ナメクジに好かれた僕
身体が、熱い。
首元から、みぞおちまで、まるで体が内側から燃えてしまいそうに……
「おや、目が覚めたかね。気分はどうだい、冬夜くん」
目覚めはスッキリと言うには、ほど遠いって感じかな。いや、ぶっちゃけ最悪だ。
身体は熱っぽいし、じわりと汗がにじんでいる。それをタオルで拭いてくれているのは芹沢博士…… なんだが。
「!! 美月は? 美月に何を……」
目が覚めて出た僕の第一声は、妹──美月がどうなっているか気遣うものだ。僕が意識を失う前に見たのは、岩本女史が抱きかかえていた美月の姿は、まるで糸の切れたマリオネットだったんだから。
「ふふっ、冬夜くん、君は優しいねぇ。自分の身体よりもあの子の心配をするとはねぇ」
博士は今までに見たことのない、優しい笑顔を浮かべながら体を起こしてくれた。
「心配しなくていい。あの子は『電池が切れた』だけだから」
「へゅ?」
あのぉ、電池が切れたって… スマホとかじゃないんですから電池切れと言われたってピンと来ないんですけどぉお?
「はっはっは、言葉のアヤだ。あの子もよほど疲れていたんだろうねぇ」
「美月ちゃんは頑張り屋さんですから。でも、ある意味ではそれで良かったのでは?」
たしかに美月が、あのナメクジっぽいモノを見たら、何をするかわからなかったけど。
あれって、そんなにヤヴァいシロモノなんですかね。
「そんな事はないとも。言っただろう? あれはもうひとりのキミなのだからねぇ」
「そうですよぉ。それに初対面ではないでしょう?」
あのぉ、博士。イミューン…… あの肌色をしたナメクジが『もうひとりの僕』だと言われても意味が分からないんですけど。あと、初対面じゃないって……?
あんなイキモノ見たことないんですけど。
「そのあたりは、後で説明するから安心して… んっ、そっちも気が付いたかね」
「んん~ オハヨウゴザイマス?」
あぅ……
能天気なアフォ面を見たら、何だか知らないけど笑いが込み上げてきた。少なくとも昨日までの僕だったら、間違いなく笑ったと思うな。
あ~あ、何をマジになっていたんだろ……
「よほど疲れていたんでしょうね。外検2級に挑戦したんですもの」
「外検…… 外国語検定? 美月はまだ中学2年だから… 4級の間違いじゃ?」
「うむ、君の聞き違いではない。彼女は間違いなく2級を受験したとも」
「げげげげっ!?」
2級って… 軽く高校卒業レベルの難しさって言わない?
「おや聞いていなかったのか。実は昨日が1次試験だったのさ。君がリモート授業を受けている間、あの子は連合王国語の特訓をしていたのだが、気が付かなかったのかね?」
そうだったの? そう言えば、ここ半月ぐらい美月が奇声を上げているのを聞いていたような気がしたけど…… たしかに独学って訳にはいかないだろうなぁ。
「ええ、とってもいたぶ… 教育のしがいがありましたよ」
「そぉですか……」
可哀相になぁ。岩本女史は意外といじめっ子なんだよね。なまじ優秀だったから博士の助手になったんだけど、博士のお守りって、けっこうストレス溜まるだろうしなぁ。
それもハイレベルな所をついてくるんだよ。僕にも覚えがあるよ。
僕の場合は、来月の末に控えている3学期期末だ。体育とかの実技系が全滅する分を、他でカバーしなくちゃ進級出来なくなるかも、ってさ。
「あら、冬夜くんは大丈夫ですよ。日ごろから真面目に授業を受けていますもの」
「うむうむ。あのVRゴーグルはヒュプノ教育も出来るのさ。今の君なら帝大程度なら居眠り半分でも満点がとれる学力を捻じ込んであるよぉ」
うげぇ… なんて事を!
眠っている間の学習だから、眠っている時以外は… なんて事はないよね?
ふぅううう…… そういう事なら全然オッケーです。
え?
「……取れなくなったって、なんで?」
「この子たちは、よほど君の事を気に入ったらしくてねぇ……」
岩本博士が冗談でくっつけたイミューンが、身体から取れなくなったんだ。それも2匹とも、だ!
「無理にはがそうとしたら、君の身体と同化が始まってしまってねぇ、はっはっは」
ぎゃあああ! 笑い事じゃないでしょうがぁああ!
っく…… また熱が上がってきたのかな。
意識が… 朦朧としてきた……
昭和時代に流行した睡眠学習は、寝ているだけで知識を身に付けられる訳じゃないそうです。つか、ほとんど無意味だったとか。
父:たしかに、大きな成果は無かったなぁ。
私:やった事があるの?
父:学生時代にドイツ語弁論大会の原稿をな… まったく効果がなくて苦労したわい。
私:ふぅん? やっぱ効果なし?
父:うむ、寝る時はちゃんと寝るべきだな、うん。
最近の研究では、睡眠学習は知識の「インプット」ではなく、起きていた時に学んだ知識の「定着」に効果があるらしいです。具体的にどうするのかまでは、分かりません。
というよりも、調べる気もなかったりして。




