和泉朝霞と秘密の部屋
番外編(登場人物のまとめ的なもの)を18時に投稿します。
本編とは関係がありませんが、裏設定とかネタバレがあるかも。
みなさまよろしく。
和泉朝霞──冬夜の母親が働いているのは、リクリエイション・カンパニーという多国籍企業だ。そこで専務という肩書きを与えられている。
この会社は資本金180億円という巨大企業だが、創業は1945年と比較的新しい。
「泉水さん、ちょっと良いかしら」「何でしょう、社長」
「ちょっと打ち合わせしたい事があるの。社長室に来てくれる?」
「はい、社長」
出社した彼女を待っていたのは松平知子──朝霞の唯一の上司──社長だった。
2人が建物の奥まった一室──社長室に入ると、知子は机に置かれたペンケースのふたを開けると、巧妙に隠されたマイクに向かって……
『マツダイラキョウコ』
ぞっとするような声音で自分の名前を告げた。
しばらくすると、どこか見えないように仕掛けられたスピーカーから応答があった。
『声紋ヲ確認シサシタ』
無機質な合成音声が彼女に答えた。しばらくするとかすかな機械音とともに、朝霞の身体が軽く浮かび上がるような感覚がした。
ふと上を見上げると、徐々に天井が遠くなっていくのが見える。
「さあ、行きましょ」
知子は社長室のドアを開けた。
「何度体験しても慣れませんね、これ」
「仕方が無いでしょ、この先は最高機密だもの」
ドアを抜けた先にあるのは、未来的なデザインの空間が広がっていた。地下にありながらも、効果的に設計された間接照明のお陰で地上にいるのと変わりは無いだろう。
部屋の大半を占めるコンピューターからはリレーがカタカタとささやき、かすかに焼けた半導体のにおいが流れているのを別にすれば、だ。
「このくらいしなかったら機密は守れないわよ」
「それは、そうですが… 世間一般とのギャップがありすぎませんか?」
「早く慣れて頂戴ね」
機材の前でディスプレイを睨んでいた係官に声をかけ、受け取ったクリップボードの書類にサインをしつつ、2人が向かった先はクラシカルな部屋だった。
木材をふんだんに使い、壁は砂壁で整えられている。
奥にある違い棚に置かれた花器には、この時期には珍しいアジサイの花が飾られている。
そこは、この場所が地下数十メートルにある事を感じさせないような空間だった。
「紅茶でいいかしら?」「はい」
そう言いながら知子はサーバーを操作すると、かすかな音を立て始めた。
やがて、こぽこぽという音とともにカップに紅茶が注がれると、あたりに心地よい香りが広がった。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
それからしばらくの間、部屋の中には沈黙という名の時間が居座っていた。
聞こえるのは、かすかな空調とコンピューターのかすかな作動音だけだ。
「……息子さん、相変わらずなの?」
「ええ。麻痺の原因は分からないままです。退院の見込みはないかも、って芹沢博士が」
「そう……」
おもむろに始まった会話は、入院している冬夜のことだ。彼女──朝霞の息子は同じ高校に通う同級生の手によって線路に突き落とされかけたのだ。
もしもあの時に勇敢な駅員がいなかったら、彼はこの世にいなかっただろう。
「彼──カタオカはアンガラ大陸での強制労働という判決が出ましたけど……」
9月の末に行われた裁判ではそういう内容での判決は出ている。しかし人権擁護派を自称する弁護士グループが、飯の種とばかりに加害者の少年の擁護を始めたのだ。
いわく『刑罰は結果だけで科せない、被告人少年は心神喪失状態であった』と……
つまり精神の障害により、善悪を判断する能力や、その判断に従って行動を制御する能力が全くない──そう主張しているのだ。この主張が認められれば、被告がたとえ連続殺人鬼であっても無罪に、なる。
「最高裁には手を回してあるから心配しないでいいわ。あれは確実に処分するから」
「お世話をおかけします……」
「大丈夫よ、朝霞。人類にとって、冬夜くんの存在は何にも代えがたいのよ」
知子は、小さくため息をつくと、天を仰いだ。
急遽行われた首相官邸での出来事がちらりと頭をかすめたのだ。
「……朝霞、貴女には悪いけど、最悪の場合も覚悟してもらわなくてはならないかも。
今の人類にとって、純粋な男性は、あまりにも貴重なの……」
秘密の地下室というものにはロマンが詰まっていると思うのです。




