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その3

 

 父さんと母さんが不慮の事故で亡くなったのは、それから二年ぐらいしてからだった。

 二人はちょっと離れた街まで買い付けに出ていて、事故に巻き込まれてしまったのだ。

 突然告げられた訃報に、わたし達姉妹は為すすべもなかった。毎日毎日泣き暮らして過ごすだけだった。


 あの頃のことは今でも思い返すと、当時の悲しみや苦しみで胸がいっぱいになる。わたしはまだ九歳だった。甘ったれた、ただの子供で、日がな一日泣いてることしか出来なかった。


 でもそんなわたしでも、ある日気づいたの。


 母さんを亡くした筈の我が家の食卓に、時間になれば食事の用意がしてあることに。

 父さんのいない店の中には、来客を告げるベルの音が普段通りに聞こえてきていて、誰かが接客をしている気配すらある。

 いつの間にか家の中に、以前と同じ毎日を送るため必死で生きようとしている人がいた。


 そう、姉さんだ。

 わたし達の敬愛するサム姉さんが、二人の死から懸命に立ち直ろうとしていたのだ。

 そんな姉さんに励まされて、わたしとヘレンも少しずつ、以前の自分達に戻れていった。時には顔を見合わせて笑いあうような、そんな普通の日常を取り戻せていったのである。

 


 

 これはそんな頃の話。わたしが再び例の奴に、疑問をもったっていう話。


「あー、ムシャクシャする」

 

 サムは家に入ってくるなり悪態をついた。頬を紅潮させて、唇は激しい怒りのせいかブルブルと震えている。目には涙が滲んでいた。悔しそうにその涙をこすって、余計顔が赤くなっている。


 わたしは部屋で伏せっているヘレンのために、軽い食事を用意していた。

 父さんと母さんが天へ召されてから、ヘレンは体調を崩しがちになり、少しのことで熱を出すようになった。わたしもこの頃はだいぶ二人の死から立ち直っており、四歳下のヘレンの世話くらい、忙しいサムに代わってするようにしていた。


 姉さんばかりに、おんぶにだっこじゃ悪いでしょ。わたしだってやる時にはやるの。

 

 ミルクで炊いたパンをお椀によそい、わたしは荒い息を吐くサムをぼんやりと見つめた。その頃のサムは、よくこんな不機嫌な顔をするようになっていた。涙混じりで怒る姉を、わたしは密かに気していたのだ。


「姉さん、どうしたの?」

 わたしの質問に、サムはビクついたように振り向いた。

「ディジー、いたの?」

「うん。どうしたのよ」

 サムはその質問に答えないで、スカート部分に巻いたエプロンで鼻をかんだ。

「なんでもないわ。ちょっとムカつく客がいてさ」

 どうやらわたしに話したくない内容らしい。気にしてないふうを装って、わたしはフウンと相槌をうつと、ヘレンの寝ている部屋へと向かった。

 サムが言いたくないのなら、こっちの方で原因を探すしかない。だけどその必要はなかった。

 なんとなくわたしには見当がついていたのだ。


 あいつよ! あいつのせいに決まってる!


 いや、今思い出しても、わたしって本当に鼻が利くと言うか、勘が鋭いと言うか。凄いと感心しちゃうわ。


 わたしはその日から注意深くサムを見張るようになった。なんと言っても、今のサムは我が家の大黒柱。サムの心の負担は、出来る限り取り除いてあげなくちゃ。わたし達にはもう姉さんしか頼れる人はいないんだから。


 そして、ヘレンに邪魔されながらチャンスを探りつつ何日かして、とうとう突き止めたの。ある一定の時間が来ると、サムがふらりと表に出ることを。

 夕方がくる前の、お客のあまり来ないのんびりとした時間帯。サムは決まって外へ出ていた。


 そこへ学校帰りの一団が近づいて来る。サムは彼らから隠れるように店の裏手へ身をひそめると、物陰からじっと様子を見つめていた。


 そっかーー、姉さんは……。


 父さん達がいなくなってから、サムは二人の代わりにわたし達姉妹を養うため学校を辞めた。

 でも本当は辞めたくなかったんだ。当然だよね、学校には友達がいる。勉強はあまり好きなようには見えなかったけど、楽しかったんだろうと思う。

 でもわたし達の姉さんは、それらをすっぱり諦め、今の生活に全力投球だ。頼れる大人は家の中にはいない。それなのに、わたしやヘレンには弱いところを見せないで、凄く頑張っている。


 わたしはサムに「ごめんなさい」と呟いた。外にいるサムには聞こえないだろうけど。

 わたしやヘレンのために、本当にごめんなさい。色んなものを我慢させてごめんなさい。これからはもっともっと、わたしも頑張るから。サムのお手伝いを今以上に頑張るから。



 しばらくすると、サムが異様に慌て出した。煉瓦を積み上げた塀に腰掛けていた体が、緊張したように固まったまま、グラグラと揺れている。


 どうしたんだろう?


 こっそり忍んだサムの部屋の窓から、外の気配を覗き見ていたわたしは、姉の前に立ちふさがるよう現れた人物に驚いた。

 下校途中の一団から一人抜け出したその男は、隠れているサムなどお見通しだと言わんばかりに、まっすぐ姉の元へやってきた。


 その生意気そうな嫌な顔した男とは、


「ニック?!」


 わたしは思わず大声で叫んでしまう。

 急いで口を塞いで周囲を見回したけど、大丈夫、誰もいない。サム達は窓ガラスの向こう側だ。聞こえている訳ない。


 サムの前に立つのは、やっぱりこいつだった。

 わたしの睨んだ通り、姉さんの不機嫌の原因はこいつだったんだ。




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