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暇である  作者: 右左上下
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妄想世界の救世主様

 無益な時間を有意義と感じる感性。それこそが、人生を有意義なものへと変えるのだ。

 ですから、私の人生には一切の無駄がない。例え休日の大半を惰眠と解体されていくマグロごっこで費やそうとも、私は有意義な人生を送っていると言えよう。

 私は多くの人から『無駄に無駄な事をする才能に長けている』と評される。これは褒め言葉だと思っていたのだが、よくよく考えると貶されている。

 その評価を覆すため、様々な努力をした。けれども、それもまた無駄な努力だった。

 ゆえに私は考える。無駄な時間こそ、有意義な時間なのだ、と。

 ならば話は早い。私は誰よりも有益な人生を謳歌している。という訳で、私は生活を変えることなく、日々、だらだらとする。実に幸せだ!


 さて、今日は日曜日である。しかし、私は自宅にて待機していた。これは別に暇だからなのではない。実は私、某国のスパイなのだ。

 だから、いつ呼び出しがあってもいいように待機しているまで。

 繰り返すが、暇なのではない。それを証明するかのように、私は先程から何度も壁から急に現れては「手を挙げろ」と呟き続けている。銃口を虚空へ向けて、仮想の敵を脅す。

 本物の銃は持っていないので、指で代用する。こうして、私は日々スパイとしての腕を磨き続けているのだ。

 飽きた。この妄想はあまり面白くない。何より、流石に無益すぎる。

 「何か有益なことをせねばならない。暇だ」

 そう呟いていると、スパイごっこの成果が表れた。ぐう、と腹が鳴ったのである。

 「ふむ、私は空腹か。ならばこうしてはおれん。世界を救わねば!」

 私は財布を手にして、意気揚々と外へ飛び出した。

 近くのコンビニエンスストアまで、徒歩三十秒。走れば十五秒である。全力疾走したので、十七秒で到着した。肩で息をしつつも、私はコンビニエンスストアに侵入した。

 「アイスを買おう」

 私はアイスを手にして、レジへと向かう。このとき、私は完全に忘れていたのだが、当初の目的は空腹を満たすこと、だったはずだ。はたしてアイスで腹は膨れるのだろうか。

 二百円払って、私はアイスを持ち帰る。

 「無事世界を救ったぞ!」

 このようにして世界は救われた。

 

 多くの人は何故アイスを買っただけで世界が救われたのだろう、と疑問しただろう。ならば、話さねばならない。私が成した偉業について!

 諸君はバタフライ効果という言葉を知っているだろうか。私はよく知らない。昔、聡明な後輩から講釈を受けた筈なのだが、よく覚えていない。

 確か、後輩は言っていた。

 『先輩は少々お頭がよろしくない。先輩でも知っている言葉で言うと、風が吹けば桶屋が儲かる、というやつですね』

 それならば意味が分かる。風が吹けばスカートが揺れる。下着が見える。桶屋がそれを原動力として、仕事に励む。仕事に励めば、儲かる。というような諺である。

 今回の偉業と同じである。

 

 私は二百円を払って、アイスを購入した。すると、その二百円をバイトの店員が横領する。あのバイトくんは非常に不良な雰囲気を醸し出していた。横領するだろう。

 横領すると、彼の手持ちが一万二百円になる。

 バイトくんはやがて仕事を終えて、家に帰るだろう。家に帰るため、彼は電車に乗らないといけない。

 電車の料金を彼は横領した二百円で済ませようとする。けれども、彼はそこで見つけてしまうのだ。

 彼の眼はとある女性に奪われる。

 その女性の名こそ、田中たなか明子あきこ。何を隠そう、彼女は正義の味方なのである。日々悪と戦い、その美しい姿を悪に見せつけている。

 しかし、彼女は今日、お金を持っていなかった。先程、喉を乾かした迷子のため、なけなしの二百円を使用してしまったのだ。そうなると、彼女は電車に乗ることができない。

 彼女は言う。

 『どうしましょう!』

 彼女は悪と戦うため、電車に乗らねばならなかった。今回、悪党は隣町で悪事を働いていたのだ。隣町へ行くには電車に乗らねばならない。けれど、電車賃がない。

 彼女は途方に暮れていた。このままでは悪が蔓延ってしまう。かわいい猫の尻尾をぐりぐりするという、悪者の野望が達成されてしまう。

 彼女は自分の無力さに涙した。

 と、そこで彼の登場である。例の横領した不良君である。

 彼にも良心が生きていた。彼は過去の過ちを償うため、田中さんに話しかけるのだ。

 『ヘイ、彼女? どうしたん? 今暇? ちょっとお茶しない?』

 彼女は涙ながらに、自分の欲している物を告げる。

 『今は暇ではないわ。二百円がどうしても必要なの』

 そうして、不良くんが気がついた。自分は二百円を所持しているではないか。素晴らしい。

 彼は爽やかに言うだろう。

 『あ、今ちょうど二百円あるわ。じゃさ、これ貸してやるよ。そんかし、メアド交換しよーぜ。二百円はまた今度返してくれればいいからサ!』

 彼らは素早くメアドを交換し合うと、お互いに最高の笑みを浮かべて別れる。

 田中さんは思うだろう。なんて彼はカッコいいのかしら、と。それはそのはず。自分の窮地に何の躊躇もなく、お金を貸してくれる男が現れたのだ。惚れぬほうがおかしい。

 かくして、正義の味方田中さんは好きな人ができたことにより、普段よりも力を増した。愛の力は素晴らしい。

 悪党は一瞬のうちに倒される。

 するとどうなるだろうか。悪党にも家族はいるだろう。また、悪党にも社会的な地位があるはずだ。

 悪党は悪の結社をクビになる。正義の味方に一瞬で敗れる悪党など、会社は必要としていません。悪党はかくして、無職となる。

 悪党の妻子は大変困る。

 やがて悪党はパチンコに嵌って、怠惰な生活を送るようになる。悪党の娘は考える。父がこうなったのは正義の味方のせいである。この世に正義があるから、父は無職となったのだ。

 正義を淘汰せねばならぬ。

 娘は決意する。そして十年の時をかけて、とある兵器を完成させる。その名も『全人類無職化機械』。この機械は非常に恐ろしい。

 この機械は人間の数倍の速さで、あらゆる仕事をこなす。会計も事務も、設計も監督も全て一台でこなす。なんでもできる。一社に一台で、数千人の社員が不要となる。

 企業はこれを導入することにより、大量のリストラをする。けれど、ご安心してもらいたい。これはやがて一家に一台となる。一台二千円とお値打ち価格なのだ。今ならもう一台付いてくるまである。

 すると、人間は働かなくともよい。家でぐうたらしているだけで、勝手に『全人類無職化機械』が金を稼いでくる。

 そうなると、誰も働かない。働かない者が幾ら正義正義言おうが、説得力はない。つまりは娘の野望の達成を意味する。全人類から正義が駆逐される。

 するとどうなるのか。悪が蔓延る? 否、人々は悪ですらなくなるのだ。

 つまり、この世から一切の争いが無くなる。世界は平和になるのだ! 

 これはまさしく夢の世界。そして、この世界平和の礎を築いた男こそ、この私なのだ。

 

 私はこの世界の救世主である。この事実に満足して、私は購入したアイスを食することもなく、寝ることにした。充実感が体を支配していたのだ。

 いずれ開発されるであろう『全人類無職化機械』があれば、私はいつまでも惰眠を貪ることが可能なのだ。そうなると、人々は毎日寝て過ごすだろう。

 寝すぎて、不眠症になるものもあらわれるだろう。そうならないため、日ごろから寝る練習を積まねばならない。故に眠る。

 私は心底幸せを実感して、睡魔に体を預けた。

 起床したとき、アイスは溶けきっていた

 何と無益な休日か!


 

 

 

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