ぴたぴた、ぬとぬと
……研究者ってのは、たいていは貧乏だと言うのは本当の事らしいね。
それにしても博士が塾の先生をしている姿って…… いや、考えちゃ駄目だ。
考えないでおこう。
だってさ、弟子は師匠に似るっていうじゃないか。だとしたらだよ?
博士のような変た…… いや、マッドサイエンティストの卵が大量生産されるわけで。
想像したら何だか背筋が…… 真冬の怪談ってのはこの事かね。
「博士、そろそろ……」
「そうだね、岩本くん。それでは、今日の本題に移ろうか」
にひひひと笑いながら、芹沢は台車に乗せた大きな箱のふたを開けた。
彼女が中から取り出した物は、いったい何だろう。パッと目にはナメクジみたいにも見えるけど、ナメクジにしては大きさが半端ないな。
どのくらいの大きさかというと、半分に切ったメロンくらいはあるだろうか。
「うっわぁ、これってなんかグロくないぃ? なんなの、これぇ」
美月は博士が持ち上げたそれを見て眉をしかめた。
「……博士のペットか何かですか?」
「名前はイミューンと言うんだ。とーっても可愛いだろう?」
博士が箱から取り出したイミューンは、背中のあたりに桜色をした突起がある、そして肌色をしたナメクジっぽい何か… だ。
問題はそれが、ぬめぬめと動き回っているって事なんだ。
「ふっふっふ。可愛いだろう?」
博士は1匹づつ両手に持ったイミューンにほほずりをしているよ。
前からマッドな所があるのは知ってたし、大晦日の晩の乱痴気騒ぎだって首謀者はあんただろ。まあ、そのあたりはいいとして、だ。
いくら何でも、ここまでくるとさぁ、趣味悪すぎない?
「きっもぉーい! キモ過ぎだよぅ」
うん、僕もそう思う。というより、あんな生き物、地球にいたかなぁ。
たしかにでっかいナメクジは日本にもいるよ。ヤマナメクジ… だったかな。大きいのは20センチくらいになる筈だ。
テレビでやっていたのの受け売りだけど、天下の国営放送──それも教育テレビの生物学講座って番組──だから、嘘は言っていないと思うんだ。
でも博士の手に乗っているのは、ヤマナメクジじゃない。もっと横幅がある。
それに色もあんなに明るい──まるで人間の肌の色なんかしてはいない筈だ。
「そう言わずに、よ~く見てくれたまえ。とっても可愛と思わないかね」
どん引きしている美月を尻目に、彼女は両手に持ったそいつを僕の身体に押しつけた。
「なっ!? なにを……」
まるで大きなカタツムリかナメクジが這い回っているかのように、しみ出した粘液の上を滑るように動き回って…… あああああ…… ぬるりぺちょりとイミューンが身体の上を這い回っている──まるで巨大な人間の舌でなめ回されているような感じがいやぁあ!
くそっ、情け無いな。もしも身体が動くなら、イミューンを払いのけていたことだろう。
せめてこの一瞬で良いから身体が動いてくれればいいのに。
「うんうん、どうやらイミューンは君の身体を気に入ったようだねぇ。なに、心配しなくても居心地の良い場所を見つけたら静かになるからねぇ」
イミューンのなすがままにされていると、僕は次第にその異変に気付いてしまった。
ぬめぬめと動き回るイミューンの出す粘液質な液体が塗りたくられた所がなんだかじわじわと熱くなってきているような感覚がした。
ヤバイ。これはヤバいシロモノじゃないのか?
ニマニマと笑みを浮かべながら博士は、声も出せずにいる僕に近づくと、耳元で囁いた。
「ふふふ、冬夜くん。この子はね、もうひとりのキミなのだよ」「……!?」
「とにかく静かに… おや、その心配は無用のようだねぇ。くふふふふ……」
「なに…… を…… す…………」
あれ、声がでない?
拙い… ナメクジの粘液のせいで、今まで無事だった所までも麻痺し始めたか。
「なあに、痛くなぁい、痛くないからねぇ。次に目覚めたらキミは新しい世界を見ることが出来るのだよ。安心して眠りたまえ……」
ああ、駄目だ。ナメクジが鎖骨のあたりをなめ回しているような感触が…
……っく。気持ちが悪い。僕の身体の中に──毛穴の隙間… いや、皮膚を溶かしながら──何かが染み込んでくるような不気味な感触を感じながら。
「冬夜くん、心配しなくてもいいの。これはキミのためにもなることだから」
岩本女史の声を遠く感じながら、僕の意識は闇の中に沈んでいく。
そして最後に見た風景は……
岩本女史に抱き上げられた美月の姿… だった……
子供のころ、クラスの悪ガキにカタツムリを付けられた記憶ががが……
ええ、ええ。泣き寝入りはしませんでしたとも。あのころの私はパワ……
うん、忘れよう。忘れてしまえば全ては平和に収まるんだ、うん。




