初めての夜
荒々しく扉が開けられた。
暗い室内になだれ込むように入って行く。
窓から入り込む月明かりに浮かび上がるベッドに、ニックはリリィちゃんを下ろすと、わたしを彼女の横に押し倒しいきなり唇を塞いできた。
今まで経験したこともないような、息苦しいほどの深いキス。上から押さえ付けるように、のし掛かるニックの重みに我を忘れそうになる。
苦しいのに気持ちいい。ずっとこうしていたいぐらい。
ニックがわたしの髪の毛や顎に触れて、それがとてももどかしくなる。
お願い、もっとわたしに触れて。もっとわたし自身を感じてほしいの。
「サマンサ……、このままじゃ俺は……」
彼が唇を離して苦し気に呻いた。
何も考えられなくなったわたしは、ゆっくり目を開け彼を見る。
目に入るのはこちらを見下ろしてくる男。
眉を寄せ、瞳を歪めてせつなげな表情。いつも皮肉を口にする唇は、赤く濡れていて思わず吸い寄せられる。
肩で息をするかのように乱れた呼吸を繰り返し、その息使いがそのままわたしを揺らす。
美しく整った男らしい顎と首筋。シャツを通して伝えてくる逞しい胸板。
こんな男だったのか? 長年わたしを苦しめていた幼なじみは。
まるで知らない男のようだ。どうしようもなく惹かれてしまう、全てを、何もかもを共有したくなるただ一人の男のよう。
もう駄目だ。たまらなく欲しい。わたしは自分を偽れない。ニックが、彼の全てが欲しいんだ。
「わたしも……、あんたと一緒よ。多分……」
わたしの言葉に、ニックは驚いたように目を見開く。
「俺と一緒? お前が、本当に……?」
そんなに驚かないで。わたしが一番驚いているんだから。
「サマンサ」
ニックが、わたしの頭を包み込むように抱き締めてきた。
「俺は……」
「待って」
彼の言葉を切って、わたしは口早に続ける。
「わたしの部屋に行かない? リリィちゃんを起こしてしまうわ」
わたしの提案にニックが笑った。眉尻を下げ、普段は吊り上がっている目元も同じくらい下げて、あどけない少年のように澄んだ笑顔になった。
駄目だ。気持ちが止まらなくなる。
見慣れたわたしの部屋が、美しく飾られた特別の場所のように感じる。
この部屋にニックがいるだけで。
ニックがわたしを抱き締めていてくれるだけで。
まるで子供の頃に読んだ、童話の中に出てくるお城の一室になってしまったみたい。明かりも点けない暗いままの部屋だから、余計に想像力で素敵に変わる。
さしずめわたしは、お城の姫君で、ニックは王子さま?
フフと笑うわたしを、彼は目を丸くして見た。
「随分、余裕だな。俺と大違いだ」
「えっ?」
「いや、何でもない。それよりサマンサ。もう知らないぞ。俺は遠慮しない」
彼はそう言うとわたしを抱き上げベッドに落とした。
すぐにニックが重なってくる。強いくらいの輝きを放つ瞳が、目の前で射抜くように見つめていた。
本当に? あんたもわたしが欲しいの?
「何よ、お酒に弱かったんでしょう?」
わたしは憎まれ口をきいてやった。ニックの態度が段々変化してるのが分かったから。いつの間にか余裕を取り戻しているのが癪に障った。
彼はニヤリと笑う。少し意地悪く見える、いつもの笑みだ。
「弱いさ。だけど酔うのとは違う。俺は酒を飲むと本能を抑えられなくなるんだ。だから止めときたかったんだが、こうなってしまったら仕方ないよな。もう歯止めは効かないぞ。サマンサ、覚悟しろ」
すぐに唇を奪われた。熱い彼の吐息が、わたしの中へ入ってくる。荒い行為に感覚が遠くへと飛ばされていくみたいだ。
体がふわふわと浮いて、ベッドから抜け出て空へと浮かんでしまったみたい。
こんなのは初めてだった。おかしいかも、わたし。
ニックの口付けが唇から離れ、首筋を舐めていく。服の隙間から入り込んだ手のひらが、わたしの肌に直接触れてきた。
優しく、時に激しく彼が触れていく。気持ちよくて、何がなんだか分からなくなって、わたしどうなっちゃうの?
熱い。ニックの熱に溶かされていってるーー。
月明かりに彼の逞しい裸の胸が映えて、それが凄く綺麗で。
潤んだ瞳はわたしを、わたしだけを捉え、赤い唇からふうっと漏らされる悩ましげな吐息と、「サマンサ」と泣いてるかのように時々囁かれる声と。
その全てがわたしを奪っていくのだ。心も、体も全部……。
わたしの記憶が正常に働いていたのはそこまでだった。
後は、何も覚えていない。信じられないことに、気を失っていたらしい。
わたしに、わたしにとっては初めての経験だったのに。
肝心なことを、覚えてないなんて……。
翌朝、目覚めたわたしは一人ベッドにいた。
乱れたベッドと痛む体に昨夜の余韻を残し、ニックの姿は消えていた。