act.11 友
その後、春樹の生活は急に慌ただしくなった。
俊也の計らいで機関から任務が与えられることはほとんどないが、シャバの情報集めに奔走し、稀に他のイレイサーの手に追えない任務を遂行した。
平日の昼間はなるべく学校に通えるように調整して、なんとか授業に遅れないように予習復習も欠かせない。
どうしても出席出来ない日は病欠・家庭の事情と理由を捻りだし、その日の分の遅れはその日の内に取り戻した。
機関に居れば俊也が教えてくれるので困りはしなかった。
「・・・顔ヤバいぞ?」
屋上でコンビニパンを頬張っていると向かいにいた慎吾が聞いてきた。
隣にはみかがサンドイッチ片手に此方を見ていた。
「・・・なにげに失礼だろ・。確かに自分の顔に自信が有るわけじゃないけど・・・」
「そういう意味じゃなくて、酷い顔だって。」
「だからそこまで言わなくても・・」
「ストーップ!!漫才じゃないんだから、そんな不毛な堂々巡りは辞めなよ!」
慎吾と春樹の会話を黙って聞いていたみかが止めに入った。
慎吾の言う通り、春樹は酷い顔をしていた。
目の下に浮かんだ隈。
少し痩けた頬。
活気のない顔でコーヒー牛乳をすする姿は、仕事に疲れたサラリーマンにしか見えない。
傍らでサンドイッチを食べながら、みかは嘆息した。
「水野君は、何でそんなに疲れてるの?」
その言葉に春樹は一瞬呆けた表情で二人を見た。
慎吾もみかも反応を伺うように春樹を見返している。
「・・・・俺、疲れてる?」
「「・・・・・はぁ〜〜。」」
全く分かっていない春樹に二人は溜め息しか出ない。
「何処の誰が見てもそう言うと思うぞ?」
「・・・ん〜〜〜。(やっぱり顔に出てるか・・・)別に疲れてないぜ?」
春樹は努めて明るい表情を作った。
おまけにメロンパンを元気に頬張る動作付きで。
「・・・げほっ・・・。」
そしていきなりむせた。
辛うじてメロンパンを吐き出すことは無かったが、なかなか咳は止まらずコーヒー牛乳に手を伸ばした。
「だ、大丈夫?」
みかは心配そうに背中をさすったが、慎吾は呆れたように見ているだけだ。
やっと落ち着いた春樹は、ひとつ息を吐いてみかに礼を述べた。
「なぁ・・・。お前最近何してるんだ?」
慎吾は今まで疑問に思っていたことを口にした。
春樹が目を向けると、さっきまでの呆れた顔は無く、真剣な目でこちらを見ている。
質問の意味は直ぐに分かった。
今までは皆勤とまではいかないが真面目に学校へ来ていた自分が、最近はよく休むようになった。それも事務所を辞めたあの一件以降だ。
二人共、口には出さなかったが、何か思っていたのだろう。
(ここまで触れないで居てくれたことに感謝だな。)
「あ〜。二人には、話さなきゃならないことがある。まだ時期じゃないんだ。もう少し待ってくれ。」
(・・・俺の推測が事実になってしまったらな・・)
春樹は真剣に聞いてくれている二人に、神妙な表情を浮かべながら答えた。
まだ断定が出来ない以上二人を巻き込むことは出来ない。
この推測は限りなく事実だが、1%でも違っている可能性があるならそれに懸けてみたい。
もし事実なら二人を危険に晒すことになる。
春樹が町をぼーっと見下ろしながらそんなことを思っていると、何か考えていたみかが口を開いた。
「・・・その話って、この前会った神野・・さんと関係あるの?」
「あぁ。」
「そっか・・・。」
そこでこの会話は終わりになった。
その後は他愛もない話をしながら昼休みを過ごした。
五限目の予礼が鳴りだし、教室に戻ろうと立ち上がった時、みかがぽつりと呟いた。
「待ってるよ。話してくれるのを・・・」
春樹は背中にその呟きを聞きながら屋上を後にした。
(近年稀にみるいい奴だな・・・)
二人共興味本位で聞いている訳ではないのは春樹にもよく分かった。
逆に自分を心配してくれている。
二人に何も話せない自分が歯痒かった。