おねえさんは女神様
出された食事を、残してはいけない。
これは家のルールだからだけじゃなくて。
材料を作った農家の人や、料理を作ってくれた人の想いを踏みにじるような真似はするなと言う事だ。
だからと言うわけでもないだろうけど、僕には好き嫌いが無い。
大抵のものは食べる事が出来るんだ。うん、これはマジで言っているよ。
さいわいアレルギーとかも無い。
そういえばさ、こんな経験をした事がある?
ボウフラが湧いている水は飲めるかどうか、試してみたとか。
──実際に飲んでみた事がある。悪くはない。
普段使いで飲めるのかと言われればアレだけど、決して飲めなくもない。
生き物が水の中で生きて泳いでいるなら、水に毒は入っていない。ただし、細菌とかの問題があるから、必ず煮立てるなり晒し粉を使うなりするけどな。
これは近所のおじさん──越南戦争からの帰還兵──が実際にやっていた事だから、間違いないよ。
そういうのに比べれば、女神様がふるまってくれた料理は『美味しい料理』だ。
ブランケットならファミレスで食べた事がある。女神様の料理をファミレスなんかと比べてしまったら、間違いなくバチが当たると思うけどね。
でも、結論から言えば味は美味しかったし女神様ともいっぱい話が出来た。
「ごちそうさま… でした」
『お粗末さまで』
空になった食器は女神様の腕のひと振りでどこかに消え去って、今は食後のお茶を飲んでいる。ああああー、緑茶は美味しいなぁ。
『本当に不思議なのよねぇ。うん? 冬夜くんがここにいる事よぉ。いいええ、悪いとかそんなのじゃなくて』
僕の魂魄が幽冥に迷い込んだのは、偶然だったかも知れない。
そして普段は空間のひだに隠されて、見えない筈のフェイリアの…… そう言えば、ここは何と呼べばいいんだろう。
「まあ、神様が住んでいるなら神殿…… でいいか」
『むう…… なにやら不遜な言葉が隠されているようだけど… まあ、いいわ』
「で、気になっているんだけど、フェイリアって偉い神様なんだよね?」
『もちろん。これでも私、上級神ですから』
むをっ!? そこで胸をはられても……
ああああ、新高山が、新高山がたゆんたゆんってぇええ……
『こう見えても、けっこう私も忙しいんですよ? あなたたちは気がついていないかも知れませんが……』
「そうなの?」
そういや、この神殿は運命神をコキ使う前線指揮所だって言っていたか。
なるほどね、そういう事なのね。
『私たちは愛情を込めて、あなた達を見守っているのです。全ての人が幸せに暮らす事が出来るように…… そのために手助けをする事もありますし』
「手助け…… ?」
その話が本当ならマジで運命を操作していたってこと、だよね。
フェイリアが陣頭指揮を執って、それも不幸に泣く人がいないように?
『そうですよ。みんな同じ宇宙船『地球』号に乗っている運命共同体じゃないですか。だから、一人でも不幸な目に遭う人がいないように……』
ふぅん、神は慈愛の心をもって人々を見守る… ってか。
確かにチラ見をする位には見守ってはいるんだろうなぁ。
だから、こいつは『見てるだけ』で助ける気なんかない。
そういうのは黒闇天のような神様の事を言うんだ。
実際、あの神様は凄いと思う。
美神で有名な吉祥天の妹で、弁才天のお姉さんだ。それなのに、容貌がちょい地味ってだけで疫神扱いときている。
だけど黒闇天は、広い意味では運命神の一柱かも知れない。
風土記や公家や大名の日記によれば、幾度も人間の前に姿を現している。最後にその姿を見せたのは江戸時代のことだが……
善人過ぎて貧乏から抜け出せない旗本の夢枕に立って、こう告げたそうだ。
──毎月1日と15日、25日に赤飯と油揚げを供え、妾を祀れば福を授けよう。
旗本はその言葉を守って黒闇神を祀ったら、たちまち金持ちになった。
このあたりの話を聞くと、牛天神で黒闇天を祀ってるのも良く分かるよ。
黒闇神って疫神どころか福の神だもん。
『私もそういう神の一柱ですよ。不幸になる人がいないようにずっと……』
「……嘘はよくないよ、女神様」
やっぱり、そういう事だったのか。
信じた僕がバカだったってだけよね……
ボウフラの湧いた水が飲める云々について。
戦時中の実話ぽいです。
父:小学校の担任が太平洋戦争の帰還兵でな、その時の体験談だそうだ。
私:へー? 飲めるんだ…… たしかに生き物がいるなら毒じゃない、よね。
父:うむ。今は災害用に優秀なろ過フィルターがあるから無駄知識だが。
私:なんだか興味が出てきた。挑戦してみようかな……
父:試しても良いけど、あ・く・ま・で・も、自己責任でな。
と言うわけで、試してみました。
水に晒し粉入れて、しばらくしてから上澄みを湯冷ましにして。ぐいっと……
結論:戦争ダメ! 絶対!