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思い出の品

10/15 23時頃、加筆修正致しました。大まかな内容に変更はありませんが、かなり文章を変更しています。

追記―後で見返してみたら、そんなには変わっていませんでした。大げさに書きましてすみませんでした。

 

「ちょっと、やだ。二人とも汚いわね!」

 ディジーがお酒でフニャフニャになった目をぎらつかせて、大声を上げた。

 その目が汚れたテーブルの上を神経質そうに見つめている。そう、わたしとニックが同時に噴いて、汚したしまったテーブルの上だ。

「悪い」

「ご、ごめんなさい」

 謝るタイミングまで一緒になってしまい、わたし達は思わずお互いの顔を見つめ合った。

 ゲゲッ、ちょっと勘弁してよ!

 わたしが急いで奴から視線を外すと、少し遅れて横の男も顔を背ける。

 もう、嫌だ。何なのよ。

 これじゃあまるで、何かあったと言ってるみたいじゃない。どうすんのよ、突っ込まれたら。

 だがディジーは、目の前で微妙な反応をしているわたし達を無視して、おぼつかない足取りで台所へと消えて行った。あの頼りない足取りは酔いがまわったせいだろう。

 妹に何も言われなかったため、取り敢えずわたしは息を吐いた。無用な押し問答を、この男の前でせずに済みホッとする。

 

「お前、姉貴にこの前の、あの黄色い奴を見せたのか?」

 明後日の方角を向いたまま、ニックが渋い声を出した。

「黄色い奴? ああ、ドレスのこと? それなら、修理をお願いしたのよ。だってせっかくのドレスが台無しになったんだもの。マチルダさんとこ持って行ったら、直るかなあと思って……」

「余計なことをーー」

「はあ? ちょっと、何を言うのよ」

 苛々したように舌打ちをする男にムッとして、わたしは彼の方へ顔を上げた。

 ニックがこちらに顔を向けていた。眉間に皺を寄せ眉を吊り上げて、怒ったような形相で睨んでいる。

 だけど不思議なことに、全然不愉快でないのだ。こんなに腹立たしい表情で、わたしを睨み付けているというのに怒りが少しも湧いてこない。

 それは奴の頬が薄くほんのりと、赤く色付いていることに気付いてしまったから。だからわたしはまた、魔法にかかったようにおかしくなっていた。

 こちらを睨んでくるこいつの憎たらしい顔を、可愛いとか思ってしまうなんて……。

 

 ねえ、どうしてそんな顔をするの?

 何故、紅花の花畑であんなことをしたの?

 

 そんなおぼこい小娘のような馬鹿げた台詞を、この男に向かって吐き出したくなる。

 わたし、どうしてしまったんだろう。まずいでしょう、思考が終わっているわ。

 

「全く〜、二人とも、もう子供じゃないんだからね。気を付けてよ」

 台所から戻って来た妹が、淡々と台布巾でテーブルの上を拭き始めた。それから水が入った新しいグラスをニックへ手渡す。

 そんなふて腐れたようなディジーの声が、わたしを現実へと引き戻してくれた。

 夢から覚めたように咳払いをして顔を叩く。頬の痛みで頭がスッキリとした。危ない危ない、もう少しで立ち直れないほどの失態を犯すところだった。最近のわたしは時々変だ。自分を見失わないよう、気を付けなければ。

 

「おい、これは酒だろう。せっかくだが、俺は酒なんかいらないんだが」

「何よ、あなたもうおっさんじゃない。お酒ぐらい、いくらでも飲めるでしょ。さっ、姉さんもどうぞ」

 呆れたように妹はニックの抗議を切り捨てると、わたしの手にもグラスを押し付けてきた。

 わたしはそれをやんわりと押し返し、「わたしもお酒はいらないわ」と遠慮しながら告げる。

 すると妹は、半分据わった妙に迫力のある目で脅してきた。

「まあ姉さん、わたしのお酒は飲めないとでも言うの? わたしが、祝杯のためにと旦那の少ない稼ぎから、わざわざ用意したお酒を?」

 ディジーは同じテーブルに、夫のテリーがいるのにお構い無しだ。これ以上はテリーの名誉のためにも言わせる訳にはいかない。

「……いただきます」

「それでこそ姉さん! さっ、どうぞ」

 観念してわたしがグラスを受け取ると、妹は満足したように微笑んだ。ディジー、あなた絡み酒だったのね……。わたしはちっとも知らなかったわよ。

 

「いい飲みっぷりね、ニックさん。さ、飲んで飲んで」

 ディジーが空になったニックのグラスにお酒を注いでいる。酔っているくせに随分気の回る妹である。

「あのな、俺は酒に弱いんだ……」

 ニックはブツブツとぼやきながらグラスを傾けていた。

 ほんのりと赤かった頬に潤んだ瞳がプラスされ、弱いというのはどうやら嘘ではないらしい。

 弱いならグラスを受け取っても飲まなきゃいいのに、変な奴……。

「いいじゃない、酔っちゃいなさいな。さ、飲んで飲んで。姉さんもほら」

 ディジーは調子よくおだてながらお酒を注いできて、とうとうわたし達まで、いつしか酒盛りに参加させられていた。

 

 

 

「お姉ちゃん」

 暫くするとリリィちゃんの声が聞こえてくる。

 随分前にランと二人で椅子から離れたあと、ヘレン達からもプレゼントを貰っていたようで、ずっと戻って来てなかったのだ。

 見回せば、大人連中は酔いのせいかぐったりとテーブルに伏せてだらしない姿を晒している。

 ディジーも、気が付けばテリーに凭れて眠たそうにしていた。ってかあんた寝てんじゃないのよ、どう見ても。

 そんな中、リリィちゃんは一人で元気に立っていた。

「あら、ランはどうしたの?」

「眠っちゃったわ。ヘレンお姉ちゃんが元の自分のベッドに寝かせておくって、さっき連れて行ったの」

「そう……」

「それより見て、これ」

 リリィちゃんは嬉しそうに貰ったプレゼントを見せてくる。可愛らしいお人形や、新しい帳面と鉛筆などを自慢気に振りかざしている。

 わたしはハッと思い出した。

 わたしってばまだ、リリィちゃんにプレゼントをあげていないじゃない。大変だわ。

「ねえ、リリィちゃん、こっちに来てくれる?」

「なあに? サムお姉ちゃん」

 ゴソゴソと動き出したわたし達に気が付いて、ニックがぼんやりと聞いてきた。

「どこ行くんだ?」

「うん、ちょっとね」

 

 

 わたしは自分の寝室に少女を連れて来た。

 そして壁際に掛けていたドレスを手に取る。これは数日前に、仕舞い込んでいた古い衣装箱から出してきたものだ。

 ピンクのフリルが沢山ついた可愛らしいドレス。そう、わたしが彼女くらいの年にマチルダさんから頂いた思い出のもの。

 一度しか袖を通さなかったドレスは、そのまま隠すように長い間仕舞いこまれていたのだった。その理由は、あの男に似合わないと言われて当時深く傷付いたからだ。

 だが今回、リリィちゃんの誕生日と聞いてすぐにこのドレスのことが思い出された。

 あの頃は、この華やかな色使いを見るのも嫌で妹達にも着せることを拒んでしまったが、今はせっかく貰ったドレスなのに勿体なかったと後悔すら感じている。原因を作った男にも、以前ほどは憎しみを感じていない。

 わたしと違って、可愛いリリィちゃんにはきっと物凄く似合うだろう。

 え? まだいじけてるって? 違うわよ、今のはいじけて言った訳じゃないの。だって本当にリリィちゃんは可愛いんだもの。

 古い衣装箱の中で眠っていたドレスは、不思議なほど綺麗なままだった。多分汗や埃などで汚れることもなく、仕舞われていたお陰ではないだろうか。よくは分からないのだが。

 

「素敵! お姉ちゃん、これをリリィにくれるの?」

 

 わたしが差し出したドレスを、リリィちゃんは目を輝かせて見つめた。

「ええ、お姉ちゃんのお古で申し訳ないけれど……」

「すっごく嬉しい、ありがとう! ねえ、着てもいい?」

 少女はいそいそと今着ている膝丈のワンピースを脱ぎ始めた。気が付けば手にしていた筈のプレゼントは、いつの間にかベッドの上に放り出されている。

「いいわよ」

 わたしは思わず笑って彼女の着替えを手伝った。

 着替えを済ませたリリィちゃんを、化粧台の前に座らせて髪を結う。せっかくだから髪の方もドレスに合わせて、お姫さまのようにしてみたらどうだろう。

 おとなしくじっと座って、少女は鏡を見ていた。

「お姉ちゃん」

「なあに?」

「リリィね、こんなに嬉しい誕生日は初めて」

 わたしは無意識に鏡の中の彼女を見返してしまう。

「そう……」

 リリィちゃんは恥じらったように、首をすくめてクスクスと笑っていた。

「いつもはね、パパがおやつの時間にこっそりとお菓子を用意していてくれてたの。普段は絶対食べれないような豪華な奴よ。それでママ達に見つからないように二人でお祝いしていたのよ」

 少女は少し寂しげに瞳を翳らせた。彼女の小さな頭が力をなくして下を向いてしまう。

「本当は、ママやお祖父ちゃんやお祖母ちゃんとも一緒にしたかったな。……だけど、リリィがいつもママを怒らせていたからお願い出来なかったの」

 リリィちゃんは顔を上げて、鏡越しにわたしに視線を向けてきた。

「でも寂しくなんかなかったわ、本当よ。だって誕生日の夜は、パパがいつも一緒に寝てくれたから。絵本を読んでくれたり、パパが考えた楽しい話を聞かせてくれたり。大好きだよっておでこにキスをしてくれたり」

 わたしは鏡の中の彼女に微笑み返す。少女もわたしに笑顔を返してくれた。

「だけどパパに悪いかなあ? 今夜のパーティーと比べたら、どうしたってこっちが勝っちゃうもの」

 エヘヘとリリィちゃんは声に出して笑った。

 

「出来たわよ」

 彼女の豊かな金髪を二つに分けて、それぞれを高い位置で結い上げわたしのリボンでくくった。簡単なものだが元々よい顔立ちなので、なかなかどうして小さなプリンセスではないか。

「可愛い〜!」

 おませな姫君は、うっとりしたように張り付いて鏡を見ていた。

「そろそろ戻りましょうか。パパが首を長くして待ってるわよ」

 いつまでも鏡の前から動かないリリィちゃんを、なんとか促して寝室の扉を開ける。

 扉の外に、壁に背中を当て寄りかかるようにニックが立っていた。わたしは目の前に突然現れた男に驚き、苦情が口をついて出る。

「な、何よ。びっくりするでしょう、黙ってそんなところに立ってないでよ。用があるなら声をかけて!」

「ああ、悪い……」

 こちらを向いた、ニックの顔色はすぐれなかった。浮かない視線を、わたしと背後のリリィちゃんに向けてくる。

 青ざめた肌と暗く沈んだ瞳。弱いと言っていたお酒のせいなのだろうか? でも酔ってるようには見えない。顔色が悪すぎるもの。

 もしかして、わたし達の会話が聞こえてたの?

「パパ、どうしたの?」

 リリィちゃんがニックに抱きついた。それを柔らかく受け止めて男は小さく微笑む。

「いや、何でもないよ。それよりリリィ、どうしたんだその格好?」

「ええ〜、これ〜?」

 リリィちゃんはモジモジとしながら、ドレスの裾を振りはにかんだように笑った。

「これは、サムお姉ちゃんに貰ったの。プレゼントだって、素敵でしょう。お姉ちゃんのお古なんだって」

「そうか、よかっーー」

 ニックが不意に、口を閉ざして目を見張る。娘へと伸ばした指が僅かに震えていた。

 どうしたのだろう。

 まさかこのドレスに気が付いたのかしら? わたしとあんたにとって、思い出のあるものだって分かったの? ねえまさか、あんたも覚えていたの……?

 

「パパ?」

 リリィちゃんの不安そうな表情に気付き、ニックは慌てたように笑顔になった。

「あ、いや何でもない。お姉ちゃんに礼を言ったのか?」

「ちゃんと言ったわ。それで、どう?」

 少女はくるりと軽やかに一回転をした。ニックは眩しいものでも見るように、目を細めて娘を見つめている。

「ああ……、よく似合ってる」

 彼はそのまま、頭を伏せてわたしの方に身を寄せて来た。

「悪かった、サマンサ。ありがとう」

 小さい声で早口でそう呟くと、躍りながら居間へと進んで行くリリィちゃんを追いかけて行く。

「リリィ、どこへ行くんだ。ラン達が帰るらしいぞ。俺達も帰るとしよう」

「え〜? 嫌だ。だってリリィまだ眠たくないもの」

 少女の不満げに喚く大きな声が、寝室の方まで届いてきた。

 わたしは呆然として、居間へと消えた親子の背中を見送っていた。

 

 悪かった、サマンサ。ありがとうーー

 

 悪かったって? 今、ありがとうって言ったの?

 

 ニックが口にした囁くような言葉が、頭の中をすっかり占領してしまい、この時わたしは寝室の扉の側から動くことさえ出来ずにいたのだった。




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