女神さまはパニくった
サーリアが冬夜に加護を与え終わるころには、彼の呼吸も安定してきた。
彼らが存在する幽冥は、物質の存在が許される世界ではない。
エネルギー生命体や魂魄である彼らが、実際に呼吸を必要としている訳ではないので疑似的なものだ。
だが、それはひとつの指標でもある。
サーリアが加護を与えた事により、冬夜の魂魄にはなにがしかのエネルギーが加わる事になり、それが彼のステータスが向上に繋がったと思ってほしい。
その効果が那辺に現れるのかは、まだ分からないが……
『にしし。これでオッケー』
ニマニマと笑いながら、彼の──男の子をズボンの上からぽんぽんと叩いているサーリアを押しのけるように、ラーリィがやってきた。
両手をワキワキとさせながら……
『うふふふふ、じゃぁあ、私もこの子に加護をあげちゃおうかなぁ』
『止めときなさい…… これ以上は駄目よ』
『えー?』
ラーリィ?
冬夜くんに加護を与える分には一向に構わないけれど、ここがどんな場所なのか忘れてはダメ。ここで授けた加護は、魂魄に刻み込まれてしまうんだから。
サーリアの分はともかく、あなたまで加護を与えたら冬夜くんがどうなるか。
そうじゃなくとも、彼の魂魄は修復中なのよ?
魂魄に負担がかかりすぎる程度なら時間が解決してくれるけど。
まかり間違って超人化…… いえ、下手したら亜神化しちゃうかも。
そうなった冬夜くんは幸せな人生が送れると思う?
『だーいじょーぶよぉ! ちょっと唾つけるだけだし、この子の魂魄は姉様が修復中なんでしょ?』
ラーリィは制止のために私が伸ばした右手を器用にすり抜けると、冬夜くんの額に手を触れて・・・・・・
『きゃああぁ!?』
しかし、彼の魂魄に触れようとした途端に、素っ頓狂な声をあげて後ろに飛びすさったのだ。
『……なにこの魂魄… おかしすぎる』
そのままガクブル震えているのも難だけど、大股開きというのは女神としてどうかしらね。早く何とかしなさい。
……見えているわよ?
『フェイリア姉様…… そんな事を言ってる場合じゃないわよっ!』『えっ?』
『どう見てもこの魂魄… 冬夜くん… は、異常だわ』
ラーリィは、半分涙目になりながら訴えているけど。この子がこんな反応をするのは創造神様から、特上寿司のフルコースをご馳走してもらった時以来かも知れないわね……
この程度の変容や消耗なら異常の範疇には入らないと思うけど……
『……気のせいじゃない、よね…… 解析!』
恐る恐るといった態で、冬夜くんに近付いたラーリィはそっと彼の額に手をかざした。すると、光の粒がほわわんと彼の身体を包み込む。
これは彼女のスキル──解析──が発動している時に起きる現象だ。この輝き方なら精密分析をしているのかしら……
しかし普段なら数秒で終わるはずの彼女の解析は、5分が過ぎるころになっても終わる事は無かった。それどころか、段々と彼女の顔色が青ざめていく。
すでに身体が小刻みに震えはじめ、額には脂汗が浮かんでいるほどだ。
ここまでくると、さすがに私も尋常じゃない何かを感じていた。
そして……
『いやあぁ!! やっぱダメぇぇ!!!』
ラーリィは大きな悲鳴をあげると、冬夜くんの身体は強い光に包まれて……
私たちの前から、冬夜くんの姿が…… 消えた。
ラーリィは冬夜くんをどこかに放り出したのね。
でも、それはそれで。彼の魂魄が人間界に降りる分には、何の問題もないわ。
寿命を迎えた彼を、再びこの神殿に招き入れれば良いだけだもの。
私は彼の魂魄を再び招くために、行方を探り出す事にした。
これだけ良い匂いがする魂魄をそう簡単に見落とす事は無い。
えへへへ…… 今度こそ……
『フェイねえ、見つけた』『ええ、私も見つけ…… えええええっ?』
最悪の状況とは、この事かも知れない。
私の視界は……
真っ赤に、染まった。
うけけけけ。
冬夜くんは末の妹神──サーリア様から強引に加護を授けられてしまいました。
魂魄に刻み込まれた加護は、もはや解除不可能。
そして、ラーリィは何を視てしまったのでしょう。




