幸運量保存の法則
冬夜くんは、私のひざ枕で眠っている。
再び身体が動くようになった私は、彼の身体にしがみ付いて懇願した。
──行かないで。私の話を聞いて! って。
冬夜くんも興奮から醒めたようで、おとなしくなってくれたわ。
そのまま冬夜くんの身体を部屋の真ん中まで… 転がったちゃぶ台を部屋の隅まで蹴り飛ばすと、彼の頭をそっと膝の上に乗せて。
そして今に至るというわけ。
『冬夜くん、ごめんなさい。もう一度、記憶を覗かせてね』
私は冬夜くんの寝顔を見ながら、彼の話を思い出しながら。
彼と私の心を、繋ぐ。
『冬夜くん……』
彼の決して長くない──16年という人生は不幸の連続だ。1歳にも満たない赤ちゃんのころに、お風呂で溺死しそうになった事から始まって。
野良犬に噛まれたり、本来なら生えていない火炎茸の毒に侵されたり。
妹の死、そして父親の死、そして学校ぐるみの虐め……
彼の不幸を数え上げればキリがない。
むしろ災難に遭う事が日常になっている。
『っく…… なん、なの? こんな事は、あり得ないわ!』
こんな事は、あってはならない事なのに。
でも、私のひざ枕で眠る冬夜くんは、絶対に否定する事の出来ない現実だ。
知らず知らずのうちに、私の右手は彼の頭を撫でている。
彼の全てが尊く、何もかもが愛おしい。
なのに……
『何故冬夜くんだけが、これほど不幸に…… なるの?』
創造神様が定めた宇宙の法則の中に『幸運量保存の法則』というものがある。
これは人間の持っている幸運と不幸を数字にしたものと思ってもらえばいい。
でもこれを放置すれば、信じられないような幸運の持ち主と、何をしても不幸のどん底から抜け出せない人が出て来る。
多くの運命神が、それを防ぐために努力に努力を重ねたてきた。
極端に運の良い──逆に極端に不幸になる人が生まれないように。
人はみな、生まれた時くらいは公平であるべきなのだ。
より多くの幸運を手にする事が出来るか否かは、本人の努力次第だけど。
そして、冬夜くんが努力していなかった訳ではない。
むしろ誰よりも努力を重ねてきたのは、彼の心を読んだ私は知っている。
それでさえも、この有様なのだ。
もしも彼が運命に抗う事を諦めていたら、降りかかる不幸は今よりもさらに酷い運命を強いていた事だろう。
努力した事は、決して人間を裏切らない。努力した事は無駄にはならない。
そうなるように、私は──私が従える運命神は、そのために努力を続けてきた。
人間の持っている幸運と不幸の割合が、おおむね同じくらいに落ち着いているのは、ここ数千年にもわたる涙ぐましい努力の成果なのだ。
幸運量のばらつきが無くなったのを見極めた私は神界に帰る前に、ある所に寄る事にした。私はそこに仮の神殿を創り上げ、そこで運命神の活動を見守っていたのだ。いわば戦場の最前線にある司令部のようなものだ。
ここは神界に比べれば人の住む世界に近く、トラブルがあってもすぐに駆け付ける事が出来るように。でも、人間が簡単には近づけない場所に。
その世界は幽冥という。
三千世界の中心にほど近い場所に近づけるのは、一定レベルの神格が必要なのだから。普通の魂魄では──滅多な事ではたどり着く事の出来ない。
──そう、思っていたのだけれど。
神殿に帰ってみると、一人の少年の魂魄がぼーっと突っ立っていたのよ。
それも、何の取り柄もないごくごく普通の魂魄なのよ?
運命の天秤を傾けようとする邪神たちの罠かと思っても仕方が無いでしょう?
だけど、彼が決して邪神の手先ではないことは、すぐに分かったの。
彼と円滑に話を進めるために実体化する事にした。
でも、私を見る目がちょっと…… だって新高山って…
うっふっふー、かわいい子じゃないの。
軽く抱きしめて、おでこを軽くくっつけるようにして、彼の心を探ってみた。
本当は、そんな事をしなくてもいいんだけど、気が付いたら身体が動いていたのよ。こんな事は、永らくなかった事だわ。
『あなたは泉水 冬夜さん、ですね?』
「なんで僕の名前を?」
彼はちょっと童顔の…… いいええ、可愛い…… じゃなくて!
ええ、ええ! そうですよ。
彼は私好みにドストライクだもん……
う…… フェイリア様。
なかなかの乙女っぷりじゃないの。