女神様はヤンデレる?
幽冥という世界に、物質的な感覚は存在しない。
そもそも物質そのものが、存在する事を許されてはいないのだ。
それゆえに、この空間には物質は存在し得ない。
存在が許されているのはエネルギーと情報だけ。
では、ファルシェが感じた匂いとは何だろうか。
それは──
「ああ……」
始めて彼の心を覗いた、その時の私は酔い痴れていた。
彼の持つ極上の──今まで生きてきた中で1度もお目にかかったことがない、内側から光り輝くような──魂の匂いに。
彼をぎゅっと抱きしめると、さらにその魂の匂いはかぐわしく。
私はその香りを胸一杯に吸い込んで、恍惚とした表情を浮かべたと思う。
『あああああ……』
そして自然と身体が熱くなってくる。
お腹の奥のどこかで何かがきゅぅっ、となるなかで。
私は思わず熱い吐息をこぼしていた。
『うふふ……』
今は疲れ果て、私の膝の上で眠っている彼を見る。
思わず、彼の頭を撫でながら。
ふと気が付いた事がある。
冬夜くんが眠っているうちに、彼──あの短期間であれだけの不幸に遭ったせいで、綻びかかっている──魂魄を修復してあげなくては。
彼が不幸を呼び寄せる原因も分かるから、修正しておきますか。
彼が何と言おうとも、このまま輪廻の輪に戻すなんて、冗談じゃない。
今度こそ『良い人生』を送ってもらうのよっ!
そうじゃなかったら、私たちは今まで何をやっていたのかという事になる。
不幸だけが友達? 冗談じゃないわ!
『彼が不幸を呼び寄せる原因を探らなくては……』
私たちの、そして運命神の活動には問題は無さそうだ。
ならば、持って生まれた不幸のせい?
いやいや、それこそあり得ない話よ。
人が持って生まれた不幸。確かにそれはある。
でも、それと同じくらいに幸運も備えている。
簡単に言ってしまえば、不幸半分、幸運半分。
ここ数千年にわたる私たちの行動目標は、その一点に尽きるのだ。
『そうなると、彼の魂魄じたいに問題がありそうだけど…… んんんん?』
見つけた。
彼の魂魄の奥底で、まるで吸引力が衰える事を知らぬサイクロン掃除機のように周囲から不幸を吸い寄せている所がある。
それを完全にストップさせる事は…… 私だけでは無理ね。
時間をかければ、掃除機ごと何とか出来るでしょう。
今は掃除機のスイッチを止めるのが精一杯。
でも、これで彼の不幸体質はどうにかなったと思うの。
彼の今までの行ないを考えれば、これ以上不幸になる事は無い。
つまり、彼に残されたのは幸せにしかならない未来。
目を醒ましたら、すぐに彼に教えてあげなくちゃ。
そしてね、そしてね…… えへへへへ~
わがままな私と笑ってくれてもいい。
でも、今の私はこの世界を管理している身。
少しくらい余禄があっても、悪くはないと思うのよ。
ずっとずっと、ずーっと。彼と一緒に居たいって。
そう考えただけで、じわじわと私の心は満たされていく。
それは今までに感じた事にない、あたたかい…… もの。
たぶん、これが愛情という──感情なのだろう。
いや、違うわね。この感情は、そんな言葉では表せない。
『尊い……』
そうだ。
冬夜くんの何もかもが、尊い。
潤んだ瞳で腕の中の存在を見つめながら、もじもじと太股をすり合わせながら。
冬夜くんと出逢えた幸運に身もだえしながら。
私は創造神様に感謝の祈りを捧げていた。
鼻を埋めてクンカクンカしても良いのは、ネコ様だけなのです。
異論は…… 受け付けますです、ハイ。