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百のスミレと千のユリ  作者: 水瀬 悠希
夢見るように、ねむりたい
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果てしなきマラソン

 今日は電気治療が終わると月に1回の点滴が待っている。

 最初は注射だったけど──点滴になったのは夏ころかな。中身は抗生物質って話だけど、病院にいるんだから、そこまでしなくても良いような気がするんだよね。


「うん、一言で言えば、性格の悪いの細菌が蔓延しているって事だよ。この細菌に感染すると、いろいろと厄介でねぇ」

「たとえばぁ、罹ったら死んじゃうとかって感じのぉ?」

「いやいや。美月くん。感染したからと言って、必ずしも命を落とすって事は無いさね」


 芹沢博士はそう言うけど、感染したら厄介な事になるだろうって事は、誰に言われなくともわかる。それにウイルスというものには変異が付きものだろ。

 遺伝子がゆるいウイルスは簡単に突然変異をするもんだ。

 ウイルスの変異と抗生物質の開発は、ゴールの見えないマラソンかも知れない。


「うむ、そうかも知れないねぇ。抗生物質の効かない細菌は昔からあるんだよねぇ」

「えっ?」

「1970年代に、抗生物質が効かない細菌が発見されているんですよ。それが年々広がりを見せているのも事実で……」

「岩本センセ、それって、ちょー拙くなぁい?」


 20世紀初めにペニシリンなどの抗生物質が開発された事で、人類は病気──細菌と闘うための強力な武器を手にしたはずだった。

 しかし1970年代に抗生物質への耐性を持つ細菌が発見された事により、状況は大きく変わってくる。

 これらの細菌は感染力や病気をおこす力が強いわけではない。むしろ弱い。

 ただ、今までに開発された薬が効かないだけなのだ──


「うむ、サイレントパンデミックと言ってね、業界ではよく知られている話なのだよ」

「拙いじゃないですか。ただの風邪でも薬を飲まなかったら?」

「最悪、死ぬかもしれないが、君は心配ない身体に…… っと、点滴が終わったね」


 くふふふと不気味な笑みを浮かべ、鼻歌まじりに点滴セットを片付け始める彼女の後ろ姿を見ながら、僕は漠然とした不安を感じていた。

 付き添いで来てくれた美月も同じく、何かを感じているようだ。

 そういえば今日に限って看護婦さんが… いつもなら天野さんとか友里さんが……


「ねえおにい、今日の芹沢博士ってさぁ、妙に浮かれてない?」「そうなんだよね」


 本来のリハビリの先生は別にいる筈なんだけど、いつの間にか芹沢博士に交代しているんだ。そして、色々なサンプルを抜かれたり電気治療をしてもらったりするんだが。

 今日の芹沢博士はいつもにも増して不気味なオーラが出て……


「何かな、冬夜くん。どこか痛いところでもあるのかね?」

「いい、いいええ…… そういうんじゃなくって。何か良い事でもあったのかな、って」


 背後にうぇへへへ… と、いう文字が見えるような、今まで以上に良い笑顔を……

 うん、良すぎて逆に不気味なものを感じるね、うん。だってさ、彼女が今までにしてきた事を考えると、マッドサイエンティスト以外の何物でもないんだ。


「その… ぽこ君の膨張率の測定だって決して邪な目的があるわけじゃないんだ。とても大切な事なんだからね……」


 いやいや、博士はそう言うけどさぁ……

 わざわざそのためにあんな物まで見せるんですかね。それも顔を赤くしながら言うところが何というか可愛いというか。いやいや、アラサーに可愛いなんて言ったら拙いかな。


「いやいや、これはほへも大切な事なんだよぅ」

「博士、これを……」


 助手の岩本女史も博士の事をわかりきっているというか。何というか。そっとハンカチを手渡すタイミングは流石だね。


「いつもすまないねぇ…… じゅる」


 これさえ無かったら、博士もきれいなお姉さんなんだけどさ。


「実は国から補助金が交付されたんですよ。それも満額に近い額。いつもなら何だかんだ良いながら削られるか、申請そのものが却下されていたんですけどね」

「へぇ?」


 日本って国は昔から基礎研究を疎かにしている。というか、政治家は基礎研究を馬鹿にしているとしか思えないくらいなんだよね。

 でも外国で開発されたあれやこれやには惜しみなくカネを出している。

 ニュースを見てれば高校生に過ぎない僕でもそのくらいは分かるんだけどなぁ。


「うむ。外国の特許でも応用特許を押さえれば、元になる基本特許なんか何とでもなると思っているんだろう。実際にはそんな簡単な物じゃないんだけどねぇ」


 芹沢博士はそう良いながらトートバックから水筒を取り出しながら、苦笑いした。


「私がしている研究の大半が基礎研究だからねぇ。今の政府の間抜けぶりは筋金入りだよ。だから補助金を申請するのは紙と時間の無駄使いじゃないかって思うくらいにね」

「もしもSRIから声がかからなかったら、博士は路頭に迷っていましたよね」

「うむうむ、君の叔父上には感謝しているとも。そうじゃなかったら、私は場末の学習塾で講師でもしていたかねぇ」


 うんうん、岩本女史の叔父さんは表彰されるべきだ。

 そうじゃなかったら……

耐性菌(抗生物質とかが効かない細菌)は1940年代に見つかっています。

1928年に世界初の抗生物質であるペニシリンが発見されてからわずか12年後に!


それからも抗生物質の開発が続けられてきたのですが、70年代に入ってから既存の抗生物質さえ効かない細菌が発見され始めたのです。

いえ、治りますよ、感染しても。しかし長期戦を覚悟しなくてはならないそうで……

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