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カーネーション

 ……微妙に遅い?気にしない気にしない。

 

 帰り道、花屋前を通るとよく知る赤い花が並んでいた。店先の半分近くを占めるその赤い色はいやでも目につく。


「いかがですか?もうすぐ母の日ですよ」


 じっと花を見ていた私に気付いたのか店員らしい若い女性が話しかけてきた。


「もう、母の日なんですね」


 スマホで日付を確認してみれば五月の第二日曜日まであと数日というところだ。毎日が忙しく、そんな当たり前な事にすら気がつかなかった。


「一本、ください」


 しばし考えた末、一本だけ透明なフィルムの上に花と同じ赤いリボンを結んでもらった。

 やや味気ないような気がしないでもないが、シンプルな方が母の好みだろうと考えたのだ。


「ありがとうございました」


 店員の笑顔は暖かく、花を片手に帰る私をほほえましげに見送っていた。少し気恥ずかしく足早になってしまったのはしかたがないと思う。


「もう、一年か」


 去年の母の日は祝うどころではなかった。何せ祝われるはずの母を中心としてとんでもない嵐を引き起こしたのだから。




「離婚します」


 希望でも懇願でもなく、断定。決定事項だといわんばかりのきっぱりのとした口調に、誰もが二の句を告げなかった。


「い、今なんて?」


 聞き間違いだと思いたいのか弟が頭を横に振りながら母を見た。父も兄も私でさえ母の顔を凝視している。聞き間違いだと思いたいのはこちらも同じ。しかし、母の口調は全く変わらなかった。


「離婚します、と言ったの。離婚よ離婚」


 大事な事だからと三度も繰り返されてしまえばもう空耳だとは思いこむことができない。それでも余りにも現実味のない一言に内心パニックになっていた。

 一同が沈黙する中で重い口を開いたのは一家の大黒柱である父だった。


「お前、今それをいうのか」


 現在、家族全員で夕食を食事中。中身は魚の煮物と揚げ豆腐、味噌汁ご飯という典型的な日本の夕食である。ついさっきまで箸を進めながら「まだ彼女できないの~」「うっせぇあんたには言われたくない」「あんたとは何だ、あんたとは!」「あ、そこの醤油とって」「かけすぎるなよ」「げ、手が滑った」などとやはり典型的な一家で夕食の図を描いていたはずなのに。

 やけに静かだった母が、突然箸をおいて離婚宣言。何が起きたか理解できる方が不思議である。


「熟年離婚?老後どうすんの?」


 衝撃から立ち直ったらしい兄がやけに力を込めて疑問符を出す。何かテレビでも見たのか、兄よ。


「年金だって専業主婦のお母さんじゃたかが知れてるじゃん」

「まだ働けるし」

「や、コンビニだけじゃ無理だって」


 経験者の兄の言葉は説得力があった。


「私一人なら何とかなるやろ?」

「いや、やろじゃないから」

「お母さん、離婚なんてやめようよ~」


 子供三人の引き留めに母はただ笑うだけだった。




 結局母は伯母の家に逃げ込んでしまった。あの後、家族黙りこんで夕食を食べ終え普通にテレビを見て笑い、部屋に戻って眠った。そして母の爆弾発言をなかったことにしようとした。

 だが起きてみれば母は「伯母さんの家に行ってきます」と書かれたメモだけを残していなかった。メモを見つけた時、沈黙が重くなったのは言うまでもない。


「何でいきなり離婚なんていいだしたんだろう」


 朝食抜きにして家を出ることにしたらしい弟が首を傾げれば、


「さあな。お前何かやらかしたんじゃないだろうな?」


 大盛りのご飯にふりかけをかけて私を睨む兄。


「まさか!何かやらかしたんならそっちの方じゃないの?」


 何日か前にストックされていたパンをかじりながら私が二人を睨みつける。

 ちなみに父はご飯を用意して適当におかずをつまむと日課のウォーキングに行ってしまった。


「それこそまさかだ。だが……色々な所で鬱憤が溜まっていて爆発したのかも」

「あーそれはあるかも」

「でも、あれは爆発したとは言わないでしょう。そもそもお母さんは爆発するタイプじゃないし」


 母は、怒る時もギャンギャン叫ばずに膝を突き合わせてこんこんと説教するタイプだ。


「そうなんだよねー」

「どっちだ」


 日々の鬱憤なら三人とも持ちネタがありすぎる。現在進行形で迷惑を掛けまくっているのが現状だからだ。


「きっかけがあると思うんだが……」

「きっかけ、ねー」

「う~ん」


 三人そろえば文殊の知恵ともいう、が。答えが出たのは三人の知恵などではなく。


「ただいま~買ってきたぞ」


 ひょっこり帰ってきた父が付きだした一本の赤い花。


「「「それだ!!」」」


 三人の声がそろうのも珍しい……なんて頭の隅で考えていた。




「カーネーションなんて買ったことなかったもんな~」


 母は夕方に帰ってきた。

 そしてテーブルの一輪差しに咲いた赤い花を見て、してやったりという笑顔を見せ、いつも通りに夕食を作ってくれた時は心の底からほっとしたものだった。

 こうして花を買ってしまったのは去年の騒動を再び繰り返さぬためである。


「…………いつもありがとう」


 普段は口にない言葉だけど。

 今日だけはちゃんと言おう。

 どれだけ大切なのか忘れないためにも。


 母以外の家族全員が同じ花を買っていることを知って苦笑いをするまで後十分。



 元祖母の日。ちなみに私の家族がモデルです(笑)



...next is [kakitubata]

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