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天敵は幼なじみ

9/25深夜に本文を一部改稿しました。内容には変わりありません。いつもすみません。サブタイトル、ちょこっと変えました。

 

『おい、泣き虫女。お前また学校をさぼってやがったろう。ふざけるなよ! それに何だ、その顔。相変わらずじめじめ泣きやがって、鬱陶しい奴だな』

 

 記憶の中の、目付きの悪い生意気そうな少年が、さも不愉快そうに頬を歪め吠えまくっている。

 

 ニック・バーナー

 わたしに数多くの暴言を吐いた男。

 どうして忘れていられたのだろう……、憎ったらしい、この男を。

 それにどうして再びわたしの前にいる? 何かの間違いじゃないの、これ。

 

  

 

 我が家の隣で小さな洋裁店を営んでいた、気のいい夫妻の息子ニック・バーナーは、同い年の言わば幼なじみだ。

 だがそれは、決して良好な関係ではなかった。何故ならわたしはこの男によって、幼い頃から常に辛酸を舐めさせられてきたのだから。

 

 始まりはいつだっただろう? もう、うろ覚えでしかない。だが、多分あの時だ。

 そうあれは、わたしとこいつが六歳ぐらいの頃、敬愛する燐家のマチルダさんが素敵なドレスを作ってくれた時のことだ。

 

 マチルダさんはニックの年の離れたお姉さんで、弟とは似ても似つかぬ優しくて明るい、そしてとても美しい女性である。

 彼女がわたしのために作ってくれたドレス。それは可愛らしい洒落たピンク色の、乙女チックなものだった。

 わたしは嬉しさのあまり興奮して、気持ちを抑えられなくなる。すぐに自分の部屋に戻って着替えると、鏡を覗いた。

 

 ところでその頃のわたしと言えば、ご多分に漏れず物語の世界に憧れ、お姫さまになりたいと望む少女。女の子ならば誰にでもあると思う、夢見がちなおませ少女の時期であった。

 そんな六歳の少女に、ドレスはおとぎの世界の物のように映った。

 

 しかし実際のところ……、

 フリルがふんだんに施された華やかなドレスは、当時のわたしには……微妙であった。

 

 何せあの頃は、顔一杯にソバカスがあり、その上赤茶けた酷い癖毛とギョロギョロして大きすぎる目、自分で言うのもなんだけどピンクなど似合わない子供だった。

 勿論今でも、そばかすも赤毛もある。ただ当時よりは、幾分マシになってきている。だが今は、現在のことは置いておこう。問題は六歳当時のわたしだ。

 幼いわたしは、自分の美醜に全く気付いていなかった。可愛くてまるで宝石のように輝いている、お姫さまの着るようなドレスが、似合ってないなど夢にも思っていなかったのだ。

 

 わたしは得意になって部屋を飛び出すと、外で虫を捕まえようとウロウロしていたニックに向かって、踊るように近付いていった。

 彼は誉めてくれると、頭から信じていたのだ。愚かにも。

 

『ねえ、ニック見て見て。お姫さまよ、わたし。素敵でしょう?』

 

 彼はポカンとしていた。突然、邪魔をするかのように現れたわたしを、呆気にとられて見ていた。

 何も感想を言わないニックに、わたしは次第に焦れてくる。仕方がないので、自分の夢を語って聞かせることにした。

 

『ねえ、お姫さまのところには、王子さまが会いに来るんだって。わたしのところにも、王子さまが来ると思う?』

 

 その時、ニックの顔がぐにゃりと歪んだ。彼は外で遊んで、汚れて黒ずんだ指をドレスへと伸ばしてくる。

 わたしは慌てて、それを避けようと後ろへ逃げた。

 

『ちょっと、汚ないじゃない』

 

『バカじゃねえの』

 

 ニックの口から言葉が飛び出た。

『え?』

『お姫さまって、何だよそれ? 全然似合ってないしその格好。王子だって? 本当バカみてえ』

『え? え?』

 わたしは初めて彼からきつい言葉を投げかけられ、それを理解することが出来なかった。

 それまでのニックは無口な少年で、わたしが話すことに頷いたり、首を振ったりするだけで意思表示をする子供だったのだ。だからわたしは、彼をおとなしい男の子だとさえ思っていた。

 茫然とするわたしに、ニックは鼻で笑いながらとどめを刺す。


『ちゃんと、鏡を見ろよ。バーカ!』

 

 あの日が始まりだった。

 六歳のあの日、わたしの前でおとなしい仮面を外したこの男は、以後二度とその仮面をつけることはなかった。

 

 それからと言うもの……

 顔を合わせば、無視か暴言を吐くという日々。 

 特に両親が亡くなってからは、酷かった。

 妹達に見つからないように、表に出て涙を拭いているわたしを、学校の行き帰りに見つけては馬鹿にして通りすぎる。しまいには『泣き虫女』と呼び捨てて逃げて行く。

 そんなこの男の思いやりの欠片もない行為に、あの頃、どんなに傷ついただろうか。

 ニックに出会って、心ない言葉を投げつけられるたびに、悔しくて悔しくてどうしようもなかった。

 

 だがわたしも、時を重ねるうちに、少しずつ強くなっていく。

 

 いつしか隣の息子の顔を見るだけで、悲しさよりも腹立ちが生まれるようになり、両親の死を悼む涙さえも堪えられるようになっていったのだ。

 ーーある意味、この男によって、立ち直ることが出来たと言えるかもしれない。だが勿論、感謝などは絶対にしない。当たり前である。

 

 

 そんな相容れない歴史だらけのわたし達が、何故一緒に朝食を共にしてるのだろう。

 わたしとニック、そして彼をパパと呼ぶ小さな女の子の三人は、黙々と食事をとっていた。朝の光が差し込む静かな空間には、食べ物を咀嚼する音や、食器同士の奏でる音ぐらいしか聞こえてこない。

 

「何だ?」

 

「えっ?」

 

「何、じろじろ見てんだよ?」

 あら、知らん顔してると思ってたけど、わたしの視線が気になってた訳ね?

 わたしは鬱陶しそうにため息を吐くニックを、観察でもするように遠慮なく眺めてやる。

 神経質そうに眉を寄せて、パンを口に運ぶ目の前の男。

 明るい茶色の髪は、窓から入る陽光に透けて金色に輝いている。細めた瞳はつり上がっており、すごく感じが悪い。だがその色は淡い空色で意外に綺麗なのだ。

 口元にはうっすらと無精髭が生えており、あの酷い目付きと汚ない髭、それさえ何とかすれば整っていると言ってもいいだろう。わたしの好みではないけれど。

 

 男が苛立つように咳払いをした。わたしの視線を迷惑がって、テーブルの上を意味もなく指で叩いている。

 その落ち着きのない、子供じみた態度にハッとする。昔のニックは、気に入らないことがあるとよく物に当たったものだった。

 やはり、この男はニック・バーナー自身。大人になったとはいえ、本質は何も変わらない。久しく姿を見なかったからすぐには分からなかったが、わたしの生涯の天敵だ。

 あれ、でも確かニックは、随分前に結婚して隣町で暮らしていたんじゃなかったっけ……?

 

「何故、あんたがここにいるの?」

 だがその質問に、ニックは素っ気ない返事をした。

「昨日も、聞いただろう? お前の妹達に頼まれたんだ」

「それだけ?」

「ああ、それだけさ」

 何よ、その返事。全然答えになっていない。

「おかしいじゃないの!」

 わたしは椅子を蹴って立ち上がると、平然と食事を続けるニックに向かって大声を出した。

「あんたがそんなもの、聞かなきゃいけない道理はないでしょう? しかもわたしと一緒に過ごすなんて」

 カッとした。わたしは何故、妹の頼みをきいたのか知りたかったのだ。質問の意図が分からないほど間抜けではない筈だ。つまりこの男は、分かってて惚けている。

「パ、パパ……」

 少女がわたしの声に怯えたように、手をニックへと差し出す。その手を優しく包むと、ニックは彼女に柔らかく微笑んだ。

「大丈夫だ、リリィ」

 は?

 その顔に、わたしはびっくりして固まってしまう。長い付き合いだったが、初めて見る顔だった。彼の、こんな穏やかな笑顔。て言うか、笑えたのかアンタ?

 

「分かったよ」

 ニックは笑顔を消して顔を上げた。

「話せばいいんだろう? 話せば」

 そしてイライラした様子で、シャツの胸ポケットから再び煙草を出す。どうでもいいけど、何なの? その態度の違い。わたしはムッとした気分のまま、倒れた椅子を元に戻し腰をかけた。

 新しい煙草に火を点けた彼は、ふうっと大きく煙を吐いて、うるさそうに前髪をかき上げる。

 そしておもむろに告白を始めた。

 

「別れたんだよ、嫁さんと。で、また戻って来たの、この町にーー」




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