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賑やかな晩餐

 

 扉を開けると、ニコニコと微笑むマチルダさんが立っていた。彼女の後ろには旦那さまのジンさんもいて、久しぶりに二人が揃っている姿を見た気がする。仲良さげな二人にわたしは正直驚いた。

 あれ? 喧嘩してたんじゃなかったっけ?

「お招きありがとう。嬉しいわ、サム」

「あ、ああ……。ようこそいらっしゃいました」

 マチルダさんの豪快な声に、一瞬返答が遅れてしまった。だが二人とも、そんなことなど気にもならないようだ。とっとと家の中へと入って行く。

 お招きって……、わたしいつしたのかしら? 記憶にないんだけど。

 

「あら、マチルダさん、いらっしゃい。狭いけど、どうぞ入って、入って」

 

 居間からディジーが顔を出して、手招きをする。マチルダさんが近寄って行くと、何やら親しげに会話を始め出した。バンバンとお互いの肩を叩き合って、随分楽しそうである。いつの間にあんなに仲良くなったんだろう。置いてきぼりみたいで、ちょっとショック……。

 て言うか、マチルダさんを誘ったのはディジーじゃないの? そうとしか思えないんだけど、ニックが声をかけるとは思えないもの。

 

「さっ、適当に座って。狭いけど」

 ディジーが二人を居間へと招き入れた。居間には借り物のダイニングテーブルなどがあり、いつもより手狭で窮屈になっている。二人は空いてる席に腰を掛けた。

 それぞれの机の上には腕によりをかけた豪華な食事や、花などの飾り付け。壁にも子供達の描いた可愛らしい絵が随所に貼られ、華やいだ雰囲気を盛り上げている。

 そんなことのあれこれを、今回家主のわたしに代わり、一切合切ディジーが取り仕切ってくれていた。自分が言い出したことだからと、張り切って準備をしてくれたのだ。

「ええと、これで全員揃ったかしら?」

 ディジーが部屋を見回して、客人達の確認を始め出した。

 メインの丸い大きなテーブルには主役のリリィちゃんとニック。リリィちゃんの横にはランがちょこんと座っていて、その隣に、ディジーの夫のテリーが穏やかな笑顔を見せ座っている。

 このダイニングテーブルはお隣から借りたものだ。何でも倉庫に眠っていた古いものらしいが、古くても作りのしっかりした立派な物で、パーティーにはもってこいの品だった。

 すぐ横にあるテーブルではヘレンの新婚の夫クルトとマチルダさん夫婦が談笑をしており、クルトの社交的な振る舞いに驚く。

 や、だってね、わたしの前では彼あんまり笑わなかったからね。新婚初夜を邪魔した義姉だから、仕方ないんだろうけど……。

 ヘレンが飲み物を客人達に注いで回りクルトの横に腰掛けると、ディジーは満足したように笑って子供達に声をかけた。二人の幼い子供達は、さっきからパーティーを待ちきれないと、全身であらわしていたのである。

「揃ったみたいね。そろそろ始めましょうか?」

「さんせーい!」

 リリィちゃんが元気よく大声を返し、その言葉を覚えたばかりのランが真似をして同じように囃し立てる。

「さっ、姉さん座って」

 本来ならばホストの筈のわたしは、まるでお客様のように妹に扱われ、メインテーブルへと引っ張って連れて来られた。

 気が付けば仏頂面のニックの横に、何故か座らされているではないか。

 な、なんでこいつの隣? ちょっ、ちょっとディジー……。

「じゃあ、乾杯といきましょうか」

 ディジーはもう一つ空いてたわたしの隣席に落ち着くと、グラスを持って一際高い声を上げた。

「リリィちゃん、七歳のお誕生日おめでとう! 乾杯!」

「おめでとう!」

「おめでとう、リリィちゃん!」

 口々にお祝いの声が上がり、パーティーの主役は、はにかんで微笑んだ。

 

 

 ディジーが思い付きのように口にしたパーティー。

 それがこんな大がかりなものになるとは、予想すらしてなかった。もっとこじんまりとした、内々の簡単なもので済ませるとわたしは思っていたのだ。

 だが妹は、そうは考えてなかったらしい。それはこの話を聞いてからの、リリィちゃんを見ていたら納得出来る。彼女の浮かれようは半端なかったから。

 やはり妹は母親だけに、子供の気持ちを汲むことに優れているようだ、わたしよりも。

 リリィちゃんはずっと、今日のこの日を楽しみにしていた。

『ねえ、サムお姉ちゃん。パーティーってどんなことをするの?』

 彼女は青い目をキラキラと輝かせながら聞いてくる。

『ん〜、そうね。お姉ちゃんもあまりしたことないから分からないけど、美味しいご馳走とプレゼントなんかでお祝いするのよ』

『プレゼント?』

『そうよ、お誕生日おめでとうって、プレゼントを贈るの』

『素敵〜!』

 リリィちゃんは嬉しそうに踊り出した。その喜ぶ様に胸が痛くなる。

 この少女は今まで、パーティーをしてもらった経験がないのだろうか?

 彼女の生家は、お祝い事をしたくても出来ないような、貧しい家庭ではなかった。それどころか大層な財産家だと聞く。

 まだとても幼い少女で、両親の愛に包まれているのが当然の、愛らしい子供なのに。生まれた日を祝ってやろうと、周囲は誰も思わなかったのだろうか?

 それというのも、ニック達二親の仲の悪さに起因しているのだろう。本当に罪作りなことだ。子供の誕生日さえ、まともに祝えなかったなんて。

 わたしはリリィちゃんを、後ろから掴まえてギュッと抱き締めた。突然わたしに抱きつかれ少女は驚いた目を向ける。

『お姉ちゃん、どうしたの?』

『リリィちゃん、お姉ちゃんからも素敵なプレゼントがあるの。貰ってくれる?』

『本当に? うん!』

 リリィちゃんは目映い笑顔で大きく頷いた。わたしは彼女に頷き返したあと、素早く周囲に視線を巡らせコホンと咳払いを一つする。

『……だからね、教えて欲しいの。この前、ディジーお姉ちゃんが言ってたことがあるでしょう? あれって、いったいーー』

『ダメ!』

 リリィちゃんは大声で叫び両手を腰に置くと、大人びた表情を見せた。

『え?』

『それは、ダメ! いくらサムお姉ちゃんでも教えてあげられないわ。だってディジーお姉ちゃんと約束したもの』

『そ、そう……』

 リリィちゃんはこの年頃の少女にしては、珍しく口が堅いらしい。わたしの小賢しい取り引きは呆気なく反故にされてしまった。

 だからと言ってプレゼントはあげないとか言わないわよ、そんなこと当たり前でしょう?

 とにかく、ディジーの隠し事は残念ながら突き止めることが出来なかったけど、あれ以来店には現れなくなり平穏な日々だったからヨシとしよう。

 

 そして今日、いよいよ誕生日パーティー当日。お店を早めに閉めて、朝からソワソワだったリリィちゃんと共に、楽しく準備のお手伝いをした。

 こんなイベント、何年振りかしら。すっごく久し振りで、年甲斐もなくワクワクしたわよ。

 

 

「リリィ〜、おめでとう!」

 何やらお酒の匂いらしきものを纏いながら、マチルダさんが足元をふらつかせてやって来た。

 誰よ、お酒なんて持って来たのは? うちにはない筈なのに。

 見渡せば大人連中は、早々に酒盛りを始めている。ちょっとあなた達、どういうこと? 子供の誕生日にかこつけて何してるのよ、全く。

 

「これ、わたしとジンからのプレゼントよ」

 マチルダさんは、リリィちゃんの頬にキスをしながら大きな紙包みを手渡す。

「わあい、ありがとう。マチルダおばちゃん、ジンおじちゃん!」

 キャアキャア言いながら、リリィちゃんとランが包みを持って席を立った。二人は床の上に座り込み、奇声を発しながら包みを開けていく。ジンさんがニコニコして、彼女達の背後で様子を見ていた。

「ちょっと、リリィ! マチルダお姉ちゃんと呼んでよぉ〜」とマチルダさんの声が追いかけるが、全くもって聞く耳持たずだ。ブッと噴き出すニックを睨み付け、マチルダさんは主のいなくなった横の席に腰を降ろした。

「何よ、坊や?」

 テーブルの上に肘を乗せ頬杖をつくと、彼女はニックの顔を上目遣いに見つめて呼びかける。ニックが口を歪め嫌そうに顔を背けた。

「その言い方は止めろ。俺を何歳だと思ってるんだ?」

「馬鹿ね、わたしから見れば、あんたはいくつになっても可愛い坊やよ。何よ、昔は坊やと呼んだら喜んでついて来たくせに」

「嘘をつくな。坊やなどと呼ばれて喜ぶ筈がないだろ」

「あら、喜んでたわよ。ねえ、サム?」

 え、嘘? わたしに振るの?

 マチルダさんはトロンとした目で、からかうような笑みを浮かべわたしを見ている。わたしに何を期待しているのだろう。わたしが覚えている、こいつの顔? それはいつだってーー。

「さあ? わたしは覚えていませんわ。少なくともわたしの記憶の中には、ニックが坊やと呼ばれ喜んでいた顔はありませんけど」

「あら、そう?」

 そうよ、わたしの記憶の中のこいつは、憎たらしい顔をしているだけ。今も昔もね。……ま、今は、違う顔も見たことある……けど。

「どんな顔なの、サム? あなたの記憶にある坊やの顔って」

 えっ?

「姉貴、いい加減に絡むのはよせ。女の酔っ払いはみっともないぜ」

「あら、あんたは聞きたくないの? 自分の印象を」

 マチルダさんはトロトロの目をしているくせに、逃がしはしないわよと言いたげに見据えてくる。俗に言う据わった目というやつだ。こんな目でこられたら、見逃してなどくれないだろう。

「どんなって……、口では言いにくいです。意地悪と言うか、陰険と言うか……」

「言いにくいとか言ったわりに遠慮しないな、お前」

 ニックが片手で持つグラスを唇に押し当てたまま、呆れたようにわたしを見下ろして呟いた。

 何よ、本当のことじゃない。わたしは、嘘をついてるわけではないわ。

「あらあら、坊やったら最悪ね! 我が弟ながら情けない子」

 マチルダさんはニックの背中をバンバン叩くと、涙を流しながら笑い声を上げる。

「痛いだろ、姉貴。よせよ」

「あんたは本当にもう、素直じゃないんだから。また失敗してもわたしは知らないからね」

 ねえ、サムと、マチルダさんがまたこっちに視線を向けてきた。

 今日の彼女は変だ。ニックに絡むのはいいけど、何だかわたしにも絡んできてない? 気のせいかしら。

「どうしようもない不器用な子だけど、わたしにとっては可愛い弟なの。あなたのことをいっぱい傷付けたと思うけど、許してやーー」

「いい加減にしろ、この酔っ払い!」

 ニックが突然大声を出して、マチルダさんの言葉をかき消した。その切羽詰まったような真剣な声の響きに、びっくりして奴を見る。

 わたしだけじゃない。ディジーもテリーも、勿論マチルダさんも、こちらのテーブルの面々は、皆面食らったようにニックを見つめていた。

「姉貴こそ……、どういうことなんだ?」

 ニックは皆の驚いた反応に怯んだのか、媚びたような笑みを口元に作って反論を始める。

「何がよ?」

「義兄さんだよ。いつの間に仲直りしたんだ? 二人が険悪になっていると思ったからこそ俺はーー」

 彼はグラスの水を一気に煽った。穏やかな言い方に戻ってはいるが、目は笑っていない。

「あ、ああ……」

 背後に立つジンさんと目を合わせて、マチルダさんは笑った。

「つい、最近よ。わたし達、やっと意見が一致したの」

「ふう……ん」

 ニックはマチルダさんを疑い深く見つめたまま、姉の言葉など信じられないとでも言いたげな口振りで相槌を打つ。

 マチルダさんは再びニックに擦り寄ると、彼の耳元に囁くように話しかけた。

「ねえ、ニック。わたし達には子供がいないわ。だから将来、あんたの子供に店を任せたいと思ってるの。リリィでも、これから先に生まれる子供でもいいわ。分かる? うちの洋裁店の未来は、あんたにかかってるのよ」

「はあ? この先にって俺は独身だぞ。勝手なことぬかすなよ……」

 呆れたように抗議をするニックを無視して、マチルダさんはわたしに視線を寄越した。ウフフと意味ありげに笑う彼女は、恐いくらい迫力がある。

 あの、マチルダさん。どうしてわたしを見て、笑っているのですか? 今の話題に、わたしは全く関係ないですよね?

「いやね、この子は。将来のことなんて分かりはしないじゃないの。あんたにだって、いい人が現れるかもしれないでしょう? ねえ、サム?」

「え?」

 また、わたし?

 ちょっ、何故、またわたしに振るんです!

 ニックが吊り上がった目を見開いて、酷く険しい顔でこちらを振り向く。何よ、何であんたまでこっちを見るのよ。

「え、えっ……と」

 わたしはしばらく口籠っていたけれど、バーナー姉弟のやけに強い視線に晒されて、答えるしかなくなってしまったみたいだ。わたしは関係ないと思うんだけど。

「そ、そうかもしれないですね……」

 実態知られたら終わりだと思うけどね。

「ほらぁ!」

 彼女は我が意を得たりと大声を出すや否や、彼の背中を思い切り叩いた。

「サムもこう言ってるじゃない。諦めなければ大丈夫よ! 頑張りなさいな」

「い、痛いだろ。止めろ、この飲んだくれ」

「んもう、本当にぃ〜。何なのよ、その言い種。可愛いんだか可愛くないんだか分からない子ね」

 拗ねたような顔をして、彼女はニックの頭を羽交い締めにすると、わしわしと揉みくちゃにする。その女性とは思えないほどの余裕さえ感じさせる力強さに、ニックはまるで叶わないようだった。

 さすが、マチルダさんだわ。本当に尊敬する。

「おい、何をする! 止めーー」

 そして嫌がるニックの頬に極めつけのように強烈なキスをお見舞いすると、マチルダさんは鼻歌を歌いながら立ち上がった。

「仕方ないわね。今夜はこのへんで許してあげるわよ」

 姉に完全に負けてしまった男は面白くなさそうにキスのあとを手で擦り、彼女の方など見ようともしない。

 そんな弟に苦笑を浮かべて歩き出したマチルダさんは、ふと立ち止まって、そうそうと振り向いた。

 

「ねえ、ところでサムのドレスはどうしてあんなにボロボロになっていたの? あんた達、ピクニックで何してたのよ?」

 

 そのあと、わたしとニックが二人揃って飲みかけの水を吹き出したのは、本当に偶然だったのだ。




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