恐怖の大王あらわる
その肌は抜けるように白く、髪の色は夜明け前の闇色。
朝焼けを思わせるオーラを身にまとい、黄金に輝く衣服をまとう彼女の姿を見れば、通りかかった100柱の神が100柱とも例外なく振り返るだろう。
『お前たち、これは何の騒ぎだい?』
気配を悟らせる事も無く部屋に入り、容赦のカケラすらないグーパンをフェイリアたち3柱の脳天に叩き込んだ女神である。
『あー、いやその、えっと…… お母様?』
『なんだい?』
正面に正座しているフェイリア達を睥睨しつつ、静かに尋ねた。
3柱の女神たちの正面に立っている女神の名はシャウスという。
聖典エルド=テスタムによれば、創造神の手による創世の7日間の──第3日目に生み出された神々のうちの一柱。
闇を払い、あらゆる生命を眠りより覚まし、活動を促す暁の女神だ。
規格外とも言える美貌の持ち主であるがゆえに、同時に『お近づきになるのを躊躇ってしまう女神ランキング』で、トップレベルを堅持してい……
ごすっ。
『余計な事を言ってないで、さっさと質問に答えな。ラーリィ?』
再びグーパンでフェイリアを床に沈めたシャウスは、改めて娘たちを睥睨しながら言った。その言葉は決して大きな声でもなく、威圧もこもっていない。
だが娘神からすれば、その静かな口調こそが恐怖そのもの、なのだ。
『つまりそのぉ、あれだな、うん……』
『あ゛ぁん?』
シャウスを前に正座している姉妹神は『蛇に睨まれたカエル』もかくやとばかりに怯えまくっている。
彼らの心中を一言で言い表すならば、こういう事になるのだろうか。
──あぁ、逃げ出したい。
決してそれが叶わぬ望みである事は、小さい頃から骨身にしみている。
赤い牛に牽かれた車に乗り、何者よりも──太陽神よりも早く天空を駆ける母親の目からは、逃れる事など出来はしない。
『私だって暇じゃないんだ。キリキリ白状しな』
『い、いいええ…… お母様の手を煩わせるような事では……』
柳眉を逆立て拳を握りしめたシャウスは、静かに前に出た。
娘神は覚る。彼我の距離は冥府への道程に比べれば、いかほどの事かと。
涙目になったサーリアが、必死の思いで母親に懇願した。
『いいい怒り抑えでくだっさいぃいいい……』
『おだまり! お隣さんから苦情が来てんだよ!』
幽冥という世界は、三千世界の交点に近いというだけで、誰の所領でもない。近づく事すら難しいという世界というだけのこと。
シャウスや彼女の娘たちのような神──もしくは亜神やそれに近いレベルの持ち主──であれば、何の問題もなくたどり着く事が出来るのだ。
そして、久しぶりにこの世界に足を向けたのは、心のおけぬ友神との、実に数百年ぶりの茶会のためだった。
しかし、この騒ぎのせいで、実に面倒な『お願い』をされたのだ。
騒ぎを起こしたのが我が娘とあれば、シャウスも断わりたくても断われない。
『苦情…… ですか?』
ハーリアは神々の間では子煩悩で知られる女神だ。子供たちの守護神である彼女は子供の数も多く、軽く1000はいるだろう。その全員の名前を憶えていると言うのだから、その子煩悩ぶりも分かろうというもの。
そして例にもれず、この幽冥という世界にも神殿を構えている。
そしてサーリアの神殿とは、たったの3光年しか離れていない。我々人間の感覚で言えば気も遠くなる距離だが、神々の感覚からすれば目と鼻の先ほどにも離れていない。
だから、ハーリアはシャウスに文句を言ったのだ。
ようやく寝付いた子供たちを起こすような事はしてくれるな、と。
『お前たちが騒ぎ過ぎたから、ハーリアの手伝いをする事になったんだよ。
ったく、面倒くさいったらありゃしない』
『ご近所付き合いは大事…』ごすっ!『おぶぅうっ!』
要はお隣の騒音には目をつぶるから、手を貸せと言ってきたのだ。
シャウスにしても、ハーリアに手を貸す事には異存はない。しかしそれが娘たちがしでかした──ご近所迷惑をネタにされたのは業腹と言うもの。
彼女が娘たちに、本気でグーパンを振るったのも当然だろう。
神々の日常には、こんな事もあったり無かったり。
ともかくこの章は、ここまでと言う事で。




