何かと闘う女神様
ここで視点を移し、幽冥の様子を覗いてみる事にしよう。
時間の流れが緩やかなこの世界とはいえ、それなりに時間は流れている。
時間軸の一点を狙って移動出来るシャウス達にとっては些細な事に過ぎない……
筈なのだが────
「むむむ…… ここがこうなってぇ、こうだから……」
大きな水晶板を前に、鉛筆片手に大量のメモと格闘しているのはフェイリアだった。
律儀にセーラー服を着込んでいるのは、何かのアピールのつもりなのだろう。
しかしそれが似合っているかどうかは微妙なところだが。
黙々と計算を繰り返す彼女の脇にごとり、とマグカップが置かれた。
「頑張っているわねぇ。でも根を詰め過ぎると身体に毒よぉ」
「……プレシア様」
「ちょっと休憩しましょうねぇ?」
フェイリアの前に置かれたメモには複雑な──7元13次連立方程式──空間転移をするのに必要な時空間座標を決定するための数式が書き出されている。
言うまでもなく人間の頭脳で解ききれるようなモノではない。
彼女の後ろからメモを一瞥したプレシアは、苦笑いをしながら話しかけた。
「ふむん? なかなか頑張ったじゃない。でも、こことここ…… あとはここかな。計算が間違っているわよぉ」
「ええええええ、ここですかぁ? 先週やったあたりですよぉ……」
「この程度、シャウスなら3日もかけずに片付けるのにねぇ」
そのあたりが母親の実力というやつだろう。むぎぎぎ…… と、頭を抱えて悔しがっているフェイリアを尻目に、床に寝そべって水晶球を覗き込んでいるいるラーリィに目を向けた。およそ女神として見せてはならないような表情で、げへへへ、と、これまた出してはいけない笑い声をしている。
「で? あなたは何をしているのかしらぁ?」
「あぁんっ……」
プレシアはラーリィの背中を踏みにじった。
それも、かかとに体重を乗せてぐりぐりと、容赦のかけらもなく。
「な・ん・で、心の修行をサボっているのぉ?」
「だってぇ…… あんっ、プレシア様。これってすごくないですかぁ?」
ラーリィに促されるまま水晶玉を覗き込んだプレシアは、うっすらと笑みを浮かべた。
そこに映し出された情景には、病室らしき部屋で幾人もの女性に囲まれているベッドに寝かされた少年の姿があった。
女性のひとりは、プレシアもよく知っているのだが……
「この少年が、あなたたちの言う『冬夜くん』なのぉ?」
「そ-ですよぅ。かわいい…… すごーい、これで3回目ですよぉ、プレシア様」
少年を囲む白衣の女性達の一人はサーリアだった。
いまさら言うまでもないと思うが、一応言っておくとフェイリア達の末妹である。
今のところ彼女はプレシアから冬夜のサポートをに命じられているのだが、現地での行動は彼女の判断に任せている。
──そうすれば、いつも彼と一緒にいても、誰も疑問に思わないと思うのです。
彼の妹さん……美月さんは、既に死亡していますけど…… プレシア様なら何とか出来ますよね?
──意識の書き換えくらいなら、やってあげるけどぉ、死者を蘇らせるのは無理よぉ。
──それは構いませんよ? 舞台さえ整えていただければ、それだけで良いのです。
こうして彼女が選んだのは冬夜の『妹』になりすます事だった。
プレシアにしてみれば、その程度の常識改変なら息をするのと同じくらいに簡単な事。
ここは彼女の自主性を尊重する殊にしたが、それと同時に感情を手に入れた彼女が何をするのかを見てみたい──ぶっちゃけると『面白そう』だから手を貸したのだが。
本当の意味での感情を手に入れた彼女も、姉と同様だった… ようだ。
「……もう無理だよぅ……」
「うふふ、大丈夫よぉ、冬夜くん。ここがどこか忘れてなぁい? 回復させる方法なんかいくらでもあるんだからぁ」
「そうよぉ、若いんだからもう一回くらい、出るでしょぅ?」
短いやりとりの後で起きた光景について細かい描写は不要だろう。
つまりは、そういうコト… だ。
「あっちの世界では『クリスマスパーティ』というイベントでやるコトらしいですよぉ」
「ンな筈ないでしょ。あれは悪のりしているだけ。本来は神の誕生を祝う行事なのよ」
「……誕生日?」「そうよぉ。元は人間だったけど、誰か冗談で神格を与えたらしいの」
まあ、あれを修行とするかどうかは──たったの40日というのは解釈次第だけど。
彼がした事と言えば、荒野の一軒家で背徳的な妄想とか欲望を爆発させただけだ。
それも寝食を忘れるほどに、熱心に。
言ってしまえば荒行と言えば、修行… それも荒行のたぐい…… かも知れない。
まあ、神々や悪魔には『そういう』コトの象徴とされるのもいるけどねぇ……
プレシアは、やれやれとばかりに肩をすくめた。
ちなみに友里と美月、そして飛び入り参加の…
天野女史による真夜中の宴は、これから1週間ほど続くことになる。
一方、フェイリアは何をしているかと言うと……
「フェイリア姉様、ここ間違ってません?」
「ぎゃあああああ またかぁぁぁ!」
フェイリアは願いました。
冬夜くんがどこにいるのか知りたい、と。そして彼と一緒にいたい、と。
心優しきプレシア神は、フェイリアの願いを叶えたのでした。
でも、フェイリアも何か大切な事を忘れているような……




