うたかたの幻夢(後編)
まだここは夢の中か…… まだ目は醒めてない…… みたいだ。
それにしても、何故か僕はぬいぐるみになって、病室に入ってきた美斗を追い出すところを見たのは何故だろう。
あのぬいぐるみ──黄色い直立アヒルは父さんからの誕生日プレゼント──は美月の大のお気に入りだがいつも一緒に居るから、魂でも宿ったかね……
暗闇の中で夢の内容について、あれこれ考えていた僕の身に異変が起こったのは、そんな時だった。
ふわり、と、誰かが僕の身体を抱き抱えたんだ。
「!?」
『ふふふふ……』
正直言って、後ろから抱きしめられた時にはびっくりした。
もしも幽冥での体験が無かったら、パニクった挙句に何も考えずに暴れ回ったかも知れない。
いやいや、それが普通の反応ってやつだけどさ。
でも、僕は悪意や忍び寄る災難には敏感だ。そうじゃなかったら、不幸だけが相棒という人生を生き延びる事なんて出来なかったよ。
あの時の──フェイリアと会った時だって──それを察知できなかった。
フェイリアは邪神としての自覚のないヤツって処かなあ。
もしくは本性を隠してたのかね。
それとも天然なのか。
天然だとしたら──たまにいるだろ、良かれと思ったつもりでも、結果としてとんでもない悲劇を招く事なんてさ。
中学校のサマーキャンプでも、そういう奴がいたんだよね。
いやムド・カレーとかじゃなくてダナ。
夕方から始まったキャンプファイヤーを囲んでいる時に、ショーアップとばかりに爆竹とか閃光花火をブチ撒いた話だって、よくある話だよ。平和でいいじゃないか。
近くに山積みにしていた大量の爆竹に引火して、あたりに飛び散るまでの話だけどね。
……まあいいか、そんな話。
とにかく後ろから聞こえてくる声の主が、僕を抱きしめた人なんだろう。
少なくとも、この人からは悪意を感じられないんだ。むしろ善意で抱きしめてくれているのかも。
それが証拠に、細めだけど適度に筋肉のついた腕は、僕の身体をやさしく抱きかかえている。テレビドラマで見るような、恋人を背後から……
「えっ!?」
そこまで来て、僕はようやく気が付いたんだ。
腕が、女性のものだという事を。そして肌の色は…… 青みがかってないか?
それよりも、背中に押し付けられている柔らかいものの正体は……
はふぅん…… 何だろうね、この心地よいふくよかさ。
……って、言うまでもないじゃないか。
「ありがたや、ありがたや……」
おっと、うっかり心の声が漏れてしまったか。
でも声の主は、それさえも楽しむように笑いながら、僕の身体を軽々と抱き上げたんだ。
文字通りに軽々と、まるで赤ちゃんを抱き上げるように。
あ、あぶ、あぶ…… ほっぺたがめり込んでいる……
『くっ、はははは……』
たぶん、幽冥で出逢った邪神のより、間違いなく大きいし、邪神のよりも柔らかいような気がする。
そしてあの時と同じように、すごくいい匂いもするんだ……
『いいわ。いいわよぉ。なかなかの胆力じゃないか。気に入ったよ』
僕がどういう抱かれ方をされているか分からないけど、どんなにもがいても、腕の中から脱出する事が出来はしない。でも、僕の視界には大きな大きな膨らみという眼福がありまして……
「んえっ?」
『くふふふふ、坊やは暴れん坊だねぇ』
笑い声と共に、別の手が僕の頭を撫で始めたんだ。
もう1本の腕が出てききて、お腹のあたりをぽんぽんと撫で始める。
さらに、子供をあやすように、ゆらりゆらり…… って。
ようやくの事で膝の上に降ろしてもらったんだけど、相変わらず4本の腕が僕の事を抱きしめたり撫で繰り回したり。いや、決して不快じゃないよ。
むしろ心地よいといいますか……
『その健全な煩悩も素敵だよ。まったく、人間にしておくのが惜しいわぁ』
ええとぉ…… ひょっとして、このひとも、神様…… ?
『くっ、はははは…… 目が醒めたら、頑張りなさい。応援はしてあげるよ』
そう言って、ぽんぽんって、4本の腕が僕の身体を身体を軽くたたくと。
ゆらりゆらりと、僕はどこかに浮かび上がっていくような気がした。
うう、いったい何だったんだろ……
明晰夢って、マジ怖い。
うすうす夢だと分かっているけど、とんでもなくリアルなんですよね。
でもって、とっても怖かった思い出しかないんですけど。
これは個人差かしらん?




