謎の生物あらわる
いつもの事とはいえ、先生の冗談って笑えないというか、心臓に良くない。
こんな会話が成り立ってしまうくらいに、人間関係が成立しちゃっている事からも、僕が片岡と取り巻きから、どんな仕打ちを受けていた分かるでしょ。
でも、それも今日で終わり。
そうだと思いたい、いや、思うんだ。
「冗談抜きで、神経系が麻痺しているんだ。声が出にくいのも、その影響だろう。
治らない訳ではないが、キツーいリハビリを覚悟してくれたまえよ?」
こんな感じで落としてから上げるってのが、先生のスタイルだ。
だから先生のニヤリはいつも僕を安心させてくれるんだよね。
もし父さんが生きていたら、やっぱりこんな感じに笑いかけてくれただろうか。
「治るんですか…… よかった。せんせぇ、脅かさないでくださいよぅ」
「はっはっはっは」
ようやく緊張が解けてきたのか、部屋の中の匂いが急に気になってきた。
病室に染み付いているヨードや逆性石鹸の匂いは、決して不快なものではないけど慣れたくない種類のものだ。
先生は脊椎に傷ついていないなら、麻痺は取れるだろうって言ってくれたけどさ。
午後になったら、その辺りを含めた精密検査をする事になるけどね。
先生の笑顔を見ていたら検査を受けるのが、ちょっぴり楽しみになってきた。
身体が治るなら、最高じゃないか。
「うんうん、その調子だ。辛気臭い顔のままでは、治るものも治らないぞ」
僕の事を虐める奴はいないし、こうなったら学校側もだんまりを決め込む事は出来ないだろうからね。
あいつらがどんな運命を辿るのか。
心の中が、わくわくしてきたよ。
「しばらくしたら、君の家族も来るだろう。安心させてやりなさい」
「はい、先生」
病室を出た先生と入れ替わるように、母さんが病室に入ってきたけど……
顔色が良くないのは、僕が駅で死にかかるなんて思わなかっただろう。
とはいえ、このあたりは、まあ…… なんだ。
ドラマなんかで出て来るような派手な展開は無かった。
「冬夜……」
母さんは病室で僕の姿を見た途端に、ひとすじの涙が流れ落ちて。
それからは、声もなく・・・…僕の手を握ってくれた。
それから、どのくらいの時間が過ぎただろうか。
「おにいじゃぁあん」
病室のドアを突き破る勢いで、ひとりの女の子が病室に飛び込んできたんだ。
着ているのは中学校の制服だけど…… 髪を振り乱し、泣きながら、だ。
その女の子は、僕の首元に抱きつきながら、ぼろぼろと涙を流しながら泣いているんだ。
いったい誰だろう。それに、お兄ちゃん…… って……
「びんじゃびやばあどょぉ……」
……ええと、こいつ誰だ?
この子が着ている制服は僕が去年卒業した中学校の制服に間違いないけれど、後輩はおろか知り合いにも、こんな子はいなかったはずだけど。
あの頃の僕には美斗がいたから他の女子に目を向ける余裕は……
うん、無かったな。転んだ女の子の膝に絆創膏を貼ってあげただけで……
──とーやは私とケッコンするんだからぁ!
そう言って怒るわ拗ねるわの美斗を宥めるのに苦労したなぁ……
あれは小4…… いや、3年の時だったか。
あの日は美斗の家に泊る事になって、一緒にお風呂に入らされて、同じ布団で寝たんだったか。
「落ち着きなさい、美月。冬夜は大丈夫だから」
「!?」
みつき? 母さん…… いま『みつき』って言ったよね?
で、この子は僕の事をおにいちゃん…… って?
いきなりの事で頭の中が訳の分からない事になっている僕の心中を察してくれたかどうかは分からないけど。
母さんが、女の子をべりっ! と引き剥がしてくれた。
『びょがっだよぉぉぉ』
女の子は母さんから受け取ったタオルで涙をふいている。
おいおい、泣くか顔を拭くかどっちかにしてくれよ……
ええと、美月…… さん?
うん、ちょっと落ち着こうか。




