するわ」

 『人間育成会』のメンバーには問題児ばかり。まあ、育成する必要がある人間たちの寄り合いなので、問題児ばかりが集まるのは必然。

 「腕組んでるとか! もう、完全にカップル!」

 瞳孔を完全に開ききって、双葉ふたば先輩がにじり寄ってくる。彼女の荒い鼻息が、顔にかかって非常に不愉快。

 「双葉さん、もうその気持ち悪い趣味、止めたらどうですか?」

 「何言ってるの、無駄無駄後輩。男同士の熱い恋愛、これは女子の夢なの。あたしはこのサークルに入ることにより、もっと周囲の人間を育成しようと――」

 双葉さんの熱い講義が開始された。彼女の言葉に感銘を受けるように、隣では道森くんがうんうんと頷いている。逃げてしまいたい。けれど、私は妹尾さんを待たねばならない。

 しばらく地獄のような時間を過ごすことを許容しようではないか。

 「あたしの結論はこうだね。人類は二つに分けることができる。男と男かそれ以外!」

 「それ以外の方が圧倒的に多いじゃないか」

 「何? 無駄無駄後輩? 興味あるの? やっぱりー」

 双葉さんの追撃が始まる寸前、ドアが開いた。ドアの先には妹尾さん。私はすっかり安堵した。

 「やあやあ、妹尾さん。待ったよ。珍しく私が働いたのだ。聞いてくれ」

 「何?」

 「新しいボランティア先を見つけてきたのだよ。ゴミ拾いよりも、きっと効率的だ」

 「具体的に何? 先輩にしては、頑張った」

 「馴染みの老人ホームがあってね。そこに行こうじゃないか。きっと、社交性もグングン伸びるだろう」

 私は案外、老人と仲が良い。そのコネを利用して、後輩のために一肌脱いであげたのである。流石、私。

 「妹尾はいかない」

 それだけ言って、彼女は部屋から逃げるように去って行った。部屋に残ったのは、私と特殊な性癖を持った人たちだけだった。

 「やはり逃げたか」

 私は誰にも聞こえぬよう、小さな声で呟いていた。妹尾さんの逃亡は予期していたことなのだ。彼女が、私が待ち合わせに来ないことを予期していたように。私も彼女の行動を理解できる。

 

 私はその時確信した。

 妹尾さんは怖いのだ。社交性を身につけるためには、人と接せねばならない。けれども、彼女はそれがとても怖い。だからこそ、彼女のはじめの一歩はゴミ拾い。

 ゴミ拾いで社交性が上がるはずもない。

 きっと、彼女は努力をしているつもりなのだろう。けれど、それは違う。

 彼女が積み上げているのは努力ではなく、ただの無駄。徒労である。いくらゴミ拾いを頑張ったところで、彼女は報われないだろう。

 「教えてやろう。私が伊達に『無駄に無駄な事をする才能に長けている』と言われていないということを。何、かわいい後輩のためだ。一肌脱ぐどころか、全裸にでもなろう。そして、人肌で温めてやろうではないか」

 私が若干上手いことを言って満足していると、隣の少年が表情を明るくした。

 「な、本当ですか、先輩!」

 違う、お前のことではない。私は部屋から逃げ出した。

 

 

 

 

 

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